20話 通貨「en」の発行
財務庁長官であるアルベルトは、いよいよ通貨政策に着手することにした。
数年前からの為替レートは、3大国(ゲデック帝国・ザイデル皇国・テフヌト教国)金貨1枚=ベクレラ王国金貨1.1枚=エング辺境伯領金貨1.2枚で安定してきた。
つまり、ベクレラ王国金貨とエング辺境伯金貨の価値は、3大国のそれに対して低かった。
しかし、ヴァルータ公開によって、それぞれ1枚に上がり、貨幣価値が同じになった。
ヴァルータという都市の存在によって、エング辺境伯領とベクレラ王国に対する信用度が上がったからだ。
(もともと貨幣の地金含有量は同じだったので、国と辺境伯領に対する信用の問題たったのだ)
スマポの為替レートでもそのように表示されている。
情報に精通する多くの世界中の両替商たち・商会は敏感だった。
両替を扱う両替商・商会は、世界中に10万箇所以上も存在する。
多くの国(あるいは諸侯)が自国貨幣・自領貨幣を発行しているため、他国などで食事・宿泊や商品購入の代金は、その国の貨幣で支払う必要があるからだ。
そして、両替商・商会は、すでにその多くがスマポまたはタプレを所有し、メッセ機能と為替レート表示アプリを使いこなしていた。
彼らは最も効率的なネットワークを形成し、両替状況(どの貨幣が売られ、どの貨幣が買われているか、多額の両替があったか、など)の情報をメッセで随時共有していた。
「今**国にいる。A国貨幣が大量に両替に出された。買われたのはB国貨幣だ」などの情報だ。
(ネットワークに加入することで、為替状況をいち早く入手し、下落している貨幣を従前の価値と同様に扱うことで損失を被るという事態を回避できる)
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アルベルトは、エング辺境伯領の貨幣発行を停止した。
同時に、スマポ・タプレでのみ利用可能な通貨「en」を発行した。
実際に貨幣を発行するのではなく、いわば電子マネーのようなものだ。
3大国の小銅貨=10en、銅貨=100en、小銀貨=1,000en、銀貨=1万en、小金貨=10万en、金貨=100万enと明記した。
この「en」は、「お金」の歴史を約1,000年ほども進めてしまうものである。
まず、貨幣(硬貨)の価値は、地金の含有量が担保する。
例えば、純金(24K)は流通貨幣としては柔らかすぎるため、銀・銅などの合金(割金)が用いられ、純金の含有率は最高でも約90%が限度だ。
しかし、たとえ貨幣発行国が戦争などで消滅したとしても、地金の含有量の価値では売れる、そのことが貨幣価値を保証する。
(さらに、貨幣価値は、その発行国が消滅しないほどの「国力」を有するという信用度によっても増す)
そして、アルフォンスの前世では、後に「紙幣(紙製のお金)」が登場することになる。
(「貨幣(硬貨)」は重すぎて運搬・管理の点で不便であり、また、摩耗による減価というデメリットがあったためだ)
しかし、(地金の含有量によって価値が保証されない)単なる紙切れである「紙幣」を信用せよというのは無理があった。
よって、必然的に「兌換紙幣」として発行された。
「兌換紙幣」とは、金や銀などの正貨(本位貨幣)との引き換えが保証されている紙幣だ。これは、金本位制や銀本位制において、各国中央銀行が発行した紙幣と同額の金や銀を常時保管して、発行者の信用で同額の金貨や銀貨に交換することを約束した紙幣である。
(つまり、「紙幣」となっても、金・銀などによって保証されることでしか信用されなかった)
しかし、1929年の世界恐慌を機に金本位制の廃止が相次ぎ(実質的には1971年8月の「ニクソン・ショック」、そして1976年1月にIMFで変動相場制と米国ドルの金本位制廃止が正式に確認されたことで)、兌換義務のない「不換紙幣」を発行できるようになった(管理通貨制度)。
ヴァルータは、これらの「紙幣(兌換紙幣→不換紙幣)」の歴史をすっ飛ばして、いきなり、電子マネー的な「en」への移行を実現したのであった。
通常であれば、金・銀によって保証されることがない通貨「en」が信用される道理はない。
しかし、ヴァルータの圧倒的な武力・技術力(特にアルベルト商会の各種商品、複合娯楽施設など)が、ヴァルータへの信用を可能にしていくことになる。
(もちろん「en」でしか関連施設を利用できなくなるという現実的理由もあった)
ところで、「en」は地金の含有量など一切無関係である。
このことが意味することは、何か。
貨幣の発行権(鋳造権)については、そのメリットは貨幣発行益にある。地金の値段よりも額面が高い貨幣を発行すれば、差額分で多大な利益を得る。例えば、7万円相当の地金で10万円の価値がある金貨を発行できれば、それだけで3万円の利益が出る。
しかし、「en」は発行費用が一切かからない。
つまり、それは、天文学的な利益を得ることが可能となることを意味する。
もちろん、だからといって無尽蔵に発行すれば、信用を失ってenの価値は下がってしまう。
ただ、この世界において、「en」どころか全ての国の通貨供給量を把握できているのは、ヴァルータ財務庁のみだったのだ‥‥
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スマポ保有者は、「en専門両替所」で、ゲデック帝国の小金貨1枚と交換に10万enがスマポに入金されることになる。
ヴァルータは、そのような(「ヴァルータ認可店」の表示がなされた)直営のen専門両替所(兼アプリ販売所)を、5大商会、マーキュリー商業国、自由都市連盟の協力も得つつ、世界に1万箇所ほど設置した。
予想通り、3大国(ゲデック帝国・ザイデル皇国・テフヌト教国)はen専門両替所の設置を拒否した。
(ゲデック帝国に至っては、スマポ・タプレ・enの使用さえ禁止している。自国内の両替商・商会にもenの両替を禁止している)
en専門両替所は、両替商・商会と異なり、あくまで「enを購入できるだけ」である。つまり、「enを売って他国貨幣を買う」はできない。一方向的な両替機関といえる。
そのen専門両替所(兼アプリ販売所)は、1人用屋台とも呼ぶべきような質素な木製のもので、小さい机の上にタプレが1つ置かれているだけだった。しかも無人だ。
タプレに「スマポをタプレに置き、交換の表示をタッチし、貨幣をここに入れてください。本日時点の為替レートに対応したenが、あなたのスマポに入金されます」と表示され、音声が流れる。原則として共通語だが、設置場所の主要言語が用いられることもある。
そのタプレは、物専用転移門でヴァルータ財務庁の通貨局両替部とつながっており、入れられた貨幣は、その時点での為替レートに応じたenが両替部で自動計算され、スマポに入金される仕組みだった。
アプリ販売についても「アプリ購入の場合は、スマポをタプレに置き、希望アプリの表示をタッチし、enでお支払いください。お支払後に自動的にアプリがスマポに追加されます」と。
こちらについては、産業庁アプリ局と(メッセ機能を応用した)情報通信機能でつながっており、自動的にen決済後にアプリをスマポに付与する仕組みだった。
en専用両替所のタプレには強固な結界が張られ、移動も破壊も不可能だ。
同両替所は結界によって監視され、移動や破壊を2度試みた者は身柄拘束されて罰金100万enの賠償義務が生じる旨の警告が書かれており、1度目は警告音声が流れ、2度試みた者が現れた場合には、実際にヴァルータ情報庁の特殊部隊員が瞬間的に転移し、身柄拘束がなされ、罰金を支払えない者には隷属魔法によってヴァルータ内で100万enが貯まるまで労働をすることになる。
もっとも、両替所に現金があるわけではなく、2度も試みるのは、タプレを強奪しようとする者ではなく、両替タプレの術式解明を目論む諜報員がほとんどだったので、遠慮無く対応させて頂いた。
(帝国と皇国は既に懲りていたので、ほとんどが他の国ばかりだったが、テフヌト教国だけはよほど恨みが深かったのか、その後も何度も同じことを繰り返すのであった‥‥)
身柄拘束された諜報員からは多くの情報を得られたので、情報庁長官のウリヤーナとウピオルは、もっと挑戦してきて欲しいと愚痴るほどだった。
(この時点で、ヴァルータの複合娯楽施設や料理はたいへん高い評価を得ており、また、同時に情報庁の多くの工作員たちによって、「ヴァルータでは住民や観光客にはとても親切だが、犯罪者や他国の諜報員・暗殺者に対しては極めて過酷な扱いがなされる」との噂が流されていた。実際には過酷な扱いはしていないのだが、効果的ではあった)
ヴァルータ公開から1年ほど経過する頃には、スマポとタプレがかなり売れるようになっており、enへの両替も徐々に増えていた。
複合娯楽施設の運営責任者であったベリアルとアザゼルには、当初から以降の計画を話しており、近いうちに各国にて同施設を大量に建築していく予定なので、多くの建築・運営責任者を育成していくよう伝えてあった。
そして各国の誘致に応じる形で、好条件で、1年以内に200箇所を設置した。
enによって支払う場合は、1年間限定で2割引で施設が利用できることにしたところ、これがenへの両替を加速させた。
既に世界の王族や貴族を含めた富裕層では、スマポ所有はもはや当然という風潮となっている。
富裕層においては、スマポを使うために費やした各種料金によってスマポ背面の色が10段階で変化してランクアップしていく背面色彩変化機能による、貴族階級特有のマウンティングに利用されていた。意図通りだった。
(前世でのクレジットカードの、「一般」「ゴールド」「プラチナ」「ブラック」「アメックスのセンチュリオン」というランクから得た発想だ)




