驚愕
「防げりゃそれが一番だけど、それが無理なら上から攻めればよかっただろう?それなら周りに気を遣う必要も無い。お前のミスは身の程わきまえないで正面から突っ込んだことだ。周囲に気を配る余裕ぐらいないとこれから先きついぞ」
反論しようのないシュウの指摘にミアは黙り込むしかなかった。
「で、これが一番致命的なんだけど何気絶してんだよ?いいか?さっきも言ったが身の程をわきまえて攻撃しろ。死力なんて尽くさなくていい。何のために隊組んでると思ってるんだ?戦って無理だと思ったら俺かガドナーに任せればよかったし、それが無理なら他の奴らに通信入れて袋叩きにすればよかったんだ。お前の一か八かの賭けに付き合わされる周りの身にもなってみろ。相手を倒した時に余力が無かったら、それは負けと同じだ。これからも討伐局でやっていこうっていうなら、運良く勝てたなんて真似は二度とするな。いいな?」
これまでと違う力のこもった口調のシュウの発言にミアはうなずくしかなかった。
「分かったわ。ねぇ、このことおじい様とおばあ様には伝えたの?」
「馬鹿言え。死んだならまだしも、邪竜との戦いで怪我したぐらいで一々家族に連絡するかよ」
呆れた様子でそう言うシュウだったが、ミアは心底安心していた。
今回の事を知られたらシンラはともかくキキョウは気にするはずで、それはミアとしても望むところではなかった。
「今日はもう帰ってもらって大丈夫ですよ。魔力を高めれば三十分もしないで歩ける程度には回復すると思います。それと今ミアさんが着ている服は私の予備なので、ちゃんと返して下さいね」
ミアの最後の特攻により斧は回収不能な程に砕け散り、服もその機能を果たせない程ぼろぼろになっていた。
そこでリンシャの予備の服を着せたのだが、ここでようやくミアは自分が下着を身につけていないことに気がついた。
確か気を失ったミアを助けたのはシュウだったはずだ。
そう思い出したミアは、シュウに鋭い視線を向けた。
どうしてミアににらまれているのかシュウはすぐには理解できなかった。
しかしミアの顔がわずかに赤くなっていることに気づき、ようやく合点がいった。
「ああ、そういうことか。安心しろ。受け止めたのは俺だけど、服着せたのはリンシャだから」
ミアを受け止める際に色々目に入ったし、リンシャのもとに運ぶ間はシュウの服を着せたりしたのだが、その場でそれを言う程シュウも鬼ではなかった。
その後ミアは何度か口を開きかけたが結局は何も言わず、まだ動けないミアを置いてシュウとリンシャは訓練室を出て行った。
シュウとリンシャが部屋を出てからしばらく経ち、ようやく落ち着きを取り戻したミアは今回の戦いについて思い出していた。
予想外のトラブルこそあったものの、戦いの内容自体はミアとしてはそれ程悪いものではなかった。
シュウに指摘された通り確かに勝利には程遠い内容だったが、Bランクの邪竜は一般の隊員百人でようやく勝てる相手だと聞いている。
それと引き分けたのだから自分は一般の隊員よりは強いと考えていいだろう。
シュウどころかガドナーにも負け、その上『フェンリル』の隊員の内何人かにも勝てそうにない。もしかして自分の強さは大したことがないのではと思っていたところに今日の結果だ。
自分が普通の隊員以上隊長未満と分かっただけでよしとしておこう。
この二日間で自分が相当うぬぼれていたことをミアは自覚させられた。
悔しいが先程のシュウの指摘通り、少しは身の程をわきまえた方がよさそうだと考えたミアは、とりあえず傷を癒やすために魔力を高め始めた。
「いやー、笑った、笑った。まずは胴体に攻撃加えて、弱らせてからとどめ刺すっていう定石完全無視だもんな」
訓練室からの帰り道、シュウとリンシャはミアの戦いについて話していた。終始楽しそうに話していたシュウとは対照的にリンシャは明らかに怒っていた。
「笑い事じゃありませんよ。私思わず『テンペスト』使いそうになりました」
『テンペスト』は研究局が開発した武器で、事実上リンシャ専用の武器となっている。
ある理由から多用はできないが、これを使えばリンシャはコウガやセツナに次ぐ遠距離攻撃の使い手になれる。
「俺とガドナーがサポートに入ってたんだから、そこまでやばくもなかったろ。最後の攻撃も期待以上だったし」
今日の戦いでミアは胴体へのダメージだけで邪竜を倒したが、これは隊長でも難しいことだ。
邪竜にとどめを刺す時は頭か首に攻撃をするのが一般的で、クオンやアヤネの様な攻撃力に欠ける隊長には今回のミアの真似はできない。
攻撃力に限って言えば、ミアはすでに一部の隊長たちを超えているということだ。
もっとも得意分野だけなら隊長に匹敵する能力者は討伐局では珍しくなく、総合力が低くては話にならないのだが。
「そうは言っても最後の攻撃はほとんど自爆に近かったですから、あれを参考にするのはどうかと思います」
「まあな。…あいつみたいな奴は早死にするか超強くなるかのどっちかだから、気長に育てようぜ」
その後二人は分かれてシュウはクオンの部屋に遊びに、リンシャは今回の戦いの報告書をまとめにシュウの部屋へと向かった。
魔力を高めて傷を治したミアは、まだ帰るには早いと考えて機構内を見て回っていた。
といっても三階は訓練室があるだけで、二階の研究局も部外者がうろついていたら変な目で見られる。
そのためミアの足は自然と一階にある資料室に向いた。
この資料室には邪竜との戦いを撮影した映像の他に、研究局が公開している資料や各局の過去の報告書などが保管されていた。
一般の棚に並べられているものは機構の職員なら誰でも閲覧できるが、奥の特別資料室の資料は隊長の他は、局長のいずれかが許可した人間しか閲覧できない。
ミアは討伐局に入ることが内定してから何度かシュウの戦っている時の映像を見たが、それでも資料室は自分には合わない場所だと考えていた。
そのため来たはいいものの特にすることも無く、結局立ち去ろうとしたミアだったが机の上に資料や本を広げて何やら調べ物をしている様子のヴェーダを見つけた。
ヴェーダもこちらに気づいた様だったので、ミアはそのままヴェーダに近づいた。
「何してるんですか?」
「隊の予算の分配で少し調べ物を。ミアさんこそ何をしてるんですか?探し物なら案内できると思いますけど」
「いえ、特に何ってわけじゃないんですけど。あ、そうだ。資料とかじゃなくて、一つ質問していいですか?」
「はい。私に答えられることなら」
ミアの頼みに内心身構えたヴェーダだったが、ミアはそれには気づかずヴェーダに質問した。
「今の隊長で一番強いのって誰なんですか?」
予想していたいずれとも違う質問をしてきたミアに戸惑いながらも、ヴェーダはミアに質問の意図を尋ねた。
「どうしてそんなことを聞くんですか?」
「調子に乗っていると思われるかも知れませんけど、私はいずれ隊長になりたいと思っています。だから今の隊長で誰が一番強いのか知りたいんです。とりあえずはシュウ隊長を目標にするつもりですけど、いずれその人も超えたいと思ってますし」
ここでようやくヴェーダはミアの誤解に気がついた。
「もしかしてシュウさんが隊長の中で一番弱いと思ってませんか?」
「え?それは序列九位ですから。…違うんですか?」
不思議そうにしているミアを前にどう伝えるべきか悩んだヴェーダだったが、事実をそのまま伝えることにした。
「今の隊長で一番強いのはシュウさんです。どの隊長に聞いても同じ答えが返ってくると思います」
「えっ、あいつがですか?」
ヴェーダの予想外な答えに思わず素の口調に戻ってしまったミアを気にせずにヴェーダは説明を続けた。
「隊長の序列は邪竜討伐と治安維持活動での功績、それに王族からの評価で決まるんですけど、シュウさんは王族のみなさんからの評価がすごく低いので今の序列になっているんです」
この王族からの評価というのは本来どの隊長も大差無いのだが、シュウは普段の言動と外周部出身という理由から王族からは忌み嫌われていた。
そのため王族はシュウの序列を最下位にするためだけにリクとヴェーダ、そしてセツナの評価まで短時間で上げていた。
これらの事情は別に秘密というわけではなかったが、それでも関係者以外にはあまり知られてはいない。ミアが知らないのも無理は無かった。
「はあ、なるほど。ちなみにヴェーダ隊長はシュウ隊長と戦って一撃入れることができますか?」
今まで知らなかった大人の事情を聞いて放心状態のミアだったが、何とか気を取り直して質問を続けた。
シュウに言われたからというわけではないが、年も近い同性のヴェーダとシュウの実力差に興味があったのでこの質問をしてみた。
「一撃ですか?まあ、入れるぐらいなら何とか…」
「…そうですか。変なこと聞きますけど、ヴェーダさんってBランクの邪竜一人で倒せますか?」
「うーん。どうだろう。私邪竜と戦う時は基本的に兄と一緒に戦うので、邪竜と一人で戦ったことが無いので…。Bランク相手ならさすがに負けはしないと思いますけど、でもどうしてですか?」
「いや、まあ、ちょっと」
ここで自分がBランクと引き分けたことを伝えるとヴェーダが気まずいだろうと考え、ミアはあいまいな返事をした。
本音を言うと今すぐにヴェーダと戦ってシュウ以外の隊長の強さを確認したいと思ったミアだったが、さすがに目の前の人畜無害そうなヴェーダに戦いを挑まない程度の理性はあった。
よりによって自分が勝とうとしていたシュウが討伐局最強だったという思わぬ事実に衝撃を受けたミアだったが、考えようによっては最強の隊長の下で強くなれるのだと前向きに考えることにした。
その後ミアは隊長をする上での苦労話や他の隊長たちの人となりなどをヴェーダから聞き、十分程してから資料室を後にした。




