第215話 惹かれない理由
「まだやるの!?」
「もちろんです。フラビアの教え方が悪かったせいか全然できてませんから、できるまでやります」
合気道の練習が始まってから、かれこれ30分ほど経っていたが、王女はずっと受け身の練習をやらされていた。
「私は合気道がやりたいのよ!」
「これも合気道ですから」
「そうじゃなくて、昨日みたいに転がしたり投げたりするのがやりたいの!」
「それらを覚えるためには、あなた自身が投げられる必要があります。受け身をきちんと身に付けないで投げられると、強く投げられた時に確実にケガをしますよ」
「強く投げなければいいじゃない」
「それじゃ練習になりません。少しでも早く覚えたいんじゃないんですか?」
「もちろんそうよ!だから、元祖であるお前に教えて貰おうとしてるんじゃないの!」
「だったらちゃんと受け身をやってください。少なくとも、俺に教わりたいのなら受け身の練習はきっちりやってもらいますよ」
「だから、フラビアに教わったって言ったでしょ!」
「できてないんだから、教わっていないのと同じです」
「もう、わからずや!」
「やめますか?俺は別に構いませんが」
「・・・わかったわよ!やるわよ!」
王女は、非常に不機嫌な顔で言った。
「じゃあ、今やった右前への受け身をもう一度お願いします」
王女は言われた通りの受け身をやって見せた。
「あー、もっとです。もっと柔らかく!体を丸くして頭を体の方に入れて回らないと。首が圧迫されてるじゃないですか!体を丸くして回るイメージですよ」
「もう、難しいこと言わないでよ!」
「最初に俺がやって見せたでしょ・・・わかりました、殿下の悪い例と正しいのを両方やりますから、良く見ててください」
トキオはそう言うと、王女から少し離れ、まずは王女の受け身の真似をして、頭頂部を畳に付けてからガクガクと固い動きで回ってみせた。最後に体が畳に付くときにはバタンと大きな音がした。
「これが、殿下が今やった受け身です。正しくはこうです」
今度は、右腕を体の方に入れ、頭を下げて右肩からスムーズに柔らかく転がり、最後も畳に倒れ込むのではなく、くるりと静かに回って足を付けてスッと立ち上がった。
「こんな感じです。わかりましたか?」
トキオは、王女の方を振り返って言った。
「ちょっと、私の真似が大げさなんじゃないの?」
「いいえ、こんな感じです。それが認識できてないからできないんですよ。さあ、後からやった方をイメージしてもう一度」
「・・・・」
王女は無言で受け身の体勢を取ると、今度は、右腕と頭を内側に入れることを強く意識して回った。
しかし、トキオのように立ち上がることはできず、最後は畳に寝転がった状態だった。
「お、随分よくなりましたね。でも、まだまだです。もっと、畳に飛び込む感じで勢いを付けて」
「こう?」
そう言って、王女は先ほどより強く畳を蹴って回ったが、それでも立ち上がり切れずにお尻から畳に落ちた。
「少しずつ良くなってきましたね。でも、他の受け身もありますから、今日は受け身の練習だけにしましょう」
「え~!?・・・それ、本気で言ってるの!?」
「もちろんですよ。さあ、立って」
トキオはそう言いながら、王女の右手を掴んで立ち上がらせた。
「もう、今日はやめようかしら」
「何を言い出すんですか!合気道を覚えたくないんですか?」
「そりゃ覚えたいけど。こんな地味な練習ばかりじゃ面白くないわ」
「もう・・・何かの格闘技を覚えようと思ったら基本が大事です」
(うーん、思ったより根気がないなあ。やっぱり、甘やかされて育って来たんだろうなあ。じゃあ、ちょっと作戦を変えるか)
トキオは、そう考えて言い方を変えてみた。
「アティムの人間も含めて、俺がつきっきりで合気道を教えるのは殿下が初めてです。つまり、俺の言う通りに練習を続ければ、この国で、というか、この世界で一番の合気道の使い手になれるということですよ」
「・・・え?」
(しめしめ、食いついたぞ)
「この世界に今まで合気道がなかったということは、合気道への対処を習得している人間はいないということです。だから、ちゃんと合気道を身に付けられれば、近接格闘技では殿下がこの国で一番になれるということです」
「ホント?」
「そうですよ。だから、基本からしっかりと練習してください」
「・・・・わかったわ」
(おお、うまくいったぞ!・・・ホントは、どんなに上達しても勇者様には絶対適わないけどな。あ、あと俺にもだな。それと、そのうち、柔道や合気道に天性の才能を持った人間が出て来る可能性があるから、そういう人にも無理だろうな)
「じゃあ、もう一回お願いします」
「・・・・・」
それからは王女は、お昼まで黙々と受け身の練習を続けた。
「もうお昼ですね。では、今日はこのくらいにしましょう。また、明日お願いします」
「もうお昼?・・・ああ、本当に疲れたわ・・・じゃあ、明日は遅刻しないようにね!」
「あ、すみません。気を付けます」
「気を付けますじゃないでしょ!わかりましたでしょ!」
「あ、はい!すみません!わかりました!」
練習中はトキオが王女をしかりつける立場だったが、練習が終わった途端、逆転して元に戻った。
王女は、部屋の隅で無言で立ったまま見守っていた従者が寄って来ると、その手からタオルを受け取り、首筋を拭きながら一度も振り返らずに部屋から出て行った。
(ふうん、従者に体を拭かせるってことはしないんだ。そこらへんはしっかりしてるのかな?・・・ただ、男に体を拭かれるのがイヤなのかもしれないな)
トキオは、そう考えて一人でニヤついた顔になった。
(でも、王女様に命令する立場ってのも悪くないな。このまま、しばらく続けるのもいいかも)
しかしトキオは、この時点では、王女に納得するまで稽古を継続させられて、そのせいでアティムへの帰還が遅くなることになるという可能性には思いが至らなかった。
トキオは、それから兵士用の食堂に行ったが、フーゴはすでに来ていて、フラビアと同じテーブルで向かい合って食事をしていた。
(あれ?フーゴ、妙に嬉しそうだなあ・・・ははあん)
トキオは、一通り料理をトレーに取るとニヤニヤしながら二人が座っているテーブルへ行った。
クロアは、いつも通り近衛師団の兵士たちに世話を焼かれながら食事をしていた。
「うーす」
トキオはそう言ってフーゴの隣に座った。
「おう、遅かったな・・・ん?なんでニヤニヤしてるんだ?」
フラビアが聞いて来た。
「え?そう?」
トキオは、慌てて表情を引き締めた。
「なんでこんなに遅く・・・ああ、王女と練習してたんだったな」
今度は、フラビアがニヤリとした顔になった。
「それもあるし、王族用の訓練場が遠いからね」
「ああ、確かにそうだな」
「それよりフラビア、王女様にちゃんと受け身を教えなかったでしょ?」
「あ?・・・ああ、王女から聞いたのか。本人が嫌がったからな」
「ダメだよ。受け身はちゃんと覚えさせないとケガするよ」
「そうは思ったんだが、気分を悪くさせると色々とめんどくさいからな」
「そりゃわかるけど、なぜ必要なのかをちゃんと説明してやらせないと。その辺は俺が説明したでしょ?」
「そんなこと言うけど、お前はちゃんとやらせたのか?」
「ああ、しっかり説明したらわかってくれたよ。だから、今日はずっと受け身の練習だけしてたよ」
「ホントか?お前、スゴいヤツだな」
フラビアは、本当に感心しているという表情になった。
「そんなに説得するのが難しいの?」
「そうだよ。ほんっとに我がままだし、相手の立場とか考えずに大声で罵倒したりするからな」
「そうかあ~」
「じゃあ、今度から、王女が出陣する時はお前も来てくれよ。それで、何か王女に指示を出したい時にはお前が間に入って説得してくれ」
「え~!?それはイヤだよ!勘弁してくれ!」
「ほう、お前、王女が美人だって言ったら興味を示してたじゃないか」
「え?そうだっけ・・・そう言えば、はじめのうちは怒らせたらヤバいかもって緊張してたから、そこに意識がいかなかったな」
「ほお~、お前でもそういうことあるんだな」
「なんだよそれ。人を能天気な人間みたいに」
「胸が大きくないからじゃないか?」
そこでフーゴがボソリと言った。
「なんだって?」
フラビアは思わず聞き返した。
「こいつは、アティムじゃ巨乳好きで有名なヤツだったから。王女様は、貧乳ってほどじゃないがあんまり大きくないよな」
フーゴは、料理を口に入れたまま、冷静な口調で言った。
「な、フーゴ、何を言うんだよ!」
「だって、事実だろ?それとも、巨乳キライか?」
「え・・・それは」
トキオは、思わず言いよどんだ。
「あ、ああー、なるほどな~」
そこでフラビアが納得したような顔をして言った。
「な、なんだよ」
「お前、私が少し胸の開いた服を着て来た時、胸の谷間ばっかりチラチラ見てたもんな」
「え?フラビアまでなにを言うんだよ。誤解だよ」
「誤解じゃないわよ」
トキオの後ろで声がしたので振り返ると、いつの間にかクロアが立っていた。
「こいつったら、胸の大きい女が目の前を通ると、顔よりも先に胸を見るからね」
クロアは、冷ややかに言った。
「そうそう」
フーゴも同意した。
「やっぱりか!・・・でも、健全な成人男子でいいじゃないか!」
フラビアはそう言うとけたたましく笑い、その声で食堂の中にいた兵士が全員フラビアを見た。




