エピローグ
後日、怪談屋の方から連絡が来た。色々落ち着いたから話があると、そう言われた。
私も、国木田やあの肉塊がどうなったのか知りたかったし、何より、「高くつく依頼」の料金をまだ払っていない。
カツカツと、喫茶店「すたぁげいざぁ」横の階段を登り、その二階の黒檀のドアのノブに手をかける。
ガチャ、と音を立ててあげると、中には怪談屋とその助手の虎さんがいた。
「まぁ座れよ」
と怪談屋が言う。
遠慮無く私は空いた椅子にすとん、と座った。
「まぁ、幾つか聞きたいことはあるだろうが、順を追って説明する」
そう言って一口、怪談屋は珈琲(おそらく、下の喫茶店の店主、堂島さんが淹れたもの)を含んだ。
私の前には紅茶が置かれており、私も一口、すっ、と飲み込む。香ばしい茶葉の香りにほんのり桃の風味がした。
かた、とティーカップを置く。
「先ず大前提として、今回の国木田を裁く法はこの国にない」
……分かってはいたことだ。呪いをかけたことを裁くなんて法は、近代国家に於いて凡そあるべきものではない。
「だが、だからといってあいつが無罪放免になる、という訳でもない。然るべき場所に送っておいた。あの肉塊と一緒にな」
怪談屋はそう言う。「然るべき場所?」と私が聞くと
「知り合いに随分豪快なお坊さんが居てな。ゴリラみたいなやつなんだが、そいつの寺兼神社兼修行場みたいな施設に送った。ついでに国木田に呪いの方法を教えたコミュニティについての調査も請け負ってくれた。それと、肉塊の方も色々精査して、出来そうなら御神体として丁重に祀ると言っていた」
「そういうものでも祀るんですね」
「そういうものだからこそ祀るんだ。祀るのは神様を讃えたり敬ったりする為だけにあるんじゃない。ああいう、悲惨な事態に遭ったものを慰めたり、鎮めたりするためにもあるんだ。それで言うなら菅原道真とかいい例だな」
「……と言うか、寺と神社って兼任していいんですね」
「神社と寺、神道と仏教が明確に分離したのは明治だぞ。遡ってみれば、別々のものとして扱ってる時代の方が短い」
そういう意味じゃなく、法的にという意味だったのだが、まぁいいか、と思った。
「嗚呼、そうだ。あとあの鏡だが、ちゃんと処理しておいたから、もうあそこから異界に行くことはできないぞ」
「行きたいと思いませんよ」
本当に思わない。大金を積まれても御免だ。
「あの憑代に使われた石はどうしたんですか?」
私があの日、抱えて事務所に持って帰ったあれのことを聞いた。
「元あった場所に返したさ」
と、怪談屋は答えた。宮城まで行ってきたのだろうか。
それから暫く会話に間が空いた。別に、嫌な沈黙という訳ではなかった。気まずい空気という訳でもなかった。ただ、お互い少し考えあぐねて、お互いどちらから切り出そうかと考えて。いざ、声を出したのは同時だった。
怪談屋が珍しく引いたので、私は続ける。
「今回の依頼料についてですけど、引き続き、私がここの手伝いを暫くすることでチャラってことでいいですか?」
怪談屋は少しだけ、顔が険しくなった気がした。
「いいのか?」
と彼が聞く。
「今回で分かったろ。怪異に関わるということは、人の心の後ろ暗い所に踏み込むことだと」
私は答える。
「はい。分かってますよ。恐ろしい目に遭うことだってことも、ちゃんと」
実際、あの短期間で私は二度も死にかけた。
「……本当はな、不本意だが、今回の件の依頼料は出世払いってことで貸しとく心算だった」
今回呼んだのは、それを伝える為だと、怪談屋は言う。
「嫌ですよ。なんで貴方に借りを作って生きなきゃならないんですか。貴方に負い目があるとか思いながら生きるなんてまっぴらですよ」
それに、と私は続ける。
「それに、私はもう知ってしまいました。怪異や呪いの存在を。それで、そんなものから離れて生きる、見て見ぬふり……みたいなのはできない性分みたいです」
少しだけ溜めて、私は頭を下げて言う。
「ですから、宜しくお願いします」
「ふん」と、怪談屋が鼻息を鳴らす。
そして
「森須 八雲だ」
と彼は言う。
何事かと思って顔をあげると、「お前も怪談屋の一人になるなら、『怪談屋』って呼び名じゃややこしいだろ」と言って、スマートフォン(しかも最新機種)を手渡した。
「なんですかこれ」
「連絡用の携帯だ。自由に使ってもらっていい。ちなみにお前のチョーカーも渡しておく」
そう言って、チョーカーも渡してきた。
「こき使ってやるからな」
と彼は言う。
「酷すぎたらストライキ起こしますからね。虎さんと」
と私は答えた。
桜は散り、新緑が芽吹くこの頃に、私は怪談屋の一員となった。




