第六章《想う者たちの戦い》 10
身の丈以上もある長大な剣を肩に担いだまま、目の前に立つ青年は不敵に笑った。
「どうしたよ呆けた顔して。俺はこの国に雇われに来た傭兵だぜ? お前が連れ出そうとしてる女がこの国にとって重要な奴だってんなら、どっちみちこうなることはわかってたことじゃねえか」
ぶっきらぼうな口調、瞳に宿した炎の如き覇気、不敵に上がった口角。別れた時と何ら変わらず勇輝に相対するライガの声は心なしか弾んでいるように感じられた。
「傭兵として契約した以上、お前と組んでっていうのは無理な話だがな。正直なところ、俺は今、残念に思う以上に嬉しいぜ。お前とはずっとやり合いたいと思ってたんだ。本気を出したお前とな!」
「っ!」
吼えるような声を受けて勇輝が反射的に聖剣を構えた直後、剣を握る左腕を途轍もない衝撃が襲った。遅れて、勇輝の身体を吹き飛ばすように荒れた暴風が響鎧服をはためかせる。
やがて狂風が通り過ぎた後、気づけば勇輝は二〇〇メートル近い距離を後退させられていた。
「――わかってたつもりだけど、なんて威力だよ……」
「やっぱり耐えやがったな。面白ぇ……久しぶりにマジでやれそうで、滾ってきたぜぇ!」
予想を超えて実感させられた威力に戦慄する勇輝とは真逆にライガは心胆から楽しそうに超剣『大禍』を振り上げ、一息に勇輝との間合いを詰めてきた。
――ライガの眼は本気だ。説得とか手加減なんて甘いことは言ってられない!
その速度は初撃と同様――否、それ以上。獣じみた暴威と殺意を込めた一撃を感じ取り、勇輝の身体は最適な解答を描き出す。
思考は僅かに一瞬。三メートルを超える異形の剣の軌道を視界の端に見据えたまま二歩の距離をバックステップ。右足が接地した瞬間、力の溜めを待たずに僅かな前傾姿勢で跳躍し、聖剣を振り下ろされる『大禍』の切っ先に重ね合わせ、超剣の腹を蹴りつけた。
「な、に――!?」
ライガの驚嘆の声が耳朶を叩く。それに構うことなく、接し合った剣を支点にして宙を舞い、青年の金髪を目印に踵を振り落とした。
「っゴァ!」
「せいっ!」
鈍い打撃音と短い悲鳴。確かな手応えを感じながらも、勇輝は本能に従い追撃の足刀蹴りをライガの鳩尾目掛けて打ち込んだ。
一瞬前の勇輝を再現したように大きくライガの身体が後退する。それを冷静に見据えながらも深追いはせず、勇輝は油断なく聖剣を構えた。
「……っく。クハっ。マジで笑えてきやがるな。俺が見込んだ通り、いや、それ以上だわお前。こんなに楽しいド突き合いなんて何年振りだろーな」
「――っ!」
自らにかかる慣性を手にした超剣を大地に突き立てることで耐え抜き、見る者全てを威圧するかの如き凄絶な笑みをライガが浮かべた刹那、勇輝の背筋を戦慄が駆け上る。
「いいぜ、いいぜ。アガって来やがった。こっからもっとアゲてくぜぇ!」
「興奮するのはかまいませんが、もう少し離れたところでやっていただけませんかね。騎士もその他の傭兵も敵味方問わずに巻き込まれると彼らの掃討が手間になります」
「あぁ? ッチ!」
獲物を前にした獣じみて高揚するライガにアルダレスの斧槍を捌いたアントニオが水を差す。意識外からかけられたその言葉を受けて周囲を見回し、ライガは鼻息荒く舌を打った。
「しゃぁねえな。勇輝、ちっと手荒くいくぜ。気合入れろや!」
「なにを――!?」
青年の呼びかけに応える暇もなく、勇輝の視界に影が落ちる。思考とは異なる意識に従って聖剣を振り上げた瞬間、剣伝いに途轍もない衝撃が勇輝を襲い、次いで砲撃という言葉を彷彿とさせる威力の一撃が勇輝の胸を撃ち抜いた。
「ガッ、ぁぁ――ッ!」
何を受けたのか、という疑問を差し挟む余地はなかった。何故なら、その一撃の正体を勇輝は正しく認識できており、それ以上に常識の埒外に匹敵するその蹴撃に意識を奪われないように耐えるだけで精一杯だったからだ。
息を吸うことも、吐き出すことすらできずに手足の自由を奪われたまま、背中に衝撃。強かに身体を打ち付けられたことで、強制的に喉の奥に溜まった呼気を吐き出すと、思い出したように熱が身体を遡った。
「ぐ、げぇ……ガッ、ゴフッ」
激しい咳と共に口から鮮やかな赤が吐き出されたが、死んではいない。人並み外れて頑強なラティス・マグナとしての肉体が辛うじて勇輝の命をつないでくれたのだろう。
「グ、ゥ……」
喉の奥からせり上がってくる感覚を飲み下し、意識して呼吸を整える。暫しの間、調息を続けていると次第に霞みがかったようだった視界が晴れ、勇輝は自分が開けた場所に倒れ込んでいることに気付いた。
「こ、こは?」
口許の血を乱暴に拭い、視線を周囲へ投じると王都の壁が遥か先に見える。その中間から左に大きく逸れた位置に動く黒い影の集まりはたった今まで勇輝が立っていた場所なのだろうと直感した。
「この距離を蹴り飛ばされたのか!?」
驚愕に痛みを忘れて立ち上がると高い位置へと視界が動いた所為か、広くなった視野に土煙が立ち上っているのを認識する。
「あれは――!」
「わかってんだろ。アントニオが連れてた連中とお前の連れが戦ってんだよ」
傍らからの声に振り返ると、いつからその場所にいたのか、ライガが退屈そうに欠伸をかいて土煙を眺めていた。
「錬功使って、ちっと強く蹴っちまったから死んじまったかと心配したんだが、元気そうで何よりだぜ」
「まさかあそこから、たった数分でここまで来たのか?」
「当たり前だろ? まあ、えらく面倒くさいとこまで蹴とばしちまったのは俺の落ち度だわな」
自らの失敗を誤魔化すように頭を掻くライガの言葉を信じるなら、馬の足でも半刻はかかる距離を勇輝が立ち上がるまでの間に詰めたということになる。
俄かには信じがたいが、事実として勇輝をこんな場所まで蹴り飛ばした脚力と先刻まで手にしていた長大な剣が彼の傍らに無いことで納得することは出来た。
「自分の得物を捨ててまでして、急ぐことはなかったんじゃないのか? 本気で戦いたいっていうなら、お前はあの剣を振るって全力を出すべきだろ?」
「そう尖んなよ。さっきの蹴りで手傷を負ったのは油断してたお前が悪い。戦場で気を抜いて死ななかったことに感謝して、次は気を抜くなってことだな」
回復しきっていない現状でライガと向き合うことの苛立ちを滲ませながら勇輝が吐き捨てると、青年はわざとらしく肩を竦めた。
「それにひとつ勘違いしてるみたいだが、俺は『大禍』を置いてきたわけじゃねえ。持って来なかっただけだ」
その言葉を聞き終える間際、空から巨大な質量が飛来し、勇輝の視界を捲れ上がった土塊が覆い隠した。
天高く待った土地が地面を叩く音を耳にしながら咄嗟に顔を庇った手を持ち上げると、大地に突き立つ長大な剣に手をかけながら、頭に被った土砂を払う青年の姿があった。
「暫くぶりだな相棒。空の旅は楽しかったかよ?」
獰猛な笑みを浮かべながら呟くその言葉から、その剣が信じられない膂力で投擲され、目算を過たずにこの場へと飛来したのだと窺い知れた。
何という戦闘に対する感性の高さであろうかと、勇輝は青年と出会ってから最も深く戦慄した。
これが、ライガ=アインツェフという青年の本当の姿。人として生きる時間を極限まで戦闘に注ぎ込むような思考が成す形。
それはまるで、獣魔よりも余程獣に近い姿であるような気がした。
「さて、と。勇輝、まわりくどいのは嫌いなんで単刀直入に言うぜ。俺は本気のお前と戦り合いてえ。その為のお膳立てがこの場所だ」
そう言って、ライガは手にした剣で遠くに見える城を指した。
「ここから王城の横っ腹までの直線には騎士も傭兵も、お前の障害になりそうな第三勢力もいねえ。それなりに本気を出せば、お前や俺なら半刻も経たずに城に辿り着けるだろうな。けどそいつは、お前が俺を倒すことができたらの話だ」
そう言ってライガはその長大な剣を肩に担ぎ、獰猛な笑みを浮かべた。
「本気で来いよ勇輝。お前が俺を倒せば、お前らがここで動いた目的を達せられるかもしれねえ。俺がお前を倒せば、全ては終いだ。お前も、あそこで戦ってるお前の仲間も、お前が救い出すといった人間やこの国も全てが終わる。そんなのは――嫌だろ?」
「なんで……どうして、そんな誰も幸せになれない未来が待っているってわかってるのに邪魔しようとするんだ。ライガ、お前の目的は何なんだよ!」
目の前に立つ青年は決して悪人ではないことを知っている。それ故に自身の語った最悪の結末に加担するような真似をするライガの言葉に苛立ちに似た違和感を覚えて勇輝は叫ぶ。
「最初から言ってんだろ。俺は本気のお前と戦いたい。ただそんだけだ」
悲痛を秘めたその叫びを耳にしてもライガは張りつめた緊張を解くことなく、ただ無情に告げた。
「こうでもしなきゃ、お前は本気で俺を殺しに来ねえだろ。背負うものがなきゃ、人を傷つける覚悟を持てない。多分、お前はそういう奴で、ここまでお膳立てした以上、お前の希望と俺の欲望はどこまでいっても平行線だ。最初に会った時から――こうなる運命だったんだよ」
最後の一言を発した瞬間、僅かにライガの瞳に寂寥のような感情が過った。その意味を探る暇もなく獣の如き形相へと立ち戻った彼は最後通牒を突きつけるようにその大剣で大地を砕いた。
「さっさと始めようぜ。お前だって、迷ってる時間はねえだろうがよ!」
吼えた言葉には一切の曇りなき意思が込められていて、それだけに平行線といった彼の言葉を反論で覆すことが不可能であるということを理解させられてしまう。
ただ、背中を押すような力強さで告げられたその怒号に、落胆とやるせない怒りを覚えながら、勇輝は手にする聖剣へと前意識を集中させた。
「……鳴り、響け」
その言霊を切欠として、勇輝の身体を人の身に余る力の奔流が包み込む。遠く、世界の果てまで響くような甲高い響音をあげて立ち上る光が晴れた瞬間、勇輝は人の範疇を超えた勇者として覚醒する。
「行くぞ、ライガ」
「来い、勇輝!」
短くも猛々しい因縁を紡いだ二人の戦いが、始まる。




