第1話:女王様からのプロポーズ……ではありませんの!?
「どうしたの、お嬢ちゃん?」
王城へ向かっていたフローラは、道端でしゃがみ込んでいる女の子に声をかけた。
「お母さんからもらった髪飾りを探してるの」
「髪飾り?」
「うん。赤いお花の……」
女の子は今にも泣きそうだった。
「大切なものなの?」
「うん。去年のお誕生日に、お母さんがくれたの」
「まあ。それは大変ね」
フローラは王城の時計塔を見上げた。
今日は女王様から直々に呼び出されている。
理由は聞いていない。
できることなら、早く会いたい。
けれど。
もう一度、女の子を見る。
「どのあたりで落としたか、覚えてる?」
「あっち……だと思う」
「じゃあ、一緒に探しましょう」
「いいの?」
「もちろん」
フローラは笑った。
「大切なものなんでしょう?」
「うん!」
二人で道端を探し始めた。
露店の下。
植木の陰。
石畳の隙間。
「ないわねぇ……」
「やっぱり、なくしちゃったのかな……」
「まだ諦めちゃダメよ」
フローラはしゃがみ込み、植木の下を覗き込んだ。
「あ」
赤いものが見えた。
「あったわ!」
「ほんと!?」
枝の間に手を伸ばす。
小さな赤い花の髪飾り。
少し土で汚れていたが、壊れてはいない。
「これでしょう?」
「うん!」
女の子の顔がぱっと輝いた。
受け取った髪飾りを、大切そうに胸へ抱く。
「よかったぁ……」
「今度は落とさないようにね」
「うん! ありがとう、お姉ちゃん!」
「どういたしまして」
女の子は髪飾りをつけると、嬉しそうに駆けていった。
「走るとまた落としちゃうわよ!」
「はーい!」
小さな背中が人混みの中へ消えていく。
フローラはそれを見送った。
そして。
「…………あ!」
時計塔を見る。
「いけませんわ!」
約束の時間が迫っている。
「晶様をお待たせしてしまいます!」
スカートを押さえ、王城へ向かって走り出した。
わざわざ王城へ。
自分一人を。
「晶様が、わたくしを……」
走りながら、頬が緩む。
大切な話があるのかもしれない。
「…………ま、まさか、プロポーズ!?」
さらに頬が緩んだ。
フローラの頭の中で、何かが始まった。
だいたい、ろくでもない何かだった。
◇
「フローラ。お前が必要だ」
「…………え?」
王城へ到着して早々。
フローラは固まった。
目の前にいるのは、この国の女王――結城晶。
異世界から現れ、科学という不思議な知識で国まで作った女性。
そして何より。
フローラが世界で一番慕っている女性だった。
「聞こえなかったか?」
「い、いえ!」
「お前が必要なんだ」
「…………!」
聞き間違いではなかった。
必要。
晶様が。
わたくしを。
必要。
その言葉が、フローラの頭の中をぐるぐる回る。
「お前の力を貸してほしい」
「分かりました!」
「おお」
「不束者ですが、末永くよろしくお願いいたします!」
「待て! 何の話だ!?」
晶が一歩下がった。
「だって晶様が、わたくしを必要だと!」
「結婚じゃない! 戦力としてだ!」
「戦力?」
フローラの動きが止まった。
「……晶様」
「なんだ?」
「わたくし、剣も魔法も使えませんわよ?」
「知ってる」
「でしたら、なぜ!?」
「これだ」
晶が一枚の栞を差し出した。
「……栞?」
「ああ。《恋栞》だ」
「こい……しおり?」
黒い薔薇の意匠が施された、美しい栞だった。
「試してみろ。この本に挟んで」
「はい」
フローラは渡された本を開き、《恋栞》を挟んだ。
何気なく文章へ目を落とす。
『たとえ世界中を敵に回しても、君だけは俺が守る』
「まあ……!」
フローラの瞳が輝いた。
「晶様! きっとこの二人、身分違いの恋人ですわ!」
「始まったな」
「周囲から引き裂かれそうになって、それでも騎士様は彼女を守るために剣を取るんですの!」
「そこまで書いてないぞ」
「でも彼女は、騎士様を危険な目に遭わせたくなくて、わざと冷たい言葉で突き放して――」
「それも書いてない」
「それでも騎士様は彼女の本当の気持ちに気づいていて――!」
「フローラ」
「はい?」
「栞、光ってるぞ」
「え?」
桃色の光。
《恋栞》が淡く輝いていた。
「予想どおりだな」
晶が満足そうに頷く。
「その栞は、持ち主の感情を魔力に変換して、本人に還元する」
「感情を?」
「ああ。喜びでも、怒りでも、悲しみでもいい。感情が大きく動くほど、変換される魔力も増える」
そして晶は、フローラを見る。
「だから、お前が適任だ」
「どういう意味ですの!?」
本人に自覚はなかった。
「それと、もう一つ機能がある」
「まだありますの?」
「《恋栞》を掲げてみろ」
「こうですの?」
フローラが栞を掲げる。
「そう。それで――」
晶は真顔で言った。
「『コスプレチェンジ、メイクアップ!』と唱えろ」
「…………?」
意味は分からないが、フローラは素直に唱えた。
「こすぷれちぇんじ、めーくあっぷ!」
――カッ!
「きゃっ!?」
《恋栞》から桃色の光が噴き出した。
光の帯がフローラの身体を包む。
「な、なんですの!?」
「動くな!」
「無茶を言わないでくださいませ!」
黒。
金。
深紅。
幾重もの光が身体を駆け抜けていく。
――パァン!
そして、最後の光が弾けた。
「…………え?」
フローラが恐る恐る目を開く。
服が変わっていた。
黒を基調に、金の装飾を施した軍服。
胸元には黒薔薇。
短いスカート。
その後ろから、深紅の裏地を持つ長い裾が伸びている。
「まあ……!」
フローラは自分の姿を見下ろした。
そして。
晶を見る。
黒と金の戦闘服。
自分を見る。
晶を見る。
自分を見る。
「もしかして、晶様とお揃いですの!?」
「正確には、私の戦闘服と同じ技術を使って、お前向けに――」
「お揃いですのね!」
「……まあ、似たようなものだな」
フローラの頬が赤くなる。
「晶様と……お揃い……」
胸元の黒薔薇を、そっと撫でた。
「一生大切にしますわ!」
「戦闘服なんだから戦闘で使え」
「あっ」
フローラは《恋栞》を見る。
「晶様」
「なんだ?」
「先ほどの『こすぷれちぇんじ』というのは、どういう意味ですの?」
「…………」
「『めーくあっぷ』も、聞いたことがありませんわ」
「…………」
「晶様?」
「起動呪文だ。深く考えるな」
「はい!」
「お前、ほんっとに素直だな」
そのときだった。
――カン! カン! カン!
けたたましい鐘の音が、王城に響き渡った。
晶の表情が変わる。
「魔獣警報だ」
壁のモニターに、王都の地図が映し出された。
赤い光点が、第三地区を移動している。
『マスター。Bランク魔獣、キマイラを確認しました』
ルナの声だった。
「キマイラか。市民の避難は?」
『現在進行中です』
「分かった。ボルスに封鎖を急がせろ」
『承知しました』
晶はフローラを振り返った。
「ちょうどいい。初陣だ」
「…………はい?」
「フローラ。出撃するぞ」
「ちょ、ちょっとお待ちくださいませ!」
「なんだ?」
「わたくし、今、変身したばかりですわよ!?」
「知ってる」
「剣も魔法も使えませんわよ!?」
「それも知ってる」
「では、どうして!?」
晶はにやりと笑った。
「お前の力を、試してみたいんだ」
フローラは《恋栞》を握り締めた。
晶様が。
わたくしを。
必要としている。
それは嬉しい。
とても嬉しい。
けれど。
「……ちなみに、そのキマイラというのは」
「ん?」
「強いんですの?」
「強いぞ」
「…………」
「控えめに言ってBランクだ」
「帰らせていただきます!!」
美少女戦士フローラ。
その初陣は、敵を見る前から前途多難だった。




