37話 残念!
しばらく4人で雑談を続けていた時、外で怒声が聞こえた。
「なんだ喧嘩か?」
「見に行こうぜ」
野次馬根性の強いゴンズとストサンが我先にと飛び出す。
俺とニューマンは取り残される形になった。
俺達は顔を見合わせた。
「レッド君、私は怪我した愚か者に薬と治療費を稼がせてもらおうと思うんだがどう思う」
「あー、いいですね。ちょっとお小遣い稼ぎましょうか」
稼いだお金で何を買うかなど話しながら、俺達も外へ向かう。
だが、外で起こっていたのは喧嘩ではなかった。
小さな二人の子どもを連れた母親と、二人連れの男が言い合いをしていたようだ。
子供連れの母親は下町の住人だが、男達の方は見たことがない。おそらくサウスマーシュ区の人間だろう。
子供の方は怯えて母親にしがみついている。母親はそんな子供をかばうように腕を回し、強い剣幕で男達に言い返していた。
「いい加減にしな! やりたきゃあんたらだけでやればいいだろ!」
「奥さんだって衛兵や議会のやつらにはムカついてるだろ? サウスマーシュ区と下町と港区。虐げられた我々が一致団結して抗議しなければ、ゾルタンは変わらない!」
「やめなよ! 子供が怖がってるだろ!」
男二人に凄まれても気丈に言い返すのは、さすが下町の母親だ。
「おいゴンズ、ストサン。一体何があったんだ?」
「よく分からんが、あのサウスマーシュ区の男達が、議会通りの衛兵屯所への抗議の勧誘をしているらしいな」
「そういえばここ数日人を集めているって言ってたっけ」
「参加した人には食事が振る舞われるってことで、サウスマーシュ区だけでなく、下町や港区からも貧しい者が結構な数が集まっているみたいだ」
その話は俺も聞いている。
おかげで衛兵は抗議活動への警戒に人手を取られ、アデミの件や麻薬の件への人員が足りない状況だ。
こちらの調査は冒険者に外注するようにしているようだが、冒険者達は冒険者達で、夏の間に放置された依頼をこなすので手一杯。
実質的には、まともに動けているのが俺とリットだけというひどい状況である。
「もう我慢ならん!」
ストサンことストームサンダーが、鼻息を荒くして飛び出した。
「おいテメエ! いい加減にしやがれ!」
「なんだお前は!」
「人に名乗らせる前に自分から名乗るもんだろうが! 俺はストームサンダー! この下町で家具屋をやっている!」
「ストサン!」
「ドーマ、もう行け、こんなやつらに構っているだけ時間の無駄だ」
絡まれていた母親にストサンが言う。
少し迷った様子だった母親だったが、すぐに頷き、その場を離れようとするが……。
「おいおい、いきなりあらわれてなんだコラ!」
二人の男がそれを阻むように立ちふさがる。
「コラとはなんだコラ!」
ストサンはガラの悪い地を隠そうともせず、サウスマーシュの男の胸ぐらをつかんだ。
男はカッとなったのか、右手を振り上げストサンを殴ろうとした。
「おっと」
その手を背後から俺がつかんだ。
「て、テメエ!」
「止めとけ。ストサンを殴ったら、お前らタダじゃすまんぞ」
「な、なにを言いやがる!」
「周りを見てみろ」
「周りって……!」
騒動を聞きつけて、周囲には下町の人々が集まっていた。
「う……」
全員がサウスマーシュ区の二人を睨みつけている。
ここにいる全員がストームサンダー家具店のことを知っているし、全員があの店の家具を買っていた。
この愛すべき下町職人のハーフオークを殴るようなやつとなら、全員が喜んで喧嘩するのだ。
「あ、う……くそ、バカどもが、おぼえてろ! ビッグホークさんに逆らうやつはみんな後悔したんだ。これまで誰一人だって、ビッグホークさんに逆らって無事だったやつなんていないんだぞ!」
ビッグホークの名を出したことで、人々の間に動揺がはしる。盗賊ギルドのナンバー2の名は、下町でも恐れられるに十分値する威力があった。
男達は少し勢いを取り戻した。
右手をつかむ俺の手と、胸ぐらを掴んでいたストサンを乱暴に振り払い、両手を振り回してビッグホークの名を叫ぶ。
「お前らの顔、全部おぼえたからな、こんな町、ビッグホークさんがその気になればいつだってぶっ壊せるんだ、今のうちに靴の舐め方のスキルでもあげておけ!」
「へぇ、ところで私、後悔してないんだけど」
男の啖呵を、涼しい顔で受け流し、1人の女性があらわれる。
「私は何度もあいつの商売邪魔して、恨まれているとは思うんだけどさ。実際寝込みをあいつの手下に襲われたこともあったけど、安眠妨害の仕返しに手下を20人も斬ったらそれ以来なにもされなくなったし。あいつの邪魔したこと後悔なんてしてないけどねぇ」
「え、え、英雄リット!?」
笑いながらリットはショーテルの柄に手をかけた。
「あと私もストっちのお店は贔屓にしててね。今使っているベッドもストっちから買ったものなのよ。もしストっちが怪我なんてしちゃったら、私困るわ」
「え、あ……その……」
「ところで、20人も22人も同じだと私は思うんだけど、あなたはどう思う?」
「すみませんでした!!!」
男達は悲鳴のように謝罪すると、逃げていった。
「さすがリットさんだ!」
「どーもどーも」
周りから、賞賛の歓声があがる。
リットはさきほどの人物とは思えないほど気の抜けた顔で、手を振っていた。
☆☆
6日後。武器が完成する約束の日。
「それじゃ、気をつけてね。寄り道せずに帰ってくるのよ」
リットがアルに手を振った。
これからアルは念願の自分の武器を受け取りに行く。
アルは全身を覆う黒い外套を着ている。
狙われているかもしれない身なので、顔を隠すためなのだろう。
「じゃあ行ってきます」
アルは緊張している様子だったが、これから自分の剣が手に入ることに興奮して頬を赤くしていた。
☆☆
雨が降っていた。
夏は過ぎ去り、秋の雨は冬の到来を感じさせる冷たさだ。
体が冷えるのか、外套の中でブルリと身を震わせた。
腰のショーテルの柄に手をかけたまま、外套は先へと進む。
ここの路地を抜けると、モグリムの鍛冶屋はすぐそこだ。
「……!」
歩きながら揺れていた外套が止まった。
雨の中、立ちすくみじっと前を見る。
前に4人。後ろに4人。
「へへ……アル君、」
男達は口に笑いを浮かべた。その手には斧が握られている。
「ビッグホークさんが呼んでるんだ。一緒に来てくれないか?」
斧を見せびらかすように、もてあそびながら、男達は徐々に近づいてきた。
「怖くて声も出ないか? 大丈夫、怖がらなくていいんだよ、大人しくしていれば怪我はさせないから」
大人しくないなら怪我をさせるという脅しだ。
外套が俯いた。
「……ククク」
「どうしたアル君、恐怖でおかしくなったのかい?」
「ま、まて今の声、少年のものじゃないような……」
バサリと変装の外套が宙を舞った。
まとわりついていた幻惑の魔法から解放された感覚に笑顔を浮かべながら、彼女は言う。
「アル君だと思った? 残念! リットちゃんでした!」
腰にアルが持っているはずの魔法のショーテルを佩いたリットが、外套の下から現れた。
その顔は満面のドヤ顔だった。
「ロケートの魔法は誰が持っているかまでは特定してくれないの! おびき出させてもらったわ!」
間髪入れずに、後ろにいた男が二人、飛びかかってきた。
勝機があるとしたらまだ武器を抜いていない今だけだと思ったのだろう。
だが彼らがリットの脇を飛び越えた時、すでにリットは両手にショーテルを握っており、二人の男は血しぶきをあげながら転がっていた。
「20人から28人じゃ、変わらないとは言えないわよね」
不敵に笑うリットの言葉に、斧を持った男達は、思わず後ずさった。
だが、男が一歩前に踏み出す。
「安心しろ、俺は数に入らんから27人で打ち止めだ」
「あらそう? まぁたしかにそうね……だってあなた、人間じゃないみたいだし」
両手に斧を持った男は口を大きく空けた。
口の端から皮膚が裂けるように千切れ、身体が2倍に膨張する。
赤銅色の身体は膨張した筋肉で覆われ、その両手は斧が融合している。
「前々から聞きたかったのよね、中級アックスデーモン」
「ほぅ、いいだろう、気が向いたら答えてやる。なんだ?」
「そんな手じゃ身体洗えないでしょ? いろいろとキツイんだけど、あなたは臭いとか気にならないの?」
「抜かしたな小娘が!」
リットの軽口にデーモンは赤い顔をさらに赤くして飛びかかる。
両手のショーテルを構え、リットはデーモンを迎え撃った。