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第23話 証言台本(同文率チェック)

 同じ書き出しが三枚。

 同じ比喩が二枚。

 同じ語尾が、たぶん全部。


 机の上に並んだ「署名付き証言」は、立派な紙を着ているのに、顔つきが同じだった。


(……これ、証言じゃない。台本の写経だ)


 クラウディアが、真顔で一枚めくる。


「ねえセシリア。これ、誰かが“この通りに書いてね”って配った感じしない?」


「する。すごくする」


 ミレイユは淡々と、行頭を指でなぞった。


「書き出しの一致率が高いですね」


「一致率って言い方、急に冷たくなるのやめて。現実が刺さる」


 でも刺さっていい。刺さらないと、雰囲気に押し切られる。


 私はペンを握り直した。


「今日やるのは“話を聞く会”じゃない。“確認する会”です」


 言い切ってから、自分で少し笑いそうになった。

 確認って、地味。地味だけど、地味が一番強い。


「確認って言うと、急にカッコよく見えるね」


「カッコよくない。地味。地味が強い」


 私は紙束の横に、もう一束置いた。真っ白で、まだ何も書いてない束。


【証言聴取票】


 誰が。

 いつ。

 どこで。

 何を“見た”。

 何を“聞いた”。

 どうしてそう思った。

 距離。明るさ。遮るもの。音。匂い。

 それから、あとで確かめられる“点”。


(点がない証言は検証できない。検証できないなら、証拠じゃない)


 クラウディアが票の束を見て、顔を引きつらせた。


「票、多い……私、票に埋もれて死ぬ気がする……」


「死なない。埋もれる前に並べる」


 ミレイユが、もう一枚、さらっと置く。


【同文率チェック表】


 書き出し一致。

 比喩一致。

 語尾一致。

 固有名詞の誤り一致。


 クラウディアが吹きそうになって、慌てて口を押さえた。


「固有名詞の誤り一致って、もう終わりじゃん……」


「終わらせるために、今から終わらせる」


◇◇◇


 聴取会場の扉の前で、侍従長が“穏便に”の顔をした。


「本日は、なるべく波風を……」


(来た。波風って言えば、確認が止まると思ってるやつ)


 私は丁寧に首を下げて、先に釘を打つ。


「波風が立たないように、先にルールを決めます」


 侍従長の眉が動く。


「ルール……?」


「はい。遮らない。誘導しない。“見た”と“聞いた”を混ぜない。答えは短く。記録は残す」


 ミレイユが、票の束を掲げた。


「票に沿って進めます」


 クラウディアが小声で付け足す。


「票に沿うと、言い逃れできなくなるので……」


(今はそれを怖く言わない。怖く言うと、空気が荒れる)


 扉が開く。

 空気が硬い。硬いのは良い。硬い空気は、形が作れる。


 会場には、記録官、証言者数名、それから“圧担当”の貴族側監督役がいた。

 監督役は優雅な笑顔で座っている。笑顔なのに、目が「止めろ」と言っている。


(止められないように、先にルールを決める)


 その瞬間、レオニス殿下が入ってきた。


 空気が、ぴんと張る。

 座るだけで場の温度を変える人はずるい。


 殿下は席に着くと、短く言った。


「これは裁きではない。確認だ」


 そして視線を監督役に向ける。


「遮るな。誘導するな。虚偽には責任が発生する」


 監督役の笑顔が、ほんの一瞬、薄くなる。


 殿下が私を見る。

 落ちた声は跳ねない。


「質問は彼女がする」


(……任されると、背骨が太くなる。ずるい)


 私は一度息を吸って、票の一枚目を置いた。


「では、始めます」


◇◇◇


 第一の証言者は、若い貴族の女性だった。

 服も髪も声も完璧。完璧すぎて、台本の匂いがする。


 彼女は息を整え、言った。


「私は確かに、あの場面で、セシリア様が……」


(出た。これ。三枚とも同じ)


 私は途中で止めない。

 勢いは勢いで削る。最後まで言わせて、紙で拾う。


 話が終わったところで、私は票に目を落とす。


「確認します。今のは“目で見た”ですか。“人から聞いた”ですか」


 彼女が瞬きをした。


「……見た、と思います」


「“思います”は推測です。見た、聞いた、どちらですか」


「……聞きました。友人から」


(はい。伝聞)


 私はペンを走らせる。


 種別:伝聞

 出典:友人(氏名不明)

 検証可否:不可(出典不明)


 口に出して、短く宣言する。


「今の証言は、伝聞として記録します」


 ざわっと空気が動く。

 監督役が口を開きかけた。


 殿下の声が先に落ちる。


「続けろ」


 空気がすっと戻る。

 権威って便利。今日だけは、ありがたい。


◇◇◇


 第二の証言者は中年の男性だった。家名が強そうな目をしている。

 強そうな目ほど、言葉が弱いことがある。強いから、勢いで押す。


 咳払いをして、彼は言った。


「私は確かに、あの場面で、セシリア嬢が……」


(また同じ)


 クラウディアの口が「また同じ」と動きかけたので、私は肘で止めた。

 声に出すと場が荒れる。荒れると、雰囲気に押し切られる。


 男性が話し終える。

 私は票に沿って淡々と聞いた。


「場所はどこですか」


「学園の中庭だ」


「中庭のどこです。噴水の近く、木の影、通路の端。どこです」


「……その辺りだ」


「距離はどれくらいです。三歩、十歩、二十歩」


「……十歩くらいだ」


「十歩の距離で、相手の表情が分かる明るさでしたか」


「分かった」


 私は一度頷いたふりをして、質問をずらす。


「その場面の時刻はいつです」


「……昼頃だ」


(昼頃で、十歩で、表情が分かる。なら照明の話は要るか)


 私は“決めない”。矛盾を“置く”。


 そして同じ内容を、順番を変えてもう一度。


「先ほど十歩と言いましたが、その位置から、相手の指先の動きまで見えましたか」


 男性が一瞬止まった。


「……見えた」


(見えた、って言い切った。あとで検証できる)


「ありがとうございます。今の内容は、検証のため保留として記録します」


 男性が顔を赤くする。


「保留? それは、信じていないということか」


「信じる信じないじゃありません。確かめられる形にするだけです」


 短く言う。短い言葉は跳ねにくい。

 跳ねないと、場が荒れない。荒れないと、紙が通る。


◇◇◇


 第三の証言者は若い侍女だった。手が震えている。

 震えている人は、台本より本音が出やすい。だから怖がらせない。


「大丈夫。ゆっくりでいいです。確認だけします」


 侍女は小さく頷いて、言った。


「……私は、たぶん、その……昼頃に……」


(“たぶん”は危険。でも責めない)


「“たぶん”の理由を教えてください。鐘の音を聞いたとか、授業の合図とか」


「鐘です……でも、遠くて……」


 私は頷いて、票に書く。


 時刻:鐘(遠く)

 精度:低

 次:鐘の時刻表と照合


 クラウディアが「鐘の時刻表……あるの?」という顔をした。

 私は目だけで「作る」と返す。


 侍女は続けた。


「……見た、というより……聞きました」


(言えた。偉い)


「誰からです」


「……同僚が……“こう言ってた”って……」


(出典が同僚。ここは拾える。逃がさない。でも詰めない)


「同僚の名前を、あとで紙に書いてください。今、ここで言いにくければ、提出受付票に書けばいい」


 侍女の肩が少し落ちた。

 逃げ道を塞ぐときは、安全な道も置かないと潰れる。


◇◇◇


 第四の証言者は、逆に落ち着いていた。

 声も目も手もぶれない。


「私は、噴水の横で、二人の会話を聞きました。水音がうるさくて、全部は聞き取れませんでした。でも、名前は一度だけ、はっきり聞こえました」


(台本に載ってない“聞き取れなかった”が入る。これは生っぽい)


 私は票に沿って聞く。


「聞き取れなかった部分は、無理に埋めないでください。聞こえた言葉だけでいい。名前は誰です」


「……レオニス殿下の名です」


 空気が一瞬止まる。

 監督役の目が光る。


(殿下の名が入ると、勝手に荒れる。危険)


 私はすぐに枠を置く。先にルールを決める、を徹底する。


「今の証言は、“殿下の名が出た”という一点だけを確認対象として記録します。内容の推測はしません」


 殿下の声が落ちる。


「続けろ」


 空気が落ち着く。

 私は続けた。


「あなたがいた位置から、話している二人の姿は見えましたか」


「見えました。ただ、木の枝が少し視界に入りました」


(遮るものがある。具体がある。検証できる)


「枝の位置は分かりますか」


「はい。あの木です」


 記録官が地図に落とす。

 記録官の手が、今日一日で三年分働いている気がする。


◇◇◇


 証言が進むほど、同じ匂いが濃くなる。


 同じ書き出し。

 同じ比喩。

 同じ語尾。

 そして、なぜか同じタイミングの咳払い。


 クラウディアが耐えきれず、私の耳元で囁いた。


「……咳払いまで合わせてるの、逆に可愛い」


「可愛くない。危険」


 私は同文率チェック表を、静かに机の上に置いた。

 見える位置に。

 見せつけるんじゃなく、見えるように。


 ミレイユが、読み上げる準備をする。

 私は一つ頷いた。


(数字で見せる。空気は数字に弱い)


 監督役が笑顔のまま言った。


「そのような表は、侮辱に当たりませんか」


 私は短く返す。


「侮辱ではありません。確認です」


 監督役がさらに柔らかい声で押す。


「貴族の方々の証言を、疑うのですか」


(疑う、じゃない。確かめる、だ)


 殿下が半歩、前に出た。

 たった半歩で、空気の形が変わる。


「答えろ。彼女の質問は正当だ」


 監督役の笑顔が、ようやく固くなる。

 固くなると、紙が通る。


 私は胸が少し熱いのを無視して、ペンを動かした。


(仕事中。今は仕事)


◇◇◇


 決定打は、ミレイユの読み上げだった。

 感情を乗せないから、刺さる。


「同文率チェックの結果です」


 ミレイユが紙を一枚上げる。

 その紙は、今日いちばん強い紙だった。


「書き出し一致:八件」

「比喩一致:六件」

「語尾一致:七件」

「固有名詞の誤り一致:三件」


 会場がざわつく。

 誤り一致が効いた。間違いが同じ場所にあるのは、同じ元を見た証拠になる。


 ミレイユは続ける。


「同一の言い回しが不自然に多いです。個人の言葉としては揃いすぎています」


 記録官が青い顔になった。

 青い顔の記録官ほど仕事をする。つまり、これは記録になる。


 監督役が反論を探す目で殿下を見る。

 殿下は短い。


「続けろ」


 私は勝ち誇らない形で、結論を置いた。

 場を荒らすと、また相手の思うつぼになる。


「本日の結論は一つです」


 声は大きくしない。大きい声は空気を作る。


「証言は“数”では扱いません。“検証”で扱います」


 そして、もう一つ。短く。


「同じ文が多すぎます。台本が配られた可能性が高いです」


 監督役が言う。


「可能性、ですか。決めつけではない、と?」


「はい。決めつけません。だから次に進みます」


 私は白い票を一枚出した。白い紙は、未来の入口になる。


「次は、配布経路の確認です。誰が、いつ、どこで、どう渡したか」


 監督役が黙る。

 黙ると、人は紙を見る。紙を見ると、勢いが落ちる。


 空気が、少しだけ痩せた。


◇◇◇


 聴取が終わり、廊下に出た。


 クラウディアが小声で言う。


「同じ比喩って、逆にダサいよね」


「揃えると安心するんだよ。台本って」


 ミレイユが淡々と付け足す。


「安心の代わりに、痕が残ります」


「痕、拾おう」


 殿下が隣で言う。


「次は配った人間だ」


 私は頷きかけて、背後の気配に気づいた。


 さっきの侍女が、扉の陰に立っていた。

 口を開きかけて閉じて、また開く。迷っている顔は、台本じゃ作れない。


 私は声を落とした。落とした声は跳ねない。


「……今ここで言わなくていい。紙に書いてもいい」


 侍女の目が揺れる。

 それでも、彼女はぽろっと言った。


「……あの方が、“この通りに”と……」


 廊下の空気が固まった。

 侍女は慌てて口を押さえる。


「ご、ごめんなさい、言っちゃ……」


「大丈夫。続きは紙で」


 私は提出受付票を一枚、そっと差し出した。

 白い紙は、怖い人にも優しい。怖さを形に変えてくれるから。


 侍女は震える手でそれを受け取った。


 殿下の声が、いつもより少し低い。


「名は」


 侍女は唇を噛んだ。


「……肩書きしか……言えません。“王妃付き”の……」


 そこで黙る。

 でも、もう十分だった。


(台本は紙。紙なら、配った痕が残る)


 私はペンを握り直した。

 胃が静かになる。


「……見つけます。配った人を」


 殿下が短く言った。


「進めろ」


 私は頷いた。


 今度は、紙を追う番だ。

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