第二章《異世界の時間》 5
「あれ? アティじゃないか」
「あら、本当」
「ん?」
露店の並ぶ大通り――文字通り、露店通りと呼ぶらしい――を歩いていると、背後から聞き覚えのない声が掛けられた。振り返ると、大人しそうな雰囲気を纏う栗色の髪の少女と、少女に瓜二つの少年がこちらへと歩いているのが見える。
「ジュリオにエミリー? 二人一緒にこんなところにいるなんて珍しいね」
「いや、なんか店に顔を出したら団長が歓迎会するから買い出しに行って来いって、メモを押しつけてきて……」
二人のことを知っているのだろう。アーティアが聞くと、ジュリオという名前の少年は引き攣った笑顔で答えた。
「……歓迎会?」
「何でもないんんです! 気にしないで下さい。ジュリオ、ちょっと――」
アーティアは慌てた様子でジュリオのことを引っ張ると、少し離れた場所で何事かを話し始めた。
「本当に困った子ね。アルさんには秘密って言われていたのに……」
声の方向へ視線を向けると、ジュリオそっくりの少女――エミリーと言ったか――が可笑しそうに翡翠の瞳を細めていた。
「いや、なんとなく口が滑っただけに見えたけど」
「ええ、わかってるわ。でも、正直すぎるのは困りものだと思うの」
少し遠い目で離れたところにいる二人を見ると、エミリーはこちらへと向き直った。
「私はエミリー=クレッシェント。一応サーベラスで唯一の薬師よ。あなたはアティを助けてくれた勇者様、でよかったかしら?」
「また、勇者か……」
この通りを歩いている間も露店の主などに勇者呼ばわりされただけに、少しげんなりとしてくる。
「なんか、今日はずっとそう呼ばれ続けてる気がする……俺は朝凪勇輝、立場は今のところ教会の居候かな」
どこまでその話が広がっているんだろうと思いながら名乗り返すと、エミリーは口元に手を当てて微笑した。
「本当に聞いた通りの人なのね。……一度お礼を言いたかったの。勇輝さん、アティを――親友を助けてくれて、ありがとう」
「いや、あの時は必死だっただけで、二人とも運が良かっただけだよ。結果的に助かったけど、俺が助けたというのは――」
「――いいえ。私はちゃんと助けてもらったと思ってますよ」
突然真後ろから聞こえた声に振り返ると、そこには話を終えたアーティアが立っていた。
「アーティア、もう話はまとまったのか?」
「はい、滞りなく。ええと、紹介しますね、彼はジュリオ=クレッシェント。そっちのエミリーの弟で、サーベラスの自警団に所属してます」
促されて目を向けると、雰囲気で温厚であるとわかる少年が手をひらひらと振っていた。
「紹介されました。ジュリオ=クレッシェントです。姉さん共々よろしく、勇輝」
「ああ、こちらこそよろしく」
どうやらエミリーへの自己紹介が聞こえていたようなので自己紹介は省略し、そのまま握手を交わす。
「アティのことは、僕からも礼を言うよ。……立ち話もなんだから、歩きながら話そうか」
「ああ、うん。そうだな」
周囲の視線が勇輝に集中していることを考慮したのか、ジュリオは率先して歩き出し、三人もそのまま後に続いた。
「それにしても、災難だったね。いきなりラティス・マグナの話が広まった所為で、どこに行っても注目されて」
「……全く、ね。それでも悪い見方で見られなくてホッとしてるよ」
「それは、アティの恩人という話が主体で、ラティス・マグナのことについては噂程度にくっついて広まっているからでしょうね。でも、この街は交易都市というだけあって、暮らしている人も温厚で活気があるから、噂なんてなくても大して変わらないわ」
そんな会話を皮切りに、この街のことや勇輝自身のこと、取り留めのない雑談など――といっても勇輝にとってはとても新鮮な会話ではあったが――を話しながら、しばらく露店通りを歩いていた。
そんな時間の中で、勇輝はいつしかジュリオが怪訝そうな顔で自分を見ていることに気付いた。
「な、何?」
「――いや、おかしな恰好だなと思ったんけど、勇輝の世界ではこんな格好をするのが普通なの? 何だか布の質も違うみたいだし」
言われて自分の服装を確認する。着ていた学校の制服は、ブレザー以外の全てが一週間前の森でぼろぼろになってしまっていた。何とか工夫して着ていたのだが、その結果としてはまるで、辺境の部族が着る儀礼服のような有様であった。
「これは……この間、色々あったんだ。でも、傷んでる部分を修復すれば大体はこんなものだよ」
文化レベルが違いすぎるために、ナイロンやポリエステルなんて言ったところでわかるはずもない。この服装の現状を抜きにしても、この世界では珍しいのだろう。
「そうなんだ。だけど勇輝、その恰好だと勇輝が噂の人間だってすぐにわかると思うよ」
「そう、だな。今になって後悔してるよ」
確かに、デザインからして違う服装である上にぼろぼろの服を着ているので、勇輝は周囲から浮いていた。着慣れた服だからと考えずに着てきたのはやはり間違いだった。
「それなら、帰ってから何か着る物を探してみますね。多分、修道士用の予備服が残っていたと思いますから、すぐに用意できると思います」
「ああ、お願いするよ。――それそろ、時間かな」
アーティアの提案に頷いて空を仰ぐ。
見上げた視界の先には、先刻まで青く澄み渡っていた空がようやく赤く染まり始めていた。
「十二個の月、か。ここは本当に不思議な世界だな」
この世界の暦において基準となる十二の月。昼と夜に孤を描くように六つずつ並ぶ月たちが浮かんだその光景は、どんな御伽噺よりも幻想的で、現実離れしていた。
「そうかな? いや、勇輝にとってはまだ珍しいものかもしれないね。だけど、すぐに慣れていくさ――っと、そろそろ行かないと。それじゃ、また後で!」
「ジュリオ、走らないの。それじゃアティ、勇輝さん。また」
「ああ、またな。あと、俺のことは呼び捨てでいいから」
「わかったわ、勇輝」
「またね。二人とも」
そのまま二人は勇輝たちとは真逆の方向へと去って行った。ジュリオが去り際に口にした言葉と初めに会った時の言動で何を計画しているかわかってしまったが、ここは気付かないフリをするのがマナーというものだろう。
「それにしても慣れる、か……確かに、早く慣れておきたいな。この世界に」
現実味がないのは月だけではない。この世界の存在は、技術も、街並みも、すれ違う人間の外見すらも、日本の一市街という狭い世界で生きてきた勇輝にとっては、どこか現実離れした幻想のように感じてしまう。
そしてその感覚は、勇輝に得体の知れない不安を感じさせるのだ。
「勇輝さん?」
「いや、なんでもない。すぐに行くよ」
――大丈夫。すぐに慣れるさ。
ジュリオの言葉を心の内で自分に言い聞かせ、勇輝はアーティアと共にアルダレスの店へと続く帰路へ足を踏み出した。




