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グレースさんのやる気を起こさせることに成功した私は、今グレースさんがいなくなった部屋でお茶を頂いておりますわ。
因みに隣の部屋がバタバタと音がしているのはグレースさんのお引越しを行っているからですわ。
何故引っ越しを行っているのかは単純明快ですわ、今の寮にいては新たな決意をしたグレースさんは肩身の狭い思いをなさることでしょう。
何せ彼女たちからしたら、裏切り者になってしまったのですもの。
昨日一緒にお茶を飲んでいた仲間が、嵐のようにやって来た私の説教の次の日に寝返ってしまったら、どのような目で見られるかは明白。
そして悪質ないじめにあう可能性もありますわ。
特にあのソーラ嬢。
あれから落ち着いて彼女の事を考えてみたのですが、やはり彼女は既に令嬢では無く、それでいて自らがどのような立場に立っているのか分かっているはず。
にも拘わらず、皆さんを誘導するように自堕落にしているのならば、彼女は反皇帝陛下側の人間と言う事になりますわ。
監視と誘導、そして妙な動きが無いか逐一報告、それが彼女の役割だとするならば、私の行動は既に反皇帝陛下派の人間に知られていると見て間違いないですわね。
……ただ、これは全て私の想像ですから、そうと決めつけては他の事に目がいかなくなりますわ。
新の黒幕はハンナ嬢の可能性だってあるのですから。
「アメリアさん、引っ越しおわりましたー」
グレースさんが少し埃っぽくなって帰って来た。
因みに荷物はスーフェは他のメイドたちも手伝っておりましたわ……何故そんな事をと言った目で見ておりましたが、スーフェの威圧にはかなわなかったようですわね。
「お疲れ様ですわ、早く終わって良かったですわ、ばれたら何をされるか分かりませんもの」
「……そうですよね……なんか社交界って怖いイメージあります」
「間違ってないわ、あそこは恐ろしい所よ」
私達はそんな他愛無い話をして、夜までの時間をお喋りに花を咲かせた。
*****
「それではグレースさん行ってきますわ、地下への入り口は先程説明したとおり大きな石を置いてありますから、今日はゆっくりとお休みになって」
「はい、ありがとうございます、アメリアさん達もお気を付けて!」
そろそろ辺りも暗くなってきた頃、少尉が訪ねてきた。
夜に用事があると言っていたので、それのお迎えですわね。
因みにメイドたちは既に自らの主の元へと戻っておりますが、明日も直々に尋ねますと言う軍曹の言葉にぐったりとしておりました。
今まで自堕落な生活をしてきた分、きっちり働くと良いですわ。
「それではお待たせいたしました少尉」
「じゃあ行こうか」
寮の街へと繰り出した私達は、同じように訓練終わりの何人かが連れだって歩いて行くのを目撃した。
きっとこの後寮の街にある酒場や、王都の街側の酒場に行くのですわね。
やはり騎士と言う物は、仕事終わりの一杯と言う印象が強いですわ。
丁度七番隊と六番隊の間にある裏路地を通って行く。
少尉に何処に行くのか聞いても答えてくれないので、私達は仕方なくその後に続く。
ただ、スーフェは途中で成程と言う顔をしていましたので、きっと自分たちが何処に向かっているのか分かっていると思いますわ。
そうしてたどり着いたのは、一軒の家。
街にあれば馴染むその建物も、寮の中にポツンと立っていると、とても異様な雰囲気を発している。
しかも寮の敷地程度の大きさの中にポツンと立っているので、余計に目立つ。
「……此処ですの?」
「そうだよ、さぁ行こう」
辺りを見れば、一人いかにも騎士と言った風の男がその家へと入って行く。
……この異様な建物は一体なんなのかしら。
そして開かれた扉、一瞬、中に入って漂ってくる匂いにここが何なのか察する。
奥にはバーカウンターのような物があり、入り口付近にはいくつか椅子と机が並んでいる。
所謂酒場だ。
中はそこまで混んでいない物の、いい具合に人が入っている。
マスターをしている男は、如何にも騎士を退職した後と分かる筋骨隆々な男。
「ん? トルマンか」
「こんばんはドレイクさん」
「そっちのは新人か?」
「はい、新しく配属になったスーフェ軍曹とアメリア伍長です」
私達はカウンターに横に並び座りながら自己紹介をする。
「昨日配属になったスーフェ軍曹です、自分は一度来させていただいた事があります」
「アメリアですわ、九番隊の新人ですわ」
「俺は見た通り元騎士団にいたドレイクだ、今はしがない酒場のマスターだがな」
「実は今日は二人の配属祝いをしようと思って連れて来たんだよ、ドレイクさん何か口当たりのいい物貰えますか?」
「果実酒でいいか? 柑橘系のが丁度いい」
そう言ってコップにお酒を注いで私達の前に出す。
私はそれを両手で持ち、少尉を見る。
「それではスーフェ軍曹の配属と、アメリア伍長の騎士団入団を祝して乾杯」
チンッと小さな音を立ててぶつかる音を主張しながら、二人とコップを合わせ少し飲む。
流石にお酒を一気に飲むほど、私はお酒に強い訳ではありませんから。
……隣の軍曹は既に空のようですけど。
「スーフェ、一気に飲んで大丈夫なの?」
「あれ? お嬢様私こう見えてお酒は結構強いんですよ」
「そんな事知りませんでしたわ……」
「まぁお嬢様がお酒を飲める様になったのはつい最近も最近、十五になってからですしね」
「その言い方だと、スーフェはもっと昔から飲んでいたのですわね」
「まぁ、七番隊と言っても、社交辞令はあるんですよ」
「ハハハ、まぁ騎士なら仕事終わりに付き合わされることもあるだろうからね、勿論無理をさせると後でお上に睨まれるから少しは自重してるけど」
「そうなんですの?」
「昔は良く飲まされて倒れて次の日まともに訓練に出れない新人が多くて、これじゃいけないってお上が注意を出したんだよ」
「そうだったのですわね」
そうこう話していると、野菜炒めが目の前に置かれる。
フォークで食べてみると、丁度良い塩加減がお酒と合い、どちらも進んでしまう。
「気にいったようで良かったよ……それにアメリア伍長みたいに普通の子が来てくれて良かった……いや、普通とは言えないかな?」
「そうですね、お嬢様が普通だとしたら、この世界はかなり面白い事になると思います」
「いいのですわ別に、普通だなんてそんなつまらない事にはそもそもそこまで興味がありませんもの」
「お嬢様らしいですね」
おつまみを食べながら、お酒を飲んで、そうして穏やかな時間が過ぎて行く。
お酒も入ってか、私は聞きたかった事をつい口から零れてしまった。
「少尉はなぜ九番隊へ?」
「ん? あぁそうか……一応家も貴族でね、これでも戦場に出た時に武功を立てて少尉になったんだけど、それを快く思わない他の貴族とのいざこざに負けて九番隊の隊長として島流し」
「そうだったのですわね……」
「まぁ当時は正直ショックでね、一応隊長として訓練をしようと思えばほとんど誰も来ない、優雅にお茶を飲んでる、最初は手を打ってみたけど間接的に貴族からお邪魔も入ってね」
「あら……そうだったのですわね」
「そう言えば、ソーラ嬢はその時からいたけど、良くもこんな生活をずっと続けていられると逆に感心しているよ」
「あの方はずっといらしたのですわね……良い事を聞きましたわ、因みに少尉の前任者はどなたで?」
「……私も詳しくは知らないんだ、かなりの御歳で亡くなったと聞かされたけれども、それも本当かどうか」
「……フフ、色々ときな臭いですわね」
ソーラ嬢、やはりあの方は反皇帝派の人間と見て良いかもしれませんわね。