13】TRANSITION and CRYSTALLIZATION
何と、驚くべきことに、その時、ハリエとキースの剣の力で跡形もなく消し去られ、再生不可能となった魔獣達を、件のオスプル・マグロウは、鍾乳窟の中に落ちていたそれらの毛から、一瞬で、しかも数万もの個体を生成してみせたのだ!
半覚醒していたハリエは、膨大なエネルギー量の魔術を感知した!嫌な予感!
マダラメ、マガツ、ゼゲンに限って3人の能力を持ってすれば敵にやられることなどない!そう思って斥候に出したのだ!だが甘かった!
嫌な予感は的中した。
ハリエが現場に到着して見つけたのは、何万匹もの魔獣が通り過ぎたあとの、見る影もなく無残に破壊された森の姿だった!樹木はなぎ倒され、地面は無秩序に踏みしだかれ、何万という魔獣のヨダレと体液のせいか、地面は濡れて、ややもすると足を取られるくらいに泥濘んでいた。とんでもない高熱が発生したようで其処彼処から湯気が上がり、鍾乳窟の周りの木々は燃え落ち、あたりに焼ける物は何も残ってはいなかった!
鍾乳窟の開口部から100メトロほどさきの藻が群生してる湿地帯で、ボロ雑巾のようにヨレヨレになって浮いている3人を発見した!よく見ると、なぜか透明の布袋のようなものに全身が浸かるくらいの血液とともに密封されていた!どれだけ出血したらこんなに大量の血が出るのかと思われぐらいの血の量だった!呼吸をしていないのは明らかだった!
半覚醒していたハリエはここで本覚醒することになる。
生まれた時から影に日向に自分を見守ってくれていた3人の侍従達。それが、見るも無残な姿となって目の前の殺伐とした光景の中に打ち捨てられていた。覚醒のきっかけは、この凄惨な虐殺を行った敵への怒りだった!その光景を見たハリエは普通では居られなかった!目が一瞬内側に引っ込んだように見えた刹那、瞳全体がエメラルドグリーンに光り、意識がどこか遠いところに行ってしまっているかのように体から一切の力が抜けた。と、徐に天を仰ぎ、鳥が羽ばたく時のように両手を広げた。次の瞬間天に引っ張らかのようにスーッとハリエの体が宙に浮いた。暗かった森の様相が一変した。至る所でバチバチと電気が爆ぜるような音とともに数えきれない光が発生し、拡散した!10メトロほどの高さに達した時、今度は右手指を鉤爪の形にして鋭く強く、真横に、怒りを込めて、獣が獲物の臓物をえぐり取るような仕草をした。その方向は、敵がいると思われる森の方向だった!
流石に感じ取っていた。突如、強大な力が出現した事、そして今、自分たちに向けて、とんでもない量のエネルギー攻撃がなされたことを。
「間に合わん!リルケ!逃げよ!」
オスプル・マグロウはリルケの足元に魔法陣を展開し、空間転移をさせた。間髪いれず、
ハリエが発動した膨大なエネルギー波がマグロウと魔獣達に到達した。燃えるような暑さの熱波と高密度の重い空気の圧を感じたかと思ったその時、空間が歪み、メラメラと音を立て、鍾乳靴はほぼ吹き飛ばされ、マグロウたちの姿を遮るものは何もなく、何万もいた野獣たちが異臭を放ちながら断末魔の叫びをあげて、灼熱に溶けていった。
その様を冷たく怒りを込めた票情で見つめるハリエの姿があった!今、怒りの頂点にあるハリエは覚醒を果たし、事の顛末を確認するためにマグロウたちのいる上空に来ていた。
怒りと憎しみと悲しみが頂点に達していた。
覚醒の途中でこれほどのエネルギー放出をしたためか、覚醒時特有の、全身の震えと発熱が、通常時の何倍もに増幅されて出現した。
唐突に、力が抜け、宙に浮いて居られなくなり、まるで瀕死の蝶の最後の羽ばたきのように力なく、ヒラヒラと地面に落下し、ブルブルと震えながら意識を失ってしまった!
オスプル・マグロウは、覚悟して居た!最初の剣の一撃で100頭もの野獣が消えて、無に帰したこと、そしてこの熱波の一撃で何万匹もの野獣を溶かしてしまうなど!そんなことが出来る人間は、ここ200年でいるはずもなかった!唯一あげるとしたら、当時、学者だったマグロウが「世界を滅ぼしかねないぐらいの絶大な能力を秘めた唯一の人間」と畏怖した、ガエンジルバウム王朝初代王女ユリエ・ベラぐらいだろうか?
これほどまでの力の差を見せつけられ、これはどうやっても勝てないと観念したマグロウは、時間のかかる広範囲の防御陣を展開する事を諦め、自らは滅んでもリルケだけは助けたい!そう考えた末の空間転移の発動だった!
だが、これを見ろ!敵は、今、戦意もなく無防備で焼け爛れた地面に横たわっている。
マグロウは目を疑った!年齢にして15〜16歳ぐらいか?
この少女があれだけのエネルギーを発動させたというのか?
こ、これは‥?
その時、意識を取り戻しかけた少女がゆっくり躰をを起こし、ぼんやりとした表情で何気に、5メトロもある魔人マグロウを見上げた‥と、マグロウは驚愕した!
少女は、マグロウが、忘れることが能わぬ面影を宿していた。それはガエンジルバウム王朝初代王女ユリエ・ベラの面影。おそらく、王家の血を引く者に違いない。マグロウの魔力量は他の魔族と比しても決してひけをとらないぐらいの圧倒的な魔力量を誇っていたが、それをはるかに凌駕するほどの絶対的な力を、この少女は身にまとっていた。
ユリエ・ベラと同じガエンジルバウムの血をひいているとするならば、この膨大なエネルギー発動も腑に落ちる!
マグロウは思い出していた。四六時中恋い焦がれ、寝ても覚めても彼女を思い、だが、決して実ることの叶わない恋!まさか、初恋の相手が王族のしかも姫君だったとは!
今、その血を受け継いでいるだろう少女が、無防備に、躰を震わせながら、マグロウを、おそらく無意識に見つめていた!
今なら、今この時ならば、可能だろう。少女を、このまま連れ去り、森の奥深く幽閉する。いや、マグロウの記憶操作の術式があれば幽閉すら不要だろう!誰も来ない、閉じられた世界に、少女とリルケと魔獣達とで、静かに、穏やかに、仲睦まじく暮らすのだ!そんな思いがマグロウの心を支配し始めていた、としても不思議はなかった!
元々は自分は人間だったこと!しかも、初代王女ユリエ・ベラの御代にガエンジルバウムの学問所ラギアリウムで教授として教鞭をとっていたこと!魔法学と魔法陣、並びに、純血を介した魔術発動についての専門書を数多く著していたこと‥過去の懐かしい記憶が蘇る!
ハリエの体に向けて、その大きな手を伸ばし、触れようとしたその時、今迄見えていたすべてのものの輪郭が白い光に変わり、次の瞬間、マグロウは意識を無くしていた。
マグロウはハリエに意識を向けすぎていて、周囲の感知がおろそかになっていた。
ハリエに手を伸ばそうとしたその時、実は、マグロウと生き残った凡そ100匹ほどの魔獣達を少し離れた上空から、静かに見つめる10体の白い影があった。それらは、マグロウ達全体を包み込むくらいの広さに等間隔に円陣を組み、ジーッとことの成り行きを見つめているかに見えた。
その10体のうち、9体は凡そこの世のものではない異形のものと見てとれた。
そのうち1体だけが動き出した。其の者は徐に唇に右手指を2本軽くつけて、なにやら呟いたかと思ったらそのままその2本の指をマグロウ達に鋭く刺すように向けたのだ。指先から稲光のような強い光線が放たれた。一瞬だったが空間をつんざく強い衝撃があり、地面が浮き上がったように見えた刹那、マグロウと100匹の姿は消え、代わりにその地面には、手の平ぐらいの大きさの白い結晶石が何事もなかったかのように、出現していた。
ハリエ・ベラの能力、クリスタライズの力だ!そう、覚醒と同時に、ハリエは自分の分身、ヒュームを発動していたのだ!




