5話 俺のスローライフはここからはじまる
「お、おい、レッド、大丈夫か!?」
俺が出ていってから6時間は経っていない。
眠る人も多い時間だが、タンタの看病のため、全員がまだ起きていた。
その中に、全身を黒いすすで汚した俺が倒れるように駆け込んだ。
「ニューマン先生、ブラッドニードルだ」
「なに!? こんな短時間でどうやって、いやそれよりひどい火傷じゃないか、一体君に何が……」
「今年のゾルタンで取れるブラッドニードルはそれで全部……詳しい話は後で。それより今は薬を」
「そうだな、分かった。すぐに取り掛かる」
ニューマン先生はブラッドニードルの入った袋を受け取ると、自分の診療所に帰っていった。調合作業を行うためだ。
「レッド、大丈夫か! 今、火傷の薬を……」
「大丈夫だ、見た目ほど傷は大したものじゃない。井戸で体を洗ってくるよ。すぐに戻る」
「お、おいレッド!」
肉体的な疲れはない。だが全力を出すとやはり実感してしまう。
井戸で頭から水を浴び、火照った身体を冷やす。
夜空を見上げれば欠けた月が浮かんでいた。
全力を出しても、俺は袋一杯のブラッドニードルを集めることしかできなかった。
加護の限界。コモンスキルを極限まで鍛えようが、固有スキル無しでできることは限られている。
「追い出されて当然か……」
全力を出した結果がこれでは、世界を救うなんて到底できるわけがないじゃないか。
☆☆
俺は家に帰って火傷のひどい場所にだけ湿布を当てて包帯を巻くと、ナオの家に戻った。
「三人ともずっと看病していて疲れただろ? あとは先生が来るまで汗を拭いたり、水を飲ませたりするだけだ。代わるよ」
俺がそう言いながら部屋に入ると、三人は驚いた様子だった。
「ふ、ふざけるなよ! お前こそ休めよ!」
ゴンズは怒鳴ると俺を隣の部屋へ連れ出した。
そこには即席で作ったのだろう。
スープとサンドイッチ、薄めたワインが置かれていた。
「食え、妹がさっき作ったんだ」
「おいおい、今はタンタの看病が優先だろ」
「いいから食えよ」
「分かったよ、じゃありがたくいただくぞ」
仕方なしに俺は座って食事を始める。
その俺の様子をゴンズはじっと見つめていた。
「なんだよ、こんなところで油売ってないでタンタのところへ行けよ」
「こんなボロボロになるなんて聞いてないぞ」
「アルベール達とアウルベアの戦いの余波で山火事があったんだよ。それで慌ててブラッドニードルを掻き集めてたってわけだ。白眼病はこれから増えるだろうし、他の薬にも必要だからな。こう云うのもなんだが、タンタが病気になったタイミングは良かった。明日になればブラッドニードルは全部焼けちまっていただろうな」
「……すまねぇ、あんたがこんなになるまで薬草を取りに行ってくれたのに、俺ぁ家でのうのうとしていただけだ」
「気にするな。それが冒険者の仕事だよ。それに……報酬は覚悟しとけよ」
「お、おぅ! 男に二言はねぇ! 一生かかってだって払ってやる!」
ゴンズはニカッと笑みを浮かべた。
☆☆
タンタに薬を処方すると、目の白濁は直に消えた。
完全に治るまでには1週間の安静と薬を飲み続ける事が必要だが、後遺症は残らずに済むだろう。
もう大丈夫だと、ニューマンは鞄に器材を詰めて家に帰る準備をはじめた。
「先生、ありがとうございます!」
「薬が早く手に入ったのが良かった。視力の低下もないはずだ。レッド君のおかげだ。ああ、診察代は結構だよ、その分はレッド君の報酬に回してくれ。貴重となったブラッドニードル。他の診療所の医者とも相談して大切に使わせてもらうからね」
俺から事情を聞いたニューマンは、ブラッドニードルを集めてきてくれたことに俺の両手を取って礼を言ってくれた。
薬草代を払うとも言ってくれたが、それはお断りした。
冒険者が採取したものは冒険者ギルドに買い取りに出さなければならない。直接売買するのは禁止されている。
売買するためには別の許可が必要なのだ。ここでニューマンに薬草を売ったら密売になってしまう。譲渡するのが一番安全だ。
「俺が夢を叶えたら、先生にもお世話になるからな」
「薬屋か。君のような優秀な冒険者が薬屋をやってくれるのなら、ゾルタンの医者全員が喜ぶだろう。薬屋を開くときはぜひ知らせてくれ、色々頼むこともできるだろう」
「そのときはよろしく」
薬屋にとって医者はお得意様となる。
ここで恩を売って名前を憶えてもらうことは損にならないはずだ。
ニューマンはもう一度俺の手を取り、力強く握手をすると、自分の家へ帰っていった。
「本当に助かった、もう一度あらためてお礼を言わせてくれ」
「じゃ、忘れられないうちに報酬の話をしようか」
「お、おう! 遠慮なんてするんじゃねーぞ!」
「ああ遠慮なんてしない。俺が一番欲しいものを遠慮なくもらうからな」
緊張した様子のゴンズ達に、俺は報酬の内容を告げる。
最初、驚いたゴンズだったが、すぐに満面の笑みになった。
☆☆
俺はベンチに座り、屋台で買ったスイートポテト(サツマイモ)のフライを食べながら、セレモニーを遠目に眺めていた。
舞台では豊かなヒゲをたくわえた市長のトーネドが、アルベールに感謝の言葉と双剣勲章を授与している。
魔王軍との戦いが各地で激化しているなか、アウルベア一頭倒すだけで双剣勲章ものとは、武勲を称える双剣勲章が、逆にこのゾルタンの平和さを象徴しているようで、俺は笑った。
アルベールが双剣勲章を首にかけると、住民からの歓声が上がった。
「ちっ、なんでい、山火事起こしやがったくせに」
「ゴンズか、こんなところで何してるんだ。いつもは祭りになると真っ先に仕事を休むお前が、今日は休まないって言ってたのに」
「馬鹿野郎、あんなやつのための祭りで仕事休めるかってんだ。今は昼メシ食いに来たんだよ」
ゴンズの手には、サンドイッチと揚げ物がいろいろはいったバスケットが握られていた。
ゴンズは俺の隣に座ると、白身魚のフライをバスケットから取り出し食べ始める。
「俺からしたらレッド、お前さんの方があいつよりずっと立派ですげえやつだ」
「あんがと、だがいいんだ。アルベールはアルベールで町のために精一杯やっている」
「あん? あいつがか?」
中央気風のままであるアルベールは、ゴンズのような下町の連中からウケが悪い。
何枚も重ね着をする王都で流行っている礼服も、ゾルタン人からしたら暑苦しくってうざったいという評価だ。
だが市長や富裕層には中央風を喜ぶ気風があるので、上流階級からはウケが良く、アルベールがああいった格好や言動をしているのも、上流階級への印象を良くするためにあえてやっているのかもしれない。
「まっ、ただ単に辺境に馴染めないだけかもしれないがな」
「何の話だ?」
「アルベールの話さ。まっ、そう悪く言うな。中央から流れてきて、アウルベアにも苦戦するパーティーでBランク冒険者やってるんだ。プレッシャーも相当だろう」
「そういうもんかね」
「それでもなんとかやっている。別にあいつも焼きたくて山を焼いたわけじゃないさ」
「レッドがそれでいいんなら、いいけどよう」
ゴンズは不満そうに言った。
評価されるべきは俺……レッドのはずだと言ってくれるのだが、ひっそりと暮らしたい俺にとっては必要のないものなんだ。
アルベールが壇上を降りたのを見届けると、俺はゴンズの肩をたたいて別れの挨拶をした。
明日からまた薬草を取りに行く。
それに山火事の報告だけギルドにあげているが、どれくらい焼けたのかちゃんと調べておかないといけない。
薬屋をやるなら、誰よりも早く残った薬草の位置を把握しなければ。
俺のゾルタンでの夢は実現しようとしているのだから。
☆☆
「あの傷……」
セレモニーのあと、有力者達との会食を終えてようやく1人になったアルベールは、倒れたアウルベアの姿を思い出していた。
「あれは俺がつけた傷じゃない……俺の剣では、あのような傷はつかない」
脇腹から肩口にかけて斬り上げられていた傷。あれは、なにか切れ味の鈍い刃物で無理やり斬ったのような傷だった。
「例えば、銅の剣」
アルベールの脳裏に案内を頼もうとしたDランク冒険者の姿がよぎった。
あいつの腰にあったのは……確か銅の剣。
「まさかな」
アルベールは首を振った。
大体あの場に、あいつがいるわけがないじゃないか。アルベールは口の中でそうつぶやいた。
☆☆
それから、4ヶ月と2日後。
暦の上では秋がそろそろなのだが、ゾルタンではまだまだ温度は下がらない夏の日々が続く。
山も余所で流行っている秋の粧なんて興味ないとでも言うように青々とした緑の姿を見せびらかしていた。
山火事の現場はすでに植物たちが覆い尽くし、黒い炭はもう見えない。
俺は町の中央から少し外れた区画にやってきた。
ここは住宅街と職人街の間に位置している。住宅街にある俺の住んでいる長屋からは歩いて10分くらいだろうか。もちろん、一般人の速度でだ。
「やっと来やがったか」
「レッド兄ちゃん! 遅いよ!」
ゴンズとタンタが手を振っている。
二人共、小奇麗な礼服を着ていた。
俺も久しぶりにレンタル屋から借りた礼服に袖を通していた。昔は妹と一緒に貴族や王族と会合することも多かったので、礼服を着ることもあったのだが、パーティーを抜けてからは初めてだ。
2人の背後には真新しい建物がある。大きくはないが、しっかりとした造りで見ていて、安心できるような気がする建物だ。
正面入口には、看板が建てられていた。
『冒険者レッド薬草商店』
これが俺がゴンズに要求した報酬。
材料費は俺が支払ったが、工賃は全部タダ。これなら手持ちの貯金で足りる。
そして今日は、無事建物が完成したことを祝うための集まりというわけだ。
「みんな料理を前にして待ってるんだから、早く早く」
「おう」
看板を見上げて感極まっていた俺の手をタンタが引っ張った。
中ではゴンズ達大工職人や冒険者ギルドの職員、医者のニューマン、他にもゾルタンで仲の良い人々が20人くらい集まって俺を待っていた。
「お、主役が来たな」
「レッドさんもすっかりゾルタン時間に慣れちゃいましたね」
明日の開店のために薬の仕分けをやっていたら、思ったより時間が経ってしまっていたのだ。
中央ならホストが遅れるのは何事だと、問題になるところだが、ここゾルタンではただの笑い話で済む。
俺は頭を掻きながら、集まってくれた人にお礼を言って、食事会を開始した。
「今日の飯は母ちゃん達が作ったんだよ!」
タンタは母親の作った料理を、まるで自分の手柄のように自慢している。美味しいと言うと、「だろ!」と嬉しそうに笑った。
タンタに白眼病の後遺症は何も残らなかった。
キラキラと輝く少年らしい瞳のまま、前のように明るく笑いながらゴンズや父親の手伝いをしている。
ニューマン先生は、早期に薬を使えたのが良かったと俺に感謝の言葉を伝えてくれた。
「注文表を送ったと思うのだが、受け取ってくれたかな?」
「ええ、明日の夕方、早速配達に行かせてもらうよ」
お客第一号はニューマン先生。
足りない薬草は定期的に注文すると約束してくれた。
薬草商として商業ギルドに登録した時にも口添えをしてくれ、商業ギルドから開業資金を借りると、その利子と初年度のギルド会費が相殺されることも教えてくれた。
工費がかからなかったとはいえ、貯金は材料費で殆ど持っていかれていたので良かった。
初年度のギルド会費が払えず営業権剥奪ということもこれで心配ない。
最初の一歩としては上々だ。
「おーい、なんか抱負とか無いのか?」
ゴンズが俺を呼んだ。
抱負か……急に言われてもなぁ。
だが全員が俺に注目している、何か言わないわけにはいかないだろう。
「えー、そうだな……」
考えをまとめようとしたが、やめた。
そういう、かっこをつけることは止めてしまおう。俺はもう騎士じゃないんだ。
「みんなのおかげで夢がかなった、ありがとう。でも無理はせず、楽しく薬屋やっていこうと思う。特に今日みたいに暑い日は、冷たいお茶でも飲みながらみんなと雑談でもしたい。だから、お店が開店したら、遠慮なく遊びに来てくれ」
みんな、笑いながらも盛大な拍手をしてくれた。
こうして、俺のゾルタンでの薬屋スローライフが始まったのだった。