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第4話 無惨な末路と新たな覇道

ゴーレムの巨大な足が振り下ろされる。

ガルドは恐怖で顔を引き攣らせ、咄嗟に近くにいた傭兵の背中を蹴り飛ばした。

傭兵は悲鳴を上げる間もなくゴーレムの足の下敷きになり、その肉塊がクッションとなって、ガルドとマリアは間一髪で即死を免れた。


「ひぃぃぃっ! 逃げるぞマリア!」

「待って、ガルド! 私の服が、服がぁぁっ!」


ガルドは折れ曲がった赤錆まみれの聖剣の柄だけを握りしめ、腰を抜かしているマリアの腕を引いて泥濘の中を走り出した。

背後からは傭兵たちの断末魔とゴーレムの咆哮が響き渡る。彼らは自分たちを護るために雇った仲間を囮にし、ただ己の命惜しさに無様な逃走を続けたのだ。

マリアの姿は悲惨を極めていた。

神の加護を受けた純白の法衣は、布としての構造を完全に維持できなくなり、走るたびにパラパラと繊維が崩れ落ちていく。過去の魔物たちから受けた腐食性の毒液や酸のダメージが今になって顕現し、残った布地すらもドロドロに溶け出していた。


「いやっ、溶ける! 肌が焼けるわっ!」


マリアは泣き叫びながら、溶けかかった布を自らむしり取らざるを得なかった。

結果として、彼女の体は下着すら溶け落ち、文字通り全裸同然の姿となってしまった。泥と血にまみれ、あちこちに擦り傷を作りながら、恥じらいもなく必死にガルドの後を追う。かつて「自分の品格が下がる」とレオンを蔑んでいた高慢な聖女の面影は、もはや微塵も残されていなかった。


三日後。

王都の正門に、泥まみれでボロボロの浮浪者のような男女が辿り着いた。


「おい、見ろよあれ……」

「まさか、勇者ガルド様と聖女マリア様か!?」


門番や行き交う人々が、驚愕と好奇の目を向ける。

ガルドは自慢の金髪に泥と脂がこびりつき、立派な鎧は無数のへこみと傷でスクラップ同然。腰に下げているのは、鞘に収まりきらずに赤錆をポロポロとこぼし続ける、ただの鉄くずと化した剣の柄だ。

その横を歩くマリアはさらに悲惨だった。彼女は道中で拾った薄汚い麻袋を繋ぎ合わせて体に巻きつけ、辛うじて急所を隠している状態だった。隙間からは泥だらけの肌が覗き、かつての輝かしい銀髪は鳥の巣のように絡まり合っている。


「見ないで……見ないでよぉっ!」


マリアは周囲の視線に耐えきれず、麻袋を強く握りしめて顔を隠し、ポロポロと涙をこぼした。


「ちくしょう、ちくしょう……なんで俺がこんな目に!」


ガルドは血走った目で周囲を睨みつけながら、足を引きずるようにして冒険者ギルドへと向かった。

彼らの惨状はあっという間に王都中に知れ渡った。

ギルドに到着するなり、彼らは生き残った傭兵の家族や所属ギルドから、激しい非難と莫大な賠償請求を受けることになった。仲間を盾にして逃げたという事実が暴露され、彼らの名声は完全に地に堕ちたのだ。

俺からピンハネして貯め込んでいた金は、賠償金と宿の滞納費、そして怪我の治療費として瞬く間に消し飛んだ。

最高級のスイートルームからは当然のように追い出され、今や彼らは王都の裏路地にある木賃宿の、カビ臭い屋根裏部屋に身を寄せている。


「ガルド……どうするのよ。私、もうこんな生活耐えられない。あの麻袋のせいで肌が被れてしまったわ。早く新しい法衣を買ってよ!」


狭いベッドの上で、マリアがヒステリックに叫ぶ。


「うるさい! 俺だってどうにかしたいんだ! だが、金がない! ギルドからは依頼を干され、この聖剣もただのゴミになっちまった!」


ガルドは床に放り投げられた赤錆まみれの剣を蹴り飛ばした。

剣は乾いた音を立てて壁にぶつかり、さらにボロボロと崩れ落ちる。


「……そうだ、レオンだ」


ガルドの脳裏に、あの薄汚い研ぎ師の顔が浮かんだ。


「あいつだ! あいつのあの不気味なスキルがなくなったから、俺たちの装備はこんなことになったんだ! ということは、あいつを見つけてもう一度俺たちの専属にすれば、この剣もマリアの法衣も、元通りに直せるはずだ!」


マリアもその言葉にパッと顔を輝かせた。


「そうよ! あいつは私たちのパーティーにいたがっていたもの! 私たちが『戻ってきてもいい』って言ってあげれば、尻尾を振って喜んで戻ってくるに決まってるわ! ほらガルド、早くあいつを探しに行きましょう!」


彼らの頭の中には、自分たちが俺に対して行った非道な仕打ちへの反省など微塵もなかった。

あるのは、ただ自分たちの栄光を取り戻すための、底知れぬ自己中心的な欲望だけだった。


同じ頃、王都の冒険者ギルドの一角は、熱気と歓声に包まれていた。


「すげえぞ、レオン! お前、またあのワイバーンの群れを無傷で討伐したのか!」

「セリアちゃんの剣技も相変わらず見惚れちまうぜ。あの巨大な魔剣、普通の人間じゃ振り回すことすらできないのにな!」


俺はギルドのカウンターで、討伐証明部位であるワイバーンの牙を次々と提出していた。

横に立つセリアは、俺の背後に控え、周囲の冒険者たちからの賞賛の声に冷ややかな視線を向けつつも、俺に対してだけは花がほころぶような甘い微笑みを向けている。


「すべては我が主、レオン様のお力があってこそです。私はただ、マスターが作り出してくださった好機に剣を振るっただけに過ぎません」


セリアは俺の腕にそっと両手を絡ませ、頬を擦り寄せてくる。

彼女が背負っているのは、かつて彼女の肉体を蝕んでいた禁忌の魔剣『災厄の牙』。俺の『静止』スキルによって呪いの進行と剣の崩壊が完全に止められているため、彼女は呪いのリスクを一切負うことなく、その魔剣の絶大な威力を振るうことができるのだ。

さらに、俺自身の戦い方も確立されつつあった。

『静止』のスキルは、対象の時間を固定する。これを戦闘に応用すれば、敵が放ってきた魔法の炎や氷弾の時間を『空中で静止』させ、無力化することができる。また、ワイバーンのような素早い魔物でも、その羽ばたきの一瞬を『静止』で固定して墜落させ、セリアがそこへ致命の一撃を叩き込むという連携は、誰にも真似できない最強の戦術となっていた。


「いや、セリアの剣の腕前が素晴らしいからだよ。俺一人じゃワイバーンなんて到底倒せないしな」


俺が彼女の頭を撫でると、セリアは「えへへ」と嬉しそうに目を細め、さらに強く俺の腕を抱きしめてきた。

かつて底辺職と蔑まれ、誰からも必要とされなかった俺は、今やギルドで最も注目される新進気鋭の冒険者として認められていた。

自分が正しく評価され、そして自分を絶対的に信頼してくれるパートナーがいる。

この数日間で、俺の心に巣食っていた暗い感情は嘘のように晴れ渡り、毎日が信じられないほど充実していた。

俺はギルドの受付嬢から、ずっしりと重い金貨の入った袋を受け取った。


「ありがとうございます、レオンさん。これでついにAランク昇格への条件を満たしましたね。ギルドマスターも、あなたの異例の昇格スピードに大変驚いておられましたよ」

「ええ、ありがとうございます。これからも期待に応えられるよう頑張りますよ」


俺とセリアがギルドの出口に向かって歩き出した、その時だった。


「お、おい! いたぞ、マリア! あそこだ!」

「レオン! レオンじゃないの!」


ギルドの入り口から、ひどく耳障りな声が響いた。

周囲の冒険者たちが顔をしかめ、道を開ける。

そこに立っていたのは、俺の目を疑うほどに落ちぶれ果てた、二人の男女だった。

ガルドは泥まみれの服に身を包み、かつての輝きを完全に失った赤錆の剣を腰にぶら下げている。

マリアに至っては、粗末な麻袋を継ぎ接ぎしただけの異様な服を着ており、その隙間からは汚れにまみれた肌が露出していた。ギルド内の冒険者たちが「なんだあの乞食は」「臭いぞ」と囁き合っている。


「ガルド……マリア……?」


俺が名前を呼ぶと、二人はパァッと顔を輝かせ、俺の元へと駆け寄ってきた。


「探したぞ、レオン! こんなところで何をしているんだ! お前、俺たちがいないからって寂しかったんだろう?」


ガルドは上から目線で言い放ち、俺の肩を馴れ馴れしく叩こうとした。

しかし、その手は俺に触れる直前で、セリアによって無造作に弾き飛ばされた。


「気安く触れるな、薄汚い輩が。我が主の御召し物が穢れる」


セリアは冷酷な瞳でガルドを睨みつけ、腰の魔剣の柄に手をかけた。その体から放たれる圧倒的な殺気と魔力に、ガルドは「ひっ」と短い悲鳴を上げて後ずさりした。


「な、なんだこの女は……! レオン、お前、俺たちを差し置いて新しい女を作ったのか!?」

「新しい女、だと? 無礼な言葉を慎め。私はセリア・ヴァレンタイン。レオン様の忠実なる剣にして、絶対の従者だ」


セリアの堂々たる名乗りに、周囲の冒険者たちがどよめいた。ヴァレンタイン家といえば、名門の騎士家系として名が知られている。そんな令嬢が、なぜ俺のような元・研ぎ師の従者になっているのか、誰もが驚愕していた。

俺はセリアを軽く手で制し、ガルドたちに向き直った。


「それで、何の用だ? お前らの方から俺をパーティーから追い出したはずだが」


俺の冷たい声に、ガルドは一瞬怯んだが、すぐにいつもの傲慢な笑みを作って見せた。


「ふっ、強がるなよレオン。お前も俺たちのパーティーに戻りたくてうずうずしているんだろう? 今回だけは特別に許してやる。俺の専属研ぎ師として、もう一度雇ってやってもいいぞ。ただし、報酬はこれまでの半分で、俺の身の回りの世話も全般的にやってもらうがな」

「そうよレオン! あなたが戻ってきてくれるなら、私が着替える時に部屋の隅にいることくらいは許可してあげるわ。だから早く、このみすぼらしい布を元の美しい法衣に戻しなさい! みんなが見てて恥ずかしいのよ!」


マリアは上から目線で命令を下しながら、俺の腕を引っ張ろうとした。

俺は心底呆れ果て、冷たい溜息を吐いた。

こいつらは、本当に何も分かっていない。

自分たちがどういう状況に置かれているのか。俺がどんな思いで彼らを支え、そしてどうやって切り捨てられたのか。

すべてが自分たちの都合の良いように世界が回っていると、本気で信じているのだ。


「断る」


俺の短く、冷徹な一言が、ギルド内に響き渡った。

ガルドとマリアの顔から、一瞬にして笑みが消え去る。


「……は? おいレオン、お前今、なんて言った?」

「断ると言ったんだ。二度と俺に関わるな。俺はお前たちとは無関係だ」

「ふざけるな!!」


ガルドは顔を真っ赤にして激昂し、腰の赤錆の剣を引き抜いた。


「俺がせっかく温情をかけてやっているのに、調子に乗るなよこの底辺職が! お前のスキルがなきゃ、俺の聖剣がこのまだろうが! さっさと直せ! 直さないなら、ここで斬り殺すぞ!!」


ガルドは殺意を剥き出しにして、ボロボロの剣を振り上げた。

だが、俺は一歩も動かなかった。避ける必要すらない。


「……無知とは罪だな」


俺は静かに呟き、右手をスッと前に出した。


「『静止クロノス・フリーズ』」


ガルドが剣を振り下ろそうとしたその瞬間。

彼の体は、空中でピタリと完全に静止した。


「なっ……!?」


マリアが驚愕の声を上げる。

ガルドは目を限界まで見開き、口を半開きにしたまま、石像のように固まっている。筋肉の痙攣一つ、瞬き一つすらできない。彼に流れる時間そのものを、俺が止めたのだ。


「これが、俺の本当の力だ。お前たちの剣の劣化を防いでいたのも、法衣の汚れを落としていたのも、すべてこの『時間を固定する力』によるものだ。ただの布切れで拭いていたわけじゃない」


俺は静止したガルドの横を通り過ぎ、彼が握りしめている赤錆の剣を指先で軽く弾いた。

ポロッ。

それだけで、かつての聖剣は根元からあっけなく折れ、床に落ちて粉々に砕け散った。


「あ、ああ……聖剣が……ガルドの聖剣が……」


マリアはその場にへたり込み、絶望の表情で砕けた鉄くずを見つめている。

俺は指を鳴らし、ガルドの『静止』を解除した。


「ぶはっ!?」


唐突に時間が動き出したガルドは、バランスを崩して床に無様に転がった。彼は自分の手元にあるのがただの柄だけになったことに気づき、顔を青ざめさせた。


「お、俺の聖剣……嘘だろ……なんで、なんでこんな……」

「俺は言ったはずだぞ。『俺の力がなくなれば、お前たちの装備は一瞬でボロボロになる』と。だが、お前たちはそれを信じず、俺を金食い虫だと罵って路地裏に放り出した」


俺の冷酷な言葉が、ガルドの胸を容赦なく抉る。


「お前たちが優秀だから装備が壊れないと言っていたじゃないか。俺の天性のカリスマと無尽蔵の魔力があるから大丈夫なんだろう? だったら、俺なんかに頼る必要はないはずだ」

「ち、違う! 俺が悪かった! 俺が間違っていた! だから頼む、レオン! お前の力で、この剣を元に戻してくれ! 俺にはこれしかないんだ! これがなきゃ、俺はただの借金まみれのゴミクズなんだよぉっ!」


ガルドはプライドも何もかもをかなぐり捨て、床に這いつくばって俺の靴を舐めんばかりに土下座をした。涙と鼻水で泥まみれの顔がさらにぐちゃぐちゃになっている。

マリアもまた、麻袋の服のまま床に泣き崩れ、俺の足元にすがりついてきた。


「レオン、お願い! 私も謝るわ! ひどいこと言ってごめんなさい! だから、私の法衣も直して! こんな汚い服で生きていくなんて絶対に嫌! あなたの力が必要なのよぉっ!」


かつて俺を見下し、ゴミのように捨てた勇者と聖女が、今、俺の足元でみっともなく泣き喚いている。

その姿を見て、俺の心に湧き上がったのは、哀れみでも、同情でもなかった。

理不尽な仕打ちに対する、圧倒的で完全な優越感。

そして、胸のつかえがすべて取れるような、極上のカタルシスだった。

俺は足元にすがりつくマリアの手を、冷たく振り払った。


「もう遅い」

「え……?」

「俺のスキルは『現在の状態を固定する』ものだ。すでに完全に壊れ、粉々になったものや、溶けて消滅した服を元に戻すことはできない。お前たちの伝説は、俺が手入れをやめたあの夜、あの瞬間に永遠に終わったんだよ」


俺の言葉は、彼らにとって死刑宣告に等しかった。

ガルドとマリアは完全に生気を失い、まるで糸の切れた操り人形のように床に崩れ落ちた。


「あ、あああ……終わりだ……俺の人生は、もう……」

「嫌だぁぁぁっ! こんなの嫌ぁぁぁっ!!」


ギルド中に、取り返しのつかない後悔と絶望に染まった二人の号泣が響き渡る。

だが、その泣き声に同情する者は誰一人としていなかった。冒険者たちは皆、冷ややかな視線で自業自得の末路を迎えた愚か者たちを見下ろしている。


「行くぞ、セリア。こんな奴らに構っている時間がもったいない」


俺は背を向け、ギルドの出口へと歩き出した。


「はい、マスター。今日の夕食は、お祝いに王都で一番美味しいレストランを予約してあります。マスターの輝かしい未来に乾杯しましょう」


セリアは俺の腕を優しく抱きしめ、最高に幸せそうな笑顔で寄り添ってくる。

背後で響き続ける絶望の泣き声を子守唄のように聞き流しながら、俺たちは明るい陽射しが差し込む大通りへと足を踏み出した。


俺を縛り付けていた過去は、完全に断ち切られた。

底辺職と呼ばれた無能な研ぎ師はもういない。

ここにいるのは、世界を止める神級スキル『静止』を操り、最強の魔剣士を従えた、一人の冒険者だ。

俺はもう二度と、誰かに理不尽に虐げられるような生き方はしない。

自分を信じ、自分を愛してくれる者のために、この圧倒的な力で新たな覇道を切り拓いていく。

レオンとセリアの本当の伝説は、今、ここから始まるのだ。

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