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【二章/完結】アーカイヴ・レコーダー ◆-反逆の記録-◇  作者: しゃいんますかっと
第二章 享楽者<ヘドニスター>編

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19話 『楽園《エデン》』


まるで――そこは神々の与えた楽園だった。


遥か昔より、この地は〈エデン〉と呼ばれてきた。

果実は絶えることなく実り、杯には常に酒が満ち、人々の笑いは途切れることを知らない。

訪れる者は皆、そこで願ったものを得て、心の底から幸福を謳ったという。


光に彩られた街路は、昼も夜も絶えず賑わいを見せ、

楽師の旋律と踊り子の舞は、ひと時たりとも止まることがなかった。

それは「快楽そのものが都市となった」とまで語り継がれ、

今もなお人々は――この地を“楽園”と信じて疑わない。


楽園<エデン>。

人の望むすべてが満ち溢れ、幸福を謳う街。



ーーイヴは淡々と語りながら、視線を本から仲間へと移した。

「けれど、その繁栄は必ず幸福とは限らない。

享楽者〈ヘドニスター〉

彼が、この街を何かしらの形で支配しているはず

アルゴリズムへの道を開くには、四柱の一人である彼も、倒さなければいけない。」


カナンは、未だその原理がよく分かっていない。

アルゴリズムの四柱

世界を正しさで縛る『超越者』の駒

その正体が何者で、何が目的なのか知らないままだ。

ここまで歩んで来たのは、彼の中に生まれた時から宿る反逆の精神

それが、己を動かす原動力となっていたからだ。


「……支配って言っても、別にそいつが悪いことしてるとは限らねぇだろ?

街が楽しそうにしてんなら、むしろ歓迎されてんじゃねぇのか?」



イヴはわずかに目を伏せ、唇を引き結んだ。

「表面だけを見れば、そう思えるかもしれない。

でも“幸福”を強制することは、同時に“自由”を奪うことと同義。

それは……人の意志を殺す行為だよ。」


「まぁそれを確かめるためにも、街に行くのが早い気はするよ。

もしかしたら、僕らに協力してくれるかもしれないし。」

リオンがそう言って、わずかに口元をほころばせた。


カナンは肩を竦め、銃を軽く回して見せる。

「……希望的観測がすぎる気はするな……

でも、行けば嫌でも分かるか。」



ーー三人はオクルスを後にし、欲望と幸福が入り混じる街〈エデン〉へと足を踏み出した。


ーー彼らは歩いた。

朝霧の立つ山道を越え、切り立った崖を慎重に進み、渡河のたびに靴を濡らした。

昼には乾いた草原を抜け、夜には冷え込む森で小さな焚火を囲んだ。


幾度も立ち止まり、息を整え、時に言葉少なに黙って進む。

そうして何日も繰り返した果てに――


霞を割って現れる光があった。




ーー視界に広がる街は、まるで幻のような景色だった。


白金に輝く尖塔が天を突き、いくつもの楼閣が階層を成す。

外壁は磨き抜かれた大理石で覆われ、陽を浴びて虹のような光を散らしていた。

高架の橋は空に渡され、噴水からは水晶のように澄んだ水が流れ落ちる。


旗や幕が風に踊り、遠くからでも楽団の音色が響いてくる。

その全てが「幸福」「繁栄」を謳うようで、見る者の心を掴んで離さない。


だが――街の輪郭を取り巻く空気は、どこか甘ったるく濃い。

光はまぶしいはずなのに、影がやけに深く見えた。

幸福の仮面をかぶったまま、何かが蠢いているように。



リオンは目を細め、眩しさに顔をしかめる。

「……これが、エデン。」


カナンは肩をすくめ、皮肉気に口を開いた。

「楽園ってより、舞台の書き割りみたいだな。

派手すぎて逆に嘘くせぇ。」


イヴはじっと街を見つめ、かすかに眉をひそめる。

「光が強いほど、影もまた濃くなる……。

行こう、享楽者〈ヘドニスター〉の記憶は、確かにここにある。」


歩みは重なった。

導かれるままに――

反逆者たちは新たな道へと歩を進める。

光と喧噪に包まれた楽園〈エデン〉へと


そこに待つのは、祝福か、あるいは呪いか。


彼らの前に現れたのは、荘厳にして異様な門だった。

磨き上げられた白亜の石柱には蔦が絡み、赤や紫の花々が絶え間なく咲き誇っている。

まるで訪れる者すべてを歓迎するかのように。


だが、よく目を凝らせば、その花々の下には古びた装飾やひび割れが隠されていた。

豪奢な装いの下に潜む、不自然な静けさ。


その門の上には金色の銘板が掲げられている。


《楽園〈エデン〉へようこそーー幸福はここに在り》


掲げられた言葉は甘美でありながら、どこか皮肉めいて響いていた。


「ずいぶん金がかかってそうな入口だな。」

カナンが門を見上げながら呟く。


外から見えた豪奢な光景は、そのまま街の内側に続いていた。

いや、近づいた分だけ、その異様さは一層濃く感じられる。


磨き上げられた石畳には、色とりどりの花弁が撒かれ、足を踏み出すたびに香りが立ち上る。

建物の壁面には金箔が施され、彫像や布飾りが隙間なく並び、通りの至る所で演奏と笑い声が響いていた。


「……華やかっていうより、押しつけがましいな。」

リオンが小さく吐き捨てる。


イヴは歩きながら、人々の笑顔を静かに観察していた。

「幸福の形を“示されている”……そんな印象ね。」


人々は歌い、踊り、杯を交わし、絶えず笑みを浮かべている。

それは歓喜の連鎖に見えたが――どこか不自然に、途切れることがなかった。


彼らは門をくぐり、エデンへと入門する。


カナンは剣呑な視線を広場に投げる。

「さて、見せてもらおうか、この"楽園の正しさ"ってやつを……」


三人はそれぞれの胸に違和感を覚えながらも、きらびやかな街の奥へと足を進めていった。




ーー奥に進むと、まるで夢の中に居るかのような幻想が広がった。


大通りの両脇には豪奢な建物が立ち並び、窓辺には色とりどりの花が飾られている。

路地ごとに音楽が響き、軽快な笛や弦の調べが空気を彩っていた。

空を見上げれば、幾重もの布幕が橋のように掛けられ、柔らかな光を乱反射させて街全体を包み込む。


行き交う人々は笑みを絶やさず、広場では踊り子たちが華やかに舞っている。

艷めく果物を山積みにした屋台、香ばしい香りを漂わせる焼き菓子、子どもたちの弾む声――

そこには、誰もが望む「日常の幸福」が溢れていた。


「……すごいな。」

思わずリオンが呟く。


「中も派手だな。」

カナンは肩を竦めながらも、目を奪われている。


イヴは周囲を見渡し、小さく微笑んだ。

「皆、幸せそう……まるで、物語に出てくる“楽園”そのもの。」


「だが……」


「…………」


「…………」


煌びやかな街並みの端――

視線をほんの少し逸らすだけで、そこには別の景色があった。


華やかな装飾の影に沈む路地裏。

陽の光は届かず、赤い提灯の明かりもその奥を照らしきれない。

ひび割れた壁にもたれる影は、人か、人形か。

生きているのか、死んでいるのかも判別できないほど、気力を失った人々が沈黙していた。


甘い香りと笑い声が溢れる表通りとは、まるで別世界。

「楽園」の光に寄り添うように、深い闇がひっそりと口を開いていた。


「……どうやら、イヴの言うことは正しかったみたいだ。」

カナンは目を細め、光と闇が同居する街を見渡した。

その胸の奥には、再び熱いものが灯る。


――この街を支配する享楽者を討つ。

反逆の意思は、確かにその心に宿っていた。



楽園<エデン>は享楽者の統治する、幸福の街

けれど、その実態は光に照らされた闇が集う場所。

それはまるで命を吸われたかのように力を無くし、ただ死を待つ屍の墓場。


カナンたちは足を止め、路上の隅へと寄っていた。


イヴは瞼を閉じ、静かに指先を掲げた。

その仕草は彼らからすれば、ただ立ち止まり、深呼吸をしているようにしか見えない。


「……ライヴラリ、アクティベート。」


囁きと同時に、世界が一瞬だけ反転した。

目の前の景色はそのままなのに、もう一つの層が重なるように現れる。


彼女の視界には、光の書架が幾重にも立ち並んでいた。

世界の記憶が本の形をとって広がる。


しばらくして、彼女の前へと、一冊の本が舞い降り、その手へと吸い寄せられた。

背表紙には「エデンの記憶」と刻まれている。


イヴの瞳が淡く光り、指先が宙をなぞる。

引き寄せられた書物の頁が自動でめくれ、埃のような記憶の粒子が舞い上がった。


「……おかしい……。

この街は“幸福”に満ちているはずなのに……記録が足りない。」


イヴの声は震えていた。

頁に刻まれているのは、笑顔の人々。

けれど、それはどの記録も同じ角度、同じ笑み、同じ仕草。

本来なら雑多に残るはずの日常が、まるで複製された映像のように均一に並んでいた。



「ーーこれが……イヴの言ってた記憶の図書館〈ライヴラリ〉ってやつかい?」

瞳を閉じたまま動かないイヴを見守るようにリオンは質問する。


カナンは横目でそれを聞き、肩を竦める。

「あぁ。、俺も一度だけ足を踏み入れたことがある。

て言っても、外から見るのは初めてだけどな。

……本が空まで積み上がった森みてぇな場所だった。

光の粒が星みたいに漂ってたな。」


「……不思議な光景なんだろうな。」

リオンは想像するように空を仰ぐ。


「不思議っちゃ不思議だが……俺にとっちゃ居心地は良くなかったな。

全部の記録が並んでて、自分がどこに立ってんのか分からなくなる感じがした。

あの場所に居たのは、現実時間だと一瞬みたいだが、忘れられない感覚だな。」


リオンは顎に手を当て、考えるように呟く。

「……一瞬、か。

じゃあイヴは今……結構な記録を読み漁ってるんじゃないか?」


カナンは目を細める。

「だろうな。

あの中で正気を保てるのは……イヴぐらいのもんだろ。」


二人の会話に一段落がついた時、イヴは静かに目を開いた。

その瞳には、微かな疲労と――そして得たものを伝えねばならない使命感が宿っていた。


「この街に触れて、記憶を確認した。」




二人の会話に一段落がついた時、イヴは静かに目を開いた。

吐息がこぼれる。まるで長い夢から戻ってきたかのように。


「……この街に触れて、記憶を確認した。」


リオンとカナンが視線を向ける。

イヴは小さく首を振り、言葉を選ぶように続けた。


「分かったのは……やっぱりこの街の“幸福”は偽物だってこと。


そして……享楽者〈ヘドニスター〉は、人を快楽で縛る力を持つ。


……けれど、それ以上は何も……

彼の詳細は記録のどこにも残されていなかった。」


短い沈黙。

イヴは視線を逸らし、ほんの少し肩を落とす。


その横顔を見て、リオンは小さく首を振った。

「それだけわかったのなら十分だ。

つまり……享楽者は人を縛る敵。

――そういう認識でいいんだろ?」


イヴはわずかに目を見開き、そして小さく頷く。

カナンは銃に手を当て、口角を吊り上げた。

「なら話は早え。

次は、そいつをどう炙り出すかだな。」


その時、カナンたちの耳へと喧騒が飛び込んできた。

市場の中央で人々がざわめき、視線が一点に集まっている。

怒鳴り声、驚きの声、そして――歓声にも似た叫びが混じっていた。


「……なんだ?」

カナンが眉をひそめる。


リオンも人垣の向こうを窺いながら、小さく息を呑む。

「誰かが……やり合ってるのか?」


イヴはわずかに目を細め、その中心を探るように首を傾けた。

「……違う。これは……一方的。」


広場の中央、人々の流れを塞ぐように数人のゴロツキが立ちはだかっていた。

その中心にいたのは、深いフードを被り、顔を隠した小柄な影。

手には小さな包みを抱えている――どうやら買い物袋のようだった。


「おいおい、ぶつかっといて謝りもしねぇのか?」

「黙ってないで何とか言えよ、ちびっ子」


ゴロツキたちが嘲るように声を浴びせる。

だがフードの人物は何も言わない。

返事どころか、顔を上げる素振りすら見せず、ただ静かに立ち尽くしていた。


無言。

けれどその沈黙は、怯えから来るものではなかった。

むしろその周囲だけ、空気が冷え込んでいくように感じられた。


フードの人物は一言だけ言葉を零す。

「私は立っていただけ……」

淡々とした少女の声は焦りを感じさせることなく、広がった。


けれど、その言葉は小さすぎて、誰にも届くことは無かった。


「ナメてんのか……!」

「ぶつかっておいて黙ってるんじゃねぇ……!」


怒声とともにゴロツキの一人が腕を伸ばし、フードの人物の胸倉を掴もうとした。

だが、その指先が布に触れるより早く、影が揺れた。


「……っ!」

観衆の誰もが目を見張る。


次の瞬間、男の体は横へと弾かれるように転がり、石畳に叩きつけられていた。

フードの人物は片足を引いただけ――たったそれだけの動きにしか見えなかった。


転がるゴロツキを前に、群衆はざわめいた。

だが、その響きは恐怖や同情ではなかった。


「おい見たか!? 一瞬でぶっ飛ばしたぞ!」

「次はどっちがやられるか、賭けだ賭け!」

「俺はあのフードの野郎に賭けるぞ!!」

「いいぞ! もっとやれー!」


まるで火に油を注ぐように、人々は声を張り上げ、手を叩き、笑いさえ浮かべる。

誰も止めようとはしない。

むしろ、暴力そのものを娯楽として受け入れ、煽り立てていた。


「……何なんだ、こいつら……」

思わずリオンが息を呑む。

その異様さは、煌びやかな街の表情の裏に潜む狂気を、はっきりと浮かび上がらせていた。


群衆の歓声を受け、残りのゴロツキは一斉に飛びかかる。

「このガキ……!」

「やっちまえ!」


しかし、彼女は怯まない。

迫る拳を、手首をひねっていなす。

懐へ潜り込んで、掌底一撃。

膝を軽く蹴り込んで、足を払う。


全てが無駄のない動作。

だが、一発ごとに確実に意識を刈り取られ、男たちは呻き声を上げた。


観衆がざわめく。

「凄い速さだ……!」

「……あんな小さな体格で……!」


ゴロツキの身体が地面を滑り、砂埃を上げる。

その瞬間――彼女のフードが、ふわりと外れた。


露わになったのは、整った顔立ちと、暗めの青い髪。

片目は眼帯で覆われていたが、瞳は影を映すような綺麗な藍色だった。

それと共に紙袋が破れて、中身にあったリンゴが転がり落ちる。


「……!!」

少女は明らかに動揺した。


けれど、住民たちはその果実へとは目もくれず

「……あいつ……!」

「見たことあるぞ……指名手配の……!」

「……スティーラーの娘だ!!!」


ざわめきが波のように広がり、眼を欲望に濁らせた。

「捕まえろ!懸賞金だ!」

「逃がすな!」

「金になるぞォ!」


怒声と共に人々が一斉に押し寄せる。

今や少女は、ただの通行人ではなく金のための獲物に成り下がっていた。


少女は群衆に目もくれなかった。

足元には、落とされ潰れた果物が散らばっている。

彼女はそれを横目に、小さく呟く。


「……また……買い出し失敗した……

ミネに怒られる……」


唇を歪ませて呟いたその声は、喧騒にかき消され、誰にも届かない。

だが確かに、彼女自身の本音だけがそこにあった。


次の瞬間、彼女は群衆の隙を突くように、疾風の速さで間を通り抜け、建物の壁を走りながら、街の影へと溶けていった。


「……なんて、速さだ。」

カナンが思わず呟く。

リオンも目を細め、信じられないというように首を振った。


「まるで……人じゃないみたいだな。」


イヴは静かに彼女の消えた方向を見つめていた。

「……スティーラー……。」


最後まで読んでくださり、ありがとうございます!

ついに始まりました、第二章、享楽者<ヘドニスター>編

楽園<エデン>を舞台に、この街で反逆者はどのような正しさを示すのか!!

スティーラーと呼ばれた謎の少女も登場し、物語はさらに加速していきます。

次回更新を楽しみにお待ちください。

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