消沈
「こうしてアイギスの平和は守られたのでした。めでたしめでたし」
気の無い口調で話を終えたシュウだったが、それとは対照的にリクとヴェーダは興奮冷めやらぬ様子だった。
特にシュウにあこがれているリクは、シュウの知られざる武勇伝を聞いて高揚している様子だった。
その後しばらく無言の二人だったが、ヴェーダが話を聞いた素直な感想を口にした。
「三年間の事件についてと言うより、ほとんどシンラさんとの戦いの感想でしたね」
ヴェーダにそう指摘されたシュウは三年前の邪竜との戦いについてしばらく考え、特に追加するようなことはないという結論に至った。
「あの邪竜は能力邪魔してくるのがうざかっただけで、戦闘自体は大して盛り上がらなかったからな。特に話すようなことないんだよ。な、つまんない話だったろ?」
「いえ、話自体はおもしろかったです。でも今の話のどこでミアさんがシュウさんを恨むんですか?シンラさんの命の恩人じゃないですか」
「この件は公表されてないが孫娘は一応関係者だからな。事情を半端に知ってて、俺が遅れて現場に来たことぐらいは聞いてるんだろ。俺を一度逃げた腰抜けとでも思ってるんじゃねぇか?」
「でもそれって…」
「ああ、勘違いだ。でも説明はできねぇ。俺がお前らにこの話したのは、お前らが隊長だからだ。じいさんが話してないこと俺が話すのもどうかと思うしな」
普段から規則などどこ吹く風のシュウだったが、積極的に規則を破る程反骨精神にあふれているわけではない。
そもそもミアのためにそこまでする義理は、シュウには無かった。
「シュウさんはそれでいいんですか?」
シュウとリクの会話を聞いていたヴェーダが二人の会話に口をはさんできた。
それに対してシュウは、特に悩む様子も見せずに答えた。
「別にいいんじゃねぇか。今さら俺を嫌ってる奴が一人増えたところで別に困らないし、さっき戦った感じだと隊長にはなれそうだったからな。来年には自力で真相にたどり着けるだろ。第一俺が速攻であの邪竜倒してりゃじいさんの治療は間に合ったかも知れないから、俺が役立たずっていうのもあながち的外れじゃねぇしな」
クオンとアヤネによる傷の治療には時間制限がある。
これはアヤネの能力を借りている人間がアヤネ程は能力を使いこなせないのが原因で、アヤネ以外が巻き戻しを行う場合はせいぜい三十分程が限界だった。
三年前の事件の際は、シンラが意識を失っていたため二人での治療が間に合わなかった。
シュウの説明を聞いたことで、先程のミアの態度が完全に逆恨みだと知ったリクはわずかながら怒りを覚えたようだった。
「それでシュウさんを恨むのはさすがに…」
「誰が悪いって言うなら、面子気にして嘘ついたじいさんたちが悪いんだ。俺だって聞かれたから答えただけで、お前らにできることなんて何も無い。とりあえず胸にしまっとけ」
シュウにそう言われてもまだ何か言いたそうにしていたリクとヴェーダだったが、シュウの言う通り自分たちが何かできるわけでもないと思い直し、それ以上は何も言わなかった。
「さてとそろそろおしゃべりは終わりにしようぜ。来月からはお前らも先輩だ。少しきつめにいくぞ」
楽しそうに笑いながら刀を抜いたシュウを前に、リクとヴェーダもそれぞれの武器を構えるとシュウとのけいこを開始した。
訓練室を後にしたミアは、呆然とした状態で帰路についていた。
ミアの当初の予定ではシュウに勝ち、そのまま別の隊で経験を積み隊長になるつもりだった。
ミアが正規の手順で討伐局入っていたら、ここまで無謀な計画は立てなかっただろう。
本来討伐局に入るためにはあらかじめ事務局に登録しておく必要があり、その後討伐局に欠員が出る度に登録順に補充されていくのだが、ミアはこの手順を踏んでいない。
ミアに一刻も早く隊長になってほしいというシンラの思惑が働き、いきなりの討伐局入りとなった。
もしミアが正規の手順を踏んでいたら、その途中で隊長たちの強さ、そして自分との力の差を知っただろう。
討伐局入りの希望を申請した者は、一定の金が与えられる代わりに週に一度隊長との訓練を受けさせられる。
隊長たちが持ち回りで行っているこの訓練で隊長たちの力を理解し、適度に自信を潰されて別の職を探すか謙虚になっていく。
ミアはこの過程を飛ばしてしまったので、今回のミアの暴挙は必ずしもミア一人のせいではなかった。
討伐局入りと同時に住むことになったシンラの部屋に帰りながらミアは、シュウについて調べたことについて思い出していた。
王歴百九十七年にシンラの推薦で隊長に就任し、けがを負って隊を率いることができなくなったシンラの部隊を引き継いだ男。
シュウが街の人間から白い目で見られている理由の一つに外周部時代に多くの人間を殺していることがあった。
シュウはこれを公然と口にしており、それでもシュウが捕まらないのは外周部の人間、正確に言うとアイギスの戸籍に登録されていない人間が被害者の場合、そもそも犯罪にならないからだ。
これは昔架空の人物を被害者に仕立て上げるという行為が横行した時の名残で、アヤネが治安維持局局長に就任してからはこの状況は多少改善されたが、法律自体はそのままになっている。
セツナが捕まったのは、あくまで街の人間を多く殺したからだ。
隊長をしていられるのが不思議なぐらいの最低の人物。
それがシュウについてできる限り調べたミアが抱いた感想だった。
ミアは子供の頃からシンラになついていて、口を開けば将来は隊長になると言って周囲を困惑させた。
ミアが父親とうまくいっていなかったこともミアがシンラになついた原因だった。
シンラの実の息子であるミアの父親は能力者ではなく、街で事務職に就いている。
そしてミアが六歳で能力に目覚めて以来、父親との関係がぎくしゃくするようになった。
別に父親のミアへの当たりがきつくなったというわけではないが、ミアが能力に目覚めたのがきっかけで確実に父親のミアを見る目が変わった。
ミアの父親はシンラの一人息子で、能力者でないことから周囲から色々言われたらしい。
そのことが父親の態度の変化の原因だということはミアも察していた。
それもあり討伐局入りと同時に家を出た。
自分の憧れであり目標でもあったシンラが病院に運ばれた三年前の事をミアは今でも覚えている。
ベッドに横たわり力無く笑っていたシンラの姿をミアは一生忘れないだろう。
シュウへの恨みや負けた悔しさなどで頭の中がまとまらなくなってきたミアが機構本部のシンラに割り当てられた部屋に入ると、居間にはシンラの妻、キキョウがいた。
「あら、お帰りなさい。シュウ隊長にあいさつをしてきたのでしょう?何もされませんでしたか?」
最後の質問でキキョウがシュウをどう思っているかがミアにも伝わってきたが、ミアはとりあえず当たり障りの無い返事をするにとどめた。
「はい。副官の方やリク隊長、ヴェーダ隊長も一緒でしたので。シュウ隊長も頼もしい方で特に問題は無かったです」
この頼もしいという表現は、『手加減と気遣いをされた上に負けてムカついた』をキキョウの手前好意的に表現した結果だった。
今は一人になりたい気分だったので、そのままキキョウの横を通り過ぎようとしたミアだったがキキョウがシンラからの伝言を口にした。
「あの人が部屋で待っていますよ」
帰宅早々シンラに呼び出される理由などミアには一つしか思い当たらなかった。
気は進まなかったが無視するわけにもいかず、ミアはシンラの部屋に向かった。
扉をノックしてからミアが部屋に入ると、シンラは読んでいた資料をテーブルの上に置くとミアに席につくように言った。
「シュウさんと戦ったらしいですね」
席に着くなり言われた一言でミアは自分の予想が当たっていたことを知った。
おそらくあの場の誰かがシンラに密告したのだろう。そう思ったミアだったが、シンラはそれを否定した。
「先に言っておきますがシュウさんたちから聞いたわけではありませんよ。訓練時間でもないのに斧を持った女の子が隊長三人と歩いていて噂にならないはずがないでしょう」
シュウを倒すことしか考えていなかったミアは、自分の行いが軽率だったことに今さらながら気づき、先程のリンシャの言葉を思い出した。
「すみません。おじい様に迷惑をかけてしまって…」
「私は別に構いません。シュウさんも気にしてはいないでしょうし、今回は別に怒るために呼んだわけではありません。シュウさんと戦った感想はどうでしたか?」
シンラの単刀直入な質問を受け、ミアはしばらく考えてから口を開いた。
「実際に戦うまではぎりぎり隊長が務まるぐらいの力しか無いんだと思っていました。でも実際に戦って、今の私では理解できないぐらいの力の差が私とあの人の間にはあると思い知らされました」
「そんなにひどく負けたのですか?」
あまりに素直なミアの発言を聞き、シンラはシュウがやり過ぎたのではと心配した。
そんなシンラの心配をミアは否定した。
「いえ、シュウ隊長は私に傷一つつけませんでした。まあ、精神的にという意味なら相当傷つきましたけど。シュウ隊長はかなり手加減をして戦っていたんですけど、副官の人に言われるまで私はそれに気づけませんでした。相当うぬぼれていたと思います。それにその副官の人に言われたんですけど、せっかくシュウ隊長の部下になったんですからシュウ隊長のことは自分の目でゆっくり判断するつもりです」
「なるほど、リンシャさんがそんなことを…。でしたら私から言うことはこれ以上ありません。明日から本格的に『フェンリル』での活動が始まります。今日は早めに休んで明日に備えて下さい」
ミアが退室した後、シンラは先程のミアの様子を思い出していた。
ミアの様子を見る限り、シュウはシンラの思惑通りミアの思い上がりをへし折ってくれたらしい。
ミアが隊長になれる素質を持っているといってもそれは将来的な話で、今の段階では隊長どころか少し強い隊員にすら負けるだろう。
戦いの世界に身を置く者は、早い内に敗北を経験した方がいいとシンラは考えている。
そうでなくては向上心が生まれないし、何より負けたことのない人間は自分を過信してしまう。
そうシュウと例のSランクの邪竜に立て続けに負けた時のシンラの様に。
自分が無敵ではないと理解していない人間は危機の際の対応が不得手になってしまい、それでは多くの隊員の命を預かる隊長としては失格だ。
以前シンラがシュウに負けたことがあるのかと尋ねたところ、初めて負けたのは十歳の時で、時間を止める能力者に負けたらしい。
その後勝ったり負けたりを繰り返し、気づいたら外周部最強となっていたそうだ。
シュウに言わせると、余力が残っておらず生殺与奪の権利を敵に握られていたシンラとの戦いも負けになるらしい。
まさか討伐局局員として働く前にミアがシュウに戦いを挑むとはシンラも思わなかったが、早い内に敗北を経験したミアは自分が引退するまでには一人前の隊長になってくれるだろう。
しかしシュウの言動や考えまで真似するようになるとキキョウがいい顔をしないだろうから、そういった部分までは真似しないでほしいとシンラは切に願った。




