第13話
早急に止めないと取り返しがつかないことになる、と理性ではわかっている。
わかっているのに、とろけるようなキスをされると「人生で一度くらい冒険してみても……」なんて気分になってしまうから危険極まりない。
会社でことに及ぶだなんて、現実世界の話じゃない。
「ん、ちょちょちょ、ちょっと!」
無事にベストを攻略した久喜さんの手が、ブラウスの中にまで侵入しようとしてきた。
いくらなんでもこれ以上はヤバい。
私はバンバンと彼の肩を叩いて抵抗の意を示した。
「……なんだ?」
形のいい眉が歪んでいる。
ものすごく不満げな顔で睨まれたが、ここで怯んではいけない。
「か、会社ですよ!」
端的に問題点を告げる。
「……だが、誰も来ない」
「いやいやいや、人が来る・来ないは問題じゃないでしょう!? ここは会社です! 私、この歳で見境もなく職場で襲われるなんて嫌ですよ。そんなの、人生の汚点です」
ここまで言えば、さすがに久喜さんもそれ以上の行為は諦めてくれたようだった。
「さすがにここから先は、はばかれるか……」
けれどそう口では言いながらも、隙あらば、私の太ももや腰に手を伸ばそうとしてくる。
「……バカ!」
悪さばかりする手をピシャッとはたき落とすと、彼はニヤッと蠱惑的な笑みを浮かべた。
「でも、そんな俺が好きなんだろう?」
自信たっぷりに告げられると、やっぱりポーッと見とれてしまう。
「け、けど! これ以上はNGですからね!」
私は起き上がって乱れたブラウスをささっと直し、我が身を守るように両腕を胸元でクロスさせた。
過剰防衛する姿を見て、久喜さんは余計に闘争心を刺激されたのか、じっとりとした視線を向けてくる。
「なぁ、今夜は俺の家にくるか?」
ぐちゃぐちゃに乱れた髪が、退廃的でなんともセクシーだ。
今日が金曜日なら!と心の片隅で思ったけれど、そんなことはおくびにも出さず、努めて冷静に彼に答えた。
「……謹んで、辞退させていただきます!」
2人ともイチャつく前にやることが山積みだ。
まずは早く帰宅して、明日の分の体力を回復しなければ、それこそ体調不良で欠勤する羽目になってしまう。
名残惜しい気持ちは確かにあるけれど、だからと言って仕事はおろそかにできない。
久喜さんは少し残念そうな表情を浮かべていたが、すぐにフッと色っぽく微笑んだ。
「……そうだな。時間はこれからまだたっぷり、飽きるほどあるんだしな」
「―――もう!」
彼と過ごすこれからの未来は、きっと他の人とでは体験できない、刺激に満ちたものになる。
それはさぞかしスパイスの効いた、幸せな時間に間違いないと私は確信して、彼に抱きついたのだった。




