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真の仲間じゃないと勇者のパーティーを追い出されたので、辺境でスローライフすることにしました 作者:ざっぽん
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25話 勇者ルーティ独りの夜

 深夜。
 勇者ルーティは1人、テントの中に座り、目をつぶったまま思考を続けている。

 勇者の加護が与えるあらゆる耐性。
 その中には、睡眠への完全耐性もあった。
 ルーティにはもはや睡眠は必要ない。一切眠気を感じない。
 24時間、一睡も必要なく万全なコンディションを保ち続ける。

 だが仲間はそうではない。野営は必要なことだと、ルーティも理解はしていた。

(とはいえ、この時間は退屈ね)

 何もせずにただ座り続けるだけの時間。
 彼女が密かに持っている持論によれば、通常耐性と完全耐性は全く別物である。
 通常耐性が何かへの『強さ』なのに対して、完全耐性は何かを『失う』のだ。

 今この場で彼女は睡眠を失っていた。

(お兄ちゃんがいたころは良かったんだけどな)

 隣で眠る兄の顔を、じっと眺めているだけで退屈しなかった。
 その胸に手を置くだけで、その鼓動を感じるだけで……永劫の時間でさえ私は超えられると、彼女は本心から思っている。
 まぁちょっとくらい抱きついたり……あとたまーに指や耳やお腹を噛んでみたりもした。ささやかなお茶目だ……とこれもまた彼女は本心から思っていた。

(アレスのやつ……)

 本来であれば八つ裂きにしても飽き足らない。だが、彼女は彼女に悪意を持たれない限り、仲間に手出しをすることはできない。
 なぜならば彼女は勇者だから。個人的な恨みにより仲間に害するのは勇者ではない。
 それに怒りすらバーサーク状態への完全耐性により、僅かな感情の波を起こす程度だ。

 勇者ルーティは人間的感情、嗜好の大半を、勇者の加護により失っていた。

 だがあの時は、

☆☆

「ルーティ、驚かないで聞いてくれ。君のお兄さんはパーティーを出ていった」

 あの日、賢者アレスは朝早くルーティの部屋にやってきてそう告げた。
 混乱への完全耐性により、ルーティはその言葉を冷静に理解する。
 絶望への完全耐性により、ルーティはその言葉に動揺することもできない。

 だからただ一言。

「なぜ?」

 とだけ言った。

「ギデオンは自分の能力不足を気にしていてね、我々と共に来るより、魔王軍に対して偵察やゲリラ活動をした方が役に立てると言い出したんだ。私も最初は止めたのだが、決意は固くてね。それに彼の言っていることは納得のできる理由があった。最後には私も快く送り出すことに決めたよ。装備もすべて置いていった。我々の役に立つようにとね。見上げた男だ」
「なぜそれをあなたに? なぜ私に言わなかったの?」
「多分、君にかっこ悪いところを見られたくなかったのだろう。彼は君よりずっと弱くなっても、君の兄であろうとしていたからね。微笑ましい自尊心さ。私にも理解できる」

(なるほど、こいつがお兄ちゃんを追い出したのか)

 さまざまな完全耐性をすり抜け、僅かにルーティの感情がゆれた。

「ひっ……!?」

 それだけでアレスの口から悲鳴が漏れる。ルーティから放たれる威圧感が、彼の生存本能を激しく刺激した。
 だがそれでも、アレスは、誰よりも彼を有能だと保証してくれる自分の加護に背中を押されて、この時のために考えていた行動にでる。

 アレスは歯を食いしばりながら、ルーティの肩を抱く。心臓は恐怖ですくみあがり、背中を流れる汗は凍てつくように冷たい。
 何度も繰り返し練習した台詞を、アレスはただ読み上げた。
 賢者は優秀なのだ。どんな目的だって達成する。なぜならば賢い者なのだから。それがアレスの役割だ。

「お兄さんがいなくなって不安なのは分かる。君は勇者である前に1人の女の子なのだから。ギデオンに比べたら一緒に過ごした時間は短いかもしれないが、私はいつだって君の味方だ」

 これだけされても、ルーティはアレスを突き飛ばすこともできない。ただ冷たい目で、じっとアレスを見上げ、彼を非難するだけだ。

 その時、彼女は気配を感じた。

(お兄ちゃん!?)

 見られた! 見られた!! 見られた!!!!!!

 加護は思考に宿る。
 だがその時の彼女の『人間としての衝動』は、思考となるよりも早かった。脳に情報が到達する前に、彼女の全細胞が絶望の悲鳴をあげて行動した。

「うょぐっ!?!?!?!?」

 アレスの身体が折れ曲がる。
 それは声というより人間という風船から空気の漏れる音だった。
 世界最強の拳がアレスの腹部に叩き込まれ、骨を砕き、内臓を破裂させ、ぶちぶちと血管を引きちぎった。
 アレスの体は壁に叩きつけられ、またいくつもの肉と骨と内臓が形を失う。もし壁が魔法で強化されたVIP用の部屋のものでなかったら、柔らかい血と肉を叩きつけたのにもかかわらず、壁は粉砕されていただろう。
 巨大なドラゴンに踏み潰されたかのような有様となって、賢者アレスは床にべちゃりと落ちた。

「お兄ちゃん……!」

 追いかけたかった。すぐにでも誤解を解きたかった。
 だが、彼女の視線は死にかけているアレスに注がれている。
 勇者は仲間を見捨てない。見捨てることで世界が救われるのでもなければ、例えそれが憎むべき相手であっても見捨てることはできない。

 噛み締めた歯が音を立てた。遠ざかる気配が彼女の神経を灼いた。
 だがそれでも、彼女はよろよろとアレスへと近づく。

 アレスの僅かに残った意識が、恐怖とともに目の前に立つルーティを見ていた。
 ルーティはアレスに手をかざす。
 『癒しの手』により、瀕死のアレスはみるみるうちに癒され、砕けた身体が修復されていった。

 最愛の兄の気配はもう感じない。遠くへ走り去ってしまった。
 それでも、彼女はこうとしか言えない。

「ごめんなさい」

 勇者ルーティは、賢者アレスに侘びた。
 アレスは歯をガチガチと鳴らし震えていた。

☆☆

 あの時のことを思い出し、ルーティはわずかに揺れる心の動きを楽しんだ。
 勇者の加護に逆らえた数少ない記憶だ。
 あらゆる耐性の隙間をすりぬけ、僅かにだが苦しい感情の波が心に起こるのも、暇を持て余す今の彼女には心地よい。

 あの後、すぐにでもルーティは兄を追いかけたかった。
 だが勇者の役割は苦しんでいる人を救うこと。そして大陸中の人々を苦しめる魔王タラクスンを倒すことは、あらゆる事情を超越する最優先事項だった。
 勇者は旅を続け無くてはならない。なぜならば勇者だから。

「でも私には今お兄ちゃんが足りない」

 ルーティは小さくそうつぶやいた。
 夜明けはまだ遠い。
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