45話 勇者は翼を手に入れる
「そう」
コントラクトデーモンの説明を聞いてルーティは無表情のままうなずいた。
「は、はい! 私は決してこの大陸の人間達に敵対しているのではありません。神に逆らう異端の魔王を討伐しようとする者なのです。確かにデーモンはアヴァロン大陸の人間と敵対している種族ですが、同じ神を、至高神デミスを信仰する信徒なのです。神敵たる異端者に対しては、過去の怨讐をすべて忘れ人間と共に戦うことも我々にはできます!」
必死に言葉を紡ぐコントラクトデーモンを、ルーティは、彼女の兄だけが分かる笑みを浮かべて聞いていた。
(これがデーモンという存在の真実なのね。興味深いわ)
この場に兄がいたら大いに驚き、一緒に何時間も考察の議論を交わせただろう。
そうルーティは残念に思っていた。そのわずかな感情のゆらぎにさえ、コントラクトデーモンは怯え、小さな悲鳴をあげる。
現在、コントラクトデーモンは鎖で両腕と指を縛られルーティのテントで尋問を受けていた。
拷問など何もされてはいないのだが、目の前に座る少女との生物としての絶対的格差を理解してしまったデーモンは、反抗する気力もなくただ生き残ることだけを望んでいた。
テントの外で待っている勇者のパーティーから、「勇者と同じテントで詰問されるなんて」と密かに同情されているのだが、そのことをデーモンが知ることはなかった。
アルベールは縛られアレスから尋問を受けているが、大した情報はないと判断したアレスによってすでに放置されている。
「それで、この薬が“悪魔の加護”なのね」
「それはアックスデーモンの心臓を使った薬で、疑似アックスデーモンの加護を生み出します。この薬の強みは、加護レベルをやりとりできるということです」
「やりとり?」
「はい! 薬を1回服用するごとに悪魔の加護にレベルが1つ移ります。また薬を1週間服用しないと、悪魔の加護のレベルが生来の加護に1つ戻ります」
「それで?」
「これによる大きな利点はその効果よりも、加護レベルの最大値が下がっていることにあるのです。知っての通り、加護は自分の同程度以上のレベルを持つ加護を倒さなければ成長しません。悪魔の加護は戦いでは成長しませんが……しかしこの薬を使えば、一時的に生来の加護レベルを下げ効率的な成長を、それでいて悪魔の加護によって戦闘能力を落とさずできるのです!」
これが実は種族全体で誰よりも信心深いデーモンが、神の禁じた秘薬の製法を密かに伝えてきた理由だ。
デーモンにとって、悪魔の加護は加護を否定する薬ではなく、加護を高める薬だったのだ。
「そう」
ルーティはデーモンから奪った粉末状の薬を包んだ紙袋を手の中で弄ぶ。
「これは魔王討伐に役に立つものなのね?」
「は、はい! ゆ、勇者さまほどのお人になると、効果はあまり期待できないかもしれませんが」
「試してみましょう」
「は?」
デーモンの目の前で躊躇なくルーティは薬を飲んだ。
デーモンは目を丸くして、言葉を失っている。
もちろん、デーモンの目的は勇者に取り入ることだ。勇者が強化され、魔王を倒せる可能性があるのなら、薬を渡すことだって考えていた。
だが、この状況で何の躊躇もなく薬を飲むなどと考えられるだろうか?
「私には毒も病気も呪いも効かないから。これが薬でなかったら耐性が発動するはず」
デーモンの視線に気がついたのか、ルーティは事も無げにそう説明した。
あっけにとられていたデーモンだったが、その言葉を聞いて冷たい汗が全身から噴き出す。
(呪い? 呪い!? 呪いに対する完全耐性だと!? まずいそれはまずい! あの薬は殺されたアックスデーモンの怨念を呪いに変えて死んで失われるはずのデーモンの加護を縫いとめているものだ! 呪いが発動しないとなるとアックスデーモンの加護が失われる可能性がある!!)
だが、すべては手遅れ。
彼女は薬を飲んでしまった。
薬が体内に吸収される前に嘔吐させなくてはならないが、それができるだけの自由も力もこのデーモンには無かった。
デーモンは神に祈った。
どうか、悪魔の加護が効果を発揮するようにと。
☆☆
翌日。早朝。
アレスとテオドラは呆然としていた。
遠ざかる飛空艇を2人は為す術無く見送っている。
縛られたアルベールは何が起こったか分からず不安そうな表情をしていた。
「なにが起こった?」
「分かりません、飛空艇が盗まれた……?」
「現実逃避をするな。勇者とティセがいない。我々は置いて行かれたのだ」
「ば、馬鹿な! そんなことはありえません! 私の魔法無しでどうやって戦うというのですか!」
「戦えるだろうさ」
テオドラは冷たく言い放つと、アレスを無視してもぬけの殻となった勇者のテントを調べる。
「これは……」
そこには首を落とされたコントラクトデーモンの死体が転がっていた。
「デーモンに騙されたわけではない……当たり前か」
野営道具や装備など幾つか残っているが、貴重なものは勇者のアイテムボックスに入っていたため、勇者の旅に支障はないだろう。
だが、
「ば、馬鹿な!?」
地面に落ちていたそれを見つけて、テオドラは激しく動揺した。
「勇者の証、古代エルフの遺跡に封印されていたというオリハルコンで作られた伝説の護符!」
これは、王都に近い森の中にありながら、遺跡の最深部には誰も入れなかった古代エルフの遺跡にて、勇者ルーティが持ち出し世界に自分が勇者だと認めさせたものだ。
勇者であるルーティがこれを手放すはずがない……が、現実に勇者の証はここにある。
「飛空艇があった場所へ向かってみるか」
テオドラは1人キャンプを離れていった。