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足裏マッサージ

「初日だし、そんなに難しく考えなくていいよ。まずは俺と食事の準備をしてくれ」

「分かりました」


 食事の準備と言っても予定になかった人数での食事だ。

 必然と夕飯は惣菜ものを皿に並べて配膳するだけで終わる。

 余談だがリーラを初めとするキャスト達は菓子作りが上手い。


 帰り際、手作りの焼き菓子なんかを渡すと高い確率でリピーターになってくれる……らしい。


 俺も何度か試作品を食べさせてもらったことがあったが、材料を正確に計るという概念がなかったからそこから教え込み、ちゃんとしたモノが出来上がるまで何度も失敗作を食わされた。


「御主人様、食卓までは私が運びます」

「頼む。盛りつけは俺がしておく」

「ありがとう御座います。それと、料理が一人分多いようですがこの後お客様がお見えになられるのですか?」

「それはお前の分だ。余所の奴隷事情は知らないがこんな狭い部屋だ。食事は一緒に取った方が効率が良い」

「それはそうですが、何もわざわざ同じ物を──」

「二人分をパパッと作った方が料理は効率的だ。わざわざ一人分を二回に分けて作るなんて面倒なことはしない。よって今後も食事は同じ食卓で同じ物を食べる。いいな?」


 何より洗い物が時間差で増えた時ほど萎える瞬間はない。


「はぁ……御主人様がそう仰るのであれば」


 シャルロットを説き伏せたところで三人で食卓を囲む。

 俺とタツヤが当然のようにいただきますを言ったので、彼女も慌ててそれに追随する。


「御主人様とタツヤ様は同じ宗教をしているのですか?」

「いや、これは故郷の風習だ。宗教的な意味はない。……因みに俺は宗教と付くものが嫌い。だから初詣もバレンタインもお盆もクリスマスも大晦日も大嫌いだ」

「どんだけ嫌ってんだよ……」


 なるほど、タツヤは日本人特有の宗教アレルギー持ちだったのか……バレンタインとクリスマスが嫌いなのは諸手を挙げて賛成できるけど……お盆って宗教行事か?


「そういうシャルロットは宗教平気? 別に俺達のことは気にしなくていいぞ」

「そうですね……豊穣祈願や安産祈願の際には女神像の前で祈りを捧げますが、これと言って信心深い訳でもありません。ただ、日々の習慣で毎朝女神様へのお祈りをしないと、どうにも気持ちが落ち着きません」


 そう言えば僅かな私物の中には女神像があったけど、あれってレティシア教で販売されてる携帯用の礼拝像なのか?


「そうか。女神像は好きなところに置いて構わない」

「ありがとう御座います」

「でさ、話が纏まったところで今後、シャルロットちゃんのことはどうするつもり?」


 今後、という言葉に彼女は僅かだが身を強張らせた。

 この仕事で、自分の進退が決まる──そう考えてるんだろう。


(仕事を与えないのは論外だな……この世界の事情を鑑みれば奴隷に仕事を与えないのは不安を与えるのと同じことだろうし……まぁ無難なところでいいか)

「そうだな……シャルロットがどの程度使えるか把握できてないし、手始めに家事と仕事の助手をやらせようと思ってる」

「御主人様のお仕事ですか? 失礼ですが、お仕事は何をなさっているのですか?」

「キャス──娼婦達にマッサージっていう……まぁ平たく言えば身体の調子を整える仕事でな、これを手伝ってもらう。して欲しいことは……まぁこれは実際に体験すればいいか。丁度実験台もいるし」

「シャルロットちゃんに整体魔術教えるのか?」

「いや、そこまで高望みはしない。文字通りアシスタントを務めてもらう」


 研修という名目でやらせるのもアリだが、こいつなら失敗しても心が痛まない。

 友達……存外便利な存在である。

 そんな訳で早速タツヤには研修という名目で付き合って貰うことにした。


 ボケで服を脱ごうとしたけどしっかり叩いておいた……裸で笑いを取るのはお笑いの中でも嫌いな方だから。


「シャルロットには足裏マッサージを覚えてもらう」

「はい。それで、足裏“まっさぁじ”とは何ですか?」

「まずは俺がやってみせる」


 一応、濡れ布巾でタツヤの足をしっかり拭いてから解説を交えた実演をする。

 魔力を使わず、親指を上下に動かしながら力を込めて土踏まずを撫で、足の指先と付け根を揉み、踵を掌で絞るように擦る等して刺激を与える。


 これに整体魔術を加えれば効果は跳ね上がるが今日はそこまでしない。


「うおー……これは、効くなぁ。リシェアリアーナさんが言ってたの、嘘じゃなかったんだな……。あとお前、なんでこんなに上手なんだ?」

「故郷で散々やってた」


 何のことはない、日本で生活していた頃はよく逃げ場所として近所に住む煙草屋のお婆ちゃんの家にお邪魔して、子供でも何ができるか一生懸命考えた結果がマッサージだった。


 子供の頃は褒めて貰うのが嬉しくて、図書館で色んなマッサージを勉強したりして一生懸命上手くなるよう練習したものだ。


 その甲斐あってか、今でも人体のツボは把握している……世の中、何が幸いするか本当に分からないものだ。


「とまぁ、シャルロットにやって欲しいのはこういうこと。普段は背中のマッサージと併せて俺がやるんだけど足裏をしてくれるだけでも大分助かる」


 待ち時間が短くなってその分、仕事量が増える可能性もあるかも知れないが。


「随分変わったお仕事ですね。御主人様の故郷では普通に行われているんですか?」

「まぁな。……よしシャルロット、ちょっとやってみろ。基本、口出しはしないから相手の反応を見ながらやってみろ」

「分かりました」


 シャルロットと交代して、足裏マッサージを行うところを見守る。

 んしょ……うん、しょ……と、必死に力込めながら俺がやった動きを思い浮かべながら刺激する。


 生真面目な性格だからだろう、シャルロットはまず親指から順次、ツボを押していきそこから隙間を埋めるように下へ指を動かしていく。


「おぉ……女にやってもらうのは、なかなか……。アンナちゃんも上手かったけど、シャルロットちゃんも、なかなか……」

「アンナってそんなことしてたの?」

「してくれるぞ。お風呂入るときとか、身体洗うついでに……」


 そうか、そんなことしてたのか。

 これは将来、マッサージ技術の独占が終わる日も遠くない。


「ん……今のは、良かった……けど、ちょっと力が足りないな……。もっと奥まで届かせるように……」

「奥まで……分かりました」


 少し迷った後、シャルロットは指の形を変えて押し込むよう指圧する。

 彼女ぐらいの力なら多少、指を固めても問題はないようで、痛がっている素振りは見せてない。


「そう、そこ……あぁそれと、一か所だけじゃなくて踵の方も頼む」

「分かりました」


 踵……そこをマッサージした時にも感じたがやっぱりこの男、娼館に通い詰めて豪遊してるな。


 踵周辺……具体的には内側には生殖線がある、つまりはそういうことだ。

 補足すると生殖腺の近くには骨盤部や肛門のツボがある。


 もしかしたらメリビアを拠点にしている男冒険者は皆、踵周りが弱いかも知れない……だからと言って積極的に触りたいとは思わないが。


「あの……これはいつまでやればよろしいですか?」


 と、ここに来てシャルロットが当然の疑問を口にする。

 あぁそうだよ、どのぐらいやるか言ってなかったな。


「もう一度、全体を刺激して。それで終わろう」

「はい」


 俺の言葉通り、シャルロットは最初と同じように上から順番にツボを刺激していく。


 コツを覚えたのか、数分足らずで足裏マッサージは終わった。


「終わりました。御主人様、どうでした?」

「うん、初めてにしては上出来だ。細かいことを指摘すれば最初は土踏まず……あー、この辺かな? そこから刺激して円を描くように指圧する範囲を広げて。指の形を変えて刺激するならここと、この辺がお薦め。あと、些細なことでも構わないからお客さんとは話すように」


 タツヤの足裏で改善点を指摘しながら要点を教える。

 シャルロットはふんふんと頷きながらしっかりと頭に叩き込む……勤勉だ。

 その後、タツヤは少し名残惜しそうにしながらも部屋を出て行った。


「今日もアンナちゃんに会いに行かなきゃな!」


 去り際、そんなことを言っていたが、どうでもいい。

 精々、破産して鉱山送りにならないことを祈るばかりだ。


「さて……」


 タツヤが帰ったところでようやく俺も本題に入れる。

 俺の様子を見て何かを察したらしく、シャルロットは覚悟を決めたように唇をキュッと結び、身体を固くして身構えてる。


「お前の治療を始めるぞ」

「は、はい──えっ、治療ですか?」

「治療だ。別に取って食ったりはしない」


 ナニを想像していたのか、それは指摘しないのが優しさだ。


「ちょっと手出して」

「? ……はい」


 差し出された右手を手に取り、指先に魔力を集中させる。

 俺の整体魔術にも、一応の治癒効果はあるが怪我を治す代物ではない。


 自己治癒能力をビデオの高速早送りのように促進したり、弱った内臓を活性化させたり、肌や髪の状態を良くしたりする魔術だ。


 肌の状態を良くする──それは乾燥肌やあかぎれだけじゃない、傷跡や火傷跡を消すという不思議現象も起こせる。


 ただこの火傷の治療……もの凄く魔力の消費が激しい。

 仕組みは知らないが多分、ケロイド(?)を削り取って魔力で作った皮膚の土壌で欠けた部分を補い、皮膚の色と完全に同化させる──感覚としてはそんなところだ。


 そんなことをしてるからか、それはもう魔力がグングン吸い取られていく。

 他の魔術師は知らないが、自分ではそこそこ魔力がある方だと思う。

 丸一日仕事すれば流石に魔力が尽きるが、通常業務に収まる範囲なら問題ない。


「えっ……これは……っ?!」


 火傷の跡が逆再生のように無くなり、元の肌の色に戻っていく過程を見るシャルロットが驚愕する。


 絶対に元通りに戻らない──そう思っていた自分の身体が元通りになるその喜びは、俺には想像することしか出来ないけど、だからこそ少しでも彼女のコンプレックスの原因となるこの火傷は取り除いてあげたい。


「ふぃー……」


 とは言え、思った以上に火傷跡が酷いので一度の治療で完治とはいかなった。

 右手の甲から肘までの火傷跡を治療したところで魔力切れだ。


「悪い、魔力切れだ。火傷の跡は少しずつやっていく」

「…………」

「平日は仕事で魔力的に厳しいから週末に治療するからそのつもりでいてくれ」

「…………」


 シャルロットから返事はない……ただジッと、火傷跡のあった手を見ている。

 嗚咽は漏らしてないけど、静かに涙を流しているから……えっと、こういう場合どうすればいいんだ?


 何か気の利いた言葉の一つでもかけてやればいいかも知れないが俺にそんなスキルなんてないし……うん、ここは感傷に浸らせておこう。


 シャルロットの御主人様はクールに去るぜ。

自分で書いておきながら美少女に足裏マッサージをしてもらうとか死ねばいいと思った。

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