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42話 英雄になろうとした男の結末

 ビッグホークの屋敷に集まったサウスマーシュの住民達は混乱していた。

 衛兵に匿われていたらしいアデミをアルが助け、さらに2人を別の男がさらっていった。

 ビッグホークは慌てて屋敷の中に引っ込み、ビッグホークの手下の1人が、そのまま待つように言ったまま結構な時間が経過していた。

 待たされる時間が長いほど、人々は不安が大きくなる。


 やがて、いたるところで些細な事で言い合いが起こり、いつ殴り合いの喧嘩が起きてもおかしくない状況だった。


「お、おい! やばいぞ!」


 その時、後方にいた男が叫んだ。

 無数の足音、鎧の鳴らす金属音、夕日を反射して輝くハルバート(斧槍)の戦列。


「え、衛兵だ! 完全武装しているぞ!」


 ビッグホークの屋敷を瞬く間に取り囲み、衛兵達はハルバートを立てたままずらりと並んだ。

 彼らは町をパトロールするときの軽装ではない。

 上半身だけを覆う鋼鉄の胸甲と、腕や手足を守るチェインメイルを組み合わせたハーフプレートと呼ばれる重い鎧に身を包み、腰にはロングソードとクロスボウ。

 そして手には2メートルほどの長さを持つ長柄武器ポールウェポンハルバート。


 これが戦争や暴動など、非常時の時に使用される衛兵の完全武装だった。


 対してサウスマーシュの住民達は、まともな武装をしていない。

 護身のためにナイフや短い棍棒やショートソード、軽い皮の鎧などを着ているものもある程度はいるが、そうした装備に慣れ親しんでいるからこそ、完全武装した衛兵達との戦力差に多くの者が愕然とし、敗北の予感を感じていた。


☆☆


 サウスマーシュ区を照らす夕日は、いつのまにか半分以上が地平線に飲み込まれていた。


「状況はわかったか、Dランク」

「まぁな」


 アルベールは俺に剣を向けたまま言う。

 俺は銅の剣を抜いたまま構え、臨戦態勢のまま話を聞いていた。


「……以前、俺がお前を仲間に引き込もうとしにいったときのことを憶えているか?」

「そりゃ、つい最近のことだし」

「あの時、お前はわざと無能な振りをしてたんだな。やはり俺の目に狂いはなかった」

「……かもな、で、どうするんだ?」

「もう一度問おう。俺の仲間になれレッド。お前は英雄になれる人間……俺と同じだ」


 アルベールは剣を下げ、俺に手を差し伸べるような仕草をした。

 距離は15歩ほど。お互い、一気に間合いを詰めて打ち込める距離だ。


 お互い会話を続けているが、焼け付くような緊張感が俺達の間には漂っている。


「レッド、お前がどんな理由で身を隠しているかは知らない。だが力ある者はその力を使わなければならない義務がある。ザ・チャンピオンの加護を持つ俺がそうであるように、お前のその身に宿る加護も、こんな辺境で腐らせていいたぐいのものではないはずだ」

「そんな大層なものでもないんだがな」

「いい加減にしろ! お前の力は本物だ!」


 アルベールは大声で言った。


「さあどうするDランク! 俺の仲間となり魔王と戦う英雄となるか! 俺を倒してゾルタンを救う英雄となるか! 2つに1つだ!」

「英雄か」

「そうだ英雄だ! お前の選択がゾルタンの命運を握る! もしかしたら世界の命運さえも! 高揚しないか!? いまこの瞬間、この辺境ゾルタンは世界の中心だ!」


 叫んでいるうち、気がつけばアルベールは笑みを浮かべていた。

 ようやく彼は自分の望んでいた存在になれたのだ。たとえそれが、独り善がりで実体の無いものだったとしても……。


「そろそろか」

「どうした!?」

「悪いな、アルベール」


 走り近づいてくる無数の足音。

 アルベールの顔が驚愕で歪む。


「お、お前……なぜ、この戦いは、俺達英雄同士の決闘でつけるものじゃないのか……」

「俺は英雄になりたいわけじゃないんだ」


 事件の決着の舞台はここではない。

 そして英雄は俺達ではないのだ。


☆☆


 勝ち目の無いことを理解していながら、サウスマーシュの住民達は、ビッグホークによって煽られた衛兵への憎悪を武器に、負けるにしてもサウスマーシュの怒りをゾルタンに知らしめようと、最後まで抵抗を続ける姿勢を見せていた。

 実際は、そう煽っているのはビッグホークがあらかじめ潜り込ませた手下によるもので、群衆の大半は言われるがまま、ビッグホークの屋敷から持ち出された武器を手に、不安そうな顔をしている。


 その様子を衛兵隊長モーエンは眺めていた。


「数は向こうが多いが、武器はともかく鎧がないな」


 モーエンは呟いた。

 怯えながらもこちらを睨みつけ、ロングスピアを構える群衆の前衛達。

 最前列なのにも関わらず、彼らの半数は鎧を身に着けていない。


「そりゃそうですよ、あいつらは兵士ではないですし、ここは戦場じゃないんですから」

「……そうだな」


 部下から言われて、モーエンは少し疲れたような声で応えた。彼らは兵士ではない、ただの民衆だ。

 完全武装で出向いたものの、それは相手の戦意を喪失させるためのものだ。

 実際、かなり効果はあったと見ているが、それでもまだ彼らに武器を捨てさせるには至っていない。

 なにかもうひと押し必要だ。


「隊長!」


 その時、息を切らして衛兵が1人駆け寄ってきた。


「どうした?」

「アデミ坊っちゃんが!」

「なに!? 見つかったのか!」


 少し遅れて、2人の少年を連れた、浅黒い肌をした青年がやってきた。

 ビュウイだ。

 多くのゾルタン住民を見てきたモーエンも知らない男だったが、今はそんなことを気にしている場合ではない。青年に対するかすかな違和感は、すぐに忘れられた。


「アデミ!」

「父さん!」


 2人は抱き合って再会を喜んだ。


「ごめん父さん……俺……」

「いいんだ、お前が無事なら。謝らなければならない人がいるなら私も一緒に謝ろう、償わなければならないことがあるなら私も一緒に償おう。私に謝る必要はない、親子なのだから」

「父さん……!」


「感動の再会のところ申し訳ないのですが」


 本当に申し訳なさそうにビュウイが口を挟んだ。


「決着をつけましょう」


 モーエンとアデミは少し顔を赤くして頷いた。


☆☆


 一触即発のまま、衛兵とサウスマーシュの住民は向かい合っている。

 武装や練度の差は歴然だが、サウスマーシュ側には塀で囲まれたビッグホークの屋敷という砦がある。

 もしかしたら勝てるかも、そう自分に思わせることができた。


「ちっ、ひでえ状況だな」


 槍を構えたサウスマーシュの男がぼやいた。

 後方と違い、夕日に輝く衛兵達の鎧を見ている最前列の男達は、とっくに勝ち目のないことに気づいている。

 今はどうやってこの場を逃げるか考えているのだが、完全に包囲された状況、降伏しようにもすぐ後ろに他のサウスマーシュの住民達。


「どうしようもねぇ、ブタ面なんかを信じた俺が馬鹿だったって話か」

「違いねぇ」


 そうは言いつつも、男達は何かキッカケを望んでいた。

 この均衡が崩れ取り返しのつかない戦いになる前に、武器を捨てられるキッカケを。


「みなさん!」


 子供の叫び声が響いた。

 前衛の衛兵達が2つに割れ、2人の少年が歩いてくる。

 2人とも緊張した面持ちだが、その目には輝くほどの意思があった。


「ありゃアルじゃねーか!? それに横にいるのはアデミの野郎!」


 ざわざわとサウスマーシュ側はどよめいた。


「フライ」


 ビュウイが魔法を使い、少年2人に空を飛ぶ目に見えない魔力の翼を与える。

 2人は宙に浮き、誰もが見える高さへと移動した。


「みなさん!」


 再びアルが叫ぶ。


「アル! どうしたんだ! 衛兵に捕まったのか!?」


「違います、僕は僕の意思でここにいます。アデミも同じです」

「はい、僕も僕の意思でここにいます」


 状況が理解できず、群衆はざわざわと騒いだ。


(ここに来る前、何を話そうかいろいろ考えた)


 アルとアデミの役割は、ここで起ころうとしている戦いを止めることだ。

 当事者である2人ならば、戦いを止められるはず。そうビュウイは2人に伝えていた。


(本当のことを話す? アデミに謝らせる? ビッグホークにみんな騙されているんだと叫ぶ?)


 念のためにとビュウイから渡された原稿を、アルはポケットに入れている。

 迷ったアルはポケットに手を伸ばし、原稿に触れ……


(違う)


 くしゃりと握りつぶした。

 そして腰に佩いているショーテルの柄に手を触れる。

 僅かな間目をつぶり……


「みなさん」


 アルは言葉を発した。


「帰りましょう、まだ何も起こっていない、ここにいる誰も傷ついていない、だから帰りましょう」

「な!?」

「僕とアデミは友達です。また明日、一緒に遊びます。だから帰りましょう」

「バカを言うな! お前の家族はそこのアデミに殺されかかったんだぞ!」

「いいえ、あれはアデミではありませんでした、アデミの姿をしたデーモンだったんです。みなさんも、あの薬を飲み続ければ、大切な友達さえ傷つけるデーモンに成り果ててしまいます、そうなる前に帰りましょう」


 アルはそう言ってアデミの手を取った。

 2人の姿を見て、モーエンはすかさず右手を上げて合図を送る。

 衛兵達が動き、夕暮れに照らされた帰路を作る。


「……アル、お前はそいつを許せるってのか」

「許します」


 カランと音がした。最前列にいた男が槍を捨てたのだ。

 緊張した面持ちで男は歩きだす。


「お、おい」

「この戦いはアルの仇討ちなんだ、まぁ死んじゃいねえけどさ。アルが許すってんなら俺も戦う理由なんてない」


 すぐ後ろにいた男が止めようと手を伸ばすが、


 カラン、カラン、カランカランカラン……。


 次々に武器を捨てる音が聞こえ、人々は自分の家に向かって歩きだした。

 戦いは終わったのだ。


 逃げ出せるタイミングをサウスマーシュの住民自体が望んでいたというのはもちろん大きな要因だ。最初からレッドやリット、モーエン達がお膳立てをしていなければこの結末はなかっただろう。

 だが、アルとアデミの2人が戦いを未然に防いだこともまた事実だ。


 衛兵の間を不安げに、しかし安堵の表情を浮かべて帰るサウスマーシュ区の住民達の姿を、アルとアデミは2人並んで見送っていた。


☆☆


「なぜだ、なぜだああ!!」


 喉が裂けるかと思えるほどの声で、アルベールが叫んだ。

 血走った目を見開き、髪の毛をかきむしる。


 アルベール達は衛兵に囲まれていた。

 中級デーモンが9体いるとはいえ、ストーカーデーモンは暗殺者、自分の有利な状況では強いが、このように正面から相手の方が人数が多い状況で戦うのは不得意だ。

 それに、


「我々の町で随分舐めたことしてくれたようだな」


 腕を組み仁王立ちで見下ろす長身の男。

 かつてのゾルタン最強の冒険者パーティーの1人、冒険者ギルド幹部ガラディンもいる。


「これは……」


 ビッグホークの姿をしたコントラクトデーモンは、失望を隠さなかった。

 力ない表情でレッドに問いかける。


「レッド、この方法でいいのか? 衛兵にも犠牲がでるぞ? お前が戦えば誰も傷つかずに済むかもしれないのに」

「俺はDランク冒険者だぞ。それにただの薬屋だ……お前らを捕らえるのは、俺じゃない、衛兵の役割だ。彼らはそのために訓練している」


「なぜだああ!」


 アルベールが絶叫した。

 その迫力に囲んだ衛兵達は思わず半歩だけ後ずさりをする。


「アルベール」

「お前は英雄になれたんだぞ!? ここでゾルタンの命運をかけて戦えたんだ! なのになぜ! それだけの力を持ちながらなぜ捨てられる!」

「……俺は別に英雄になんてならなくてもいい。リットと一緒に、小さな薬屋をやれていればそれでいい」

「俺は嫌だ! せめて! せめて英雄に倒される敵としてくらい! 俺の人生に意味を持たせてくれ! 俺はザ・チャンピオンのアルベールだぞ! こんな、こんな衛兵に捕えられる薄汚い犯罪者としての終わり方なんて!!」


「よせアルベール!」


 コントラクトデーモンが静止の声をかけるが、アルベールは剣を振り上げ、まっすぐ俺のもとへ走る。

 俺の首筋めがけて、アルベールは魔剣ヴォーパルブレードを振り下ろした。

 俺は銅の剣を抜いて、一閃する。


 カラン!


 剣が地面を転がる音がした。魔剣は俺の後方に落ちていた。

 アルベールは手首の先から魔剣ごと消失した自分の右手を呆然と眺める。


「やはりかよ」

「…………」

「やはり俺なんていつでも倒せたんじゃないか……」


 アルベールの血走った目に赤い涙が溢れた。


「お前がその気になれば、俺の陰謀なんてすぐに解決できたんじゃないか、あんまりだ……こんなのあんまりだろう……」


 アルベールは膝をつき、残った左手で顔を覆った。


「アルベール、英雄ってのは力があればいいってもんじゃないんだ」

「説教でもするつもりか」

「違う。俺じゃ駄目なんだ……アルベール。俺はお前にこそゾルタンの危機を救ってほしかったんだ。この町の誰よりも英雄を目指し、ずっと苦悩していたお前にだ。俺ではない、お前になんだ」


 本心だ。

 俺はアルベールを評価していた。そりゃ欠点は多い。性格も悪い。そもそも実力だって足りない。

 だがだからこそ、足りない実力であがき、頼りない仲間を引っ張り、不相応な身分に相応しくなろうと努力するアルベールを評価していた。


「俺にとって、どんなに欠点があろうが、お前はゾルタンの英雄だったんだよ」


 その言葉を聞いて、アルベールがどう思ったか、そこまでは俺には分からない。俺は心を読むスキルなんて持っていないのだから。

 ただアルベールは、力なくうなだれ、それ以上抵抗することなく衛兵に捕らえられた。

これで一段落。

またリットとのんびりスローライフに戻れるはず!

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書籍版真の仲間15巻が7月1日発売です!書籍版はこれで完結!
応援ありがとうございました!
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― 新着の感想 ―
[一言] レッドが序盤でアルベールを叩きのめしていれば、結果は変わっていたかもしれないな…。 アルベールみたいな鬱屈したキャラは結構好きなので残念ですが、これは彼自身が招いた結果なので仕方ないですね。…
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