第91話 ステキな馬車
一通り城の中を見て周ったので帰ろうとお城の入口の方へ歩いていた時、馬車をテリットたちに貸した時にどこかで代わりを頼めばいいと考えていたが、その手続き方法を誰かに聞くのを忘れていたことに気付いた。
どうしようかと入口のそばまで来たとき、そこにゴットハルトが立っているのが目に入ったので、彼に聞いてみることにした。
「ゴットハルトさん、すみません」
「おや、トキオさん、お帰りですか・・・そちらは?」
「ああ、彼女はクロアというアティムで一緒に冒険者をやってた仲間です。クロア、こちらは近衛師団長のゴットハルトさんだよ」
クロアは近衛師団長と聞いて驚いた顔をしたが、すぐにお辞儀をしながら挨拶をした。
「はじめまして、クロアと申します」
「おお!あなたがヒドラを一撃で倒したというクロアさんですか!お会いできて光栄です」
ゴットハルトはそう言いながら握手を求めて来たので、クロアは焦った様子であわてて握手を返した。
「ありがとうございます。こちらこそ光栄です」
「それでゴットハルトさん、実は、仲間に自分の馬車を貸してしまったので、代わりの馬車を調達したいんですが、どうやったらいいんでしょうか」
「それはちょうど良かった。実は今日、キロウ司教がここに来られたんですが、帰りは他の人の馬車に一緒に乗って行かれたので、今からキロウ司教の馬車を教団本部に送り返そうとしていたところなんですよ。馭者に言って、トキオさんのお屋敷に寄ってもらいますよ」
「え?いいんですか?」
「トキオさんなら誰も文句を言いませんよ。ああ、ちょうど来ました」
ゴットハルトがそう言ったので右を見たら、向こうから2頭の白馬に引かれた真っ白い馬車がやってくるのが見えた。
その馬車を見た途端、クロアはギョッとした顔をした。
馬車は、ゴットハルトの横に来ると止まったので、ゴットハルトは馭者にトキオの屋敷に寄ってから戻るように言った。
「さあ、どうぞ。お乗りください」
「ありがとうございます。じゃあ、クロア行こう」
「ありがとうございます」
クロアもゴットハルトにお礼を言いながら馬車に乗り込んだ。
馬車が発車してすぐ、クロアが馭者に聞こえないような小声で言った。
「この趣味の悪い馬車はなに?」
「プッ!・・・やっぱりそう思う?これは、ミヒールさんの上司に当たるキロウ司教さんの馬車なんだよ。彼の趣味みたいだよ」
「恐ろしい趣味ね・・・あ、これって、あんたとアウレラが報奨として予想した中の一つと同じなんじゃないの?こんな馬車が実在するなんて驚きだけどね」
「ああ、アウレラから聞いたんだ。その時は、『討伐に行きづれー!』って言って笑ったんだけど、見慣れたら王都の中じゃそれほどヘンでもないなって気がしてきたよ」
「そうかしら。どこに行っても十分ヘンだと思うけど」
そんな話をしているうちに、馬車はトキオの屋敷に着いた。
屋敷の中に入り、2階に上がって突き当りまで行ったところで、テリットとブロームが右手からやって来た。
どうやら、風呂の帰りのようだった。
「おう、戻ったか。遅かったな」
テリットが言った。
「そっちは早かったね。王都は楽しめなかった?」
「そういう訳じゃないんだけど、ここの大きなお風呂に入りたかったのと、街中で食べたものよりここの食事の方が全然おいしかったから、夕飯の前に風呂に入っておこうと思ってな」
「なんだ」
「クロア、儀式は問題なく終わったか」
ブロームが聞いた。
「大丈夫よ。おかげさまで光魔法を使えるようになったわ」
「おお!それはスゴいな!南部じゃトキオに続いて二人目じゃないか!」
「そうね。ただ、もう少し王都にいて鍛錬しなくちゃいけないけどね」
「いい機会だから、光魔法だけじゃなくて他の魔法のスキルもしっかり上げてくればいいんじゃないか。魔導士様直々に教えて貰えるなんてめったにあることじゃないぞ」
「そうね。まあ、私はその前には魔導士長様の師匠の方から教えていただいてたけどね」
「ああ、そうだったな。恵まれてるよな」
「まあ、私の実力かしらね」
「わはははは、確かにそうだな」
こういうクロアの言い回しには、アティムの者たちはすっかり慣れていた。
気分を害したりしないのは、クロアの実力を認めている証拠だった。
「アウレラはまだお風呂?」
トキオが聞いた。
「そうみたいだな。あのあともなかなかシャッキリしてくれなくて困ったよ。案外、ぼーっとしたまま湯につかってるんじゃないか?」
「何かあったの?」
クロアが聞いた。
「いやね、勇者様があまりにもカッコ良かったもんだからポーっとなっちゃって結構大変だったんだよ」
「え!?勇者様に会ったの?」
「ああ、トキオのところに柔道を習いに来たんだよ」
「それスゴいわね!・・・勇者様がどういう人だったか気になるわ。私もお風呂に行って、アウレラに聞いてみよう!」
クロアはそう言うと、急いで自分の部屋に行った。
「やっぱり女性どもは勇者様が気になるか」
テリットが苦笑しながら言った。
「じゃあ、俺も風呂に入って来るよ」
トキオが言った。
「わかった。じゃあ、夕飯の時にお互い今日の話でもしよう」
「そうだね」
トキオは、そう答えると自室に向かった。
「じゃあ、いただきます」
「いただきまーす!」
トキオを除く4人は、期待のこもった満面の笑顔で夕食を食べ始めた。
「うんまーい!」
「今日の料理もサイコー!」
「スバラシイ!」
「しかも、昨日の料理と全然違うわ!」
とりあえず食べるのに一生懸命で、今日のことなど話し出す者は誰もいなかった。
トキオは、その様子を面白そうに見ていた。
一通り食べ終わって、デザートが出たところでやっとテリットがトキオに言った。
「いやー、しかし、勇者様ってホントにとんでもない人だったな!初めて柔道やったのにお前と互角だったもんな!」
「え!?そうだったの?」
クロアがすごく驚いた顔で言った。
「ああ、トキオが勇者様に体で覚えてもらうためって言って何度か勇者様を投げ飛ばしたんだけど、1回投げられただけですぐにそれを再現してトキオにかけてたからな」
「うん、それも、俺から見てもそれぞれがほとんど完璧だったよ」
トキオが言った。
「しかも、その後二人で乱取りをしたんだが、勇者様はトキオの投げをすべて躱して一度も投げられなかったからな」
「ウソでしょ!そんなスゴい人だったなんて!」
「あれ?そのへんの話はお風呂でアウレラに聞いたんじゃないのか?」
「アウレラは勇者様の容姿のことばかり繰り返し言ってただけよ」
「勇者様、最高」
アウレラがポーっとした顔で言った。
「あーあ、そうですかそうですか」
テリットはあきれ顔だった。
「でも、相当な美男子なのは間違いなさそうだから、私も会ってみたいわね。柔道の訓練場に行けば会えるの?」
「いや、毎日来るつもりはないみたいだから、次はいつ来るかわからないよ」
「そうなの?残念ねえ・・・じゃあ、魔法訓練の前に毎日柔道訓練場に顔を出そうかしら。そうすればそのうち会えるでしょ?何時までやってるの?」
「ちょうどお昼までだね・・・あ、クロアも一緒に兵士用の食堂で昼ごはんを食べればいいじゃない」
「え?・・・興味はあるけど、兵士用なんでしょ?私なんかが使っていいの?」
「俺がいいんだから大丈夫だよ」
「そう。じゃあ、早速明日から寄ってみるわ」
「オッケー。待ってるよ」
「でもねえ、テリット。勇者様の本質はあんなもんじゃないんだよ。俺が最初に謁見の間で勇者様に会った時に立ち合いを申し込まれてね。それがもうスゴ過ぎて、俺は完全に圧倒されたんだよ」
「えー?勇者様の方から言って来たのか?」
「そう。柔道を伝えた者の実力に興味があったみたい」
「そうなんだ。しかし、そんなにスゴイのか」
「想像のはるか上を行ってたね。俺の柔道の技も空手の技もまったく通じなかったからね」
「最初からそんな感じだったんだな」
「うん。もっとも、俺の柔道の技がこの国で通用してたのは、相手に柔道の心得がなかったからなんだけど、それは勇者様も同じなはずなのに、捕まえたものの投げようとしたら簡単にかわされたうえに、突き飛ばされて転がされたからね」
「ほお~」
「もっとひどかったのは剣だったな。俺の攻撃を剣も抜かず、全部、体の動きだけでかわしたんだよ。しかも、すべて最小限の動きでね。最初の突きなんか、わざと切っ先がわずかに届かない距離で止めたのに、それが分かってたように微動だにしなかったからね。あれができるってことは、完全に相手の間合いと動きが見切れてるってことで、しかも、会って間もない人間でそれができるってことは、最初のいくつかの動きで俺の踏み込みと動きをすべて見切ったってことだからね。あー、思い出しても鳥肌が立つよ」
「なんと!」
「それはびっくりだな」
「勇者様スゴすぎ!」
「勇者様カッコいい!」
アウレラだけピント外れなことを言った。
トキオは、アウレラの自分へのものとはあまりにも違う態度に、内心、かなり残念な気持ちになったが、他の者たちに気取られないように平静を装った。
「しかも、謁見の間を出てミヒール司祭に聞いたら、それでもかなり手を抜いてたらしいからね。いやー、本気になったらどこまでスゴいのか想像もできないよ」
「そうなんだー。それじゃ魔人の幹部も倒せるわけだな」
「俺たちとは別の人種だな」
「ますます会いたくなっちゃったわねえ」
「勇者様カッコいい!」
アウレラが変な合いの手を入れるので、皆がアウレラを見たが、本人は遠くを見る目で壁のほうを見ていた。
「・・・じゃあ、お腹もいっぱいになったし、部屋に行ってゆっくりするかな」
かなりの沈黙の後にテリットが言った。
「明日帰っちゃうの?」
トキオが聞いた。
「ああ、元々そのつもりだ。往復するだけで10日もかかる場所だからな。これ以上、アティムを空けるわけにもいかないさ。サイマンさんの店でいい剣も買えたしな」
「あ、そうなんだ!今から見に行っていい?」
「もちろんだ・・・そうだ、最後の日なんだから、俺の部屋で皆で酒でも飲まないか?」
「いいねえ」
「乗ったわ」
「あとは寝るだけだから、飲みまくるぞ!」
「あたしも飲む―」
アウレラが初めて会話にまともに反応したので、皆は逆に驚いて、また、一斉にアウレラの顔を見た。
「え?なに?あたしは飲んじゃダメなの?」
「いや、そんなことないぞ。みんなで飲もう!」
「・・・やっと正気に戻ったな」
隣に座っているブロームがボソリとそう言ったので、トキオは思わず笑ってしまった。
その日はそれから、テリットが買った剣と、ブロームとアウレラが買った防具と、クロアの儀式のことを肴にして夜遅くまで飲んだ。
お酒は、メアリーとジェーンが大量に運んでくれた。
トキオが一緒に飲もうと誘ったが、それはできないと二人は固辞した。
トキオは、いつか一緒に飲んでやろうと変な決意を固めたのだった。
解散してトキオが部屋に戻ってすぐ、アウレラがやって来た。
「勇者様に惚れちゃったから今日は来ないかと思ったよ」
「勇者様はステキだけど、憧れの英雄って感じね。トキオとはしばらく会えなくなるんだから来ないわけないでしょ!」
そう言うと、アウレラはトキオに抱きついてキスをしてきた。
そしてそのまま、二人はまた朝までベッドで過ごし、ひどい寝不足になったのだった。




