2話 辺境暮らしも悪くない
……もしかしたら導き手に隠されたスーパーチートがあるかも? などと思うかもしれない。
だが無い。無いのだ。
加護が与えてくれるのは、初期スキルとレベルアップで解放される固有スキル。そしていつでも取れるコモンスキルだ。
導き手には初期スキルとして『初期加護レベル+30』という、非常に強力なスキルが貰える。
加護レベル30といえば、一般的な騎士の引退時のレベルだ。
俺は最初から人生の大半を戦いに費やす騎士が生涯をかけて到達できるレベルを持っているというわけだ。
だが専用スキルが存在しない。
最初からある程度強いというのが能力だから、唯一のスキルを応用しようにも拡大解釈の余地はない。
スキルが無いので同じレベルの他人とくらべて数段弱いから、これ以上強くなるために敵を倒してスキルポイントを貯めるのにも、他人なら倒せる敵が倒せず、数段効率の悪い敵と戦わなければならない。
よく考えたら、とんでもない不遇スキルだった。
まだ将来性がある分、『戦士』とか『魔法使い』とか、下級とされるありふれた加護でもあった方がマシだったのかもしれない。
心を真っ二つに折られた俺は、こうしてスローライフを目指してちまちま稼いでいるのだ。
☆☆
今日も俺は薬草を取りに山へ入る。
レベルだけは高いから、スタミナもあるし、専用スキルが取れない分コモンスキルはいろいろ揃えている。
生存術スキルによって、山歩きでもよっぽど深くまで入らないと道に迷ったりはしないし、普通に取れる薬草なら見分けがつく。
しょせんはコモンスキルなので、あくまで普通に取れる範囲の薬草ならではあるけれど。
「止血消毒にはヒヨス草、毒消しにはコクの葉、滋養強壮に龍神茸。希少なホワイトベリーはマジックポーションの触媒に」
ふんふん♪
と、鼻歌を歌いながら日課の薬草採取に精を出す。
水だけは豊富なゾルタン地方の山は、まさに自然の宝庫と言えるほど、薬草や果実が豊富だった。
「お、グリーンナッツだ。野営の時に茹でて食おう」
基本的に薬草採取は1泊2日だ。
移動で半日近くかかるため、日帰りではあまりに効率が悪い。
旅をしていたから野営も手慣れたもの。薬草以外にも山菜や香草などを見つけて、野営に使ったりもしている。
「しかし、山の中で野営すると疲れるのも確かだな」
モンスターは火を恐れない。
鈴の付いたロープを気休めに張ると、俺は剣を枕元に置いて眠る。
ここには大したモンスターはいないのだが、それでも寝込みを襲われて思わぬ怪我をする可能性だってある。
「あー、いっそ小屋でも作るか」
どうせ嵐で壊れるからと、ここの住民は山小屋を作らないが、そんな立派なものじゃなくとも雨風をしのげ、モンスターにとっても壊すのにちと手間がかかるくらいの強度があればいい。
今、俺は週に2回、薬草採取の仕事を行っているが、これを3泊4日の行程にしたほうがずっと楽になるはずだ。そのためには、山の中で長期滞在するための荷物置き場や休憩所となる小屋が必要だ。
「まっ、それももう少しお金が貯まってからだな」
未来設計をいろいろ考えながら、俺は眠る。
夜中、目が覚めた。
遠くから獣臭と、大型生物の気配を感じたのだ。
俺は音を立てないように剣を手繰り寄せ気配をうかがう。
盗賊や狩人の加護のよう知覚に補正がかかる特別なスキルはないとはいえ、俺の知覚スキルのレベルは、これも他に割り振るスキルが無かったため高い。
魔王軍精鋭のニンジャ部隊が相手では通用しないだろうが、山に住む野生のモンスターの気配を感じるには十分だ。
すぐに近寄ってくる気配は無いようなので、俺は寝袋から抜け出すと、音を立てず木に登った。
今夜の夜空にかかるのは、弓のように鋭い三日月。月明かりは十分ではなく、モンスターの姿は見えない。
しばらく様子をうかがっていると、鈴の音が鳴った。
そして大きな獣が暗がりから顔を出す。
「なんだ、アウルベアか」
フクロウの顔にヒグマの身体を持つ魔獣アウルベア。
レベル15のモンスターだ。
世界中の森林に生息する魔獣で、大抵の場合森の生態系の頂点に君臨し、自由気ままに暮らす森の王だ。
懐かしい、昔ルーティが森で迷子になった友達を探しに行ったのを追いかけた時、アウルベアと戦ったっけ。
それが当時7歳の頃。
今の俺なら問題なく倒せるが……。
「懸賞金がかかっているわけでもないし」
俺はひらりと木の上から飛び降りた。
動物や、知性の低い魔獣などのモンスターは、感覚で相手が自分より強大かどうかを判断できるらしい。
アウルベアは俺と視線を交わすと、ゆっくりと後ずさりをし、身を翻すと闇夜の中に走り去っていった。
俺は追いかけることはせず、寝袋に入ってそのまま朝まで眠っていた。
翌日、薬草を集め終えて、街に戻ると何やら騒がしい。
俺は門の衛兵に何があったのか聞いてみた。
「どうした?」
「おお、レッド、無事だったか」
「俺の方はいつものと同じだ。こっちは騒がしいみたいだけど何かあったのか?」
「ああ、アウルベアに冒険者が襲われたんだ。今討伐隊を募集しているところで、討伐が終わるまで山へは立入禁止になるだろう」
あちゃー。
あのアウルベアは、どこかの冒険者を襲った後だったのかもしれない。
「まじか、何日くらいかかりそうだ?」
「さあな、アウルベアなんて大物滅多にでるもんじゃないし。エースのB級パーティーがでるか、それができなければ30人くらいの大動員になるか」
冒険者はSからEの6段階にランク分けされている。
このランクは個人にではなくパーティー毎に決められ、パーティーに変更があると再評価の対象となる。
基準としては
E:登録したばかりの新人
D:モンスターの徘徊する野外で生き残ることができるパーティー
C:村の脅威となる程度の危機を解決することができるパーティー
B:町の脅威となる程度の危機を解決することができるパーティー
A:複数の町にまたがる脅威を解決できる国家級パーティー
S:大陸の危機、世界の危機に動員される伝説級パーティー
基本的に、どの町の冒険者ギルドもB級パーティーが1~3組在籍し、彼らが頂点となってピラミット状の構成となっている。
俺はDランク。
薬草採取ばかりやっているのだから仕方がないし、そもそもここでBランクなどなってしまうと、目立って本名がバレてしまうかもしれない。万が一にでもバレたら、恩人である騎士団長に大きな迷惑がかかってしまうだろう。
「こりゃしばらくは町で大人しくしているかな」
ちょうど薬草採取を終えた時で良かった。
俺は手持ちの薬草を買い取りしてもらいに、冒険者ギルドへ向かった。
☆☆
今回の収入は、およそ90ペリル
俺は住んでいる宿屋の部屋に戻ると、最近は草を刈ることにしか使っていない銅の剣の手入れを行い、山歩きで破れた旅人の服の修繕をする。
修理スキルもそれなりに上げている。王都を旅立つ前、辺境での戦いの頃は役に立っていた。結局、魔法で直せるため、途中から完全にいらない子になったスキルだが。
しかし今は知り合いにリペアの魔法を使えるような魔法使いなんていないし、防具屋に修繕してもらうとお金がかかる。薬屋を目指してお金を貯めている俺からすれば、再評価しているスキルの1つだ。
むしろ、今は銅の剣しか使っていないので、武器スキルの大半が機能してない。まぁそもそもコモンの武器スキルの効果はたかが知れているのだが……。
道具の整備を終えると、俺は食料庫から卵とジャガイモと山から持って帰った果物を使って、サラダとマッシュポテトを作って夕食にする。
それが終われば洗面所で身体を洗って就寝だ。
ルーティと共に毎日戦い続け、眠る場所もモンスターの屍が散乱する戦場や、邪竜が闊歩する龍の巣で見張りを立てて死の恐怖に怯えながら、あるいは極寒の雪山といった地獄でもない、小さくとも屋根と壁のある部屋。
お金が貯まったら自宅兼薬屋を建て、裏には需要の高い薬草を育てる庭園を作る。
大きな成功もないが、命を賭ける戦いも、神経をすり減らす陰謀もない、そういう生活が、このゾルタンにはある。
これが、勇者のパーティーを追い出された俺の第二の人生だった。