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7話 勇者の仲間にならなかったお姫様


 ゴンズ達には帰ってもらった。

 2人はゾルタン最強の冒険者を前にして驚き、随分と俺との関係を怪しまれたが、薬のことで相談を受けたと説明すると、納得して帰っていった。


 そして俺達は、居間のテーブルに向かい合って座っている。


「あー、その、なんだ、ここでは俺はレッドな」

「そう名乗っているみたいね」


 前にもリーズレットはリットと名乗り、お忍びで闘技場へ参加したり、魔王軍との戦いに傭兵として参加していた。

 俺たちは旅先で彼女と出会い、最初は反目しながらも一度彼女の窮地を救い、その後敵の包囲を抜け、援軍を呼びに行くという冒険を共にしたのだ。


 そのままパーティーに参加するか迷ったようだが、結局はそこで別れ、ロガーヴィア公国の防衛のために残った。

 なんとなくだが、ほんの少し選んだ言葉が違えば、彼女はルーティの仲間になっていた、そんな気がする。


「ちょっと活躍しすぎちゃってね、皇太子である弟より私を女王に推す声がで始めて、それでお家騒動になる前に出奔して辺境でほとぼりが冷めるまで遊んでいるわけ」


 ゾルタンの高難易度依頼は、彼女とアルベールがこなしている。アルベールが有力者の依頼を優先し、割に合わない依頼を避ける傾向があるのに比べ、リットは難しい依頼を率先してこなすことから、大衆にはリットの方が人気が高いようだ。

 だがなるほど、その理由ならやり甲斐のために高難易度依頼を受けるし、実家から十分な資金を持ってきているからお金に困っていないと……。


「ところで、レッドって名前……リット、レッド、ちょっと似てるね」

「ま、まぁな、実は何も思いつかなくて参考にしたんだ」

「……ふーん、私のことを参考にしたんだ」

「悪かったな、紛らわしい名前になってしまって。今更変えるわけにもいかないが……許してくれ」

「……嬉しい!」

「え?」


 リットは首に巻いたバンダナを上げ、口元を隠してニヤけている。そういえば、初めて会った時は笑うときに口元を隠す仕草から、上流階級の人間ではないかと疑い始めたんだっけ。まさか王女様とは思わなかったが。


「私の事おぼえていてくれたんだ」

「そりゃ、リットは短い間にしろ仲間だったからおぼえているさ」


 それに、破天荒で武闘派なお姫様なんて、印象に残るに決まっている。


「仲間……そう言ってくれるのね」


 リットは少し俯き気味になり、少しの間黙ってしまった。

 リットは、自分にとって、あんた達は“真の仲間”といえる最初のパーティーだったと、別れるときに言っていたっけな。


 彼女が最初に組んでいたパーティーは、強力なモンスターであるシザーハンズデーモンを前にしてリットを置いて逃げてしまったことがあった。

 その時、同じくデーモンを追っていた俺たちが合流し、協力して倒したのだが、あれ以来彼女の態度は随分と軟化した……というわけでもなく、照れ隠しに余計に俺達につっかかるようになってしまった。

 ルーティは面倒くさそうにしていたが、俺は小動物のように絡んでくるリットと話すのが面白く、よく相手にしていた


「それで、ギデオ……ここではレッドだったわね、レッドはどうしてここに?」

「それは……」


 足手まといだと追い出されたなんて、正直言いたくないが……説明しなければ納得してもらえないだろうな。口止めもしないといけないし。

 仕方がない。


「恥ずかしい話なんだが……」


 俺は覚悟を決めて一気に喋りだした。


☆☆


「なによそれ!」


 打ち明けた結果、なにやらリットがキレた。


「ずっと一緒に戦ってきたのに! そんなのおかしい!」

「そうは言ってもな、アレスの言うことだって一理ある。俺が足手まといだったのは事実だよ」

「そんなの事実なんかじゃないわよ、ギデオンはパーティーが上手くいくよういつも気を使ってたじゃない!」


 まぁ、戦闘で力不足を感じていたのもあって、それ以外の部分で役に立とうといろいろ気を使っていた。

 料理もそうだし、仲間の体調管理や、新しい町での情報収集、消耗品の調達、収支管理、勇者に面会を望む権力者達との交渉……。


「無茶苦茶働いてるじゃん!」

「言われてみればそうだな」


 リットは納得行かないようで、うーうー唸っている。


「そんなに怒るなよ。戦いについていけず途中で倒れていたかもしれないんだ。そうなる前に、こうしてゾルタンで引退して薬屋開けてよかったのかもしれない」

「というか、それだけ色々やっていたレッドがいなくなって本当にルーティ達大丈夫なの?」

「大丈夫だろう、風の四天王も倒したみたいだし」


 とはいえ前線から離れたゾルタンに入ってくる情報には沢山の人々の間を渡ってきた又聞きもいいところの情報だ。

 さすがに風の四天王を倒したことくらいは間違いないだろうが、どのような倒し方をしたのか、正確性については期待できないだろう。

 不安が無いと言えば嘘にはなるが……。


「まぁ抜けた俺が心配しても仕方がないだろう。ルーティだって俺とずっと旅をしてきたんだ、アレスのやつだっている。なんとかなるさ」


 少し自分に言い聞かせているという部分があることは否定できない。

 だが、俺はもうルーティの仲間じゃない。大切な妹に対して、兄である俺ができること……それはもう無い。


「この話はもういいだろう。ここであーだーこーだ言っても、アレスには伝わらないぞ」

「うー、まぁそうなんだけどさ」


 まだ納得できなさそう様子のリットをなだめながら、俺はふとテーブルに置かれたコップを見る。


「お茶が冷めてるぞ、淹れ直してくる」

「え、いいよ悪いし」

「せっかく再会したんだ。前みたいにありあわせのものじゃない、ちゃんとしたお茶を飲んでもらいたいんだよ」


 前は町の外での野営や前線の陣中だった為、ありあわせのもので料理を作ったり、道端の草のうち茶葉になる僅かな種類のハーブを集めてハーブティーにするなど、万全の状況ではなかった。

 だが今は違う。山の植生を調べ、市販品にも劣らない茶葉を選び、魔法で作ったどこか無機質な味のする水ではなく、ちゃんとした綺麗な水だ。


 急いでコップを取ろうとしたリットを遮ると、俺はもう一度お茶を淹れ直しに台所へ戻った。


 火にかけた鍋の水が温度を上げ、やがて湯気を立てる。

 沸騰する少し前くらいの温度がこの茶葉に合う、というのが俺の持論で、その瞬間を見逃さないためにじっと、ゆらゆらと揺れる水を見つめ待つ。

 ふと、子供の頃、幼いルーティにホットミルクを作ったことを思い出す。砂糖は無かったが、森で採取した蜂蜜を垂らし飲ませてやると、いつもしかめっ面をしていたルーティが、驚いたような顔して、それから俺を見て、そして一気に半分ほど、コップの中にもう半分しか残っていないことに気がつくと、そこからは惜しむようにちびちび……飲み終わると、満足げな長いため息を1つ。


 生まれつき勇者の加護を受けていて、達観している印象もあったルーティが、子供らしい仕草でミルクを飲んでいたのが可愛かったのをよく憶えている。


「ここだな」


 俺は鍋を火から外し、茶葉の入ったポットに注いだ。

 良い香りがふわりと漂い、俺は小さく頷いた。


☆☆


「美味しい……」


 リットは満足げなため息を吐いた。

 その仕草は、あの時のルーティのものとは全く違っていたが、それでも俺は密かに満足感をおぼえていた。


「あの時も、実は勇者達は野営の時にこんな美味しいものを食べているのかと、密かに驚いていたんだけど、しっかりとした材料だと宮廷のお茶よりも美味しいんじゃないの」

「そりゃ世辞が過ぎるぞ。俺の料理スキルは1。能力補正もあるだろうけど、本職には勝てないよ」

「でも……」


 もう一度リットはカップを取り、一口飲んだ。


「……あなたが私のために淹れてくれたお茶だから、こんなに美味しいのかな」


 彼女は、小さくそう呟き、顔を赤くして笑った。


☆☆


 リットと冒険者達は敵陣の後方を突くはずだった。

 迫る魔王軍の襲撃隊。その指揮官は魔王と同族で魔王軍本体を形成する『アスラデーモン』という種族で、6本の腕を備えたシサンダンという上級デーモンだ。

 すでに公国は数多くの砦、町、集落が制圧されており劣勢。これは起死回生を狙った大胆な作戦だった。


 敵を陽動するのはリットが剣術を学んだ師匠でもあった、近衛兵長ガイウスと近衛師団。

 城を抜け出し領内で暴れていたリットは、落城の危機に城へと戻り、窮地を俺たちと共に防いでいた。だが、それでも彼女の陽動作戦は多くの騎士たちから拒否されてしまう。危険過ぎると。

 ただ1人、ガイウスだけが彼女の作戦を支持し、自分の兵を動かすことを約束した。


 しかし、その時本物のガイウスはすでに殺されており、魔法で変身したシサンダンが成り代わっていたのだ。

 精鋭の近衛師団といえども指揮官が敵では対抗しようもなく全滅。

 後方から不意を打つつもりが、リットの部隊は万全の準備を整えた魔王軍に包囲され、もはや全滅するほかない状況であった。


「ガイウスは……師匠はどうしたの!」

「食ったよ、記憶が必要だったんでな、“我が愛弟子”よ」


 師匠の口調でシサンダンは言う。リットは叫び声を上げて飛びかかった。だが無数の兵士にすぐに取り押さえられ地面に組み伏せられる。


「領民から英雄として慕われるお前の姿を使えば、もっと容易くこの国を乗っ取れると思うのだが、君はどう思うかね?」


 そう言ってガイウスの顔で笑うシサンダンに、リットはついに涙を流した。

 大切な人は死んだのだ。そしてこれから、自分のせいで大切な人達が死んでいくのだ。

 だから泣いたのだと、戦いが終わった後でリットは俺に打ち明けてくれた。


 その時、ビュウと風を切る音をリットは聞いたという。

 次の瞬間、シサンダンの肩に俺の剣が突き立てられていた。


「おいギデオン! 予定より早いぞ!」


 アレスが文句を言う。仲間が包囲に到達するまであと20秒。仲間より足の早い俺は、先に先行して敵の様子を確認していたのだが、合流するより早く飛び出してしまった。

 混乱するのは10秒まで、残り10秒で敵はシサンダンを守ろうとするだろう。俺と仲間は分断され、シサンダンを討伐するのが若干難しくなってしまった。

 だが、


「あのままリットを放っておけるか! 仲間だぞ!」


 俺はそう叫び、リットを組み伏せる魔物達を切り払った。

 かつては地下墳墓を守る死霊騎士の愛剣だったその剣は、振るえば稲妻を呼び覚ますと言われる宝剣。

 抜き放たれた『サンダーウェイカー』の刀身は、夕日を浴びて輝き、さながら子供が雷光に怯えるかのように、魔物達は怯え、後退った。


 俺たちは土壇場でガイウスがすでに殺されていることを知り、リットを追ってきたのだ。


「ギデオン……」

「泣くなリット! お前も勇者の仲間なら、仇に向けるのは涙ではなく剣であるべきだ!」

「う、うん!」


 リットは涙を泥で汚れた服の袖で拭うと、戦士の顔へと戻り地面に落ちていた剣を拾う。


「ルーティ達が来るまで1分は掛からないはずだ、それまでガイウス……アスラデーモンをここから逃さないよう足止めする、できるか?」

「できる!」

「ならよし!」


 俺達はまだ混乱しているシサンダンへと斬りかかる。


「勇者だと!?」


 シサンダンは走り来るルーティを見て叫んだ。

 この場にはまだ到達していなくとも、勇者の武威はシサンダンの剣気を鈍らせるほどだったのだろう。


 俺達はお互いの背中を守りながら、周囲から無数に迫る魔王軍相手に吠え、剣を振りかざした。



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