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真の仲間じゃないと勇者のパーティーを追い出されたので、辺境でスローライフすることにしました 作者:ざっぽん
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54話 ここから始まる物語


 少し時間は遡る。

 朝。ルーティとティセは、北区を歩いている。
 朝の冷たい空気は張りつめ2人の吐く息は白い。

「監獄ともなると、魔法対策はしているはずです。姿隠しのマントは役に立たないでしょうね」

 不可視になる魔法のような幻術はまず真っ先に対策される。
 あらゆる魔法を解呪することは難しくとも、特定の系統にしぼれば地方の予算でも対策は可能だ。

「作戦は最初に話したとおりに」

 ルーティが小声で言った。
 ティセは勇者に対する認識を改めていた。
 確かに常識を知らないところはあるが、決して無謀無策なわけではない。
 ルーティは昨日のうちに囚人達の一日のスケジュールを調べ、どのタイミングで侵入すればいいのか判断する材料を揃えていた。

 2人で相談した結果、派手だが被害を広げず、一番成功率の高そうな作戦を取ることにした。

 ゾルタンを囲む石垣と違い、監獄のレンガ造りの外壁は十分に高く、壁の上には鋭いスパイクもついている。
 『屋根歩き』や『飛竜騎士』のような“跳躍極意”のスキルを持つ加護でもなければ、これを乗り越えるのは難しいはずだ。

 ルーティは穴の空いたゴブリンブレードを抜いた。

「武技、ロックスライサー」

 ルーティが剣を振ると、壁は抵抗もなく、するりと切り裂かれた。
 四角形にくり抜かれた穴を2人はくぐる。

 そしてくぐり終え、くり抜いた壁を同じようにはめ込んだ。
 あまりに武技の切れ味が鋭かったため、欠ける部分もなくぴったりハマり、よく調べなければ斬った後が分からないほどだ。

 そして、壁に近づいてから切り裂き中に侵入する、ここまで1秒もかかっていない。
 監獄の監視塔で面倒くさそうに見張りをしているが目を向けたときには、2人はすでに物陰へと移動していた。

☆☆

 朝食の鐘が監獄の中で鳴らされた。
 テーブルそばに立って並んでいる囚人達は、看守の言葉に続けて食前の祈りをつぶやいている。

 ドンと音がした。
 看守は眉をひそめるが何も言わない。

「けっ、糞虫が」

 床を這っていた大きな甲虫をスキンヘッドの囚人の1人が踏み潰した音だった。
 足をどかすとべったりと虫の体液が男の素足についている。

 隣に立つ頬に火傷跡のある囚人は、顔をしかめて床にツバを吐いた。
 正面に立つ汚職してここに来た中年の官僚は、こうした囚人の不潔さと無作法さにうんざりした様子で、大きな音を立てて舌打ちした。

「んだこら?」

 虫を潰したスキンヘッドの囚人がすごんだ。
 中年の囚人は、官僚とはいえ『グラップラー』の加護をその身に宿している。
 彼が汚職に手を染めたのは、官僚向けの加護でないために出世を諦めたからだ。
 普段の仕事で加護の衝動を解消できないフラストレーションを、休日のゴブリン狩りで解消していたので加護レベルもそこそこ高い。
 素手での戦闘なら無法者相手でも遅れを取らない自信があった。

 対して、スキンヘッドの囚人の加護は『喧嘩屋バーブローラー』だった。
 彼は監獄の常連で、暴力事件で何度も投獄されている。
 最近は裁判を1分で処理され、本人が一言も喋ることなく判決が言い渡されていた。
 彼は自分がそういう人間だと認め、喧嘩の助っ人や、カツアゲでその日暮らしを続けていた。
 人に誇れる人生ではないが、だからといって他人に腕っ節を舐められることは我慢のならない性格だった。

 スキンヘッドの囚人の隣に立つ頬に火傷のある男は『闘士』の加護を持つ労働者だった。
 つまらない喧嘩で人を刺し、運悪くその男は死んでしまった。もう1年も監獄で暮らしている。
 ここに来るはめになった事件に彼の加護は何も関係なかった。
 囚人たちの馬鹿げた振る舞いを見る度に、ただ彼は後悔するばかりだ。

 3人とも全く違う価値観と加護の持ち主だ。
 ついにスキンヘッドの囚人が机の上に飛び乗り、中年の囚人が両手を上げて構えた。
 その時、ズガアンと大きな音がした。

 3人の囚人は音のした方を見て、ポカンと口を開けた。
 3人のうちの誰かが叫んだ。誰が叫んだのか、後になって聞いても「分からない」と答えるだろう。
 その時、まったく違う価値観と加護を持つ3人の囚人は、まったく同じことを考えていたのだから。

「外だ!」

 食堂の壁に大きな穴が空いていた。

 看守が我に返った時には、囚人達は我先にと壁の穴に群がっていた。

☆☆

 爆発音を聞いたというのは囚人や看守の勘違いだ。
 壁を破壊したのはルーティの拳である。
 壁に人類最強の拳を叩きつけた音が、爆発音のように聞こえただけだ。

 そのルーティは、囚人達が穴に向かって走り出した時には、すでにそこにはいなかった。

☆☆

 侵入者は病院棟の廊下を堂々と歩いていた。
 だが誰もその姿に気が付かない。
 魔法も使わず、その侵入者は誰からも咎められることなく病院棟を歩き回り、人員の配置を記憶する。

 あらかたあらかた見て回ると、鉄格子のついた窓によじ登り、鉄格子の“隙間”をすり抜けた。

「おかえり、うげうげさん」

 ティセは戻ってきた相棒の姿を見て微笑んだ。
 うげうげさんは片足を振って応える。

 ぴょんとティセの腕に飛び乗ると、ティセの“蜘蛛との共感”のスキルで意思疎通を図る。
 蜘蛛は言葉や文字を理解しているわけではないため、ティセが感じるのはぼんやりとしたイメージだ。
 だが、それを理解する訓練をティセは独学で行ってきた。

「うん、よくわかった。ありがとう、うげうげさん」

 いいってことよ、とでも言うようにうげうげさんは両足をあげた。

☆☆

 脱走騒動により、看守達は総出で対応にあたっている。
 病院棟には入り口にいる1人しか残っておらず、その1人も今はティセの当身で気絶していた。

「スキル:デコイ」

 ティセがスキルを発動すると、今しがた倒れた看守と全く同じ姿をした人物が、ティセの目の前に現れる。
 デコイは、触れた相手か自分の分身を作り出すスキルだ。
 分身はほとんど自立して動くことはなく声も出せないが、一定の範囲を歩いて往復しろや、何か言われたら頷けなど簡単な命令をこなすことができる。
 分身は中身の無い風船のようなもので、攻撃能力などは皆無だが、幻術ではなく召喚術に属する系統の能力だ。ゆえに幻術対策の能力では看破できない。

 経験上、デコイは分身体の貧弱な能力からは思いもよらぬほど、長く時間をかせぐことができることをティセは知っている。

 ここからは時間との勝負だ。


 ビッグホークの側近であった錬金術師コドウィンがいなくなったことに看守達が気がついたのは、脱走騒ぎが鎮圧され、さらに30分も経ってのことだった。

☆☆

 ルーティは男の口を縛っていた猿轡さるくつわを取る。

「な、なにもんだお前ら」

 港区薄暗い倉庫につれてこられ、錬金術師コドウィンは動いたことで痛む傷口を押さえながら、恐怖で震えて言った。
 男は口以外、どこも縛られていないが、ここにいる二人が自分より遥かに強いことは理解していた。逆らうのは得策ではない。
 ルーティは錬金術師の質問に対し、少し考えた後……。

「悪魔の加護を作って欲しい」

 率直に自分の目的を伝えた。

「悪魔の加護……」

 自分を脱獄させた2人の目的を知り、錬金術師は少し落ち着きを取り戻した。

(なるほど、悪魔の加護を使って商売をしたいわけか。極刑は免れないと思っていたが、俺の人生まだ望みはあるな)

 悪魔の加護は聖方教会の信仰を否定する代物だ。
 それを作った張本人である錬金術師は、まず処刑台に上がることになるだろう。
 彼は密かに傷口をベッドにこすりつけ、少しでもその日を遅らせようと無駄なあがきを続けていたほど追い詰められていた。

(だが、悪魔の加護にはデーモンの心臓が必要だ。ビッグホークさんがいなけりゃ作れない。それがバレたら俺の価値は無くなる。なんとか時間を稼いで、このゾルタンから安全な外に連れ出して貰わなければ)

 錬金術師は必死に思考を巡らせ、生き残りの道を探る。

(材料はもうゾルタンでは手に入らないことにするか。ここから遠く、指名手配書も届かないような僻地か犯罪都市か。そうだ、ムザリがいい。あそこなら逃亡奴隷を鉱夫として雇っているし、鉱夫向けの薬を作る錬金術師として雇われれば、それなりの余生を送れるはずだ)

 あとはそれをどう説明するかだ、錬金術師は何を言おうか迷っているそぶりを見せるが……

「これ」

 ルーティが錬金術師に渡した紙を見て、それらの思考は吹き飛んだ。

「こ、これは悪魔の加護の調合レシピ!?」

 錬金術師は混乱する。
 なぜこれを彼女達が持っているのか、そして調合方法を知っているならなぜ彼女達はわざわざ自分を脱出させたのか。
 悪魔の加護を作るのに必要なスキルは、中級錬金術レベル5と中級調合レベル1。
 それなりのレベルは必要だが、コドウィンでなければならないというものでもない。

「な、なぜ……」

 その質問は、なぜ持っているのか、なぜ俺を脱獄させたのかの両方だったか、ルーティは誤解した。

「私が使うためよ」

 自分の目的を告げ、冷たい目で見下ろすルーティに、錬金術師はなぜか身体震えるのを止めることができなくなっていた。
 裏社会で生きてきた男が子供のように怯えている。

「わ、分かった、あんたの言うとおりにする! だからその目をやめてくれ!!」

 錬金術師は悲鳴のような叫び声をあげ、ルーティに懇願した。

☆☆

「悪魔の加護はゾルタンでは知られすぎています」
「そう」

 ティセの言葉に、ルーティは頷いた。

「そうでなくてもあのコドウィンという男や脱獄騒ぎもありますから、早々にゾルタンから脱出した方がいいでしょう。今夜中に動きましょう」

 コドウィンは縄で縛って倉庫の大きめの箱の中に潜ませていた。
 反抗する気力もない様子で、あの錬金術師は大人しい。

「分かったわ」

 ルーティもゾルタンを離れることに異存はない。
 次の目的地は、あの土のデズモンドを倒した祝賀会を行った町だ。

「……必ず見つける」

 ルーティは小さい声で、だが真剣な表情で決意をつぶやいた。
 それだけでティセが思わず「ひっ」と小さな悲鳴をあげてしまう威圧感があった。

「つきましたよ、港区の宿の人が言うにはここが一番品揃えがいいって」
「癒しの手で治療しちゃ駄目だったの?」
「駄目ですよ、癒しの手のスキルはルールさんしか扱えないんですから」

 身分を隠そうというのなら、捕らえている錬金術師であっても、勇者であることを知っている人間はいない方がいい。
 それにゾルタンを離れれば、時間が経ってしまった傷でも直せる“リジェネート”の魔法を使える治療士を見つけることもできるだろう。
 高レベルの魔法を使ってもらうのには、かなりのお金はかかるが勇者の財力であれば何も問題ない。

「ゾルタンを離れるまでは鎮痛剤とキュアポーションで応急処置しましょう」

 キュアポーションで塞げるのは傷口が開いてしまった時の出血だけだが、とりあえずはそれで十分。
 錬金術師は死にさせしなければいいのだから。

 そこで、2人は薬を買いに、この『レッドアンドリット薬草店』にやってきたのだ。

 ティセが扉を開けると、カランとベルと音がした。
 下町の薬屋ということで、小汚い店内を想像していたのだが、店内は思いのほか綺麗に掃除されている。
 壁に棚がならび、さまざまな薬が陳列されていた。
 瘴気を払うハーブの入ったケースがところどころに配置されており、店内は微かに爽やかな香りが漂っている。

 店の壁にはいくつか美しい絵画があり、部屋の中央には慈愛に満ちた目をした翼を持つ天使の彫像が置かれていた。ティセには芸術は分からなかったが、優しげな色使いの絵画や天使の彫像は、心が安らぐ気がした。

 キュアポーションなどマジックポーションは直接店員に頼むらしい。彫像の側におかれた品物表はそれなりに分厚く、品揃えが良いというのは本当のようだ。
 店員は男が一人。薬を並べながらハーフエルフの男と話していた。

「あれは!?」

 ティセは息が詰まる思いがした、それはおでんの屋台であったあの凄腕の冒険者だ。
 ティセはルーティに警告しようとするが……。

「お兄ちゃん!!!!」
「ルーティ!?」

 ティセがその時に見た光景は、彼女のこれまであった勇者ルーティという人物像を粉々に打ち砕くのに十分なものだった。

 目に涙をたたえ、しかしその表情には輝くばかりの笑顔を浮かべ、ルーティは両手を広げてその男に抱きついていた。
 男は驚きながらも飛びついてきたルーティを受け止める。

「会いたかった! ずっと寂しかったの!!」

 そこには、ティセがこれまで感じていた勇者の張り詰めたオーラはない。
 男の腕の中、笑顔で泣くルーティは、ただ少女だった。
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