第23話 はなむけの盃
【前回までの『五国捜神記』!】
蛙王、最後の意地! 命を賭してビザルを押さえ込むッ!!
そして虎嵐と凌蓮は、夜の女神の力を振るう幽声との死闘の末――
ついに、桃花村を蝕んだ悪を葬り去ったァァッ!!
洞窟内は、何事もなかったかのように静まりかえっている。
虎嵐をはじめ、仲間達は気が抜けたように、その場にへたり込んでいた。
「――蛙王……」
凌蓮が呟き、立ち上がった。
皆も立ち上がり、蛙王の姿を求めて、そこらを見て回る。
「爺さん!」
虎嵐が声をあげた。
うつ伏せで倒れているのを、抱き起こし仰向けにする。
「爺さんよぉ……」
虎嵐の問いかけに、蛙王がゆっくりと目を開いた。
「……水は……再び流れる」
蛙王の顔に微かな笑みが浮かぶ。
「ようやく……長い夢から覚めた……」
震える右手に握っていたものを、虎嵐の掌に乗せる。
――黒い龍燐。
そして――長いため息をつき、動かなくなった。
開いたままの片方の瞳は、水のような澄んだ青だった。
「……戻った」
凌蓮はしゃがんで、掌で蛙王の瞳を閉じてやった。
そのまま、拱手をし読経し始めた。
虎嵐も加わり読経する。
遊侠達は、立ったまま頭を垂れて拱手した。
◆
「俺が担いでいく」
と虎嵐が蛙王の遺体を背負った。驚く程軽い。
「交代で担いで行きやしょう」
呑鯨が言った。
◆
日が傾きかけている。烏鳴山は遠く黒い山影となっていた。
「――ただいま」
虎嵐達が滝裏の隠れ家へ戻ったとき、
春桃と子供らが泣きながら虎嵐達の胸へ飛び込んできた。
虎嵐はビザルらが滅びたことを春桃に伝えた。
「……何とかなったぜ。お陰でよ」
桃木剣を返す。
剣に春桃の涙が落ちた。
「桃花村を蘇らせねばな」
凌蓮が笑顔で春桃の肩に触れた。
◆
蛙王は滝裏の隠れ家に葬られ、春桃と弟妹らは墓に野の花と岩魚を供え、
村外れにある元の住まいへ戻った。
◆
凌蓮と細熊が龍船で近隣の城まで行き、
一両(一両は二十五人。五つの〈伍〉から成る)の兵隊が派遣された。
洞窟の神像は破壊の上、入り口は封鎖する。
花娘院は取り壊し、黒薔薇の菜園は焼き払われることに決まった。
そして、しばらくは兵による復興作業と治安維持が行われることとなった。
◆
桟橋には、春桃と弟妹ら、酒家の亭主や村人、両隊長までもが見送りに来ていた。
「水明観より、正式の復興依頼状と金子が届きました。凌蓮様」
と隊長が拱手して頭を下げた。
「くれぐれも、お頼み申す」
と凌蓮も礼を返した。
「桃や柳を村人皆で植えてるからね!」
春桃が笑顔で言った。
「よかった。ホントによかった……」
呑鯨が涙を流す。
「桃栗三年だろ。その頃にまた来るぜ!」
虎嵐が言った。
「きっとだよ」
「ああ、美味い桃を食ってみたいもんな」
虎嵐は笑った。
「その時は、桃の木で蛙王のためにお堂を建てよう」
凌蓮が言った。
ゆっくりと龍船が岸を離れていく。
春桃と弟妹らは、小走りで岸辺を追って来る。
見えなくなるまで、手を振っていた。
◆
二艘の龍船は、滄波の河港を目指す。
途中、霧沈域にある、深潭の村に立ち寄った。
「淡鯉爺さん。元気だったかい」
虎嵐は村人に尋ね、胸までの白髭の老人の家を訪れた。
「――お、あんたは、村を救った遊侠じゃないか!」
淡鯉は幽声によって焼かれた村が、何とか立ち直ろうとしていると言った。
しかし、淡鯉をはじめ、村人達の家はまだ元通りとは言えなかった。
小屋だ。
幸いなことに近くの羅道観から、十日に一度くらい、
物資が届けられていると、淡鯉は語った。
虎嵐は淡鯉に黒い龍燐を渡した。そして、蛙王の顛末を語る。
「……ありがとう。何と言っていいか分かりません。ああ、蛙王様……」
淡鯉は龍燐を押し頂き、涙を流した。
そして、虎嵐達は淡鯉が小さな祠に神器――龍燐を納めるのに立ち会い、読経した。
「爺さん、わざわざ祠を準備してくれてたんだな。面倒かけてすまねぇ」
「かたじけない」
虎嵐、凌蓮が揃って老人に拱手して頭を下げる。
「いやいや、このところ黒藻が枯れ、水が澄んできたので、もしやと思っていたところじゃ」
と老人は首を振り、
「村人を代表して感謝いたします」
と頭を下げた。
◆
夕暮れ時、二艘の龍船は、出発点となった河港へ静かに滑り込んだ。
滄波城の城壁が高くそびえている。
河港側の城門が閉じるまでには、まだ少し間があった。
桟橋から城門にかけての道の両側には、提灯が灯っている。
「見たことのねぇ船だ!」
「誰の船だ?」
遊侠達が船影を見つけるや、桟橋に集まってきた。
虎嵐は照れ臭そうに頭を掻きながら船を降りる。
呑鯨、細熊が船を降り、地元の空気を腹一杯吸い込む。
「気のせいか!?」
「ドブみてぇな臭いがしませんぜ!」
遊侠達が全て降りてから、凌蓮が桟橋に立った。
「おい! 呑鯨に細熊じゃねぇか!?」
「あいつは、虎嵐とかいったか?」
「帰って来たぁ!」
城門での検問は直ぐに終わった。
凌蓮をのぞく皆が、五国遊侠団証を持っており、
集まってきた遊侠達が兵士をせかしたので『――分かった。通って良し!』となったのである。
気付けば、虎嵐達の周りに人が集まり、祭りの行列のような有様だった。
遊侠団の支部である藍霄楼の屋根からは、
赤や緑の提灯がぶら下がり、暖かい光が溢れている。
知らせを聞いた客達が、店内から飛び出して出迎えた。
酒家の扉を開き、焼き物と脂の匂い、酒気と混沌と活気が混ざった濃厚な香気のカーテンをくぐる。
「虎嵐! 生きてたのね!」
と藍蘭が駆け寄った。
――が、直ぐに凌蓮の方を向き、
「――あらっ!? こちらの美男子は、どちら様かしら?」
と言った。
「あー、途中で会ってよ。俺の相棒。兄弟子なんだ」
虎嵐が紹介する。
「凌蓮と申します」
凌蓮は拱手してお辞儀した。
「まぁ。凌蓮……様ですか。わたくし、藍蘭と申します。こちらこそよろしく」
藍蘭は、しなを作りお辞儀した。
「うぉぉ! 姉御が娘っ子みたいだぁ!」
「初めて見たぜ!」
遊侠達が騒ぐ。
「――だまりなッ!」
藍蘭は腰に手を当て、店中をぐるりと見回した。
「虎嵐達は命懸けで帰って来たんだよ! 今日は細けぇ話はなしだ!」
そして高々と右手を掲げる。
「今日は――あたしのおごりだ! 皆で祝いなッ!!」
「うおおおっ!」
遊侠達から歓声があがる。
「姉御、太っ腹ぁ!」
「酒甕を全部持ってこい!」
「料理も追加だ!」
酒家の料理人は苦笑しながらも大鍋を火に掛け、
女中達が慌ただしく料理を運び始めた。
焼き魚、蒸し鶏、川蝦の香味揚げ、饅頭に湯気の立つ鍋。
たちまち藍霄楼は笑い声と酒気に包まれた。
盛大な祝いの宴が始まる。
「乾杯!」
遊侠達の盃が一斉に打ち鳴らされた。
店の中に入れず、外で〝立ち飲み〟するもの達もいる。
呑鯨は上機嫌で酒を注いで回り、細熊は料理を抱えて何度も往復している。
「若旦那! 今日は飲んでくだせぇ!」
呑鯨が凌蓮の盃に酒を注ぐ。
「いや、こいつには、あまり飲ませない方がいいぞ」
虎嵐が言った。凌蓮の顔は既に真っ赤になっている。
「祝い事ですから!」と細熊が、
「凌さま、飲んでくださいな」
と藍蘭が凌蓮の盃を満たす。
「――よぉし! 今日は、俺の裸踊りを魅せてやるぜ!」
突然、凌蓮が立ち上がり、ひらりと卓の上に飛び乗り、諸肌脱ぎになった。
「うおおぃ!」
歓声と笑いが巻き起こる。
「――あぁ! 裸踊りは俺様の芸だろが!」
負けずに虎嵐が卓の上で諸肌脱ぎになる。
互いに数手つかみ合ったかと思うと、
たちまち掌と掌、拳と拳がぶつかり合い、華麗な演武となった。
凌蓮、虎嵐が互いの拳法の型を繰り出し、受ける。
狭い卓の上を動き回り、落ちそうになるが、落ちない。
どちらが先に落ちるか、賭けが始まった。
店内が興奮のるつぼと化し、その後も、笑いと歓声が絶えることはなかった。
◆
夜も更け、酒宴はようやく静かになってきた。
遊侠達は思い思いに床に寝転び、空になった酒甕が店の隅に転がっている。
呑鯨は酒を注ぎ直し、虎嵐と凌蓮の前へ盃を並べた。
「若旦那……それに、若頭」
四人は静かに盃を持つ。
「今回ほど、早く家へ帰りてぇと思った旅は、ありませんでした」
呑鯨は笑いながらも目を赤くしていた。
「でも……お二方に付いて行って、本当に良かった」
細熊も大きく頷く。
「俺ぁ、立派な道士様と、一緒に飯が食える日が来るとは思ってやせんでした」
凌蓮は照れ臭そうに笑う。
「私も、頼もしい遊侠達と旅ができ、幸運でした」
「いやぁ、照れますなぁ」
呑鯨は鼻をすすり、
「若旦那。また人手が要る時は呼んでくだせぇ」
「世界中どこでもお供しますぜ」
細熊も力強く頷いた。
虎嵐は黙って盃を持ち上げる。
「また一緒に飲もう」
「へい!」
「もちろんで!」
四つの盃が、静かに音を立てた。
◆
「――藍蘭。一つ頼みがある」
と虎嵐が、突然言った。
「なによ」
「相棒に団証を発行してやってくれ」
藍蘭は凌蓮を見て笑い、
「――はい」
自分の団証を首から外し、差し出した。
「それ、姉御のだろ?」
「私は支部長。また作ればいい」
「よろしいのですか?」
「いいのよ」
と藍蘭は凌蓮に団証をかけてやった。
「こいつが――あたしの代わりに、あんた達と一緒に旅をするって事かねぇ……」
と、遠くを見るような目をして、
「いいかい、遊侠は、ただの流れ武侠じゃない。弱きを助ける者だってことを忘れるんじゃないよ」
と言い、凌蓮に向かい包拳礼を示した。
「肝に銘じます」
と凌蓮も包拳礼を返した。
「――これで、相棒も遊侠だ!」
虎嵐が手を叩く。
「おめでとうございます! 若旦那!」
「おめでとうごぜいやす!」
呑鯨、細熊も手を叩いて喜び、盃を仰いだ。
◆
――翌朝。
朝靄の立ち込める河港には、昨日とは違う静けさがあった。
龍船では呑鯨、細熊達が出航の支度を整え、荷が積み込まれていく。
他の遊侠達も眠そうな顔で欠伸をしながらも、虎嵐達を見送りに集まっていた。
藍蘭は腕を組み、少し離れた場所からその様子を眺めている。
虎嵐は新しく首に掛かった団証を見ている凌蓮の肩を軽く叩いた。
「行くか、相棒」
凌蓮は微笑み、頷く。
「お主の国、呉国を助けねばな」
二人は龍船へ乗り込んだ。
虎嵐が綱を解き、凌蓮が握った櫂が、ゆっくりと水をかく。
朝日に照らされた龍船は、静かな川面を滑るように、新たな旅へと漕ぎ出していった。
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