第二話 やばばっ!エルフ谷のリフィリット(ゴブリンとか赤竜とか)
タカヤがエリィのパーティーに加わる事を決めてから、はや三時間ほどが過ぎていた。
無事にギルドで依頼受注を済ませた二人は、エンターリアから南へ延びる街道を歩く。
ギルドでの依頼はタカヤの実力なども考慮して、危険度の少ない簡単なもの。エリィが選んだ。
依頼を受けギルドを去る時に、係員は二人にがんばってください! と声をかけてくれた。
お任せあれ! と胸を叩き自信満々なエリィとは対照的に、タカヤは不安そうな顔でぺこりと頭を下げるしかでき なかった。
何はともあれ、まだたった二人のパーティーは、初めての依頼を達成するために目的地を目指す。
「うーん……と」
変わり映えしない街道の景色にタカヤが飽きはじめた頃、何かを思い出したようにエリィは急に立ち止まった。
「? どうかした?」
「いえ、ちょっと確認しておきたい事を思い出しました」
タカヤの言葉に軽く返事をしながら、エリィは街道脇に生い茂る、腰の高さほどの草むらにどんどん入っていく。
草をかき分けながら身を屈め、ごそごそとエリィは何やら探しはじめた。
「うーん……いつもはもっとすぐ見つかりますのに」
一人ぶつぶつと言いながら、屈んだ状態でエリィは右に左にうろうろと移動する。
「何を探してるんだ?」
エリィの後について、タカヤも草むらに入る。
「あ、いたいた。よかったよかった」
丁度タカヤがエリィのいる地点に到着すると同時に、エリィは喜びの声をあげた
「スライムです! タカヤさんに戦ってもらおうと思って」
エリィの指さすほうには、丸く大きな水色の物体がぴょんぴょんと跳ねていた。
スライムは攻撃をしようとしているのか、エリィの胸の辺りをめがけて何度も体当たりを繰り返す。しかし、その攻撃をエリィは顔をタカヤに向けたまま、一歩も動かずにすいすいと避けている。
青の竜帝とさえ戦ったエリィにとって、スライムの攻撃など止まっているのと大差なかった。
目を瞑っていても、気配だけで避けれてしまう。
「えぇっ!」
タカヤは大声をあげた。
「実力は気にしないって言ってたじゃないか」
話が違う! とばかりにタカヤは訴える。
「はい。気にしてないですよ? 私もてっとり早くパーティーを組みたかったので」
相変わらず歯に衣着せず言い切るエリィ。
嘘でも嫌味でもなく本当にそう思っていた。
「とはいえですね……」
エリィは急に難しい顔でタカヤをじろりと見る。
「これから一緒に旅をするわけですから、念のためタカヤさんが実際どれぐらいの実力なのかは知っておきたいと思いまして」
「う……」
言葉に詰まるタカヤ。
エリィの言う事には一理あった。
「でもさぁ……」
まだエリィの胸めがけて突進を続けているスライムを、タカヤはちらりと見る。
水色のぶよぶよとした大きな丸いモンスターは、見ようによっては可愛いとさえ思える。
が、魔物は魔物である。
魔物と戦った事のないタカヤにとって、見た目の可愛さはまったく関係なかった。
未知の恐怖だけが湧いてくる。
「もうちょっと弱い魔物とか……いない?」
「いません。スライムなんて街道にいる魔物の中じゃ、よわよわのよわっ! ですよ?」
タカヤの妥協案をエリィが即座に却下する。
「だって俺、初めて戦うんだよ?」
「誰だって最初からうまく戦える人なんていませんよ」
「もし大けがしたり、死んじゃったらどうするんだよ」
「スライムに人間を殺せるほどの力はないです。それに、いざとなれば私が助けに入りますから」
タカヤの必死さに、エリィは半ば呆れ顔で言った。
「鬼! スパルタ!」
「なんですか?」
にっこり微笑むエリィ。その笑顔には明確な圧が感じられた。
なんなら、それ以上言ったらぶっ飛ばしますよ? と言わんばかりに杖を握る手に力が入っている。
「なんでも……ないっす……」
タカヤはしょんぼりとうなだれた。
「もー……うじうじ言ってても仕方ないですよ。言ってみるよりやってみる! はい! タカヤさん! どうぞ! 思いっきり斬りかかってください!」
「うう……わかったよ……」
気乗りはしないが、タカヤは腰の鉄検をゆっくり抜いて構える。
「いきますよー」
何度目かのスライムの体当たりを避けると、エリィはそのまま抱きかかえ、遠心力に任せて豪快にタカヤへ向かってぶん投げた。
なかなかの勢いで飛来するスライムにタイミングをあわせ、タカヤは剣を振り下ろす。
振り下ろされた剣は、見事スライムに命中……したのだが。
ぶにょん。
スライムの体が軽妙な音を発する。
命中はしたものの、タカヤの剣はスライムの柔らかな体を切り裂く事はなかった。
勢いよく弾かれてしまった。
「おっと……っと……」
弾かれた反動でタカヤはその場で情けなく尻もちをついてしまう。
立ちあがる間もなく、スライムはタカヤの顔面に飛び掛かった。
「うわぁーーーーーーーーーーーーっっ!」
いきなり視界をスライムに塞がれたタカヤが、この世の終わりのような叫び声をあげる。
「うわぁ……」
無表情でエリィは震えた声を漏らす。
「助けてっ! 無理っ! エリィ助けてっ!やばいやばいやばいっ! これ死ぬやつだ! 死ぬやつ!」
顔に覆い被さってきたスライムにパニックを起こしながら、タカヤはばたばたと手足を情けなく動かし必死にもがく。
その様子は打ち上げられた魚に似ていた。
「スライムも倒せないというのは、嘘ではなかったのですね……」
エリィもわかった上でパーティーに誘ったので後悔はないが、その現実を目の前で見せられると、なかなかきついものがあった。
「もぅ……しょうがないですねー」
エリィは気怠そうにのろのろとタカヤに近づくと、思いっきりチョップをスライムに振り下ろす。
「そぉーいっ!」
その瞬間。
びちゃびちゃーっ!っと、生々しい音をたてて、スライムは辺り一面に飛び散った。
水色の肉片(?)が地面のあちこちでぷるぷると小刻みに震えている。
「……ありがとうエリィ。助かったよ」
飛び散ったスライムの粘液を顔から浴び、とぅるんとぅるんになりながらタカヤは礼を言った。
「ありがとうじゃないですよ。スライム相手になんたるへっぽこぶりですか」
鞄からお気に入りの花柄の刺繍の入ったハンカチを取り出そうとして、エリィは手を止めた。
あ、これ。べとべとに汚れるやつだ。と思い、杖の手入れに使っている少し汚れているほうの白い布をタカヤに手渡す。
「てか、素手で倒すなんて凄いな」
エリィから受け取った布で顔を拭きながら、タカヤが感心する。
「こつを掴めばタカヤさんにもできますよ。弱い部分を見極めて、一気に攻撃を叩きこむのです」
その場でチョップの素振りをするエリィ。ぶぅんぶぅんと風を切る重い音が鳴る。
チョップでそんな音する? どうなってんの?
エリィの華奢な身体のどこからあんな力が出てくるのか。
まさか一緒に旅をしている相手が、世界を救った聖剣使いなどと思いもよらないタカヤには、エリィの屈強さが信じられなかった。
「素手は俺には無理だからさ、こいつでなんとかする方法を考えるよ」
手に持った鉄の剣をエリィに構えて見せる。今のところ、まったく扱える気はしない。
とりあえず、筋トレでもしてみるか? タカヤは思った。




