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怪談屋  作者: 伊藤修平
徒桜の怪
6/12

5

 (たま)さかそうであったのだと、私は信じる事にした。そうしなければやっていられなかったというのが本当の所だ。余りにも不気味で薄気味が悪かったから。

 本当に国木田先生が失踪した。

 国木田先生が行方不明になる怪談を騙ったすぐ翌日に。まるで怪奇小説の中心にいるかのような錯覚に陥ったが、()ぐに考え直すこととした。

 抑々(そもそも)、嘘が現実になるなんてことは有り得ない。そんなのは空想の中の、御伽(おとぎ)の世界のお話で、私が今立っているのは現実で。それに、あの時国木田先生を女として語ったけど、実際の国木田先生は男だ。別に親身になって相談に乗ってくれたこともないし、真逆に、女生徒からは(いや)らしい目付きで見られたとか言って不人気な教師である。()しも嘘が本当になったというのなら国木田先生は行方不明になった先で性転換でもしているというのだろうか。私の所為(せい)じゃない。偶々(たまたま)、不運にも、時機が悪かっただけで。私の気にするようなことではなくて。先生が行方不明なのは確かに気には掛るが私の責任では決っして無い筈だ。そうに違いない。


 気付くと私は早退をして、例の怪談屋の事務所のドアノブに手を伸ばしていた。

 こんな(ところ)に来て何をする。昨日と同じ、なんの目的もなければ必要性も無い。(また)支離滅裂なことを口走るのか。(また)痴態を晒して赤っ恥をかくのか。

 ……仮令(たとえ)そうだとしてもいいと私は思った。

 一縷(いちる)の望み、一抹の希望なのだ。私の所為じゃないと必死に胸中で自己弁護を繰り返す程に、「本当にそうか」という自己否定が重たい首を(もた)げ、私を睥睨(へいげい)する。必死に否定をするということは、自分がやったと確信しているのではないかとそういう気分に陥ってしまう。


 だからと言ってあの不遜な怪談屋に何が出来ると言いたいが、彼に何か施しをして貰いたいなどとは一厘(いちりん)も考えてはいない。ただ、話のネタにしたい。そうすれば何とは無しに、自分のこの呵責(かしゃく)や罪悪感といった類の頭の(おり)は少しは和らぐのではないかと、そう思った。ある種茶化すことで、自分の中で重大なことであるという意識を低減させたかった。


 ガチャ、と黒檀(こくたん)の荘厳な扉を開けた。

「お邪魔します」

嗚呼(ああ)、本当にお邪魔だ。アポイントも無しに多忙な僕の空間に立ち入ってくるとは。社会通念や一般常識と言うものが著しく欠如しているようだね。」

 怪談屋はデスクの上で仰向けに寝転がりながら何か仰々しい装丁の本を読んでいた。

「あの、す……少し……話したいことが」

 私がそう言って後ろ手にガチャ、とドアを閉めると(ようや)く彼は目だけを動かして私の方を見た。

「なんだ。君か。昨日の今日でなんの用……嗚呼、そうか。昨日の迷惑の謝罪に来たのだな。(よろ)しい。なれば歓待しよう。ちょっと待っていろよ。舐めさせる用の靴を持ってくるから。」

「いえ、謝罪……もそうなのですが。と言うか、靴は舐めませんよ。」

「舐めさせる用の靴でもか?ならこの靴は存在意義が無くなって(しま)うな。酷いやつめ。」

 怪談屋はどこから取り出したのか、一際輝いて見える革靴を両手に持っていた。

「履いて使えばいいでしょう。靴なんですから。それよりも」

「それよりなんだね。この靴を舐めるよりも重要な僕の邪魔をする用とは。」

 彼が被せるように言った。

「……。昨日の私が話した怪談は嘘なんです。」

「そんな下らないことを態々言いに来たのか?やはり貴様は醜禍斃糵(しゅうかへいげつ)の冷やかし偏屈芋女だな」

 昨日より何か増えている。こともあろうに羞花閉月(しゅうかへいげつ)(もじ)って「醜くて不吉な(もや)し」呼ばわりして来るとは。偏屈なのはどっちだ。


 兎に角、私はこの偏屈七三喪服男と下らない言い合いをしに来たのではない。事の顛末を手短に話した。


「ふぅん。で?」

 怪談屋は私にそう尋ねた。

「で?」とはなんだろうか。昨日からそうだが、この男は時折要領を得ない発言をすることがある。怪談屋に怪談を語ったのだ。それで終いでは無いだろうか。

「冷やかし異常に最悪な(たち)だぞお前。僕ぁ君を慰める為に怪談屋をやってるんじゃ無い。帰れ。不愉快だ」

「何の話ですか。私そんなこと一言も」

「じゃあ何のためにそんな話をしに来た。怖くなったんだろう。不安になったんだろう。お前の所為じゃないと言って欲しかったか?怪談を扱っている故に怪異なんぞはこの世界に存在しないとそう提示してくれると?」

そう言うと彼は鼻で笑った。

「はん!お前の自慰に僕を巻き込むんじゃない」

「だから……私そんなこと……」

 否。そうであって欲しくないと、そう願っていたのは事実だ。怪談にして茶化すことで、心の呵責を楽にしようとしたのは、立派な自己的な慰めではないか。

 怪談屋は不敵そうに口角を片側だけ上げて、見下すような視線で言った。

()えて言ってやる。お前の所為だ。その先公とやらが行方を(くら)ませたのはお前の怪談が原因だ」

「否、そんな筈無いでしょう!だってそれじゃあ、まるで理屈になってない。話した内容が現実になる?馬鹿馬鹿しいにも程がある!それじゃあまるで───」

 それじゃあまるで、怪異が実在するみたいな言い草じゃないか。そんな訳はないだろう。この底意地の悪い男は私を(いじ)める為にそう言っているに違いない。

「馬鹿はお前だ。否、お前のような奴を形容するのに使われる馬と鹿が不憫だな。言うなれば蟇蚊(ばか)。差詰め阿呆と言ったところか。」

「お前は僕が今何屋をやってるのかてんで理解していないのではないか?」

 そう言い(なが)ら、ぎし、と音を立てて怪談屋は机の上に足を組んで座った。

 理解している。怪談を仕入れるのだろう。その後は多分……怪談を話す商売。

「存在しないものを存在するように騙るのは詐欺の手口だ。そんなものを商売と呼んでいいはずが無いだろう。」

 何を言っている。それなら怪談は仕入れるだけ仕入れて、どれも売り物にならないのだから収益は上げられない。それこそ商売とは程遠いじゃないか。

「仕入れたものの真贋を確かめる。」

 だから、この場合に()いてそれは全て贋作で───

「阿呆にも分かり易く言おうか」

 不要だ。と言うより聞きたくない。


「怪異は実在する」



 こんなところに来た私が馬鹿だった。荒唐無稽で支離滅裂な大人の言うことなんて、信じるに値しない。怪談屋なんて胡散臭いもの、端から頼りにするものでは無かった。


「信じてないなお前」

「当たり前でしょう!そんな突飛な話、どう信じれば良いんですか!!証拠……そうだ怪談屋でしょう!何か証拠のようなものはあるんですか!」

 そういうと、怪談屋はすっと、スマートフォンの画面を見せてきた。

 画面にはSNSのタイムラインが表示されている。

 思わず息をのんだ。

 ()るアカウントの投稿。


「なんかずっと進行方向に赤い服着て赤ちゃんあやしてる女の姿が見えるんだけどナニコレ。」

 写真も添付されていた。

 被写体は大きく歪んで波打っていた。


 私が昨日、考えてはいたが語らなかった部分……と言うより設定だ。これが怪談屋の仕込みだとして、頭の中でも覗けない限り、偶然以外に不可能な仕掛けだ。

 そしてその写真に映る(みち)

 それはここから直ぐ近く。

 話している最中、想像していた、あの路だ。


 偶さかそうであった。

 偶さか、そうなった。

 二度、珍しくも偶然が重なっただけ。


 ……本当に?



「……どうしたら良いですか。」

 私の声は震えていた。自分が思っていたよりも。

「何故僕に委ねる。君がどうしたいかだろう。尤も、それを言葉にするほどの能が無いと言うのなら話は別だがね。」

 正直に言えば、自分でもどうしたいかは分かっていない。ここ二、三日、この怪談屋と関わるような場面では衝動的にしか動いていないように思える。

 私はどうしたいのか。

 呵責を取り払いたかった。

 どうすれば取り払えると思った。

 私の怪談の所為じゃないと、そう思えられればよかった。

 でも現実は確信が増すばかり。

 ならばどうすれば取り払える。

 この胸の内に巣食って纏わり付く罪悪感という感情は。


「……真実だと分かって、その後はどうするんですか。」

「だから僕ぁ言ったろう。君がどうしたいかだと。それは君だから特別という訳では無いんだぞ。」

 それは詰まり


「解決も……出来るということですか。」

「確約は出来んがね。依頼の程度にも()る。怪異を完全に消してくれとか言われると正直厳しいがね。」

 消してくれ、なんて言わない。今の私にとって一番重要なのは、私の所為で国木田先生が居なくなったかもしれないということ。

 いけ好かないし目付きも気持ちの悪い教師だったが、だからと言って消えて欲しい、死んで欲しいと思ったことは無い。

 私は深々と頭を下げた。

「お願いします。国木田先生を見つけて下さい。」


 怪談屋は不敵に笑った。


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