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妾は南の国の王女である!<恋心>

 南の偉大なる国の、武芸に唄に秀でた類まれなる王女として妾は生きてきた。


 仕える周りの者たちも、妾を見る目は輝いていてとても愛らしいと口々に言う。物心ついた頃からチヤホヤされてきたため、妾はとっても誰もが望むような顔をしていて、勉学も優秀なのだと褒めそやされるたび当たり前だと受け取っておった。

 太陽が毎日顔を出すように希望に満ちた未来が待っているのが至極当然だと、な。


 「お初にお会いいたします、南の王女殿下」


 すっと片手を差出し、北国特有の気安い挨拶をしてきた第二王子。

薄い金髪に淡い目の色をした整った目鼻立ちは幼さを残してはいたものの、一回り年上の彼は妾からしてみると初めて目撃する異性として映った。それでいて、この声変わりしかけの男声特有の控えめで物静かな声は、どこか胸の奥をくすぐる。

 瞬きつつも、仰ぎ見続けた。


 「僕はあなたとこうして話し合える機会を設けることができ。

  光栄に思います」


 初めての相手、初めての敵国との遭遇。仕方ない、妾の国は負けたのだから。

 いやしくも我が国は敵国の王家の血を入れねばならぬ。

戸惑いはないとはいえない。だが敗戦条件としての根負けした婚約であり、妾の背後には父上がおられる。

 そして第二王子の後ろにも、やや不摂生な生活を送っているものかどこか体型が歪つな敵国の王がおった。片頬を嫌らしく上げて己の弟をコマのように扱うこやつは、王としての風格を言えば情けない風情だが顔立ちはなるほど、確かに妾の婚約者と似通っている。ただ視線を向き直すと、このたび婚約者となった第二王子のほうが見目な良いし、そこそこ優れた資質を持っていると聞き及んでおる。端正に整った鼻筋、北国の王家らしい薄い色を纏う彼は間違いなく王子らしい恰好をしていた。誰もが憧れる、美しき顔形。

 にこり、とほほ笑む第二王子。

途端、潮騒のように何もかもが遠のいていく気配がした。

 顔全体が、じわじわと熱くなってくる。


 「……王女殿下」


 傍仕えの侍女からの細やかなる催促がなければ、妾は立ち続けていたかもしれぬ。

なんせこの時に妾は、恋に落ちたのだから。





 妾と隣国の敵国、北国の第二王子との婚約は国の慶事として発表された。





 以降、妾と第二王子は手紙のやり取りをしたり、たまさかに会いにこられる殿下の接待をするが、彼の成長ぶりときたら。妾は緊張しっぱなしであったな。妾は次期女王としての扱いを受けていたため、こうして対等なる相手ができたことに何よりも喜びとしたのやもしれぬ。

 彼が父上と政治談議をしたり、南の国の王配としての職務に励んでおられたのを微笑ましく横目で盗み見る。妾にはそれがたまらなく嬉しく、喜びの糧となった。勿論、妾も彼に負けられぬとばかりに学びを増やす。次期女王として、やらねばならないことは多岐に渡るゆえ。妾との逢瀬もたびたびありて、仲は深まるばかり。手を引いて歩く彼の姿勢の良さに、妾は心から惚れていることと実に感じ入る。恥ずかしいことよ。


 「姫?」

 「どうもない」


 月日は流れ、わらわの婚約者殿は次の手順として、公爵の地位を与えられる。

日々は煌びやかに、依然、キラキラと輝いていた。





 じゃが、そんな歳月は。

まったくもって、社交界にはびこるようになった噂によって黒く塗り尽くされることとなりおったわ。


 「女、を?」


 はい、と頭を垂れて話をしてくるのは妾の侍女。

南の女らしく見事な体型で、妾を叱りつけることもする乳母でもある。


 「あのお方、公爵様は北国で戻り。

  社交界を渡りに渡り歩き、

  どうも、見繕っているようで」

 「……馬鹿な」


 おいたわしや、とばかりに乳母は悲しげに首を横に振る。


 「嘘偽りなく申し上げております」

 「……まさか、妾をたばかるような真似は、ばあやはせぬし。

  ……あくまでも噂であろう?」

 「だとよろしいのですが。

  しかし北に嫁いだ妹によれば、あらゆる女性を閨に誘っているとか」

 「そんな」


 あり得ぬ、とは言い切れなかった。

 一回り上の婚約者殿は、もはや立派な貴公子であられた。

 そのため、妾の成長を待たずしてあれこれと。手ぐさみに社交界の花々を手折るのは、何も北国の男たちに限らず、南の貴公子たちもまた同様のことはしていた。さすがに南国の唯一の嫡子である妾に話しかけようとする強者はおらぬが、だが。

 (この張り裂けそうな、胸の痛みはなんぞや)

 ぐっと握りしめた扇がパキリ、と折れる。

 

 「姫様!」

 「……大事ない」


 (そう、男とは遊ぶものよ)

 母上はそうおっしゃられた。

妾の他兄弟はおらぬが、しかし父上は不定期な妾と戯れに出かけるときの母上の寂しげな横顔を思い出す。

 (わたくしの可愛い姫、仕方のないことなのよ)

 正妃である母上。

何度も離縁を願い出たが、別れることはなかった。互いに政略婚であることを分かっていたのでな。

 (所詮は北の男よ)

 そう思いたいが、あの時。

心が落ちた音はいつまでも心臓の中で転がっている。





 不安ばかりがとぐろを巻く毎日であった。

北国との関係悪化は酷くなり、軍歌が南の都で流行歌として広がりを見せた頃。


 「ああ、お懐かしゅう」


 妾にあれだけの心配をさせた男が突如戻ってきおった。

妾は、大いに声を張り上げた。心配、も浮上しておったが。それよりも、怒りが爆発してしまう。


 「……嗚呼、馬鹿者!

  婚約者をこれほどまでに待たせるとは、

  とんだ痴れ者よ!」

 「はは、これは参りましたね」


 妾の婚約者は、いつもと違う恰好でおった。

改めて、その服装に関し問い質す。あまり良い質の布地ではない。


 「その身なりは?」

 「ああ、これですか。

  似合いますか?」

 「む。ううむ、まあ、そうよな。

  孫より衣装というべきか」

 「ははは、無理して褒めなくて良いですよ。

  これは俺が冒険者をしているときの恰好ですから」

 「なんと」


 そのようなことをしておるのか。

初耳だった。


 「俺、姫様の現在の年頃のときに、

  世界を知りたくなって。

  飛び出したことがあるんですよ」


 爽やかに笑う彼は、そう言って、どこか遠い目をしている。


 「ああ、楽しかったな。

  市井でたくさん騙されたし。

  良い人にもたっくさん会えた。

  俺、こんなに世界が広いってこと知らなくって」

 

 彼の横顔、その頬は相好崩れっぱなしで。


 「会いたかったな。

  どうしても会えなかった人がいて」


 そのキラキラとした彼の瞳に、誰が映っていたのか。

気になった。





 のち、婚約者殿が我が王宮に突如として出現した経緯が判明した。

父上にいわれ、北国の王宮をずいぶんと荒したのだという。


 「なんと、そういう訳であったかの」

 「はは、気に病みましたか」

 「心配してもうたわ!」 

 「ははは」


 婚約者殿は、そういって快哉とばかりに笑う。

じゃが、妾は。笑顔ではおれぬ。


 「どうされた? 我が婚約者殿はどうも不機嫌だ」


 ぷい、と顔を逸らす。

それでも妾は、この公爵殿の近くから離れることはできなかった。

 (惚れた弱みというやつかのう)

 妾の手元には幾多の情報がある。

この公爵殿がヤンチャしたこととか、冒険者としてあちこちに名を馳せたこととか。それと、

 (あの女……)

 とある女性の影が、常に付きまとうことなどなど。


 妾は、この心から血が流れることを知った。ただ転がるばかりで役に立たぬ恋心とばかり思っておったが、それだけではなかった。

地団太を踏み、嫉妬にあえぐことも知ったのだ。

 妾には堂々とこの男を追及する権利はある。

なんせ婚約者だ。妾は彼を詰ることだって可能であろう。権利だってあるはずだ。

 じゃが、と。

長年の学びによって奥底に封じておった、弱者たる心がそろりと影から顔を出してきよる。

 (もし、藪蛇になってしまったら?)

 ぞっとする。

 (何故、こんな思いをせねばならぬ?)

 不安と混乱。

そして絶望がひしとこの身によじ登ってくる。

 しかし、と。

妾は顔を上げる。

 

 「南の、妾は王女なるぞ……」

 

 呟くと、少しは気が晴れた。

ただ、のろのろとした足取りだけは素直ではある。






 北国の財産を奪える程度に奪ってきた公爵に、父上は終始ご機嫌であった。

ついでとばかりに、未だ裏切ったと伝令が届かぬよう始末したという最南端の防衛地に、あの公爵は現れ、危険を顧みずに南の王家として最前線の指揮をとったとか。

 (なんと無謀なる男よ)

 妾はとんだ男が婚約者になったものだと嘆息する。


 「姫、どうした?」 

 

 首を横に振り、妾は否定する。


 「なんでもありませぬ。

  妾は、これから視察に向かわねばなりませぬゆえ。

  御ぜんを失礼いたしまする、父上」

 「ほう、婚約者殿が心配だとはっきり申せば良いのにのう」

 「失礼いたしまする!」


 苛立ちが込み上げるせいか、だんだんと軍靴を鳴らしながらわらわは南の王宮をあとにする。

倒れ、ベッドに横たわる父上の弱った姿を脳裏に浮かべながらも先を急ぐ。

 焦燥が燻る。


 「……妾は南の王女、

  次期王位継承者」

 

 この重みを理解した途端、妾はたまらなくあの婚約者殿に会いたくて仕方なかった。

堂々とした立ち振る舞いも、本当のところは。

 弱くて、立ち止まり居続けたい自分を奮起してるだけに過ぎない。

そんな妾にとってあの華やかで派手な婚約者殿は身に余る男であった。じゃが。

 (あの男でなければ、我が国は立ち行かぬゆえ)

 所詮それは言い訳にしか過ぎぬ。不安だ。不安がある。どうしようもない、不安が。

 この婚約も元は相手から言い出したこと。どこに間違いなぞあろうか。 


 



 知らせを受け、拾った竜は面白い爺やであった。

なかなかの痛快な言い回しに、妾の不機嫌も吹き飛ばされるというものよ。


 「竜よ、そなたはまこと面白い」

 「そうかのう。

  ふむ、そなたもなかなかのものだぞ姫よ」 

 「ふ、そうかのう」

 「おや、これは一本とられた」


 わざと物真似して言ってやれば、竜はふふふ、と鼻息荒しながら笑う。

空気抵抗もあるというに、器用に喋る竜は妙な生き者であったが妾よりも巨大な躯体、大きな瞳であるにも関わらず、妾のような人間たちを丁寧扱う術を心得ておる。まあ、妾の部下たちを鼻息で飛ばせるほどの器用さも持ち合わせておるようだがな。怪我もさせずに。

 ふう、と息をつきながら、妾はちらりと背後にいる馬車へと視線を向ける。

近衛隊に守られしかと歩む車輪。その轍を作りながら進む馬車の中には、長年保護してきた見目麗しき神鳥と神人が乗っている。


 「……気になるか」

 「……当然です。

  妾にとって……神人は迎え入れねばならぬお約束のお方でありますれば」

 

 婚約者殿からの知らせがなければ、無視するところであった、とは言えぬ。

 平凡な黒目黒髪。

 どこかぼやっとした。気張り気のない雰囲気の女であった。違いなく妾より年上の女子であったが、大人の女性、の年齢らしきもののわりに童顔で、それでいて魔法を扱うというのだからこのたびの神人は一風変わったものだと思える。


 婚約者殿は、今頃、盛大に破壊しつくした最前線の拠点を放棄して南に向かっている最中である。その出迎えがしたかったが致し方ない。

 気が逸るものの、永遠にも渡る神人との約束事を放棄するような真似は、我が南の王家ができるはずもなし。


 「リア、様と申される方。

  お淑やかなお方とお見受けいたしまする」

 「む、そうさの。

  今代の神人は大人しくて変わり者で、

  どこか懐かしい人の形を成した者よ」


 しかして、この直感はなんと申せば良いのか。

わからぬが、しかし、嫌な予感が頭を巡って離れぬ。

 (……とは、さすがに古の竜に言えぬわ)

 幼い手、ではなくなっていったが、未だに妾は成長している途中だ。

立派だとは思えぬ女性の身なれども、それでもあの婚約者殿の笑みを思い起こせば、ほんわかと胸の奥で温かみを生じさせる。

 (お慕い申し上げまする。

  ……妾の大事な婚約者殿)

 しかし、両目を瞑るとどうも、この暗闇が恐ろしくて仕方ない。

 ドク、ドクと心臓の音が度々高鳴るのは緊張のせいなのか、それとも不安のせいか。

もしくは、両方か。

 神人の、あのどうにも掴めぬ顔と。

 婚約者の顔が、交互に入れ替わって仕方なく。

 妾は、自戒を込めて――――安心せよと、きゅっと唇を結ぶ。

 (彼らは確かに知り合いかもしれぬ。

  だが、だからといってどうということはない)

 少なくとも、妾は婚約者じゃ。

国と国との約束事。北を負かすことができれば、相手を属国にするためにもこの婚約が有利に働くのは自然である。

 (そうじゃ、何も気にするに値せぬ)

 むしろこれからの決着をつけねば。

 そう思い、北の国との交渉ごとをどうすべきか、あるいはまた最後までやり遂げるか。

 思考の波に、次第に触られていったが……一抹の、過ぎった不安の種だけは揺蕩っていた。 





 女の直感ほど、真実を貫くことはない。芽生えた疑惑は意識の底から、顔を出す。

そのことを我が身をもって理解することになってしまったのは、果たして皮肉というべきだろうか。

 

 久しぶりにお会いした婚約者殿が、


 「リア!」


 出迎えに向かった妾をすり抜け、神人へと笑顔満面で抱き着くのを目の当たりにし、立ち尽くすこ羽目になるとは。

 さすがに妾も、露ほどに思わなんだ。

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