表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【二章/最終遊戯 開幕】アーカイヴ・レコーダー ◆-反逆の記録-◇  作者: しゃいんますかっと
第二章 享楽者<ヘドニスター>編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

75/79

75話 『叡智の根源』


ーー逆奪者・観測用簡易テント。


薄布一枚隔てただけの空間に、かすかな風音が流れ込む。


「……一体、何が起きているんだ?」


観測班の研究者たちは、爆発した司令塔ノード・ナイトを遠望しながら、ただ焦りだけを募らせていた。


沈黙した無線

断絶した情報機器。

風向きさえ、さっきから妙に落ち着かない。


そんな簡易テントへ、複数の足音が地を叩くように迫った。


砂埃を引きずり、走り込んできたのは

ーー司令室の逆奪者たちだった。


青ざめた顔で息を荒らげた彼らは、研究者たちと顔を合わせた瞬間……


その場の空気を引き裂くように、叫んだ。


「兵士を……!!


ーー早く、兵士を向かわせろ!!!!」


テントの内部が、一瞬で凍りついた。


絶望を喉の奥に詰めた者の……救難の叫び。


その真意が、研究者たちには分からない。


だがーーその一言によって決定づけられた


この盤上で、いま何か"取り返しのつかない事態"が起きている。


異質な空間で、観測班たちに理解できるのは

“何らかの問題が発生した”ーーただそれだけだった。


「……な、何が……あった……?」


震える声で、誰かが絞り出す。


恐怖に喉をつまらせながらも、その問いは避けられない真実を求めていた。


汗を流し、呼吸を荒らげたままーー

一人の逆奪者が、悲鳴のように告げる。


「やつが……来た。


享楽者ヘドニスターが……


ーー司令塔ノード・ナイトを、襲撃した……!」


事実だけを綴った、乾いた声。


「ーーッ……!!!」


それは、信じ難い"うわ言"にしか聞こえなかった。


「ヘド……ニスター…………?」


研究者たちの視線が一斉に、簡易テントの入り口へ吸い寄せられる。


観測装置に反応しなかった、終焉の原罪。


電波が絶たれたモニターに映っていたのは、無機質に浮かんだ、エラー表記だけだった。


信じられない。

信じてはならないと、心が拒絶した。


だが。


砂埃をまとって立ち尽くす逆奪者たちの蒼白な顔。

そして彼らの震える声。


研究者たちの目に映る全ての"現実"が


ーーそれを"真実"と語っていた。


受け答えをしない解析班を前に

催促のような怒号が飛び散る。


「おい! 立ち尽くしてないで、早く兵士を招集しろ!」


逃げ延びた逆奪者の一人が、再び終焉へと抗うべく、感情の刃を突き立てた。


「ーーまだ間に合う!

急いで司令塔ノード・ナイトに戻れば……っ!!」


しかし、その叫びを鋭く切り裂くように、簡易テントへと新たな声が響き渡る。


「……何、勝手なこと言ってやがる……!」


苦い顔で、俯きながら、別の逆奪者が反感を言葉にした。


「ーールドさんは……“逃げろ”と命じたんだ。

ここは、彼の意に沿って……“撤退”するべきだろ……!」


その言葉に、火花のような沈黙が走る。


そしてーー


「ーーお前……!!」


噛み付かれた逆奪者が、怒りに震え、

奥歯を噛みしめたまま彼の胸ぐらを掴んだ。


「あの人を……見殺しにする気かよ!!!


俺たちが今も生きてるのは……誰のおかげだと思ってんだ……ッ!!」


怒号を飛ばされ、服の襟を掴まれた

もう一人の生存者。


彼は一切の抵抗を見せずに、唇を噛み締め、地面を殴りつけるように声を押し出した。


「ーー分かってるよ……!」


テントの空気が揺らぐ。

怒りではなく、恐怖と悔恨の混ざった、濁った叫びだった。


「それでも……俺は死にたくない……。

ーーあんな化け物相手に……戦えるわけ無いだろ……。」


抑え込んだ嗚咽が喉でひっかかる。


「俺たちが行ったところで……

何が……出来るんだよ……!!!」


その言葉は、言い負かすためでも、逃げるためでもない。


逆奪者たちが痛感させられた


ーー"事実"だった。


怒号と嘆きが交錯するテント内。

積み上がった怒りと悔いが、互いを突き刺すようにぶつかり合う。


だがーーその激情は、突きつけられた現実を境に、音を失った。


空気そのものが凍りついたかのように、簡易テントの内部は静まり返る。

怒りも涙も、恐怖さえも、瞬きの間に呑み込まれていく。


互いに声を張り上げていた逆奪者たちは、気づけば誰ひとりとして口を開けなかった。


その沈黙は、言葉ではない。

理屈でもない。

ただーー同じ“結末”を悟った者同士が共有する、重く沈む静寂。


誰も動かず、

誰も、息を呑む音すら立てない。


全員の胸に刺さっていたのは、ひとつの残酷な真理。


享楽者ヘドニスターの理不尽な力。」


その絶対的な事実だけが、簡易テントの中心に、冷たい影となって横たわっていた。




ーーそれでも


その恐怖は、逆奪の意思を消せるほどの絶望では無い。


「……確かにーー」


低く、けれどよく通る声が、テントの奥から響いた。


揺れる薄布を押し分け、治療室から姿を現したのは、衣服に血を滲ませた中年の研究者。


シエルの父親だった。


深い疲労の色を宿した目で、逆奪者たちをゆっくりと見渡しーー

押し殺した息の中に、かすかな火を灯すように話し始めた。


「私たちは、戦場に行ったところで……

何も成し得ない。

……ただ無駄に、命を散らすだけだろう。」


しずかな断言。

彼は肩を震わせながらも、言葉を続けた。


「だが……戦局を変えるのは、何も兵士だけではない。」


息を呑む音が、テントの隅々まで伝わる。


「私たちには、私たちなりの……

“戦い方”が、あるはずだ……。」


その言葉は決して強くない。


「どうか、私と共にーー戦ってくれ……!」


けれど、燃え上がるような決意は

怯えきっていた空気に、わずかな温度を戻すには……"十分"だった。



***


カナンとセラが、救護した少女。


『シエル』


彼女がノード・キングから生き延びることが出来たのは、残された遺産の一つを利用したからだった。


ーー逆位相転移装置オルタ・テレポーター


それは、仮想空間へと転移するため、ヴァルツが作成した"位相転換装置"。


シエルが持っていた"試作品"は、転移を可能とするだけのプロトタイプだった。


ヴァルツ本人が使っていたであろう、完成品や


ーー享楽者ヘドニスター……


彼女の持つーー"準完成品"とは、別物である。



完成品、及び"準完成品"はーー


試作品に既に備わっている同調、転移能力に加えーー


現実世界からの同調解除や、逆位相空間の把握

位相切り替えなどが行える。


ルドやルシェに気付かれずにノード・ナイトへと襲撃出来たのも……

この逆位相転移装置オルタ・テレポーターを利用して、仮想空間を渡ってきたからだ。




楽園エデンの支配者から与えられた知識。

それは、逆奪者たちによって"発展させられーー


叡智の根源ーー享楽者ヘドニスター本人へと……還元された。



そしてーー


その力により……


世界は再び、繋がり合う。



現世を写すように創られたもう一つの層……


"逆位相空間"


死者と死骸が隠された鏡面の墓場が、異質な赤い光とともに


ーー産声を上げた。




ーー……ッ!!!




音が死に、光が捻じれ、因果の上下が裏返る。


断絶の隔壁が消え、空気が歪んだ瞬間ーー


ーーズズ……。


透明な裂け目から、"黒い愚骸の腕"が現れた。


それは、享楽者ヘドニスターによって仕組まれていたーー始原にして、終焉の役駒。


"使い捨ての生体玩具デブリ"。


虚無から引き出され、神の掌から零れ落ちるように落下する骸たち。


彼らは盤上で"終末の雨"となり、次々と爆炎を散らす。


命を奪われてなお、肉体すらも囚われ操られる。


逆奪者スティーラーたちが築いた力

彼らから逆奪した尊き命……


それらを展開しーー嘲るように異形は笑う。


「ーーさぁ、始めようか……。


楽園エデンの未来を賭けた


ーー"最終遊戯エンド・ゲーム"を……。」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ