表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
北方辺境の看板姫  作者: 山野 水海
第一章 スコルトの人々

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/101

現スコルト最強

「……鍛え直しだな」


 サルートは目の前の惨状に顔を顰め、苦々しい口ぶりで呟いた。

 訓練場には、ネーロに負けた第一班の騎士たちが痛みに呻きながら転がっている。対するネーロは余裕の態度で軽くジャンプしていた。

 勝負は一瞬で終わった。なんのことは無い、ネーロは開始と同時にただ突進しただけである。それを躱せなかった騎士たちは、纏めて吹っ飛ばされてしまったのだ。

 例えるなら正面から車が突っ込んできたようなものだ。いかに騎士たちが全身に鎧を着込んでいても敵うわけがなかった。


「マヌケ〜!」

「税金泥棒ー!」

「せめて剣を振れー!」


 観客たちは大興奮で騎士たちをヤジっている。他人の醜態を肴に、酒も大いにすすんだ。

 公衆の面前でとんだ赤っ恥だ。サルートのこめかみに青筋が浮かんだ。


「第二班ッ!」


 サルートの怒号が飛び、第二班の騎士たちが震え上がる。彼らは駆け足で前へ出た。


「始めッ!」


 先程と同じく、ネーロは開始の合図と共に突進した。

 鶏というのは実はかなり足が速い。しかも歩幅も大きいネーロはあっという間に距離を詰めてきた。

 また、巨大な生き物が自分目掛けて猛突進してくる様というのは足がすくむものがある。一瞬でも動きが止まっていたなら、騎士たちは先程の第一班と同様に弾き飛ばされてしまっていただろう。


「散るぞ!」

「「「応っ!」」」


 だが、騎士たちは素早く散ってネーロの体当たりを冷静に躱していた。流石に同じ負け方はできないのである。


「同時に行くぞ!」

「まかせろ!」


 二人の騎士はネーロを挟み撃ちにすべく、左右から剣で斬りつけた。訓練とはいえ紛れもない本物の剣だ。普通の鶏であらば骨ごと羽が断たれる一撃である。

 ――しかしネーロは大きく羽を広げ、やすやすと剣を受け止めた。羽に剣が当たり、ボスンという鈍い音がするが、ネーロの羽には傷一つついていない。

 これが特異個体の恐ろしさである。ネーロの羽毛は鋼鉄より強靭なのだ。通常あり得ない強度である。


「セイッ!」


 隙ありと見て、ガラ空きの胴体に一人の騎士が剣を突き込むが、その刃もネーロの胸毛に止められ、微塵も刺さらなかった。


「ぐぅ……この……」


 騎士はなんとか突き刺そうと力を込めが、全く刺さる気配は無かった。

 ネーロは動きが止まって恰好の標的となった騎士に前蹴りをくらわした。


「コケ!」

「ゲフッ……」


 騎士は軽々と蹴り飛ばされ地面を転がった。

 爪カバー越しな上、ネーロが力加減をしているので骨は折れていないようだが、しばらくは起き上がれないであろう。まずは一人脱落だ。


「ヤァッ!」


 前蹴りにより片足立ちになったネーロを転ばせようと、すかさず槍を持った騎士が後ろから足を払うが、ネーロは爪カバーごと地面をガッチリと掴んでいるので倒れない。


「コケッ!」


 ネーロは大きく羽ばたいて周りの騎士たちを払うと、そのまま飛び上がり、後ろの槍持ち騎士を踏みつけた。


「グェ……」


 潰された騎士からカエルのような声が出る。

 これまた絶妙にかける体重を調節しているようで、本当にペシャンコになることはなかった。

 二人減り、勝負の行方は決した。ネーロは残った騎士たちに次々と飛び蹴りを浴びせ、連携する暇を与えず倒していくのだった。

 全員を倒し終わるとネーロは大きく羽を広げ、ぐるっとその場で一回転して一鳴き。観客の歓声に応えた。


「コケコッコーッ!」

「いいぞーッ!」

「ネーロ、カッコいい〜!」


 訓練場は大盛り上がりである。




「……いつものことながら、よく死人がでませんね……」


 キャティはレミーリアとイングの横で牛肉の串焼きを食べながらポツリと呟いた。


「鍛え方が違いますもの」


 レミーリアは騎士たちを褒める。しかし、キャティはどうも腑に落ちないようで、レミーリアたちに疑問を投げかける。


「でも一歩間違えば危ういのでは? 特にさっきの踏みつけなんかは、見ていて恐ろしかったですよ」


 思わず悲鳴を漏らしてしまった場面である。うら若き女性としては刺激が強すぎる。誤って殺してしまったのではないかと本気で怖くなった。

 

「ネーロも冷静です。体重をかけすぎないように気を使ってましたよ」


 ネーロはしっかりと手加減しているとイングは解説した。

 そもそも、この模擬戦はネーロにとって何一つ危険を感じないのだ。

 レミーリアとイングも、ネーロの怪我だけは全く心配していなかった。


「剣や槍ではネーロの羽は貫けないわ。あの子もそれを分かっているから余裕を持って戦っているの。……戦いというより遊びかしら?」

「うん。威嚇もしていないし、ネーロ的にはちょっとした運動をしている感覚だと思うよ」

「なんと、威嚇ですか!」


 キャティが二人の言葉に食いつき、興奮したように大声で叫んだかと思えば、おもむろにペンを構えてレミーリアに詰め寄ってきた。

 レミーリアは驚いてビクリとする。キャティは急にテンションが上がるので、会話していて心臓に悪い。


「ネーロの威嚇行為をご覧になったことがお有りなんですね! どのような威嚇をするのですか?」


 キャティにとってはネーロの行動一つ一つが貴重な学術資料である。漏らすことなく記録せねばという情熱が感じられた。

 目がギラギラとしているキャティに引きつつも、二人は質問に答える。


「え、ええ。初めてあの子に会った時に威嚇されたわ。首周りの羽がブワッと広がるの。普通のニワトリと同じだったわ。ねっ、イング?」

「う、うん。ネーロに頼めば同じポーズをしてくれると思いますけど」


 キャティはペンを動かしながら嬉しそうに頷いた。


「ぜひお願いします。あと可能ならばポーズではなく、本気の威嚇を見たいのですが」


 レミーリアとイングは顔を見合わせ、揃って首を捻った。

 “本気”と言われるとちょっと困るのである。


「今のあの子を本気にさせる相手? ……軍隊かしら?」


 とりあえずパッと思いついた案を口にするレミーリア。

 しかし、完全武装の騎士をまとめて相手しているネーロを見ると、それでも足りる気がしない。


「今だって似たようなものだし……。でも、攻城兵器を持ち出せば、ネーロも焦るんじゃない?」

「そうね。さすがにあの子にバリスタや投石器を試したことはないわ」


 イングから、城壁すら破砕する破壊力がある攻城兵器ならもしかしたらといった案が出た。

 ただ、無機物相手にネーロが威嚇をするかは疑問である。

 ここでイングが一人の候補者を挙げた。


「あとは……、若い頃のリシャール様とか?」

「あの子、賢くて足も速いから、リシャール様を一目見たら威嚇する前に全力で逃げるんじゃない?」

「難しいね……」


 レクティの曽祖父で、最強の騎士と謳われた若き日のリシャールである。が、レミーリアはそれだと戦う前にネーロが逃げ出すと言う。

 話し合いは難航した。


 ネーロが第四班を沈めている後ろで、二人はネーロを脅かす方法を色々と話し合っていた。

 結局、今すぐできるものは思いつかなかったので、キャティには「とりあえず戦争でもあれば」と返答した。


「すみません。いくら私でも戦地には行きたくないので、諦めます……」


 キャティは残念そうに肩を落とした。

 因みに、ネーロに威嚇をさせるもっとも早い手段は、レミーリアかイングが「もう我慢しないでいい」と言った上で、キャティがハアハアと息を荒らげながらネーロに近づくことだったりする。

 ただし、その手段をとった場合、キャティはネーロに蹴られて重症を負うことになるが……。




 全ての班が戦い終わり、最後にサルートを加えた騎士団全員とネーロの対決が始まった。これが本日の訓練の締めくくりである。

 騎士たちは少人数だと力負けするため今まで使わなかった猛獣捕獲用ロープや投網などを使用し、巧みにネーロを追い詰めた。

 もちろん、観客からは「卑怯者ー」とヤジが飛んできた。

 騎士団はサルートの指揮の下、強大な敵を倒さんと一致団結し、ネーロに立ち向かった。

 それに負けじとネーロは奮戦した。

 剣を折り、槍衾を突き破り、盾を弾いて騎士を倒した。繋がれたロープで逆に相手を引きずり、網は投げられる前に潰した。


 騎士団で最後に残ったのは騎士団長サルートである。

 首と片足にロープをぶら下げたネーロは、クチバシと蹴りのコンビネーションに体当たりや飛び蹴りを混ぜてサルートに猛攻を浴びせるが、サルートは剣と大盾を巧みに使いネーロの攻撃をことごとく逸らしてみせた。

 観客の盛り上がりは最高潮だ。


 ネーロは顔をサルートに突き出す。

 サルートはクチバシかと判断し、すかさず盾を前に構えるが、ネーロの顔は盾の手前で止まった。


「何ッ!?」


 サルートがフェイントを警戒した次の瞬間、ネーロの口が開いた。


「コケコッコーーーッ!」


「しまっ……」


 間近での大声に耳を貫かれ、思わず硬直したサルート。

 ネーロはその隙を逃さず、すかさず体当たりをした。巨体がサルートの盾にぶつかる。


「くっ――」


 サルートは前に出したままの盾に力をいれ、ネーロを受け止める。何とか転倒することは避けたが、体勢を崩したサルートにネーロはすかさず追撃の飛び蹴りをくらわせた。


「かは……ッ」


 サルートが蹴り飛ばされたことでネーロの勝利が決まった。

 いささかうるさかったが、見事な決着である。観客たちからは盛大な拍手が鳴り響いた。


「スゴイぞー!」

「ネーロ最強ー!」


 ネーロは観客の称賛に翼を大きく広げ、「コケコッコー!」と大声で応える。

 レミーリアとイングもネーロに駆け寄り、体を撫でながら存分に褒め称えた。

 ネーロも主人たちに良い所を見せられたので、誇らしげな様子である。




「不覚をとりました。次からは騎士団の装備に耳栓を追加します」


 訓練終了を告げたサルートはレミーリアと話している。


「対ネーロ用装備って予算下りるのかしら? まぁいいわ。そこら辺は事務方と相談してちょうだい」


 話す二人のもとに、えびす顔のクルス人の中年男性がやって来た。


「レミーリア様、サルート様、本日は訓練まことにお疲れ様でございます」


 男性はレミーリアたちに恭しく頭を下げる。

 二人に対し恭倹な態度だが、着ている服はシワ一つなく上質な物で、平民ではあるが裕福そうな見なりである。

 男は顔を上げ、嬉しそうに言った。


「訓練場の後片付けはいつも通り、我々ファーネス商会がお手伝いさせていただきます」


 ファーネス商会は帝都に本店を持ち、帝国各地に多数の支店を持つ帝国一の大商会である。スコルトの輸出品のほとんどを扱っているのもこの商会であり、この男性はファーネス商会スピリタス支店の支店長であった。


「よろしくねトミン支店長」


 レミーリアの言葉に「かしこまりました」と答えたトミンは、クルッと後ろを向き、商会の丁稚たちに指示を出して訓練場に走らせた。トミンは揉み手をしながらレミーリアの方に向き直る。


「買い取りはいつもの通りにさせていただきます。今後ともどうぞファーネス商会をお引き立てを賜りますようお願い申し上げます」


 トミンは一礼すると、自らも訓練場に走って行った。

 彼らの目的は抜け落ちたネーロの羽である。

 なにせ軽量で柔らかいのに剣で切れない夢の素材だ。羽毛布団にすれば最高級、出来合いの服に羽毛繊維を差し込めば防刃服、綺麗な羽をそのまま好事家に売っても良いという商人にとってヨダレが出る商材である。

 ファーネス商会はネーロの羽を専属で買い取り、加工して、帝室をはじめとした有力貴族に売りつけていた。

 ネーロの羽の代金はレミーリアとイングに支払われるが、二人はそれをネーロの餌代や小屋のリフォーム費用としてネーロがいる牧場に支払っている。ただでさえあの巨体な上にすくすく成長するので、かなりお金が掛かるペットなのである。


 訓練場の片付けは騎士団とファーネス商会に任せ、レミーリアとイングは牧場へ帰ることにした。

 ネーロは観衆たちから盛大な拍手を貰い、実に満足げであった。

補足


ネーロの二つ名

《黒きおおとり》《牧場の守護鳥》


 由来は見た目と、牧場で侵入してくる野生動物を仕留めていることから。世にも珍しい、人に飼われる特異個体。レミーリアとイングに懐き、日々を安穏に過ごしている。

 特異個体は凶暴化する傾向があるので、その点ネーロは異質と言える。

 現在のスコルトで最強の生物。因みに作中最強は若い頃のリシャール。



サルートの二つ名

《鉄壁》


 由来は防御に関する技術が個人戦においても集団戦においてもズバ抜けているから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ