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38話 アデミとの再会


 店に残るアル。

 その周りには衛兵隊長モーエンの部下が二人、護衛をして付き添っている。

 誰も喋らず、店の中には雨が屋根を叩く音だけが響いていた。


 アルの代わりに囮になったリットが襲撃者を捕まえ、ここに連れてきて衛兵に引き渡す手はずになっている。

 本当に襲撃されるかは分からないが、可能性は高いとレッドは言っていた。

 そのレッドも、リットに何かあったときのためにということで、離れたところからリットのバックアップにいってるはずだ。

 なので店にいるのは衛兵が二人。


 ガチャリとドアが音を立てた。

 店のドアには『本日休業』の掛札がかかっているため、客ではないだろう。


 アルの表情に緊張が走った。

 衛兵の1人は腰のショートソードを抜き、扉に近づく。

 もう一人はハルバードを構えた。

 アルも、昨晩のうちにこっそりと届けられた自分のショーテルを抜いた。

 それだけでアルは恐怖が薄れていくのを感じた。

 新しい刃はとても手に馴染む。あの高価な魔法の剣よりもずっと。まるで、自分の手足の一部のようだ。


「誰だ?」


 扉に近づいた衛兵がたずねる。


「俺だ」


 その声を、アルは聞いたことがあった。

 あの魔法のショーテルをここに持ってきた小柄な男の声だ。


「ビッグホークの部下の人です!」


 アルが声を落としつつも、強い声で警告した。

 衛兵は心得ているとばかりに頷き……扉の鍵をあけた。


「え?」


 アルには何が起きたのか分からなかった。

 自分を守りに来たはずの衛兵は剣もハルバードも収め、ペコペコと頭を下げながら、あの男を出迎えている。


 男は以前の魔法使い風の服ではなく、本来の盗賊風の服に雨よけのポンチョを着ていた。

 服の裏には鎖で編んだチェンシャツが縫い込んであり、鎧として機能するにも関わらず、動いても僅かにも音を立てない。ポンチョは耐火性の高い火鼠の皮を使っている高級品だ。

 男の後ろからは黒いフード付きの外套に身を包んだ、ボディーガードが二人。


「せっかくビッグホークさんがアル君のためを思ってプレゼントしてくれたのに、そんな安物を身につけるなんて悪い子だ」


 ニヤニヤと男は笑った。


「なんで……」

「簡単なことだよ」


 男が合図をすると、ボディーガードの1人が懐から銀貨袋を2つとりだし、衛兵に渡した。


「へへ、ありがとうございます」

「な……」

「英雄リットは俺達を出し抜いたと思っていたようだが……そう思わせるのが一番安全なんだぜ? 英雄なら必ずあの武器に隠された魔法を見抜き、それを罠にして我々をおびき寄せようとするだろう。そのときこそ、英雄リットを出し抜けるチャンス。我々相手に知恵比べを挑もうなど、あの腕っ節が強いだけの馬鹿女にできるわけがないだろう」


 アルは剣を構える。が、男はそんなアルをせせら笑い、袖からボール状の何かを投げる。

 それは、アルの足元でボンと爆発し、緑色の粘液を撒き散らした。


「な、こ、この!?」

「粘着爆弾だ。これでも錬金術師の加護持ちでね」


 身動きの取れなくなったアルをボディーガードの1人が抱え上げた。

 粘着物がコートに触れてもくっつかないところを見ると、事前に何か薬品を塗っているのだろう。


「僕をどうするつもりだ!」

「悪いようにはしないさ。ただな、変革にはいつだって英雄が必要なんだ。ビッグホークさんは英雄やるにはちと汚れすぎている、もう一人いるがそいつはサウスマーシュの人間じゃない。その点、お前は汚れていないしウェポンマスターっていう華々しい加護もある。お前にゃサウスマーシュの英雄になってもらうのさ」

「英雄って……?」

「アデミに会わせてやるよ」

「アデミに!? 今まで一体どこに隠れて……まさか?」


 男は答えず、笑った。


「おっと、長居して下町のやつらに見つかってもマズイ。ずらかるぞ」

「へい」


 為す術もないまま、アルは抱えられビッグホークの屋敷へと連れ去られていった。


☆☆


 あばら小屋が立ち並ぶサウスマーシュ区。

 その中にあって頑丈な塀に囲まれたビッグホークの豪勢な屋敷は際立っている。

 3階建てで石造りの豪邸で、土地が安いせいか非常に広い。


 その屋敷の中。

 赤い絨毯の上にアルはいた。


 抱えられた状態から、この絨毯の上に投げ捨てられたのだが、高価な絨毯はアルに傷一つつけることなく受け止めた。


「一体僕に何をさせるつもりだ!」


 気丈に振る舞うが、その声は震えていた。

 アルの腰にもうショーテルはない。

 これまでの勇気が加護による仮初かりそめのものだったと気付かされ、アルは打ちひしがれていた。


(僕は昔の暗闇を怖がって泣いていた頃のままだ……)


 アルは恐怖に震えながら涙だけは流すまいとこらえていた。


「お前がアルか」


 身長は175センチくらいだろうが、贅肉ででっぷりと太ったそのハーフオークは本当の身長よりもずっと巨漢のように見えた。


「あなたがビッグホーク……さん?」


 ビッグホークは牙が突き出た口を歪めた。どうやら笑っているようだと、アルにもなんとか理解できた。


「そうだ同胞はらからよ。俺はサウスマーシュの顔役をやらせてもらっているビッグホーク。様はいらない。俺にとってサウスマーシュのやつらは同胞だ。気安く“さん”付けで呼んでくれ」


 ビッグホークは彼流の笑顔を浮かべながらアルに近づいてきた。

 その太い指で肩を捕まれ、ついにアルの目に薄っすらと涙が浮かんだ。


「ほぉ」


 唇を噛み、必死に堪えるアルの顔を見て、ビッグホークは小さくそうつぶやいた。


「意思の強そうな子だ。やはり俺の目に狂いはなかった」

「な、なんのことです?」

「聞いてなかったのか? アル君には英雄になってもらいたいんだよ」


 意味がわからない。だからこそ、アルは余計に恐怖を感じていた。


「順を追って説明しよう。まず、説明するまでもないとは思うが、背景としてこのサウスマーシュ区の惨状がある。君もサウスマーシュ区の住民だからよく知っていると思うがね。我々は余所者だ。余所から移り住み、このゾルタンで暮らそうと思っているのに、議会のやつらは我々をこんな土地に押し込めた」

「知ってます……」

「だから俺はここから成り上がってやることにした。盗賊ギルドで名を上げた。ゾルタンの怠惰なやつらと違って、俺はダイガン公国首都のスラム街育ちだ。ゾルタンの温いやりかたではない。4つの貴族家が何十年も対立しつづける陰謀の町ダイガンで身につけた“毒と短剣”、ゾルタンの雑魚どもなんて話にならなかった。逆らうやつは仲間だろうが皆殺しだ。復讐しようという気概のあるやつもいない。みんなビビッて俺の周りから逃げ出すだけだった」


 ビッグホークはいくつかの武勇伝を語った。

 耳をふさぎたくなるようなその残虐な武勇伝に、アルは自分の歯がカチカチと鳴るのを止められなかった。


「こうして俺は議会のやつらにも手出しできないような存在へと成り上がった。これはこれで十分な成果だと思うだろう?」

「…………」

「だが足りない。俺はもっと上に立つ能力がある。あの愚かで無気力で無価値なゾルタン人どもではなく、この俺がゾルタンの長となれば、この町を変えられる!」

「それと僕を連れてきたことと何の関係が?」

「俺がばら撒いた薬。偽神薬などと議会は呼んでいるようだが、本当の名前は“悪魔の加護”というのだ」

「悪魔の加護?」

「本来加護は唯一絶対になる神から一つだけ与えられる。加護によってその者の役割と人生が決まり、その加護を変えることはできない。人は神から与えられた役割を全うするために生きていく」


 ビッグホークは大きく手を広げた。


「だが、誰もが自分の加護に納得しているわけではない。いやむしろほとんどの人間は、加護の求める役割と、自分の求める人生とのギャップに苦悩し、失意の中に死んでいく! 俺もそうなるはずだった! 俺の加護は“拷問の達人”。どこかの牢獄に響く悲鳴と嗚咽を慰めに、生涯を血と汗と小便の臭いが充満する穴蔵で過ごすゴミのような加護だ! 納得できるか? 俺はそんな人生など望んじゃいない、俺は暗黒大陸の戦士として戦い、略奪し、大いに殺し、そして死んでいった父のような男になりたかった、思うがままに暴れる強い戦士になりたかったのだ!」


 これがビッグホークの背景。

 アルは、彼もまた、レッドの言う所の、加護を否定した成れの果てであることを理解した。


「悪魔の加護はそんな我々への福音なのだ。あの薬は新しい加護を与え、生来の加護の衝動を弱める、つまりは新しい人生を歩む権利を与える薬だ。誰もが自分の望む道を歩むことが許されるのだ」

「新しい加護?」

「悪魔の加護は、デーモンの心臓を原料に作られる。今流通している薬は50体のアックスデーモンの心臓を原料に作られた薬だ。おかげで今ゾルタンは斧が不足している。事前に用意していた俺の息の掛かった店は儲けさせてもらっているがな」

「デーモンの心臓!?」

「詳しい理論は知らん。俺に必要なのは、なぜそうなるかではなく、そうなることをどう利用するかだけだ。俺は、悪魔の加護を武器にゾルタンの王になる」


 最初、アルは何かの比喩かと思った。

 ゾルタンは議会と市長による共和制を取っている。種族差別の少ないゾルタンであっても、貴族でなく、さらにハーフオークであるビッグホークが議員になれる可能性はないし、ましてや市長なんてどんなに金を積んでも無理だろう。

 だから、盗賊ギルドのトップとか、そういう意味だとアルは思った。


 だが……ビッグホークの熱を帯びた目を見た時、アルは確信した。

 本気だ。こいつは本気でゾルタンを征服し、王として君臨しようとしている。


「悪魔の加護によって強化されたサウスマーシュの人々に、悪魔の加護の依存症で俺に逆らえない者。議会の外と内に布石は打った。あとは燻った火を爆発させる、きっかけを用意するだけだ」

「きっかけ?」

「それが君だよ、アル君」

「僕が?」

「おい、連れてこい」


 ビッグホークに命令されて、屋内でも外と変わらず外套に身を包んだ、影のようなボディーガードがすっと部屋を出た。

 しばらくすると縄で縛られた少年が連れてこられる。


「アデミ!」


 アルが叫んだ。

 力なくうなだれたアデミはアルの声を聞いて顔を上げ、その顔を見てくしゃりと顔を歪めた。


「ごめん……こんなはずじゃなかったんだ」

「アデミ……」

「俺は、ただ……父さんのような立派な衛兵になりたかっただけなのに、どうしてこんなことに……」


 ビッグホークとアデミ。

 二人とも父親に憧れ、自分の加護の与える役割とのギャップに苦しんだ者同士。

 だがビッグホークの表情には僅かな憐憫れんびんもなく、夢の実現を目の前にただ狂喜していた。

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