21話 『逆奪者《スティーラー》』
科学者ニュートンは語る――
「リンゴが木から落ちるのを見て、万有引力を思いついた。」と
艶のかかった木の実は、その法則に従って落下する。
けれど、この街に実る果実は違う。
"重力"に従って落ちるのではなく
"快楽"によって人間を囚え、下へと引きずり落としていく。
それを口にした住民は、最後の瞬間までも笑顔を浮かべ――
『笑いながら死ぬ。』
ーーー路地裏に横たわる死者の笑顔は、その証拠だった。
そして今、その死相を直視していたカナン自身もまた、同じ「死」に最も近い位置に立たされている。
けれど、彼の顔にもちろん笑みは無い。
イヴが告げた「享楽者〈ヘドニスター〉を倒しに来た」という言葉が、まだ路地裏の空気を震わせていた。
月下に輝く藍の瞳が、三人を射抜く。
沈黙を破ったのは、刃を握る少女だった。
「……倒す……?」
押し殺した声。
「……貴方たちは……何者…?」
警戒するように、彼女は目を細める。
だがその声音には、驚きと戸惑いが滲んでいた。
「悪いが、俺たちは何も知らない。
知ってるのは一つ――
享楽者が快楽で、この街を支配してるってことぐらいだ。」
カナンの言葉に、少女は停止する。
「……」
やがて抑揚の乏しい声に感情が宿っていく。
「……享楽者に操られた人間に
快楽に堕ちた人間<デブリ>は認識できない。」
「普通の人間は、“それ”を知る前に、快楽へと身を委ねて、贄となる……。
なのに貴方たちは――
どうして、笑わされずにいられる?」
藍の瞳が揺らいだ。
まるで、異端な存在を見たかのような目
けれどその瞳には、敵意よりも好奇心が宿り始めていた。
「デブリ……?」
彼女の言葉にリオンは疑問をこぼす。
「そこに転がってる人間たちの事……」
少女は視線で指さすように冷たく返答した。
「享楽者に快楽を植え付けられ、意思を失った人間。
生きながらにして使い捨てられる、ゴミ同然の存在……それが“デブリ”。」
リオンは息を呑み、思わず振り返って路地に横たわる者たちを見やった。
どの顔にも、死に際のような笑みが貼り付いている。
「使い捨ての人間……」
リオンの顔は怒りと恐怖の入り交じった表情へと変わる。
そんな彼らへ、救いの手を伸ばすように、彼女は再びこちらを見つめた。
「教えて……貴方たちが、快楽に呑まれていない理由を……」
「……」
「ーーそれは、きっと……私たちが、知っていたから。」
少女の質問を前に、イヴが一歩前へと踏み出す。
彼女は――ナイフを動かさなかった。
「私は、記憶の管理者〈アーカイヴ・レコーダー〉。」
淡々と告げられる声は、夜の静寂に溶けていく。
「……貴方たちと同じ。反逆者。」
ーー路地の空気が、わずかに揺らいだ。
少女の瞳は感情を映さないまま、それでも確かに三人を見据えていた。
「アーカイヴ・レコーダー……?」
初めて耳にする言葉をなぞるように、抑揚のない声が零れる。
理解ではなく、ただ“確認”。
その響きには、戸惑いではなく、純粋な空白があった。
ーーその時
カラン……と、どこかで瓶の転がる乾いた音が響いた。
一瞬の沈黙。
路地の奥から、ゆらりと複数の影が立ち上がる。
倒れ伏していたはずの“デブリ”たち――
虚ろな笑みを浮かべたまま、ぎこちない足取りでこちらへと歩み寄ってくる。
彼女は軽く息を吐き、カナンの首元からナイフを下ろした。
「私の勘違い……
少なくとも、貴方たちは……敵では無いみたい」
その言葉と共に、カナンは、突然解放される。
けれど、先刻まで首に刃を当てられていた彼は、直ぐに振り返り、怒号を返す。
「……おい、待て!
人を殺しかけておいて、なんだその台詞は
俺はまだ納得してねぇぞ!」
けれど少女はただ一言
「囲まれている。」
そう呟いた。
「……!!」
闇の中から、笑みを貼りつけた“デブリ”たちが揺らめきながら立ち上がり、四人を取り囲んでいた。
「あれは……人間……なのか……?」
リオンは剣を抜いて構える。
「なんだコイツら……まるで動く屍みたいだ。」
「享楽者によってデブリが操られてる。
ここに長居しすぎると、奴らは群れを成して襲ってくる。」
ナイフを構え、少女は淡々と告げた。
カナンは思わず声を荒げる。
「長居したのは、お前のせいだろ!
というか、なんでそんな大事なこと――」
「……忘れていた。」
短く切り捨てるような声。
あまりに素っ気ない返答に、カナンは言葉を失った。
彼らの事情など知らず、デブリはこちらに襲いかかってくる。
リオンが険しい顔で呟いた。
「どうする……?
操られているとはいえ、彼らは人間だ。」
返答するより早く、二人の会話を流すように、少女はナイフを振り上げる。
その動きに迷いはなく、今にも笑う屍を切り裂こうとした。
「関係ない。」
感情を欠いた声が、夜気に溶ける。
カナンは歯噛みし、即座に身体を動かした。
「……チッ!」
少女の細い体を脇に抱え込むと、振り下ろされる寸前の刃ごと強引に引き寄せた。
「……逃げるぞッ!」
「どうして?私は強い。負けない。」
少女は驚き目を開く。
「お前が良くても、俺が嫌なんだよ。
人を殺すのは勝手だが、せめて俺の見えないとこでしてくれ。」
目を瞬かせた少女を抱えたまま、カナンたちは狭い路地を駆け出す。
虚ろな笑みを浮かべたデブリたちの影が、後方から不気味に迫り続けていた。
ーー狭い路地に、笑うデブリの足音が重く響く。
ドサ、ズリ……と引きずるような動き。
速くはない。
だが、次から次へと暗がりから溢れ出し、通路を塞いでいく。
「クソッ……! どこまで湧いてくるんだよ!」
カナンは少女を抱えたまま走り、荒い息を吐く。
「この体勢、お腹痛い」
抱えられた少女はぶらんと垂れ下がりながら文句を垂れる。
「だったら自分で走れ!」
カナンはそんな彼女に怒号を飛ばしながらも道を駆ける。
イヴは必死に周囲を見渡した。
「道が分からない……!
なんとか表通りへと逃げなきゃ!
このままじゃ袋小路に――」
リオンが鞘を付けたままの剣で、迫るデブリを押し飛ばす。
だが地面に倒れ込もうが、その笑みは崩れず、足を止めようともしない。
「追い払うだけじゃきりがない……!」
背後からは嘲るような笑い声の波。
前方は闇に沈む細い路地。
出口も分からぬまま、三人と一人は走り続けるしかなかった。
「そこを右。」
けれど突然、脇に抱えられたまま、少女が短く告げた。
「……なんだって?」
カナンは眉をひそめる。
「その路地を右に曲がった先……地下通路へ繋がる階段がある。」
淡々とした声。
だが足音が迫る中、その一言が唯一の指針だった。
「……それが罠じゃないって保証は……?」
苛立ちを混ぜて吐き捨てるカナン。
少女は視線も向けず、ただ事実だけを返す。
「……貴方が勝手に私を連れてきた。
だから、最後まで責任は負うべき。」
「……刃を突きつけてた相手を、信じろってかよ!」
カナンの怒鳴り声が路地に響く。
しかし、返ってくるのは沈黙だけ。
少女は表情一つ変えず、ただ前方を見据えていた。
「……クソッ、分かったよ!」
カナンは舌打ちし、決断する。
「リオン! イヴ! 右へ行くぞ!」
三人と一人は、群れ成す笑い声の波を振り切るように、闇の路地を駆け抜けた。
右の路地へ飛び込むと、石畳の隙間から冷たい風が吹き上がった。
地下へ続く階段――黒く口を開けた穴がそこにあった。
「こっちだ!」
カナンが叫び、四人は一斉に駆け降りる。
背後から迫る足音と笑い声が、階段の上に押し寄せてくる。
石造りの通路に滑り込んだ瞬間、リオンが振り返り、厚い鉄扉を見つけた。
「二人とも、奥へ!」
リオンは力任せに扉を閉め、錆びた鉄の音を轟かせて閂を下ろす。
ガンッ――と重い音が地下に反響した。
「ドン!ドン!……!!!」
外からはまだ、笑い声と鈍い衝撃音が響いている。
だが扉は動かない。
ーー
リオンは肩で息をしながら、額の汗をぬぐった。
「……ふぅ、なんとか……撒いたな。」
地下の闇が、重く静かに彼らを包み込んだ。
カナンは少女を下ろし、荒い息を吐く。
「……はぁ……なんとか撒いたな。」
リオンは壁に背を預け、剣を下ろした。
「危なかった……。もう少し遅れてたら入り込まれてた。」
イヴは小さく胸に手を当て、深呼吸を整えていた。
「……地下の通路なら、ひとまずは安全かな。
追ってこられる心配もないはず。」
湿った石造りの空間には、滴る水音だけが響いていた。
先ほどまでの喧噪が嘘のように、そこには静けさが広がっている。
「おい、お前、ここはどこなんだ?」
カナンは思い出したように彼女へと問いかける。
「……セラ。」
少女はフードに着いた埃を払いながら、短く答えた。
「は?」
カナンが目を瞬かせる。
彼女は視線を逸らさず、感情の欠片もない声音で続けた。
「お前じゃない。
私は――逆奪者の最高技術者〈クラフトマスター〉、セラ。」
石造りの地下に、無機質な自己紹介が静かに響く。
「クラフトマスター?
……って、聞いたのは名前でも肩書きでもねぇよ。」
カナンは苛立ちを隠さず吐き捨てる。
「ここはどこかって聞いてんだよ!」
少女――セラは瞬きを一度だけして、淡々と答えた。
「……エデンの地下通路。
組織が作った、拠点への隠れ道。」
感情の起伏はない。
だがその声音には、揺るぎない確信だけがあった。
リオンが壁に手を当て、湿った石造りを見回す。
「……なるほどな。
通りで頑丈な構造なわけだ。」
イヴはセラを見据え、静かに呟く。
「逆奪者……やはり、あなたは……」
「……」
短い沈黙の後、少女は小さく言葉を落とした。
「逆奪者〈スティーラー〉。」
石壁に反響するその名に、カナンとリオンはわずかに息を呑む。
セラは表情を変えぬまま、淡々と続けた。
「……貴方たちは、もう知っているようね。」
イヴは頷き、前に一歩出る。
「ええ――この街で唯一、享楽者に抗い続けている存在。」
イヴの言葉を聞いた彼女は、それ以上の言葉を告げず、踵を返した。
地下通路の奥――暗闇へと歩みを進めていく。
「おい、どこへ行く気だ。」
カナンが声を荒げる。
振り返らず、少女はただ一言だけを落とした。
「……着いてきて。」
意味深な響きを残したまま、足音だけが石畳に淡々と響く。
リオンは眉をひそめながらも剣を握り直す。
「……どうする?」
イヴは静かに首を振り、前を見据えた。
「――着いて行こう。」
三人は視線を交わし、暗い通路の奥へと足を踏み出した。
「……で、さっき俺のこと殺そうとしたよな。」
カナンが苛立ち混じりに睨む。
「否定。無力化しただけ。」
セラは淡々と答える。
「そっちの騎士は首周りに鎧がある。
残る二人なら、遠距離武器を持っている貴方を狙うのが妥当。」
「……そういうことじゃねぇんだよ……」
カナンは頭を掻きむしるようにして、顔を背けた。
リオンが苦笑をこぼす。
「理屈は正しいな。
……だが人の気持ちってもんは、そう単純じゃない。」
イヴは静かに二人を見やり、小さく呟いた。
「……少なくとも、今は敵じゃない。それで十分。」
そんなイヴへと、セラは問いかける。
「貴方がさっき言ってた、アーカイヴ・レコーダー……
それに私たちと同じ反逆者とは、どういう意味?」
イヴは歩みを止めず、薄暗い通路の先を見据えたまま答える。
「私は……記録の管理者。イヴ。
世界の記憶を記し、世界を見届ける存在。
けれど、私はもう、傍観者ではない。」
一拍の沈黙ののち、彼女は続ける。
「カナン、リオン……
彼らと共に――世界の正しさへと抗う存在。」
セラは横顔だけをわずかに振り返り、カナンとリオンを順に見やる。
二人の瞳に宿る抗う意思を確かめるように、感情のない声を落とした。
「……だから、あなたたち“も”反逆者……」
その言葉は冷たくあれど、宣告のような響きがあった。
やがて階段を登ったの先に、ぼんやりと灯る光が見え始めた。
湿った石壁に反射するその光は、確かに人の営みを示している。
「……光?」
リオンが目を細める。
セラは足を止めず、ただ淡々と告げた。
「……もうすぐ。」
湿った石壁に囲まれた地下通路を抜けると、視界が急に広がった。
そこは薄暗いが天井の高い空間で、ランタンや仄かな光源がぽつぽつと灯り、かろうじて拠点の全貌を浮かび上がらせていた。
中央には粗末な木製の机と椅子が並び、何人かの人影が、資料や武器を前に打ち合わせをしている。
壁際には物資が積まれ、簡易の寝床や調理場まで見えた。
鉄や革を打ち付ける音、工具の火花が飛び散る音が、時折響く。
だがそれらは全て雑然としており、エデンの街で見た華美さは一切ない。
それでも空間全体に漂うのは、不思議な熱気と緊張感。
セラは立ち止まり、無表情に言った。
「……ここが、〈ノード・キング〉。
スティーラーのメイン拠点。」
三人は溢れ出した空間を見渡す。
「スティーラーの……拠点」
リオンが上を見上げながら言う。
カナンは皮肉めいた口調で、セラへ問う。
「メイン拠点ねぇ……
俺たちをいきなり、こんな重要な拠点に来させて良いのかよ」
セラは一拍置き、無表情のまま言った。
「問題ない……むしろ、貴方が敵ならば、内部に誘い込んで潰す方が楽」
カナンは一瞬眉をひそめる。
「……冗談か?」
「……冗談。」
セラの声音に抑揚はなく、冗談に聞こえない。
ーーやがて建物にある程度近づいた頃、周囲のざわめきが一瞬止み、いくつもの視線が三人に注がれる。
敵意とも警戒ともつかない、重たい眼差し。
カナンは舌打ちしそうになるのを堪え、リオンは手を剣の柄に添えた。イヴはカナンの袖を掴んで小走りに走っていた。
だが、セラはそんな空気を気にも留めず、ただ短く告げる。
「……ついてきて。」
彼女は、奥の暗がりへと歩き出した。
「毎回毎回、指示が安直すぎるんだよ……」
文句を言いつつも、カナンは進む
三人が足を踏み入れた拠点の内部は、思った以上に雑然としていた。
壁際には木箱や金属片が山のように積まれ、簡易ベッドや毛布が無造作に敷かれている。
灯りはランタンや蝋燭程度で、地下特有の湿気と油の匂いが漂っていた。
それでも人々は慌ただしく動き、武器を磨き、資料を広げ、低い声で作戦を交わしている。
どの顔も痩せてはいたが、その目だけは鋭く、生きるための意思を宿していた。
奥へと続く通路の先に、一枚だけ厚い鉄扉があった。
他と比べて無骨だが、唯一「守られている」と分かる空気を纏っている。
セラは立ち止まり、短く言った。
「……リーダーが待っている。」
扉の向こう――そこが、この拠点の中枢にして逆奪者を束ねる者の部屋だった。
「……」
三人はただ息を呑む。
彼らが今から相対する存在は、
――この反逆組織を束ねる、恐ろしく冷徹な人物に違いない。
鉄扉の向こうに漂う気配は重く、わずかな空気の揺らぎさえ威圧感を帯びていた。
カナンの喉がひとつ鳴り、リオンは剣の柄に手を添える。
イヴもまた、瞳を細めて覚悟を固めていた。
そんな期待と恐れを抱く彼らを前に、セラは拳で軽く鉄扉を叩いた。
コン、コン。
ーー緊張に押し潰されそうな沈黙を破ったのは、場違いなほど弾んだ声だった。
「はーい! 鍵は開いてるから、どうぞー!」
カナンは思わず顔をしかめる。
リオンは息を止め、イヴは細めた目を開く。
張り詰めていた空気は、その一言で霧散してしまった。
セラは無言で扉を押し開ける。
錆びた蝶番が軋み、重たい扉がゆっくり開いていく。
「……お姉ちゃん、ただいま。」
その小さな声に呼応するように、部屋の奥から弾む声が返ってきた。
「おかえり〜セラ!
……って、ん〜?その人たちは?」
机に広げられた資料から顔を上げた少女は、どうやらセラの姉のようで、確かに顔立ちが似ていた。
髪の色も同じく、黒みを帯びた青。
けれど、その雰囲気は正反対だった。
セラが夜空に浮かぶ月だとするなら
彼女は真昼を照らす太陽。
眩しいほどの明るさに気圧されながらも、カナンはふと違和感を覚える。
――彼女はこちらを確かに見つめている。
だが、その瞳は閉ざされたままだった。
セラは振り返らずに淡々と答える。
「……さっき出会った。カナン、リオン、イヴ。
私達と一緒に戦ってくれるらしい。」
(そんなことは言ってないと思うんだがな……)
カナンはその思いを、心の中に留めた。
少女は閉ざされた瞳のまま、確かに三人を見据えていた。
「ふーん……」
短く呟くと、彼女は片手でセラを呼び寄せ、弾む声色のまま釘を刺す。
「セラちや、セラち……お姉ちゃん、出会ったばかりの人をいきなり信用するのは――どうかと思うなぁ……?」
明るい声音なのに、その一言は鋭く、カナンたちにもバッチリ聞こえた。
逆奪者のリーダー『ミネ』は、ちゃんとお姉ちゃんだった。
ーー「なるほど、反逆者ね……」
ミネは資料を机に置き、椅子から腰を上げると、部屋の奥にある古びたソファへと誘導した。
その動作のたびに、わずかな機械音が響く。
三人が席に腰を下ろすと、セラが無言で湯気の立つカップを配る。
妹が当然のように「お茶くみ役」を務めていることにも違和感を覚えるが、今はそれ以上に――
ミネの姿が否応なく目を引いていた。
スカートの裾から覗く両足は、金属で組まれた義足。
袖口から覗いた片腕もまた無骨な機械で置き換えられている。
それでも彼女はにこにこと笑みを絶やさず、閉じた瞳のまま彼らを“見て”いた。
「ねぇ、カナン、リオン、イヴ……」
ソファに深く腰掛け、足を組んだまま、ミネは楽しげに口を開く。
「君たちは、どうしてこんな世界に“抗おう”なんて思ったの?」
彼女の声音は柔らかい。
だが、半分が機械に置き換わったその身体と、閉ざされた瞳の違和感が、三人に妙な緊張を強いるのだった。
カナンは少し息を吐き、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「……俺が……正しいと思えなかったからだ。」
彼の言葉に迷いは無い。
「……それに、せっかく長く生きるんだ。」
そう言って、隣に座るイヴを一瞬だけ見やる。
「――世界は、綺麗な方がいいだろ。」
その視線に気づいてイヴはニコッと笑い返す。
「僕もカナンに教わって決めた
自分の正しさは自分で決めなくちゃならないって」
リオンもミネへと決意を新たにした。
一拍の沈黙のあと、部屋に爆発するような笑い声が響いた。
「ふはははは! 何それ! 面白い!」
ソファに腰掛けたまま、ミネは手を叩き、体を揺らして笑う。
「なるほどね〜!
セラが君たちを選んだ理由が分かったよ!」
閉じた瞳のまま、太陽のような笑顔を浮かべて彼女は判別したように、姿勢を崩した。
「……あんたはどうして」
その姿を見て、カナンが低く呟く。
「どうして、そんな身体になってまで戦い続けるんだ。」
一瞬、部屋の空気が止まる。
イヴもリオンも息を飲み、セラだけが無表情のまま姉を見ていた。
やがてミネは、何でもないように肩をすくめて笑った。
「簡単な話だよ。」
彼女は機械の指で机を“コン”と叩く。
金属音が乾いた響きを残した。
「奪われたから。
奪い返す。
そして――もう二度と、奪われないようにするために壊す。」
言葉は短く、子供の理屈のように単純だ。
けれどそこには、幾度となく奪われてきた者だけが持つ重みがあった。
カナンは黙ったまま彼女を見据える。
イヴは目を伏せ、リオンはわずかに拳を握りしめる。
彼女は閉じた瞳のまま、再び太陽のように笑った。
「それが私の戦う理由! シンプルでしょ?」
彼女の言葉が部屋に余韻を残す中、
セラが静かに戻ってきた。
無言のまま姉の隣に腰を下ろす。
まるでそこが“定位置”であるかのように。
機械の足を組んで笑みを浮かべる姉と、無表情で沈黙を守る妹。
性格も、空気も真逆。
けれど――その背中から滲む「揺るぎなさ」は同じものだった。
セラの肩に腕を回し、そのまま抱き寄せるようにしてミネは笑った。
「ほら、見てよ。私の妹、無口で可愛いでしょ?」
強引な明るさに、場の空気が一瞬和む。
だが、セラは小さく身を引き、冷たく返す。
「……お姉ちゃん、体温低いくせに暑苦しい。」
セラは小さく息を吐き、無表情のまま言葉を続けた。
「あと、そろそろ自己紹介して。」
ミネは「あっ」と声を上げ、額を軽く叩いた。
「おっと、そういえばそうだった!」
彼女は閉じた瞳のまま、太陽のように笑みを浮かべ、立ち上がる。
「――あらためまして。」
机を軽く叩き、ゆっくりとした口調でお辞儀をする。
「ようこそ、逆奪者〈スティーラー〉の本拠地、ノード・キングへ
私は『ミネ』
この組織のリーダーであり、セラの姉だ。
歓迎しよう、君たちを、新たな同志、反逆者として!」
反逆因子は惹かれ合う。
彼らは集いて折をなす。
そうして盤面には駒が並び
物語は上映の幕を開けた。




