第211話 フーゴの驚き
「うわっ!なんだこれ!」
フーゴは、屋敷に入った途端、玄関ホールの広さとシャンデリアを含めた装飾の見事さに思わず声を上げた。
「本当に貴族のお屋敷だったんだな・・・」
キョロキョロと見渡しながら、さらに感嘆の声を漏らした。
「そうなんだってさ。前に住んでた人には会ったことないけど、そのお兄さんには会ったよ。本物の貴族だったね」
「そうか~。そう言えば、俺は貴族というものに会ったことないな」
「そう?帰りは王子様や王女様と一緒だったんじゃないの?」
「ああ、そうか。途中の街で宿泊する時、別の馬車から降りるところをチラッと見たな」
「あれ?そんなもんだったんだ」
「そうだな。俺はもちろん特に用はないし、向こうもそれは同じだっただろうしな」
「うーん、でも、この先、造兵局に視察に来ることもあるんじゃないかな。特に、王様が好奇心旺盛な人だから来ると思うよ」
「え?国王陛下が?・・・それは緊張するなあ」
「そうだよね。でも、かなり気さくな人だから、あんまりかしこまらなくても大丈夫だと思うけどね」
「そうなのか?うーん、でも、初めてお会いする時はやっぱり緊張すると思うぞ」
「まあ、それはそうだろね」
トキオはそう言って軽く笑った。
「お部屋のご用意をいたしますので、それまでこちらへどうぞ」
セバスチャンはそう言うと、先に立って食事の間の方へフーゴを誘導したのでトキオとクロアもついて行った。
「わっ!・・・広い・・・」
食事の間に入るなり、フーゴはまたしても驚いて足を止めた。
「こちらでお待ちください」
セバスチャンは、そのことは気にせずにフーゴに椅子を勧めた。
「あ、すみません」
フーゴは、軽く会釈をすると、あわてて指示された椅子に座ろうとしたが、セバスチャンが椅子を引いてくれたので驚いて振り返った。
「あ・・・ありがとうございます」
フーゴはかしこまって言った。
「ご主人様のお客様ですから、わたくしどもに敬語は無用ですよ」
セバスチャンは微笑みながら言った。
「え?でも・・・」
「いーのいーの、気にしなくて。俺たちも敬語なんか使ってないし」
「そうよ。ねえ、セバスチャン」
「はい」
セバスチャンはそう答えると、軽く会釈をした。
「そうかあ?・・・じゃあ、よしろくね」
「はい、こちらこそよろしくお願いいたします」
セバスチャンは、続いて、トキオ、クロアの順に椅子を引いた。
そこで、ジェーンが3人分のお茶とカットされたトルテのようなお菓子を持って現れた。
「もう間もなくお部屋の準備が整いますので、それまで、こちらをどうぞ」
ジェーンが、そのお茶とお菓子を3人の前に並べ始めたところでセバスチャンが言った。
「ああ、すみません」
「ほら、また敬語になってる」
トキオが笑いながら言った。
「え?・・・ああ。でも、すぐには慣れないよ。大体、他人に椅子を引いてもらったのなんて、俺の人生で初めての経験だからな」
「あ、そう言えば、俺もセバスチャンに引いてもらったのが生まれて初めてかも」
「あ、私もかも」
「みんな庶民だってことだな」
トキオのその言葉で、3人は笑った。
「じゃあ、食べよう、食べよう」
トキオのその言葉で、トキオとクロアはフォークでカットした一切れを口に運んだ。
いつも通りの極上の味だったが、二人とも示し合わせたように何も言わずに、フーゴに注目した。
それに気づかいないフーゴは、同じようにカットした一口を口に入れて驚愕の表情を浮かべた。
「う、うまーい!こんなうまいお菓子を食べたのは生まれて初めてだ!」
その様子を見たトキオとクロアは、顔を見合わせて可笑しそうに微笑んだ。
フーゴは、そのまま、がつがつと半分ほどを一気に食べ、喉につかえそうになったのか、あわててお茶を飲んだ。
「お茶もうまーい!こんなうまいお茶も初めてだ!」
「気に入ってもらえて良かったよ」
トキオは、フーゴに向かって微笑みながら言った。
「お前、毎日こんなの飲み食いしてるのか?」
「そうだね。夕飯の後には必ずデザートとお茶が出るからね」
「羨まし過ぎるぞ!」
「・・・どっかで聞いたセリフだなあ」
しかしフーゴは、トキオのその言葉には反応せず、残りの半分を一気に食べた。
そこで、トキオはふと不思議に思ってセバスチャンに聞いた。
「そういいえば、事前にフーゴを連れて来ることは言ってなかったのに、よくお菓子が用意できてたね」
「はい、いつお客様が来られても良いように、いつも用意しております」
「え?そうだったんだ。でも、誰も来なかったときは、そのお菓子はどうなるの?」
「廃棄するのはもったいのうございますので、我々が夜食してとおいしく食させていただいております」
セバスチャンは、ニコリと微笑んで言った。
「あ、そういうことか。イイネ!それ」
「スバラシイわ」
クロアも微笑みながら言った。
「恐縮です」
セバスチャンはそう言うと軽く会釈をした。
そこで、セバスチャンは厨房の方を見て軽く頷いた。
それから、フーゴがお茶を飲み終わるのを待って声をかけた。
「お部屋の用意が整いましたので、ご案内いたします」
「あ、はい。ありがとう・・・」
フーゴは慌てて返事をしたが、最後の「ございます」を飲み込んだのが丸わかりだったので、トキオとクロアは苦笑した。
「俺も一緒に行くよ」
「私も」
トキオとクロアは、そう言うと、フーゴが立ち上がるのとほぼ同時に立ち上がった。
3人は、セバスチャンの後に続いて、一度玄関ホールに戻ってから、やたら幅の広い曲線的な階段を上った。
「うわっ!絨毯がフカフカだ!」
フーゴは、ここでも驚きの声を上げた。
トキオとクロアは、無言で可笑しそうにその様子を見ていた。
「こちらになります」
フーゴが泊まる部屋の前に着くと、セバスチャンが言った。
それは、クロアの部屋の2つ先の部屋だった。
「開けてみて」
トキオが、手で示しながらフーゴに言った。
「あ、ああ」
フーゴは、恐る恐るという感じでドアノブを捻って開けたが、部屋に一歩踏み込んだところで驚きの表情を浮かべて足を止めた。
「え?なに、この広さ?」
フーゴは、驚いた表情のまま、部屋全体をゆっくりと見渡した。
「・・・ここに俺一人で寝泊まりするのか?」
「そうだよ」
「信じられん!アティムのどのホテルにもこんなに広い部屋はないぞ」
「ああ、そうかもね」
「トキオの部屋はもっと広いわよ」
クロアが、ニヤリとした顔で言った。
「ウソだろ!?」
「ほんの少しね。まあ、屋敷の主人の特権ということで」
そう言ってトキオは笑った。
「ここに1か月泊めてくれるのか?」
「そうだよ」
「もしかして、掃除や洗濯も自分でしなくて良かったりするのか?」
「もちろんだよ」
「うわー・・・あ!料金はいくらだ?」
「何言ってるの。タダだよ。テリットたちからもお金なんかとってないよ。聞いてないの?」
「えー、それは数日だったからだろ?さすがに1か月は申し訳ないぞ」
「いいんだよ。そうでしょ、セバスチャン?」
「はい。ご主人様のお客様は、どなたでも無償で最高のおもてなしをするように国王陛下から仰せつかっております」
「ほら」
「ええ~?」
フーゴはそう言いながら、さらに数歩、部屋の中に踏み込んで、もう一度、部屋の中を見渡した。
「ベッド、デカッ!?」
そして、ベッドを見ると、さらに驚きの声を上げた。
「一人で寝るんだからね」
トキオは笑いながら言った。
「それはわかるが・・・」
「もう、いいでしょ?お風呂に行こうよ。お城のあの部屋にはお風呂はないから、昨日、お風呂に入ってないんじゃないの?」
「ああ、そうだな」
「じゃあ、行こう、行こう」
「わかった。じゃあ、着替えを出すからちょっと待ってくれ」
「いらない、いらない。お風呂場に用意されてるから」
「ええっ?そんなことまでしてくれるのか?」
「そうだよ。部屋着もちゃんとあるからね」
「なんと・・・」
「あ、そうだ。壁際のテーブルのこっち側に籠があるでしょ?風呂に行く前に途中の街に泊まった時に出た洗濯物をそこに入れといて。お風呂に行ってる間にメアリーかジェーンが持って行ってくれるから」
「あ、ああ」
フーゴは、やや呆然とした体でそう返事をすると、壁際のサイドテーブルの上に置いてあった自分のリュックから洗濯物を取り出して籠の中に入れた。
「じゃあ、行こうか」
「・・・ああ」
フーゴが、トキオのあとについて歩き出したところで、横からクロアが言った。
「お風呂もビックリするわよ」
「え?」
クロアは、実に愉快そうな顔をしていた。
「はーい、ここね」
トキオは、そう言いながら大浴場のドアを開けて脱衣場に入った。
フーゴも後に続いた。
「うわっ!脱衣場、広っ!」
フーゴは、また驚いて足を止めた。
「驚くのはまだ早い」
「え?」
「はい、こっちに来て。フーゴはこの棚ね」
トキオに言われた棚の前に立つと、確かにそこには部屋着と下着の着替えが置いてあり、タオルとバスタオルもあった。
「ホントにあるんだ・・・」
「そう言ったでしょ?ささ、早く入るよ」
「・・・わかった」
フーゴは、急いですべて脱ぐと、タオルを取ってトキオの後に続いて浴室に入った。
・・・そして、また驚愕した。
「え~!何だこの広さ!個人の家にある風呂の広さじゃないだろ?」
「まあ、確かにそうだね」
「俺の店より広いんじゃないか?」
「ああ、そうかも」
「・・・・・」
フーゴは黙ってまじまじと浴室を見渡した。
「さ!このお風呂の一番のいいところは、夕陽だからね。こっちに来て」
トキオは先に立って正面の浴槽に入って行くと、フーゴを手招きした。
フーゴは、それに応じてトキオと同じように立ったまま浴槽に入った。
「ほら、ここから外を見て」
トキオが窓のところに立って手招きするので行って外を見たら、見事な夕陽が王都の背景に映えているのが目に入った。
「おおお~・・・」
フーゴは、まったく予想していなかった絶景に、感嘆の声を漏らして前も隠さず押し黙った。




