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第22話 提出ラッシュ(机が沈む)

 机が沈む。

 紙が増える。

 胃が鳴る。


 朝、扉の向こうから聞こえたのは、上品な足音じゃなかった。

 どすん、がさっ、という不穏な音。荷車でも来たのかと思った。


 そして開いた扉の先にいた侍従は、いつもなら風みたいに静かな人なのに、今日は荷物みたいな顔をしていた。


「セシリア様……お届け物でございます」


 その背後。

 封筒の山。箱の山。蝋印の山。香り付きの紙束の山。


(紙って、香りまで武器にするんだ)


 クラウディアが数を数え始めて、途中で息を止めた。


「……これ、三桁いきます……」


 ミレイユは落ち着きすぎていて怖い。ペンを出し、机の耐久を見て、静かに言う。


「机の耐久試験ですね」


「やめて。そんな試験、合格しても嬉しくない」


 侍従が申し訳なさそうに続けた。


「皆さま“疑義の提出”とのことで……」


(疑義。便利な言葉だよね。疑義って言えば、何でも入る)


 私は封筒の表を見た。

 立派な家名。立派な書式。立派な封。立派な蝋印。立派すぎて、逆に中身が不安になる。


(量で押す作戦だ。読む前提を作って、読めなかったら隠蔽扱いにする)


 読めない。けど、読まないとも言えない。

 つまり、入口で止めるしかない。


 私は椅子を引き、机の端に紙を置いた。


「全部読みます。だから順番を決めます」


 クラウディアが私を見る。


「……全部読むの?」


「読む。けど、読まされない」


 ミレイユが頷いた。


「入口を一本にしましょう」


「うん。入口は一本。番号がない提出は、提出扱いにしません」


 侍従が目を丸くする。


「番号……でございますか?」


「はい。番号がないと、差し替えも追加も、言い逃れもできます」


 言った瞬間、胃が少し静かになった。

 胃って単純。ルールがあると落ち着くらしい。


◇◇◇


 私たちは、机の横に即席の受付卓を作った。


 机の上は提出物で沈む。だから隣に“入口”を置く。

 入口が整っていれば、中身が荒れていても後から整えられる。


 クラウディアが布を敷き、侍従が机を運び、ミレイユが紙を揃える。

 私は見出しを書いた。


【受領台帳】

・受領番号(連番)

・提出者

・提出物の種別(物証/証言/伝聞/推測)

・要旨

・出典(誰が・どこで・いつ)

・原本/写し

・保管番号

・次アクション


 ペン先が紙に触れた瞬間、世界が少し静かになった気がした。

 紙は、静けさを作る。


 侍従が優雅に番号を振ろうとして、筆が折れた。


「……」


 クラウディアが即座に言う。


「王城の筆、繊細すぎません?!」


 侍従が泣きそうな顔で新しい筆を出す。

 私は言った。


「大丈夫です。筆が折れても、ルールは折れません」


「かっこいい……」


「かっこよくない。必死」


 受付の看板代わりに、私はもう一枚置いた。


【提出受付票(正式)】

・氏名/家名

・連絡先(使者名でも可)

・内容要旨(短く)

・出典(誰の言葉/どこで)

・根拠資料番号(ある場合)

・原本の所在(ある場合)

・署名

※虚偽提出は責任を負うこと


 クラウディアが「※虚偽提出」の行を見て、ちょっと笑った。


「ここ、刺さる」


「刺すつもりはない。逃げ道を消すだけ」


 ミレイユが淡々と補足する。


「言い逃れできなくなると、噂は勝手に弱くなります」


「よし。弱まれ。今すぐ弱まれ」


 クラウディアが吹きそうになって、慌てて口を押さえた。


◇◇◇


 最初の山を仕分けする。

 そして最初に出てくるのは、だいたいこういうやつだ。


『関係者より』

『善意の忠告』

『真実を知る者』


(匿名。伝聞。責任なし。はい、定番)


 私は封を切らずに分類する。


 種別:伝聞

 検証可否:不可(出典不明)

 次アクション:却下(署名と連絡先が必要)


 クラウディアが封筒を持ち上げ、渋い顔をした。


「これ、開けないの?」


「開けない。開けたら“読んだ”が成立する。読んだら“受け取った”に変換される」


「こわ……」


「だから入口で止める」


 侍従が恐る恐る言った。


「しかし……匿名でも、内容が重要であれば……」


「重要なら署名できます。署名できない重要は、責任を取りたくない重要です」


 ミレイユのペンが走る。

 “却下理由”まで、台帳にきっちり記録されていく。


 クラウディアが小声でつぶやいた。


「今日のセシリア、硬い……」


「硬くないと崩れる」


「やっぱ硬い……」


 硬いのは私じゃない。紙だ。

 私は紙に乗ってるだけ。


◇◇◇


 次に来たのは、体裁が良い束だった。


 すごく良い紙。すごく良い書式。すごく良い言い回し。

 そして中身は、ふわふわ。


「……“おそらく”“思われる”“可能性が高い”……」


 クラウディアが読み上げて力尽きる。


「推測の三段活用……」


「うん。分類する」


 種別:推測

 根拠:なし

 検証可否:不可

 次アクション:保留(根拠提出がない限り扱わない)


 ミレイユが淡々と数え始めた。


「推測:七件。推測:十四件。推測:二十三件……」


「数えるのやめて。心が折れる」


「折れません。筆は折れましたが」


「そこは折れるんだ」


 クラウディアが笑って、すぐ真顔に戻る。


「でもこれ、書式が立派だから、読む人は信じちゃうよね……」


「だから分類する。綺麗な書式は、真実じゃない」


 言い切ると、肩の力が少し抜けた。

 言い切ると戻れない。戻れないと、前に進める。


◇◇◇


 次の罠は、写しだった。


 立派な写し。文字が美しい。押印もある。

 でも、原本がない。


 侍従が言う。


「こちらは……証拠として……」


「待って。原本は?」


「……写しのみでございます」


(写しだけ出すのは、検証拒否です)


 私は台帳に書いた。


 種別:物証扱い不可(写しのみ)

 原本:なし

 次アクション:原本提出依頼


 クラウディアが首をかしげる。


「“物証扱い不可”って、強い……」


「強くしないと、写しに負ける」


 私は依頼票を作った。


【原本提出依頼票】

・対象受領番号:____

・原本の提出期限:____(日時)

・提出先:受付卓

・保管条件:封印/立会い/保管番号付与

※期限内に提出がない場合、物証として扱わない


 侍従が息を呑む。

 紙が、王城の空気を少しだけ動かした気がした。


◇◇◇


 昼を過ぎても、紙は減らない。

 そして一番まずいのは、紙が増えることじゃなくて。


 増え方が、無限っぽいことだ。


 侍従がまた来る。


「追加が……」


(締切がないと永遠に増える。増えると判断が遅れ、遅れると噂が強くなる)


 私はペンを置いて、受付卓に張り紙を作った。


【提出受付期間】

本日〇時から、明日〇時まで。

※追加提出は受領番号の新規発行が必須。

※差し替えは不可。修正は“版数”と“修正履歴”を添えること。


 クラウディアが拍手しそうになって、慌てて両手を押さえた。


「今の、すごい……」


「すごくない。生きるため」


 ミレイユが言う。


「差し替え防止票も置きましょう」


「置く」


 私はさらに書いた。


【差し替え防止票(版数・履歴)】

・対象受領番号:____

・版数:第__版

・修正箇所:____

・修正理由:____

・修正者署名:____

・提出日時:____


「後から増えると、責任が消えます。だから今、ルールにします」


◇◇◇


 書類の山が“扱える山”になってくると、次の問題が出る。


 閲覧だ。


 誰が見たか分からない書類は、すぐ噂に戻る。

 見た人が分からないと、漏れる。漏れたら、また笑顔が刺してくる。


 私は鍵付きの棚の前に、閲覧卓を作った。


【閲覧記録票】

・閲覧者名:____

・日時:____

・対象受領番号:____

・閲覧目的:____

・閲覧範囲:全部/一部(該当ページ)

・立会い:あり/なし


 侍従が渋い顔をする。


「王城では……閲覧は自由であることが……」


 言いかけたところで、低い声が入った。


「自由ではない」


 レオニス殿下が立っていた。

 いつ来たの。足音、仕事しないで。


「閲覧記録は当然だ。口で回すな」


 侍従の背筋が伸びる。

 クラウディアが私の袖を引いて小声。


「殿下、今日、怖い……」


「怖いんじゃない。秩序が好きな顔」


「それ、怖いの一種だよ……」


 殿下は私を見て、短く言った。


「続けろ」


 それだけで、背骨がまた一本太くなった。


◇◇◇


 午後、王妃付きの使者が来た。


 柔らかい笑顔。柔らかい声。柔らかい言葉。

 柔らかいのに圧がある。上品な圧って、本当に厄介だ。


「王妃殿下はお忙しい。要点だけで、まとめていただけますか」


(要点だけ。切り取り。結論先行。はい、罠)


 私は丁寧に首を下げた。


「承知いたしました。要点は作れます」


 止めない。止めたら負ける。

 私は続ける。


「ただし、“分類と検証可否”を添えます。検証できないものを要点に混ぜると誤解が出ます」


 使者の笑顔が一瞬止まった。

 止まったら勝てる。


「……分類、でございますか?」


「はい。物証、証言、伝聞、推測。まず分けます」


 ミレイユが整えた分類表を差し出す。

 紙が綺麗だと、人はつい受け取ってしまう。職業あるある。


 使者が分類表を見て、言葉を選ぶ。


「……分かりました。殿下にも、ご確認いただければ」


 殿下の名が出た瞬間、圧が少し軽くなる。

 権威って便利。乱用はしたくないけど、今日は命綱だ。


◇◇◇


 夕方、小会議室。


 レオニス殿下、侍従長、記録官、そして私。

 空気が硬い。硬いけど、硬い空気は整えやすい。


 侍従長が渋い顔で言った。


「受領番号、閲覧記録、差し替え禁止……貴族の面目が……」


(面目って言えば、何でも守れると思ってる人、いる)


 殿下は短かった。


「面目より秩序」


 それだけで空気が止まる。

 止まったら、紙が通る。


「提出は受領番号。閲覧は記録。修正は履歴。これで進める」


 記録官が頷く。侍従長も、しぶしぶ頷いた。


 私は必要なところだけ補足する。


「提出受付期間も設定しました。期限以降は新規受付を停止します。追加は新規番号で、版数と履歴が必須です」


 殿下が私を見た。視線が真っ直ぐで、逃げ道がない。

 逃げ道がないのに、なぜか安心する。


 会議が終わり、廊下に出たとき。

 殿下が私にだけ低い声で言った。


「君のやり方で進める」


(“君”が刺さる。やめてほしい。やめないでほしい)


 私は視線を逸らし、平静を装う。


「……承知しました。では、運用として整えます」


 後ろでクラウディアが息を止めた気配がした。

 倒れないで。ここはまだ、戦場の外じゃない。


◇◇◇


 夜。

 仕分け卓の上の山は、“列”になっていた。


 伝聞。推測。却下。保留。

 物証(原本あり)。証言(署名あり)。聴取対象。


 量が、意味に変わる。

 意味に変わると、噂は弱くなる。

 弱くなった噂は、空気を作れない。


 ミレイユが淡々と報告する。


「伝聞:四十二。推測:三十七。署名なし:二十八。写しのみ:十九。原本あり:五。署名付き証言:十一」


「……最後の“原本あり:五”が、現実の重さ」


 クラウディアが机に額をつけた。


「推測、多すぎ……推測で人を焼かないで……」


「焼かない。分類した。弱くした。まだ生きてる」


 言った瞬間、視界が少し揺れた。

 椅子に座りっぱなしだったのに、足がふわっとする。


(疲労が遅れて来た)


 クラウディアが支えようとして、逆にふらつく。


「セ、セシリア、だいじょ……わっ」


「クラウディア、まず君が座って」


 次の瞬間、椅子が静かに引かれた。

 レオニス殿下の手だった。無言で、当たり前みたいに。


 私は抵抗する余力がなく、椅子に沈んだ。

 殿下が短く言う。


「よく整えた」


 たったそれだけ。

 なのに回復薬みたいに効くの、ずるい。


「……ありがとうございます」


 声が小さくなる。小さい声は跳ねない。

 跳ねない声は、今の私にちょうどいい。


 殿下は表情を変えずに言った。


「明日は、聴取だ」


「はい。言葉を紙に落とす番です」


 ミレイユが束を一つ持ち上げる。


「署名付き証言を、先に確認します」


 クラウディアが顔を上げた。


「証言って、台本っぽくなるよね……」


「なる。だからこそ、崩せる」


 私は証言の束から一枚だけ抜いた。

 目が滑らないように、最初の一行だけ見る。


『私は確かに、あの場面で、セシリア様が……』


 別の紙も、最初の一行だけ。


『私は確かに、あの場面で、セシリア様が……』


 もう一枚。


『私は確かに、あの場面で、セシリア様が……』


 同じだ。

 立ち上がりが同じ。言い回しの癖が、揃いすぎている。


(台本がある)


 私はペンを握り直した。

 胃が、また静かになる。


「……良い。次は、台本を崩します」


 クラウディアが震えながら笑う。


「うわ、今のセシリア、ちょっと怖い」


「怖くない。整えるだけ」


 ミレイユが付け足した。


「整えるために、崩します」


「それは、怖い」


 殿下が、いつも通り短く言った。


「進めろ」


 私は頷いた。

 紙はもう洪水じゃない。列になった。番号になった。履歴になった。記録になった。


 噂は証拠じゃない。

 証拠は、整えて初めて証拠になる。


 そして私は、整えるのが得意だ。

 少なくとも、今日一日は。


(机は沈んだ。けど、私は沈まない)


 明日は、証言の場。

 笑顔じゃなく、言葉で刺してくる日。


 大丈夫。

 言葉だって、紙に落とせる。

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