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11】KIETH ENGERXHEUS PETTERHOF

 恐ろしいことが書かれていた。


 アンドルは思わずその本を閉じた!その内容はとても受け入れられるものではなかった!大きなため息のあと、イズ・エルと目が合った。


 アンドル・セレーとベイズ・アンダルシエルはレガンダ国際大学潜入任務から無事帰国していた。ここは…王都…ではなく自由都市ディーゼル・ベイツにあるRORG(王立技研)の技術分析センターの一室。


 部屋の窓際に少し大きめのベッドが置かれており、若い女が眠っていた。

 傍には医療用の処置机と、小さなテーブル。

 RORGの職員と思しき2名の男女が、脈を計り、検温をし、女の汗を拭いてやり、ベッドの傾斜角を調節したりと忙しそうに動いていた。


 ベッドから離れた入り口入ってすぐ右側に4人がけの長方形のテーブルがあり、ひとりの美青年がベッドの方を心配そうに見つめていた。

 テーブルの上には珍妙な小動物イズ・エルも居た。


潜入任務の際、ベイズはアンドレセレーの肉体にマリエ・ベラの能力によって意識転生していた。絶対転生ではないので、アンドルとの意識共有(会話)が可能だった。

そして、その時は実はマリエ・ベラとも意識共有していたので3人で会話することが可能だった。そして今、意識転生は解けた状態だが、マリエの能力なのか、2人が意識共有を通じて獲得した能力なのか、アンドルとベイズの間で思念通話が可能となっていた。


 「マリエ様が知ったらどうなるだろう?」

 アンドルがまるで生気のない抜け殻のような声で呟いた。

 ベイズも思った。寝ててほしい!「マリエ様がこの本の内容を知った日には、とんでもないことになりそうだ。


  隠しおおせるならそうしたい。二人の気持ちは一つだった。もしマリエ王女が睡眠中であったり、あまりに忙しい場合、意識閉鎖している可能性はあった。ただ、昼のこの時間睡眠中とは思えない。唯一の希望は、今日が謁見の日だということだ。女王でなければ判断できないような案件のお伺いをたてる日である。午前中で終わることもあれば、日暮れまでかかる時もあり、その日によってまちまちであった!

 

---------------------------------------------------------------


テラスに佇み、沈む夕日を眺めながら! 北部海洋域衛星国家群の1つ、シバリエラ共和国原産、高級スピリッツ、ヴェドク!通称ノーリターン!Uターンのマークの上に赤でバツ印、傍にウィンクするドクロのロゴで有名だ!ボトルから直接呑んでいる。半分ほど空けたが、まるで酔えない!普通なら口から火を吐くくらいのアルコール濃度なのだが‥腹の底から湧き上がる感情が抑えられない!体が小刻みに震え、涙がこみ上げてきた。悲しみなのか怒りなのか、ついぞ感じたことのない、名状し難い不安定な情緒‥どう処理していいか全くわからない!行き場のない感情が爆発しそうだ!


と、煙が見えた!王室御用達の工房群がある方向に細くたなびく紫の煙!


「ドリス!」

「お呼びですか!王女陛下?」

「出かけるわよ!

「アワー!何ですかこの匂い?」

「ヴェドクの青ラベルよ!」

「ナント!希少酒じゃないですか‥と、アレアレ、部屋をこんなに散らかしちゃって!」

流石のドリスもただならぬマリエの様子から何かを察知したようで、状況を把握しようと心配気にマリエを穴のあくほど見つめた!

「あなた、一ついいかしら?」

「ん‥????」

「見つめるの、やめてくれる?もういいから。ドリスは一度だって私の心情を言い当てたこと無いじゃない!」

「あつ!へぇ?そうでしたっけ?」

「幼稚舎からそうだった!ことごとく外しちゃっているのよ!」

「あれ、ということは、こんなにも一緒にいて、ことごとく外してしまう私ってすごく無いですか!」

凄いわ、本当に!変に気を使われると息苦しくなるのだけれど、ドリスは全くといっていいくらい気を使わない!わざとやっているのかと思った時期もあったけれど^_^ここまでくると天然以外に考えられない!

「こんな時間にどこへ行くのですか?」

「キースに会いに!」

「あら?覚えてたんですね、キースのこと!」

「…ドリスったら!なにを言い出すのかと思ったら。私は初代から凡そ200年に渡る王位継承者の記憶を全て持っているのよ!キースのことだけ忘れるなんて芸当、私にできると思うの?それより、例のあなたのアレでキースが今どこで何をしているか見てくれない?」

「ハハーッ!陛下、仰せのままに!」

「あっ、これって、女王様ゴッコよね!幼稚舎でいつもやっていた…」

「そうですそうです!大概マリエ様が勝つんですよ。そしたら何故だか私やアンドルに近衛騎士副長役をお命じになって無理難題を仰せになるんです!一度なんかシャカクククの丘の中腹にある精霊門の祭壇までお姫様抱っこで運びなさい!なんて!わがまま姫様って陰でアンドルと…」

「陰じゃないわよ!だって聞こえてたもの!」

「それでも、無理難題を言い続けていたってことですか?」

「出来ないとわかってても言って見たい気持ちがあったのよ!」

「それで何で副長なんです?隊長でよくないですか?」

「ダメなものはダメなのよのよ!!禿げてるし!」

???流石のドリスも、怪訝な感情を表すあの彼女独特の眉間にピクピクと2回しわを寄せるのを我慢できなかった。

「それよりねぇねぇ、キースは?」

「あ、そうでした。」

そう言うと、ドリスは、今度は両目を閉じ、またも眉間を2回ピクピクさせて、次に両目を大きく見開いた時、その目全体が真っ白になっていた!

「エーッと、見えますよ!ここは、そうそう作業場の奥の…厨房…何か作ってますね!アッ、美味しそ〜…」

ドリスは白くなった目をまるでスクリーンのようにその裏側に情景を写しているかのようだった。

「何々、何を作ってるのぉ?」


「ディーゲル赤豚の牙があったので、きっと私たちにいつも作ってくれていたあの特製シチューですヨ!」

それを聞いてマリエは小躍りして喜んだ。

 工房に遊びに行くといつも作ってくれたあの懐かしい味。それが、今宵食べられるかもしれないのだ!

 ドリスも同じ思いだったようで二人の歩く速度がおのずと早くなっていった。

一瞬、厨房の脇の応接に黒い戦闘スーツを着た女性の騎士が居ることに気づいた!フルフェイスのマスクを装着していて顔は分からなかった。足を組み、恐らくキースがデザインしたのだろう複数の武具のラフ画を眺めながらくつろいでいる。


キースの家は来訪者が多く、平和な時代だが、ラギアでは各所で武術大会が盛んに催され、特に王都で行われる王室主催の武術大会間際には、名工キースの腕を見込んで名だたる武将が多く尋ねてくる!時には何日も泊まりがけでやってくることも珍しくなかった。この騎士もキースの武具のユーザーで調整か修理かさもなくば発注で来ているのだろう。

もしかしたらこの騎士に振る舞うためにシチューを作っているのかもしれないと思ったが、マリエが大喜びで先に進もうとしているので、騎士の話はせずに済ませた!


庭園を抜けてしばらく見通しの良い並木が続いている。工房の煙突とその隣にある神殿の屋根が見える!その奥にはガエンジルバウムの聖なる丘、シャカ・クククにある白亜の避暑宮 エラン・ジュ・ノールが見える。

夕陽を受けて徐々ににピンク色に染まっていく様は、息を呑むほど美しく、この時間、この辺りに差し掛かると2人とも、いつも無口になった。


この道程は、夕暮れになると常夜灯が灯り、カンテラがなくても歩くのに支障はない!。警ら中の近衛騎士と遭遇し声をかけられる!

「シモスの神殿に夜のお勤めに参りますに、巫女見習いのエレナとテレサです。」

女性神官の格好をし、手にはおそらく祭壇に奉納するためのものであろう王朝の家紋が入った白い供物の包み(中身は高級酒ヴェドクの青ラベル)と、奉納の舞の練習用に聖木で作られた杖を持っていたので不審がることもなく軽く挨拶ををして、解放してくれた!

「なにクスクス笑っているんですか?」

「いやぁ、だって知らなかったのよ、私の名前がテレサだって、ねぇ、エレナさん!それに貴方、声作りすぎよ、誰かとおもっちゃった」

「あっ!いいこと思いついちゃった!」

「あら、またどうせロクでもないことなんでしょ?」

「南の南の北の国、正義の味方ここに参上!さっきから大人しくしてればつけあがるのもいい加減にして!神をも畏れぬ悪行三昧!正義の鉄槌をお見舞いするわ!神殿シスターズ、ここに参上!ざまを見なさい!カンラカラカラ!」

「なによそれ!」

「えっ?どういうこと⁉️面白くはなかったってこと?」

「うううん、面白かった!でもお腹がよじれるほどじゃなかったわ!もっと大声で叫ぶのがいい!カンラカラカラ!カンラカラカラ!カンラカラカラ!3回叫んてポーズを決めるのよ!」

「ええ、ええ、それがいいです!ポーズは私考えました!こうして、ここで振り返って、一拍おいて視線をあげて、まっすぐ前方を指差すのはどうでしょう?ここ、目ヂカラ大事です!」」

「ただ指差すだけじゃ芸がないわ!どうせならもう、指先からイカズチが出て、敵をなぎ倒すのなんか‥」

「じゃぁ、カンラカラカラ叫ぶのはイカズチの後が良くないですか?」


たわいもない会話が続いた。


裏木戸から工房の一角に入った。そこからは少しはなれた6棟の巨大な建物が見渡せた!小さいが心地よい温もりのあるキースの居宅は木戸のそばにあった!


「ここ、こんなに声が響きましたっけ?」

「全然変わってない!あの頃のままね?!」

「こんな時間に来たの初めてだからでしょうかね?!静かすぎません?!」

「ァーッ!懐かしいわ!この工作の匂い!まるで昨日のことのようだわ!」

「グワーングワーン!!」

鈍い金属の音。

キースの居宅から聞こえる!

「あれ!あの音って!」

「そうよ!キースったら気づいたのよ!私たちが来たこと!」

「?もう10何年も経っているんですよ!あの音、たまたまなんじゃないですか?」

「ね、早く行きましょ!お腹、空いてきちゃった!」

 いつも、キースの鍋蓋を叩く音で、そこら中を走り回っていた全ての子供達は突然動きを止め、先を争うように手を洗い、テーブルにつき、目の前の皿にキースのシチューが注がれるのをまだかまだかと目を輝かせて待っていたのだった。その情景が二人の脳裏にくっきりと焼き付いていた。


キースには3つの凄い才能があった!


1.刀工(武具全般)の才

2.陶工の才

3.料理の才


中でも3番目の才能は、この国の工房の責任者として招聘され赴任したときから開花していた!


その生家は北部海洋域衛星国家郡の一つ、シバリエラ共和国の辺境で代々鍛冶屋を営んでおりキースが物心ついた時には誰に教わるともなく鍛冶屋としての一通りの技術を身につけていた。


近辺には有名な鉱脈が多く、鍛冶屋も数多くあったが、中でもキースの実家、ペターホフ商会はその品質の良さで他の同業者を圧倒していた!

それは、国の内外から、キースの鍛冶屋で働きたいと腕のいい職人が集まっててくるからだ!


実はキースの父、モーリス・ベスカイオ・ペターホフは商会で働く職人達を虜にするある特別な才能を持っていた! その才能の効果は即効性があり、職人に限ったことではなく国籍を問わず、老若男女、皆を笑顔に、漏れなく幸せにする力を持っていた!

それは、ありふれた食材なのにその組み合わせだけで最上の料理を生み出す天賦の才というべきか!モーリスにしか思いつかないと言うような人気の料理メニューが無数にあり、商会に集う職人達の胃袋を鷲掴みにして放さない!しかもモーリスの献立は朝昼晩絶妙なバランスで偏ることなく栄養を摂取できるよう考え抜かれていて、商会で働くようになって健康になったと言う者があとを絶たない!鍛冶屋としての技能は上級より少し上といったところか、しかし、こと料理となるとその腕前は超一級である。

自分が作った料理を美味いといってくれる者達がモーリスを幸せにした。そのもの達の笑顔が好きだった!またまた美味い料理を作りたくなった!それの繰り返しがモーリスの料理の腕を押し上げた。


仮にネージャー大帝国の貿易都市、マグナDCにモーリスがレストランを開業したとしたら、行列の絶えない超有名店になっただろう。


鍛冶屋の親方モーリスは実は一日中料理に関わっていた!寝ても覚めても料理のことで頭がいっぱいだった。じゃあ鍛冶屋の仕事はしていないのか?勿論している!鍛冶屋なのだから!厨房で使う道具という道具、釜、オーブン、キッチンにあることごとく金属製品がモーリスオリジナルだ。

後にモーリスの次男と三男は、ネージャー帝国の首都レガンダに他に類を見ない独創的なキッチン用品、什器を販売する「ペターホフ兄弟商会」を開業し、その製品は世界中で愛用され、ペターホフの製品が一つもない家庭を探すのが難しいくらいの大成功を収めるのだが、今は未だのお話。


ペターホフ商会の食堂は活気に満ちていた!

商会で働く全ての職人とその家族も3食無料で利用することができた

寮に住み込みの若い職人達から寮から外に出て商会の近くに居を構え家族を持つ者とその家族までが利用することができた!最初はモーリスとその妻だけで始めた食堂だったが、気がつくと職人達の妻やその家族までが自然に手伝うようになっていた!


さて話をキースに戻そう。

キースは実は捨て子だった!生まれて間もない状態でペターホフ商会の門のところに妹と一緒に捨てられていた!見たこともない半透明の楕円のカプセルの中に2人寄り添うように居た。兄と妹としたが、おそらく同じ歳だったろう!


その日モーリスの妻シンシアはいつもなら目が覚めることの無い時刻に目を覚ました!そして、何気に窓の外がユラユラと明るく光るのを見た!その光はゆっくりと空から商会の入り口の門のあたりに羽毛が地面に落ちるわように優しく着地した!誘われるがままに外に出てきた妻はその着地の瞬間を目にした。淡く優しい光に包まれて降りて来るそれは、幼き頃、読んでもらった空から天使が降り立つ物語のシーンと重なった!そして、まさか、その降りてきた楕円のカゴの中に二人の小さな天使を見つけたのだった!


モーリス夫妻はこの子達を育てることにした。男の子をキース、女の子をジュアンと名付けた!ペターホフ家の家系図に出て来る最も古い二人の名前からとった。


兄妹の育児の場所は、自ずと知れた工房!

ではなく厨房であり、食堂だった!モーリスとその妻が1日のうちで最も長くいる場所、ふたりの目の届く場所といえばそこ以外には思い至らない。つまり、兄妹が生まれてすぐ接したのは料理を作りそれを供する所、しかも、皆が明るく楽しくエネルギーを補給し、美味しすぎて笑顔が溢れる活気に満ちた場所で育ったのだった。キースの料理の腕の冴えはこのことがおおいに関係している。 また、モーリスは料理を美味しそうに盛り付ける才にも長けていた。時に繊細に、時に大胆に、しかもスピーディーに、食欲を最高に掻き立てる色と配置と目の導線までもが計算されたその見事な料理のその仕込みから創作までを見ているのが 、キースどんな遊びより刺激的で大好きだった。


そして時は流れ、キース16歳。捨てられていた廃材を溶かして戯れに一振りの剣を作った。

世に始めて、キース・エンゲルゼウス・ペターホフ の銘が刻まれたその一振りは、まごう事なき名剣だった。


完成した剣を古式に沿って一旦神棚に供えた。本来なら清めの塩を振り、一晩寝かしてから試すのだが待ちきれなかった!


その名剣の斬撃はブーンッ!という低く重い音と共に空間を小刻みに振動させた!キースが試しに振った大上段からの一振りは100メトロ先の巨木を上から下にその地面までも真っ二つに切り裂き、その木のすぐ後ろにあった直径10メトロほどの岩を粉々に粉砕した!


次にその剣を静止させた瞬間、全てのものが止まった。振動も音も刻までもが凍りついたかのように!風で揺らいでいた木々の葉も、水面のさざ波までもが、まるで切り取られた静止画のように‥


その光景をたまたま見ていた者がいた。ハリエ。当時16歳。シバリエラ共和国との友好使節団の一員としてラギアからこの地を訪問していた!シバリエラの首都ギムザックへ向かう途中、物資運搬用の浮運儀の連結部が北部海洋域特有の潮を含んだ風で劣化し修理が必要となり、ペターホフ商会に立ち寄ることとなった!

何十台もの浮運儀の修理は思ったより時間を要し、翌日まで修理は長引く見通しとなり、商会の敷地の一角に停留して一行は翌朝まで休息をとることとした。辺境とはいえ少し行けば小規模だが繁華街があり、ハリエの警護と一握りの侍女を残して一行のほとんどは街へ出て行ってしまった。


当の本人は腰を抜かすほど驚いていた。まさか戯れに作った剣がこんなに強力な破壊力を持っているなど!ましてペターホフ商会は武具の修理はするが1から武具を作ることなどしていなかった!なので、捨てられていた廃材を寄せ集めて遊び半分くらいの軽い気持ちで作ったのだ!


「すご〜い!その剣、誰が作ったの?」

「???誰だ?!」突然頭の中に明るく元気な女の声が響いた!

「初めまして。私のなまえはハリエ!貴方は?」

「どこだ?どこにいる?姿を見せろ!」

「あらあら、さっきからずーっと貴方を見ているのに気づかないの?上よ!ここ、ここ! 」

実はハリエは声を発していなかった!心へ直接話しかけていた。なので、キースは声の主がどこに居るか皆目見当がつかなかった!


「?」

と、薪小屋の屋根の上に座りながら手を振る者の姿があった!ただその時は逆光でよく見えていなかった!


「今そちらに行くわ!」

そう言った瞬間に屋根から軽やかに地面に着地し、気がつくと手を伸ばせば触れるくらいの距離に立っていた!屋根の上からキースの所まで凡そ20メトロほどを一呼吸のうちに詰めたことになる!


驚きを隠せぬまま、キースは改めて彼女を見た!そして一瞬で彼女の容姿に釘付けとなった!まずそのエメラルドグリーンの瞳だ。見る者全てを引き込んでしまう。一度見たら目をそらすことが容易ではなく、その記憶はからだの奥底に焼き付けられる!またすぐその瞳を見たくなる。そしてプラチナ・ブロンドの髪と透き通るような白い肌の色のコントラストの美しさ。溢れるような満面の笑み。加えてその涼やかな声、しかもテレパスで直接話しかけられたのだ!驚きが連続し、持続している。服装も髪飾りから靴の先までもが普通ではなかった。体の線が見えるほどの上質で薄く滑らかな生地、色合いも淡い緑を基調とし、濃いオレンジと白のストライプが部分的にあしらわれており、アシンメトリーの美しさが際立つデザインだった。

短いスカートとハーフブーツの組み合わせも絶妙で、その形状が、色が、配置が、完璧だった。

のちに、刀剣のみならず、ガエンジルバウムの工業製品の全ての意匠にキースが関わることになるのだが、その原点は正にこの時のハリエとの出会いに端を発している。


驚きが冷めやらぬキースに、今度は生の声で話しかけた!

「改めてよろしく!ハリエよ!貴方は‥?」

未だ反応できないようだ。

少し間をおいて、ハリエは大声でこう叫んだ!

「キース・エンゲルゼウス・ペターホフ!貴方の名前ね?そして、」剣に刻まれた銘を見ながら「生まれて初めて貴方が作った剣を試してみたら、あまりの破壊力に我ながら驚いている!ってところかしら!」


この少女は一体何者なんだろう?20メトロを一瞬で詰めたあの動きは魔法使いとかの類だろうか?

「 ごめんなさい。勝手に貴方の心を読んでしまって!」今度は小声で話しかけた。


「もしよければ私と友達になって欲しいの!そしてもし友達になってくれたら一緒に私の故郷ラギアの地まで旅をしてみない?」


「‥ ラギアと言えば世界の中心、大ネージャー帝国に隣接する中立国、かのレムリエル王国がある地だったか‥ 俺が行ったとしてそこに何がある?」

「そうねえ、例えば、必要なものが手に入る環境がある。世界中のあらゆる鉱物が揃っている最先端の工房がある!。陶器の為の窯が有り良質の土がある。シバリエラと違って四季がる。首都アクアシェロームは「水と光の都」の異名を持つ風光明媚な場所!また、三方を海に囲まれている、一方で国土が狭い割りに緑も豊富でしかも世界有数の山岳地帯もあり手付かずの自然が残っている!山海の食材が豊富で食べ物に飽きるということがない!などなどよ!」

「そうだ、無いものがあったわ!陽が沈まない日、陽が昇らない日!」

キースは大きく深く、、息を吐いて、

「行きたい!心からそう思う!だが…」

「ハリエよ!」

「ハリエ、実は‥」

「お父様と10人のお兄様達、あと妹さんのこことでしょ!私に任せて!公務を済ませたら帰りに寄るから妹さんの分と旅の準備をしておいて。それと、その剣のこと、誰かに話した?」

「家族だけは何か作っているのは知っているだろうが、剣だとは知らない筈だ。」

「絶対言わないで!その方がうまくいくわ!」

キースは何故かわからないが、この初対面の少女の問いに疑念なく素直に答えている自分に驚いていた!


ハリエは上機嫌で帰路に着いた。

帰りに3日ほどのロスタイムはあったものの、商談は思うままに上手くいった!様々な物品でカモフラージュしながら、一番欲しかったもの、この国でしか取れない希少鉱石、ウラジュ・バタイユ鉱石を10万キロデュロスも買いつけることが出来た。しかも破格の安値で!

そして、この旅には思いがけない余禄があった!キースとの出会いだ!

世に名剣・名刀と呼ばれる業物(わざもの)は存在する!それらは国宝級の逸品として各国の宝物庫や博物館に収蔵され恐らく今後、実戦で使われることもなく、陽の目を見ることも能わな!い!ところが、恐らく本人も気づいていない天賦(てんぷ)の才を持った名工キースとその手からなる名剣をハリエは偶然に見つけた。今のハリエはあたかもそれら戦利品を携えて凱旋する将軍のような感覚だった。


「あらあら、ハリエったら、顔がにやけすぎよ!一体何があったのかしら?」

「それがお母様、兎に角これを見てください!これこそ、私がニヤケている理由です!」

「にやけてたってとこ、否定しないのね!…ちょっと待って、貴方、よく見せて!」

第十代王女ヌビエ・ベラは娘ハリエを両手で引き寄せ、顔と顔がくっつきそうなくらいの至近距離から我が娘の瞳の奥を覗き込んだ!

「まあ!なんてこと!」思わず娘を抱きしめていた!

「シバリエラ訪問中ね?私の時は三日三晩震えが止まらなかった。自分の体も心もどうかなってしまいそうで、怖くて不安で、その間ずーっと貴方のおばあ様に抱きしめてもらっていたのよ。それで何とか乗り切れた。いつか貴方をそうする日が来るとおもっていたのに…独りで乗り切るなんて…なんか少し複雑だけれど、でも嬉しいわ!能力の隠し方も私より上手。貴方は私の誇りよ!」

 ヌビエは改めて愛おしそうに娘ハリエをより一層強く抱きしめた。


 ハリエは何とも後ろめたい気持ちでいっぱいになっていた。まさか、本覚醒が始まって、三日三晩キースの腕に抱きしめられていたなんて言えるだろうか?とにかく、この場を取り繕うかのように話を剣に戻すことにした。


「兎に角、兎に角、兎に角ですよ、

こちらをご覧ください。」


「こ、こ、これは‥なんと美しい!手にとっても?」


 咄嗟にその母の伸ばしかけた手を制しながら、「細心の注意を払って持ってください!まだ半覚醒の未熟なこのハリエが手にした時でさえ、その時発現したエネルギーは予想をはるかに超えていました。お母様が持ったら一体どんなことが起きるのか⁈


ハリエは帰路に起こった事件について母に語ることにした。


「キース!キース!お願い!」

「ハリエか?どうした?」

「あの剣を持って直ぐに出てきて!商会の裏の森の出口よ!急いで!このままだと‥」そこで、頭の中に響いていたハリエの声が途絶えた!そろそろ使節団の任を終えて戻ってくる頃だとは思っていたが、なにがあったのだろう?

そこからのキースは敏捷だった!

靴を履き剣を腰に差し


2階の自分の部屋の窓から外にジャンプし、着地まで一挙動でやってのけた!

ただならぬ様子でハリエが俺を呼んでいる。ハリエへの想いが、キースを突き動かした!


超高速に移動している。ハリエが自分に助けを求めたからか?あるいは、この剣の持つ力なのか!?心なしか首の後ろが熱かった!


時空をまるで風になったかのような速さで瞬く間に森の出口まで到達していた!


森から無数の黒い塊が飛び出し、ハリエ達使節団の一行に襲いかかっている。魔界の獰猛な生き物、その目は異様に赤く、動きは素早く、その爪と牙は鋭く、一度掴まったら最後、息の根が止まるまで放さないないだろう。また鋼のようなその筋肉は力強くその一撃は重い!

このもの達に対峙しているハリエ達一行は、護衛で同行している一兵卒から宮廷付きの侍女に至るまでよく訓練されており、ハリエ程ではないが、全員が能力保有者だったので、邪悪で凶暴な敵と対峙しても怯むことなく善戦していた。


ただ、魔獣との戦闘はハリエでさえ経験がなかった!首や頭に取り付いて致命傷を与えようとするが、魔獣がその強靭な首を軽く振っただけで恐らく何十メトロも吹き飛ばされるだろう。地面や岩にぶつけられたら即死だ。

ハリエは即座に対戦方を指示!「ベス・アレスはタイムキーパー、カウントは10で体力の消耗に合わせてカウントの変更を任せる。イン・リーは適当な場所にプラレグナ(純粋領域)を3つ用意!異物排除にはブラックホールの使用を許可する。攻撃2.防御8で展開!さあ、みんな、貴方達が大好きな転移戦を始めるわよ!日頃の訓練が試される時よ!」

そのハリエの、皆に的確な指示を与えた快活な声は、どこかこの窮地 を楽しんでいるかのようだった!

「さて、私はと、さっさと敵の弱点を探さなきゃ!」

ハリエは最初、たかをくくっていた。30名ほどの訓練された部下達と半覚醒した自らの能力があれば撃退は容易かと‥。しかし、敵は執拗でしかもタフで、且つ、またたく間に100頭を超える敵に一気に襲われたのだからたまらない!敵を打ち倒すに至らず防戦一方となっていた!


「切っても切っても再生する!首を刎ねても駄目‥この者達は一体何者?飛び散った血が元に戻って切り離した胴体と再び合体する!待って、縦への攻撃で再生しない個体があった、おそらく体の中心にコアがあるのか?。試してみよう!」

「ハリエ様、我らが突破口を作ります!お逃げください!このままでは消耗するばかり!

姫はわが国の宝!御身を大切になさいませ!」

「ありがとう!マダラメ卿!でももう大丈夫。見えたわ!みんな、聞いて!魔獣のコアの位置は両目の間、顔面を頭部から首まで縦に寸断するの!目の位置を横に攻撃した場合、瞬時にコアの位置を上下にずらして致命傷を回避し再生に向かっている!みんな、敵の頭部の中心を縦に首までよ!ここからは攻撃8、防御2で、展開!

使節団全員の意識に直接語りかけた!

思った通り、敵の再生を食い止めることができたので防戦一方だった戦況が徐々に好転していった!


「マダラメ卿、この魔獣の群れの中にリーダー格の者はいない!誰かがこの群全体の動きを統制しているはず。そこでお願いよ。マガツとゼゲンを連れて森を探索して!そこに魔獣達を使役している何者かが居る…」そこで、何か違和感のようなものを感じたハリエは口を閉じた。


森のどこかに潜伏している使役者が、使節団を襲うように魔獣の群れに命じたのだとしたら、能力者であるハリエなら感知できるはず。ところが、その邪悪な凶暴さが、この魔獣たちからは感じられなかったのだ!むしろこの襲撃はもしかすると、何か純粋な、例えばライオンが生きるために草食動物を狩る行為そのものなのかもしれないと思った。

だが、いずれにせよその使役者が何者か知りたいと思ったので、マダラメ卿には敢えてそのまま話を続けた。


「うまく気配を消しているようだけれどそこに必ず居るわ!こちらが片付き次第すぐに向かうから、見つけたら報告、逃げられないように監視していて、けっして無理はしちゃダメよ!」

「承知しました!しかし、姫こそご無理なさらず何かあればお呼び下さい!すぐに駆けつけますから。」“”うう~、過保護すぎる~“”


「それでは、行って参ります!」


ハリエが戦っている姿が見えた。さやを背中に斜めがけし、細身の剣?おそらく片刃と思われるその獲物で宙を舞うように、踊るように、敵を寸断していくその洗練された無駄のない動きはキースを魅了した。


「ハリエ!持ってきたぞ!」 キースの声だ! 」


商会からこんなに早く?さすがキースね!空でも飛んできたのかしら?


「各員、前線から離脱、魔獣から距離をとって!」

「キース!合図するからこちらに投げて!」

「わかった!」キースは答えながら、いつでも投げられるように身を低くし、さやの先端を左の(てのひら)に載せ、タイミングを計っていた!


刹那、「キース、今よ!」

迷ってなど居られない!「ウオーーー!」渾身の力を込めて剣を黒く(うごめ)く魔獣が最も密集しているところに向けて投げた!ハリエが掴んでくれることを信じて!キースの思った通り、矢のような速さで飛んでいく軌道の先にハリエが居た!戦闘中の最中、襲いかかる敵の一瞬の隙を突いて右手を思いっきり伸ばし跳躍して見事、剣を掴み取った!


掴んだと同時に、横真一文字に抜刀!抜身になった剣はあのブーンという重低音とともにありとあるものを振動させた。存在する、形ある全ての物が、繋がっている、結束しているあらゆる存在が今いかに曖昧で、不確かな物なのかを思い知らされた。この振動は魔獣達を震撼させた。知能とかではなく野生の直感がヤバイと感じる危機感!次の一手で今形ある存在が粒子のように雲散霧消することを本能的に覚悟した。魔獣達の動きが止まった! ハリエは全ての魔獣の頭部をイメージして虚空高く舞い上がり、渾身の力を込めて大上段からキースの剣を一気に振り下ろした!


宙に浮いていたハリエがキースを見つけ、急降下してきた!


よかった!ハリエは無事だ!

魔獣達はハリエの2度目の太刀で煙のように消えていった!


「レムリエル・ギアー外交史」の記述によると、その年、キース兄妹はシバリエラを離れ、ハリエと共にレムリエルに入った!


ネージャー大帝国にデクウという組織があった。それは、世界中から異様なエネルギー反応、特に強大な魔法、魔術の発動、魔界からの脅威などなど、その類を感知した時にその事象の発生原因とそのレベル調査、放置すると後々、帝国の脅威になりそうな事象に対処対策の実施までを秘密裏に行う特殊な訓練を受けた者達のことだ。時に勅命を受けて活動することもあり、世界中のありとあるところに潜入して絶えず情報の集積と工作を行っていた!


森に入り使節団が通った道のりを戻りながマダラメ卿は探索を開始した。””マガツ!ゼゲン!左右に展開。1,000メトロ先、鍾乳窟の入り口か、黒い帳がかかっている。”” とマガツが反応した””そこに間違いないでしょう。魔獣のようなな匂いがします。”” それにゼゲンが反応した””何かつぶやく声が聞こえます。””

マダラメ卿の能力、1,000メトロも離れた場所の映像が手に取るように見えるのだ!時に俯瞰(ふかん)し、時にフォーカスし、自在に視点を変えることができる。探索する対象物が決まれば、あとは造作もない。

森に入り、能力を発動した瞬間、ただならぬ強大な気を感知していた!

マガツはどんなに微細な匂いでもを感知する。1,000メトロなど楽勝だ。

ゼゲンは音だ!1,000メトロ先、宙を舞う蝶の羽音でその種類までも判別する。

探索のスペシャリスト達だ!

3人は意識共有をしながら鍾乳窟の入り口に近づいていった!

その鍾乳窟の中はほの暗かった。時折、松明(たいまつ)()ぜる音がする。小さな音でさえ反響で窟独特の音響効果だろうか、びっくりするほど大きく響くことがある。


3人は窟の入口までたどり着き、それぞれ持てる能力を共有して中の様子を伺った。

‥1人の若い女が何やら珍妙な形をした5メトロほどの魔人に話しかけている様子が見える!残念ながら窟の反響の為、聞き取ることができなかった。


マダラメ卿は読唇術を試みた。魔人は口を動かさないが女の方は違う。


「‥どうして⁈、なにが起こったの?再生の契約をしたよね?僕は何も持っていなかったからオスプルに血を捧げたのに?これじゃ契約違反だよ…ウッ…涙が…涙が止まらない!…」

『リルケよ!聞け!奴らは並の人間では無い。再生も追いつかぬほどの闘い方をした。

しかも、全ての個体がコアもろとも破壊、いや、あれは微塵(みじん)も跡形もなく消え去ったのだ。』

「だからって!僕の血をたくさんストックしている意味はなんなの?契約を反故にするの?」『当たり前だ!元が消えてしまったんだぞ!お前の血がいくらあったとしても、ひとかけらもないものをどうやって再生できるというのだ!』

「血術の魔神オスプル・マグロウなんだよ!きっとなんとかできるはず…僕は最初のピトからネルまでおよそ100頭の魔獣を1から作ったんだ!生まれたばかりの目の見えない状態から育てたんだよ!名前を付け、添い寝をし、ミルクをあげ…

100頭分の個性が、それぞれに違った思い出があるんだよ。

四六時中一緒に居て、その度にオスプルに言われるがまま、血を提供してきた!命を吹き込むために必要とかなんとか!僕に言った言葉は確かこうだったよ!

『リルケよ!我と契約すれば、お前が作った魔獣達に再生の魔法を施してやろう。そうすれば、今後、このもの達はどんなことが起こっても永遠に再生し続けるのだ!」って!まさか覚えてないなんては言わないよね!?』


全くだ!オスプルは思った!我が魔術をことごとく消し去ってしまうニンゲンなど居るはずもなかった!

ある一部のニンゲンを除いて‥


リルケよ!我が真の力、見せてやろう。


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