後日談 悪役令嬢は、穏やかな日常を手に入れる
朝の光が、窓から差し込む。
「エレノア、起きてる?」
「ええ、もう少しで行きますわ」
振り返ると、そこにいるのは夫――レオン。
この事実に、今でも少しだけ笑ってしまう。
悪役令嬢だった私が、
物語に名前も出ない青年と結婚し、
こんな穏やかな朝を迎えているなんて。
***
商会は、今日も忙しい。
「奥様、この契約書ですが――」
「ここ、条件を少し詰めましょう」
“奥様”と呼ばれるたびに、
胸の奥がくすぐったくなる。
私はもう、
誰かの婚約者役でも、
断罪される存在でもない。
ここでは、
一人の人間として働き、
一人の女性として愛されている。
「無理してないか?」
昼休み、レオンが心配そうに聞いてくる。
「してませんわ」
そう答えると、彼は少し安心したように微笑んだ。
「昔はさ、
君がいつも“誰かのため”に頑張ってる気がしてた」
その言葉に、私は頷く。
「ええ。でも今は違いますの」
彼の手を、そっと握る。
「私自身のために、生きていますわ」
***
夜。
二人で並んで紅茶を飲みながら、
ふと思う。
もし、あの日。
断罪の場で、泣いて縋っていたら。
もし、
“悪役”という役割に、しがみついていたら。
この日常は、なかった。
物語は、
選ばれる者だけのものではない。
降りる勇気を持った者にも、続きがある。
「ねえ、レオン」
「ん?」
「私、幸せですわ」
彼は照れたように笑って、
それでも真っ直ぐに答えた。
「俺もだ」
悪役令嬢の物語は、
本当に、完全に終わった。
でも――
エレノアの人生は、
今日も、明日も、続いていく。
とても静かで、
とても確かな、幸福とともに。




