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66話 決断するもの悩むもの


 港区は嵐の影響をよく受ける。

 川の増水で床下が浸水するなんていうのは毎年恒例で、建物が倒壊したなんてのも珍しくない。

 港区の住人達は、嵐を克服するのは諦め、嵐で壊れてもいいような長持ちはしなくても簡単に建てられる建築技術を開発する方向で発展してきたのだった。


 港区の人通りが少ないところにあるこの店も3年前に一度嵐で半壊してしまった店らしい。継ぎ接ぎのように古い壁と新しい壁がつながり、隙間風が音を立てる。

 店主は腰の曲がったお婆さんで、ニコニコと愛想よく接客していた。


「どうぞ、白身魚のスープだよ」

「ありがと」


 俺はカウンターに出された魚の切り身が浮かぶ大皿に入ったスープを2つ、自分のテーブルへと運ぶ。

 食事の時間からは少しずれているため、店内には俺達以外に客はいない。


「うまそうだな!」


 ダナンは目を輝かせて言った。


「お前、いつもそう言ってるじゃないか」


 俺はそんなダナンを見て笑う。

 ダナンが料理を前にしたときのお決まりの文句だ。まともな料理ならいつもダナンはそう言って目を輝かせる。

 久しぶりに見た仲間の癖に思わず懐かしさを感じた。


「いんや、お前が抜けてから俺は“うまそうだな”と言える機会が減ったね。旅の飯がクソ不味くなった」

「食事の席でクソとか言うなよ。料理は交代で?」

「いやアレスがやるって言ったから任せた」

「あー、そりゃ無理だろ」


 アレスが料理について知っているという話は聞かない。俺を追い出した手前、俺のやっていたことを代わりにやろうとしたのだろう。

 それは無茶というものだ。


「できないやつ1人に任せると不満が溜まるだろう。そういうときは交代でやって、この作業は簡単にはできないってのを共有するんだよ。そうしたら、どうすれば良くなるか全員で相談できるし、誰が一番得意なのかも分かる」

「俺達は戦い専門ばかりだからなぁ」


 ダナンは頭を掻いた。


「それもこれもお前が勝手にどっか行ったせいだからな」


 ダナンの頭にあった腕がブレた。

 次の瞬間には俺の額の直ぐ側に、ダナンの指がある。

 俺は首をそらし、間一髪でダナンのデコピンを回避した。


「腕は鈍っちゃいないようだな」


 腕を引っ込めながらダナンがニヤリを笑った。

 冗談じゃない。

 あのごつい指でデコピンなんかされた日には3日は痛みが引かないんだ。

 今のは運良く避けられたが、以前のダナンより数段動きが鋭くなっている。遊びであれなのだから、本気になったらどれだけのものになるのか、恐ろしいほどだ。


「俺のデコピンを避けられる人間なんて、この世界に両手の指で数えられるほどしかいないぞ」

「いや、やはり力の差を感じたよ。ダナンは強いな」


 以前から追い抜かされてはいたが、今ではダナンと俺との実力差は隔絶している。

 俺がゾルタンでのんびりと暮らしていた間、ダナンは魔王軍との前線で死線をくぐり抜けてきたのだ。

 レベルだけが取り柄の俺がレベルさえ差をつけられたら、もはや何一つ勝ち目はない。


「……俺はそうは思わないけどな。ギデオン、お前は尊敬できる男だよ」


 俺の言葉にダナンは、少し寂しそうに言った。


 俺とダナンはずずっと音を立ててスープを飲む。

 魚の味と塩というシンプルな味付けで、魚の切り身のほかには、大きめに切られたじゃがいもやキャベツといった野菜が浮かんでいる。

 手の込んだ料理ではない、だが旨い。料理スキルが低い場合は、素材の味をそのまま使う。その原則に沿った良い料理だ。

 この店を切り盛りするお婆さんは、昔は船乗りたちを相手に歌手をやっていたらしい。歌手を引退してからは、まったく違う職種である酒場の女将となり、スキルも合わないのに工夫ともちまえの笑顔で長年この店を続けてきたのだ。


「で、なんで出ていったんだよ」


 ダナンはぽつりと言った。


「……アレスから聞いているんだろ? 逃げ出したんだよ」


 騎士団に迷惑がかからないように、アレスには口裏をあわせてくれるよう頼んだのだが、ティセから聞いたところによると、アレスは追及されあっさり俺が逃げ出したことをばらしてしまった。

 ダナンも当然聞いているだろう。


「アレスにそう言われたからか?」

「それもあるが……それ以上に俺自身が認めてしまっているのさ。土のデズモンドとの戦いで痛感したよ。俺はもうあれ以上戦いについていけなかった」

「違う!」


 ドンとダナンは机を叩いた。

 スープが飛び跳ね、少し机の上にこぼれた。


「お前がいなくなってからよくわかったよ。ギデオン、お前は強い。単純な腕っ節の強さだけじゃない、自分より強いやつと戦っていても冷静な判断を下せる胆力、武技や魔法がなくとも戦場でもっとも効果的な行動を取れる知識、お前は真に強い男だ。旅に必要だった」


 ダナンの目は真剣だ。

 だが……俺の心はもう決まっているし、それにここでいつまでも問答をしているわけにはいかない。


「悪いな、俺はここにもう居場所を見つけてしまったんだ。もう一緒にはいけないよ」

「その居場所を守るためにも魔王を倒さねぇといけないんだろうが!」

「そうだな」


 ダナンはまっすぐに、この問題をぶつけてきた。

 俺の脳裏にアルベールの言葉が蘇る。


『力あるものは、その力を使う義務がある』


 俺が戦わないことが罪なのか、持って生まれた加護がそれを望むなら俺達は戦うことが義務なのか。

 そうだ、俺はルーティの姿を見ながらずっとこの問題を考えてきた。

 小さなルーティは生まれつき世界を救うことを義務付けられていた。ルーティが戦いたくないなんて言えば、それを人々も世界も加護さえも許しはしないだろう。

 俺達はじっと睨み合っていたが、先にダナンが視線を外した。


「……ふぅ、まっ、そうか、お前は自分の意志で旅を辞めたんだな」

「きっかけはアレスだとしても、旅を辞めると決めたのは俺の意思だ」


 俺達は、少しの間沈黙した。

 お互いの視線が、複雑な感情を込めて交差する。


「分からんが、とにかく分かった。しばらくはお前がこのゾルタンで何をしているのか見せてもらおう。それからどうするか考える」

「それはかまわないんだが……もう一つ問題があるんだ」

「なんだよ」

「ルーティも来てるんだ」

「は?」


 ダナンは驚いて動きを止めた。


「なんで勇者様が」

「……この話を聞いたら、お前はルーティを怒るかもしれないな」

「俺が? 勇者様を? そんなことあるわけないだろ」


 ダナンに本当のことを話すべきか? 面倒を避けるため、ダナンを言いくるめてルーティの問題から遠ざけることは確かにできただろう。


「だけどダナン。俺はお前に俺の知る限りのことを話そうと思う。ルーティが何を考えていたのか、何に苦しんでいたのか。お前はルーティの仲間だから」

「勇者様が苦しむ?」


 なぜ俺が抜けただけで勇者の仲間達がバラバラになってしまったのか。最初にそう言われた時、俺には分からなかった。

 俺がやってきたことはスキルの必要のない雑務。言ってしまえば誰でも努力すればできることだ。

 いなくなったら、たしかに苦労するだろうけれど、“仲間たちで分担すれば”決してできない作業ではなかった。

 だが実際にはアレス1人ですべてをやろうとして破綻した。仲間たちに不満がたまり、パーティーはバラバラになった。


 アレスが原因?

 確かにそれはあるだろう。アレスが、1人では無理だから手伝ってくれと言えば、こんなことにはならなかったかもしれない。

 だけどそれだけじゃない。アレスが言い出したこととはいえ、アレス1人で対応できなくなっていると分かっているなら、手伝ってやればいい。

 それも俺を追い出したアレスに対する不信に原因があると言えるかもしれない。ヤランドララとダナンが抜けたのはアレスを信用していなかったからだ。


「真の仲間か」


 アレスが言った言葉だが、皮肉なことに多分、これがパーティー崩壊の原因なのだ。


「俺は、お前のこと真の仲間だと思ってるぜ」


 ダナンが俺の言葉に反応して言った。

 そう言われるのは嬉しい、嬉しいのだが……違う。


 俺はダナンにルーティのことについて話し始めた。

 勇者の加護に振り回されることをずっと苦しんでいたこと。

 完全耐性と引き換えに多くの人間性を失っていたこと。

 そして、悪魔の加護を使って加護の衝動を抑え……勇者を辞めるかもしれないということ。


 ルーティの苦悩を、あれだけ一緒にいたのに仲間たちは理解できていなかった。

 ルーティはパーティーを引っ張っていく役割を持つ勇者。加護がそう定めているからだ。

 加護に与えられた役割を全員がまっとうできていればパーティーは上手く行く。それがアレスのいう真の仲間なのだろう。

 だが、それは上手くいかなかった。俺達は加護の奴隷ではないのだから。


「加護による苦悩? 考えたこともなかった」


 俺が話す言葉に、ダナンはショックを受けていた。


「俺は武術家の加護が合っている。体を鍛えるのも楽しいし、強敵と戦うとワクワクする。自分が強くなっていくのはもう嬉しくて仕方がない。そのためならどんな苦労にだって耐えられる……俺はそういう人間だった」

「そうだな」

「……分からねぇ。俺にはよく分からねぇよ」


 ダナンは根本的に加護の衝動で苦労するという感覚が分からない側の人間だ。俺が見た人間でダナンほど自分の加護に愛されている人間はいない。

 『武闘家』という決して上位とはいえない加護で、『クルセイダー』や『賢者』といった上位の加護の仲間をも優る強さを持っているのがその証拠だろう。


「分からん。だけど、どれもこれも分からんことが分かった! 俺にできるのは戦うことだけだ!」

「脳筋だなぁ」

「だからとにかく勇者様が何かのために行動しているならそのために戦う! それで勇者様が勇者様を辞めるってんなら、その時のことはその時に考える!」


 ああまったく。ダナンは本当にダナンだ。


「そうと決まればこんなところでのんびりしている暇はねぇ! いくぞギデオン、勇者様が苦労してるっていうならそれを助けるのが俺達の役割だ!」

「待て待て、俺の話はいいが、お前の話がまだだぞ」

「歩きながら話せばいいだろ、俺のことなんて大した話じゃねぇ!」


 右手を失ったのはかなり大した話だと思うのだが。

 ダナンの顔には居ても立ってもいられないという感情がはっきりと現れていた。


「分かったよ」


 ダナンのそういった所を見るのは久しぶりだ。

 この愛すべき脳筋は、いつだって考えるより行動を実践してきた。どんな状況でも、悩んで足を止めるということをしない男だった。

 たまに、そういったダナンの単純さが眩しく思えることが俺にはあった。


☆☆


 ドアが開き、騒々しくレッドとダナンが店を出た。


「追わなくていいんですか?」


 ダナン達が座っていた席から離れた席に座る顔に包帯を巻いた男……アルベールが言った。

 背中に槍を背負ったテオドラは、それには答えずじっとテーブルに置いた自分の手を見ている。


 テオドラは法術使いとしても人類の最高峰に位置している。テオドラが本気で気配遮断の魔法を使えば、ダナンとレッドのコンビであっても、敵意のないテオドラ達を認識することは難しい。


(勇者様が魔王討伐を諦める?)


 テオドラはダナン程単純には考えられない。

 テオドラは、不安そうに自分の様子を伺っているアルベールすら目に入らず、自分はどうすればいいのかを悩み続けていた。

 心情的にはルーティやギデオンに協力したい。あのルーティが苦しんでいるのであれば助けてやりたい!

 テオドラは、ダナンの単純さが自分にないことを今日ほど恨めしく思ったことはなかった。

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