66話 『交越軌双《アルトノマリア》』
ーーぱち…………ぱち……。
ーー炎の音だけが、聞こえていた。
焦げた瓦礫の上に、一粒の火の粉が落ちる。
微かな音を奏でる戦場で
二つの影はーー"結末"へと、軌跡を辿り始めた。
ーーザッ……!
歩を進めるたび、舞い上がる砂埃。
ーーシュル……!
無数の棘で満たされた蔦。
そしてーー
ーーキンッ!
夜空のように煌めく黒刃。
微かな音を引き金としてーー
「……ッ!!!!」
ーーガキンッ!!!
ーー反逆者と享楽者の奪い合いは再開された。
***
ーーガチンッ! ギャリッ!!
一合、二合……
夜の風を叩く衝突音が、次第に激しさを増していた。
ーーカンッ! ギィンッ! バチィィンッ!!
幾度となく刃と蔦が嚙み合い、火花が夜に散るたびに、二人の輪郭が赤く染まる。
そのわずかな閃光の連続が、終わりなき攻防を照らし出していた。
ーーガギンッ……!!!!
「ーーくッ……!!!」
終焉蔓延る戦場で一人、カナンは迫りくる猛攻を何とか躱し、いなし続けていた。
ーーザザザッ……!!
薙ぎ払われた蔦を受け止めた瞬間、彼の身体が滑るように押し戻される。
砂利を巻き上げて引きずった足跡は、靴底によって直線を刻んでいた。
「ーーはぁ……、はぁ……。」
肺の奥で熱が爆ぜ、心臓が暴れていた。
致命傷となる傷も、理応変換機構の刃も破損していない。
けれど、体力は確実にーー削られていた。
(力の差だけじゃない……。
こいつ、刃が触れる"瞬間"に
ーー"硬質化"してやがる……!)
カナンは歯を食いしばり、体勢を立て直す。
頬を伝う汗が、いくつもこぼれ落ちた。
ーー享楽者の細胞操作。
この理層によって、攻撃が交わる瞬間ーー
細胞密度が、狂ったように上げられていた。
ただでさえ変幻自在に姿を変える蔦が、重量と硬度を瞬間的に高めて襲いかかる。
ーーそれはもう、理を超えた先にある
“理不尽”だった。
胸を波打たせ、肩を上下させるカナン。
そんな彼を眺めながら、享楽者は喉をころがすように笑った。
「おやおや〜……
息が上がっちゃってるねぇ?」
口端がゆっくりと吊り上がり、
耳まで裂けたその笑みが、腐った花のように歪む。
「“正しさ”を見せてくれるんじゃなかったのかな〜?」
少女を奪った”支配者”は、愉悦の目を細めて嘲笑していた。
カナンは肩で荒く呼吸しながら、刃先をわずかに持ち上げ、返答する。
「ーーその、"息切れした人間"ひとり殺せてねぇのは、誰なんだろうな……」
挑発に対する挑発。
圧倒的な劣勢であっても、彼の闘志は揺るがなず、焦げた空気の中でも、瞳だけは鋭く光を灯していた。
足掻き続ける反逆者……。
力の差をこれほどまでに見せつけても、カナンは未だに反逆し続けた。
「ーー言ってくれるねぇ……。」
享楽者は、愉悦に濡れた捕食者のように声を滴らせた。
「それなら――望みどおり」
影が沈む。
空気がねじれ、火の粉が揺れる。
「ーー"殺して"あげようか。」
言葉が落ちた瞬間ーー
彼女の左腕が、膨張した。
ーービキビキビキ……!!!
肉と木質の繊維が押し合い、絡み合い、内側から破裂するように形を変える。
ーーボゴォッ!!……メリメリメリメリッ……!
腕は、一本の“太い幹”のように変貌し
その重圧がーー空気を震わせた。
「…………ッ!」
ーーズォォォォッ!!!
土埃上げながら、右から薙ぎ払われる強靭な蔦。
ーーギリリリィッ!
「ッぐ……!!!」
カナンはその攻撃に対して、反射で刃を打ち当てる。
殺意の塊を受け止め、衝撃を殺そうとした。
だがーー
ーーバギィィッ!!
刃を支えた身体ごと、宙へ浮く。
「がッ……!!」
地を滑るように全身へと圧力が伝わり、反逆者は弾き飛ばされた。
空気を吐き出す暇すらなく、背中から地表へ激突する。
ーードッ……!! ドッ……! ドッ!
ズザァァァ……。
彼は地面を抉りながら、数メートル先に叩きつけられた。
「ぐっ……ぅ!!」
胸の奥で骨が軋む音が聞こえる。
肺に走った熱が呼吸を奪い、視界の端が暗く沈んだ。
(まずい……! 相殺……しきれなかった……!!)
体に走った痛みが、意識と動きを鈍くする。
それでも、"戦場"は止まらない。
ーーヒュン……!
形を戻し、鋭利な蔦となった刺突がーー
空気を裂きながら、一直線にカナンへ迫った。
腕が震える。心臓を掴まれるような圧が背骨を叩く。
(立て……!
立てッ……!! 早く……!!)
心の中へ己に叫び、命令する中ーー
鋭い風切り音が、頬を斬った。
ーーズドォォンッ!!
砂煙が爆ぜ、刹那で地面が抉れた。
(――ッ!!)
顔の真横に、蔦が刺さって抜ける。
カナンは地を抉るように片腕へと力を込め、
反射で身体を横へ転がっていた。
ーーバシュゥッ!!
すぐさま二撃目。
土を貫いた蔦が、髪の毛一本分の距離を裂いた。
「ッ……はぁッ!!」
呼吸も整わぬまま、三撃目。
追撃の影が、獰猛な獣のように彼を追い回す。
ーードガァァッ!!
「ーーッあぁ……!!!!」
地面に転がりながらも、迫る槍蔦を回避する。
土に塗れながら、カナンは理応変換機構を持ち替えた。
《Mode:Reactor》
享楽者の猛攻の合間
無機質な電子音が震え
ーー銃身が赤光を吐いた。
ーーーバンッ!!!
四撃目の蔦が、カナンの胸骨へ突き刺さる寸前。
ーーキィン……!!
甲高い衝突音と共に、彼はーー輪郭を消した。
「……。」
ザッーーー!
舞い散る砂煙が、夜気に溶けるように揺らぎ
"一つの影"が浮き上がった。
霞の向こう、月光に縁取られた人影。
己の攻撃を捌ききった"彼"へと、享楽者は顔を向けた。
「……そうか、"それ"は……
ーー同時に使えたんだね……。」
夜の冷気を裂くように、砂塵は次第に薄くなる。
月光を背負い、闇夜から輪郭を灯したのは
《Mode:Dominionn》
ーー夜空を広げた"反逆者"だった。
***
剣と銃の同時使用。
それは原則、不可能だ。
黒刃を銃口へ展開する構造上、
剣状態《Mode:Dominionn》で弾丸を放つことはできない。
ーーだが。
例外はあった。
"反射壁"の展開。
それは、武器そのものに宿された“固有機能”である。
つまり、弾丸さえ撃ち出しておけば
剣形態《Mode:Dominionn》でも、反射は行えるのだ。
カナンはその"仕様"を、極限まで利用した。
四撃目の寸前。
カナンは足元へと弾丸を放ち、反射させた。
その後、即座にモードを変換し、刃を展開させる。
そして、顕現させた刀身に弾性反射を起こすことで、瞬間的な離脱を可能としたのだ。
刃の展開時差、反射点の角度、衝撃の伝導。
そのすべてを、一瞬で計算し尽くした上で実行し、カナンはーー
『後方へ飛ぶための推進力』を生み出した。
銃《Reactor》と剣《Dominionn》の同時使用。
これこそが、新たにカナンが編み出したーー
二つの軌跡を交差する戦法。
ーー"交越軌双"。
これが、"死"に反逆した"からくり"の全貌だった。
ーー砂塵が静まり、再び両者は相対する。
享楽者は、片目を細めて息を漏らした。
「……ふふ。
なるほどねぇ……これは、ちょっと“予想外”かもな〜。」
彼女の視線は、新しい玩具を見つけた子どものように輝いていた。
ーー絶望的な状況からの緊急回避。
身体能力だけでなく、発想の転換力まで兼ね備えたカナン。
彼の華麗な脱出劇に、少女は歪んだ笑顔を見せた。
「さすが……盤上の反逆者。
遊びがいがあるね〜。」
享楽者は楽しげに、血に濡れた片腕を揺らす。
夜闇が彼女の影を引き伸ばし、不気味に歪んだ。
絶えない笑みを振りまいた少女。
笑顔の象徴の面影は既になく
その顔はもうーー"享楽"に染まっていた。
ーーギッ……!!
噛みしめた奥歯が軋む音。
握力で柄が歪む音。
狂気の笑顔を見せつけられ
カナンの胸に、煮えたぎる熱が溢れかえった。
夜風が戦場を通り抜け、火の粉が空へと舞い上がる。
月光が刃をなぞって煌めく闇夜の中で
ーー反逆者の炎が、燃え上がった。
「ふざけんな……。」
低く、短い、憎悪を込めた一言。
「何が、"遊び"だ……!」
殺意を隠さぬ彼の言葉は
「俺たちは、お前の……道具じゃねぇ!」
ーー怒りに染まっていた。
カナンの剣が静かに上がり、"標的"を指し示した。
「反逆者として、宣告する……。
享楽者……。
お前にーー"彼岸"を見せてやる!」
決意と殺意を灯した剣
夜空のような藍の中には、一筋の恒星が輝いていた。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
久々のまともな後書きです。
今回66話はカナンの収束反射弾以来の新技?というか戦法?が出てくる回となりました。
読んだ方は気づいたかもしれませんが、ラストの宣告は――62話でミネが放った"台詞"のオマージュとなってます。
夜空の瞳を持つ彼女の逆奪が
夜空の剣を持つ青年の反逆となる。
次話から、戦闘はさらに加速していきます。
“享楽者編”はいよいよクライマックス。
最後まで見届けてもらえると嬉しいです。




