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【三章/開幕】アーカイヴ・レコーダー ◆-反逆の記録-◇  作者: しゃいんますかっと
第二章 享楽者《ヘドニスター》編

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49話 『来訪者』



ーー幸せというものは、永遠に続きはしない。


喜びを感じられる人間が、痛みを知っているように……

すべての出来事には、光と影――表と裏が存在する。


カナンは今、視界に広がる景色を眺めながら、静かに黄昏へと浸っていた。


くるり、とドレスの裾を回して軽やかに一回転するイヴ。

初めて身にまとう豪華な衣装に、彼女の表情はまるで子どものように輝いていた。


「とてもお似合いです、イヴ様。」


その隣で、着付けを担当したルシェが微笑みながら、静かに拍手を送っていた。


そんな彼女とは対照的に、カナンは落ち着かない様子で首元を引っ張る。


家紋のような模様が織り込まれた、黒のタキシード。

胸元には赤黒いネクタイが結ばれ、裾の長い燕尾が足にまとわりつく。



「なぁ、ルシェ……

もっとこう、軽めの服とかないのか?」

苦しそうに襟元を触るカナン。


「申し訳ございません……。

こちらには、礼装用のものしかご用意がなくて……。」

そんな彼にルシェは困ったように目を伏せて言葉を返した。


「元のお召し物は、汚れを落とし、補修を進めておりますので、もうしばらくお待ちくださいませ。」


「あぁ、いや……別に不満ってわけじゃない。

修繕までしてもらって、むしろ感謝してるくらいだ。


ただ、こういう服はあんまり着慣れてなくてな。

どうにも……落ち着かないだけだ。」


カナンはネクタイを少し緩めるように指をかけ、小さく息を吐いた。


「そう……ですか。

でも、よくお似合いですよ。」

ルシェは無垢な笑顔でそう告げた。


疑いようのない瞳でまっすぐに見つめられる。


けれど鏡に映るタキシード姿の自分はーー


「…………。」


お世辞にも“格好いい”とは言えなかった。


対してリオンは、同じ礼装を身にまとっているというのに、まるで騎士そのものの風格を漂わせていた。


この空間で自分だけが確実に浮いている気がした。


「なんか、しっくり来ないんだよな……。」


少し考え込むように呟いたその言葉に――


「――顔が悪いのかな?」


可愛い顔に似合わない、強烈なパンチをイヴが放った。


「…………。」


その場の空気が、一瞬止まる。


内心、けっこう傷ついた。



「ーーイヴ様、ダメですよ。」

少し遅れて、ルシェが穏やかに口を開く。


「いくら"本心"でも、言葉は時に刃となります。」


カナンは、さらに追い討ちを食らった気がした。


知らず知らずに彼を傷つけた二人は、いつの間にか距離が近くなったようで、すっかり打ち解けていた。


「なんだか、こうして見てると、姉妹みたいだね。」

リオンが感傷に浸るカナンの隣で、二人を見つめながら呟く。


「姉妹……ね……。」

カナンはその言葉を復唱しながら、虚空を見つめていた。


二つの“刃”が、じんわりと胸に刺さる。

治ったはずの傷が痛む気がした。


リオンは苦笑し、気遣うように肩を叩く。


……なお、顔が悪いことについては、彼も否定してくれなかった。



***


その後、ルシェと数名の侍女によって、簡易的なカーテンが用意され、衣装棚が続々と運ばれてきた。

イヴは次々とドレスに着替えては、嬉しそうに笑顔を浮かべている。


「イヴ、楽しそうでよかったね。」

紅茶を口にしながら、リオンが穏やかに呟く。


「……ルシェが困ってなけりゃいいがな。」

カナンは頬杖をつき、不貞腐れたように視線をそらした。


仕切り布の向こうでは、笑い声と布の擦れる音が絶え間なく響いている。


ルシェがカーテンの外で裾を整え、イヴが満面の笑みで姿を現した。

淡いラベンダーのドレスが揺れ、胸元には小さな宝石が瞬いている。

軽く回転するたび、布の波が光を受けてきらめいた。


「カナン!見てみて!!」


定期的にこちらへ寄ってきては、感想を求めてくる。


カナンは一瞬言葉を選んだ後ーー

「……おぉ、いいんじゃねぇか?」


語彙力のない感想を告げた。


けれど、そんな言葉でも嬉しいのか、

イヴは頬を緩めながら、次の服を選びに戻っていった。


「…………。」


そろそろ"褒め言葉"のレパートリーも尽きてきたので、できれば勘弁してほしい。


そんなにカナンの心情をまったく気にする様子もなく、彼女は新しいドレスを手に取っては楽しげに笑っている。


ーー子どものようにはしゃぐ少女を見て、

カナンは何気なく呟いた。


「……イヴって、あんなに"幼い感じ"だったか?」


ただの独り言だった。

けれどそれは、心の奥でくすぶっていた小さな不安のかけらでもあった。


その呟きを聞いて、リオンは息をつく。


「どうだろう……

前はもう少し、大人びてた気もするけど。」


リオンは紅茶のカップを傾け、

揺れる水面に静かに目を落とした。


少し考えるように間を置いて――

やがて、穏やかに笑う。


「慣れてきたんじゃないかな。

 ――カナンにも、この世界にも。」



その声音は慰めではなく、

現実を静かに受け入れさせるような優しさを帯びていた。


「……まぁ、そうか。


年相応のガキになった、ってだけだよな。」


空気へ溶け込むような独白。

それでも、胸の奥に残る違和感が、ただの勘違いであってほしいと――

反逆者は、静かに願った。



***


やがて披露会は終わり、

衣装棚や仕切りのカーテンが、次々と片づけられていった。


イヴはどうやら、お気に入りのドレスを見つけたらしい。

今はそれを着たまま、まるで少し偉くなったかのような顔で、隣にちょこんと座っている。


だが、お茶菓子を頬張った口のまわりには、しっかりと砂糖の粉がついていた。



披露会が終わった部屋には、柔らかな静けさが戻っていた。

片づけを終えた侍女たちの気配も消え、残るのは湯気のような余韻だけ。


ドレスや布地の香りがまだ空気に漂い、さっきまでの喧騒が嘘のようだった。


ルシェはテーブル脇に立ち、時折、時計を見るように視線を扉へ向ける。


「――さて、そろそろお越しになる頃かと……。」

ルシェが小さく呟いた、その瞬間。


コン、コン――。

扉の向こうから、静かなノック音が響いた。


リオンが顔を上げる。

まるで予定されたような、完璧なタイミングだった。


「……誰だろう?」

リオンが小声で呟く。

「ルドさんが、戻ってきたのかな……。」


ルシェが静かに扉へ歩み寄り、取っ手に手をかけた。


――音もなく、滑らかに扉が開いていく。


彼女はそのままの動作で一歩下がり、優雅に一礼した。


「お待ちしておりました。

どうぞ、お入りください。」


ソファに座ったまま、カナンたちは視線を揃えて扉からの来訪者を見つめる。

わずかな期待と緊張が、空気の中に混ざる。


柔らかな空気の揺れとともに、足音がひとつ、部屋の中へと踏み込む。


「…………!」


扉の隙間から、藍の瞳がこちらを覗いた。


「久しぶり……

“また”会えて、よかった。」


その声に張りつめていた空気が、ふっとほどける。

見慣れた顔に、カナンたちの表情は安堵へと変わった。


「あぁ……久しぶり。

元気そうで何よりだ。」


一拍の間を置いて、

カナンは微かに笑いながら名前を呼ぶ。


「――セラ。」



――黒い箱のような装置を背負い、静かに姿を現したのは、最高技術者クラフトマスター・セラだった。


彼女もまた、ルドやルシェと同じく、先刻の戦いでカナンたちを陰から支えてくれた一人。


今回の作戦が成功したのは、セラの存在あってこそだった。


もし彼女がいなければ――ヴァルツに抗う術もなく、逆奪者たちは静かに消えていただろう。


静かに再会を噛みしめる空気が、部屋の中に満ちていた。

誰もすぐには言葉を続けず、戦いの余韻と安堵だけが、静かに流れていく。


少し時間が過ぎたころ、

いつの間にか紅茶を用意していたルシェが、そっと声をかけた。


「どうぞ、セラ様もお座りください。」


差し出されたカップから、淡い香りが立ちのぼる。

セラは小さく頷き、促されるままにソファへ腰を下ろした。


緊張の抜けたその仕草に、ほんの少しだけ――微笑みが戻る。


彼らは"また"生きて再会を果たした。


***


香り立つ紅茶の湯気が、穏やかに空気を包む。


沈黙を破ったのは、イヴの無邪気な声だった。


「ねぇねぇ!」

イヴが身を乗り出す。

「セラちゃんは――ここ《ノード・ルーク》に、何の用事で来たの?」


その問いに、彼女はわずかに首をかしげた。

「……ルドから、聞いていなかったの?」


「ルドさんとは今さっき会ったけど、セラさんのことは何も言ってなかった気がするな……。」

リオンが紅茶を置きながら答える。


「……そう。」

セラは短く息をつき、ルシェの方へ視線を送った。

ルシェは何も言わず、少しだけ眉を上げて困ったように首を傾げる。


その仕草で、セラはすべてを悟る。


「あぁ……ルドが、やりそうなことね。」


その声には、呆れとも諦めともつかない、どこか優しい響きが宿っていた。


短い沈黙のあと、セラは紅茶を口に運び、最後の一滴まで飲み干す。

カップをそっとテーブルに戻すと、静かな息を整えて口を開いた。


「それで――」

イヴの問いに応えるように、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。


「私がここに来たのは、ルドと共同で新しい兵装の開発を進めるため。


ついでに……あなたたちの装備を、修繕しておこうと思って寄っただけ。」


カナンは腕を組み、思い返すように視線を落とした。

兵装開発――そういえば、ルドがそんな話をしていた気がする。

あの時話していた"向こう"というのは、セラだったのか。


「待てよ……

てことは、俺たちの修繕は"おまけ"って感じなのかよ。」


「…………ズズ。」

セラは何も言わず、そっとカップを口へ運んだ。

まるで誤魔化すように紅茶を啜るその姿は、

等身が少し縮んだミニキャラにでもなったようだった。


「……こいつ……!」

カナンは、聞こえないフリを決め込むセラに、わずかに声を荒げた。


そんな二人を、ルシェは静かに見つめて微笑む。

彼女は知っていたのだ――通信越しにセラが、カナンたちの無事を何よりも案じていたことを。


(このことは、内緒にしておきましょうね……)


ルシェは心の中でそっと呟き、新たに紅茶を注ぐ。


ーーセラの照れ隠しにカナンが気づくことはなく、部屋はまた、穏やかな喧騒に包まれていった。



ーーやがて、休息を終えた彼らは本題へと映る。


セラは立ち上がり、短く言葉を落とした。

「装備を見せて――壊れた部位を確認する。」


リオンが差し出したのは

赫迅刀サーマル・エッジ

理障壁リバース・フェイズ

展開式装甲フレーム。


彼女は無言でそれらを順に確認していく。

刃の輝き、装甲の焦げ跡、理層の揺らぎ――

視線だけで損傷の度合いを読み取り、静かに呟いた。


「耐久性は問題ない……。

けれど、持続力と熱変換効率が課題。


なら……熱そのものをエネルギーへ還元すれば――」


思考が流れるように口から零れる。

その瞬間、少女は完全に“技師”の顔になっていた。

修繕ではなく、改良を前提に構造を組み直そうとしている。


ちなみに、カナンの理応変換機構レベリアンは、セラに一瞥された後


「……壊れてない。」


無表情でそう言われて返された。


「……壊れてないのは、扱いが上手いからだ。」


そう自分に言い聞かせるように、カナンは胸の奥に湧いた“何とも言えない気持ち”を押し込んだ。


ーー少しだけ重いため息をついて、カナンは再びセラへと視線を戻した。


片目にゴーグルを掛け、今にも作業を始めそうな様子の彼女。

そんな姿を見て、カナンはふと気になり、口を開いた。


「なぁ、ルシェ……。

〈ノード・ルーク〉って補給拠点だよな?

研究場所とか、工作工場みたいな設備もあるのか?」


ルシェは少し考えてから、静かに答えた。

「小さな工房はございますね。

ただ、設備が古いため……装備の修繕はできても、改良までは難しいかと思われます。」


「なるほど……。」

カナンは小さく頷き、納得したように息を吐く。


改良は難しいという“小さな工房”――。

だが、セラは最高技術者クラフトマスターと呼ばれるほどの天才だ。

設備と素材さえ揃えば、たとえ限られた環境でも、改良など朝飯前なのかもしれない。


「……じゃあ、今からそこで作業するってことになるのか。」


事実を確信したように放たれた問いに、

ルシェは静かに首を振った。


「いえ、セラ様に工房は必要ございません。」


「……は?」


カナンの喉から漏れた困惑の声。


その声と共に、セラが背中に背負っていた黒い箱へ手を伸ばした。


静寂を裂くように、微かな駆動音が響く。

箱の表面に光が走り、複雑な紋様が浮かび上がった。


次の瞬間、金属の羽根が開くように外殻が展開され、

内部構造が機械仕掛けの花のように開いていく。


空間演算式が床へと投影され、

工具、端末、素材保管槽までもが光と共に形を取る。

それはまるで“箱庭の工房”だった。


「……!?」


驚くカナンに、ルシェが小さく微笑む。

「通常、理応を扱う装備には、それに対応した設備が必要となるのですが――」


彼女は少しだけ肩をすくめ、

「セラ様が“どうやって”いるのかは、私にも理解できませんね。」


解析者として、情報収集を行うルシェ。

彼女の技術力は、カナンも実際に指示を受けて体感していた。


その彼女ですら"理解できない"天才。


最高技術者クラフトマスターは、何もないはずの客室でーー


"再構築"を開始した。

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