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19話 冒険なんてしている場合じゃない


「明日はちょっと山に行ってくるよ」

「薬草? まだ在庫はあるけど」

「麻薬被害の件で、薬に灰色ヒトデ草がいるんだ。ある程度ストックしているし、庭で育ててもいるんだけど、もうちょっとストック増やしておこうと思って」

「分かった。野営はする?」

「1晩すごすよ。灰色ヒトデ草は一箇所に固まらず倒木の影とかに少しずつ生える薬草だから、集めるのに時間がかかる」

「りょーかい、お店の方は私が見ておくから安心して」

「もし中毒の薬を頼まれたら、3番の棚にある薬を渡してくれ」

「灰色ヒトデ草の粉末ね」

「あとは……あー、俺が帰ってきたら翌日は薬屋を休みにしよう」


 ふと思い出したことがあった。


「リットのアイテムボックスにある服とかを干すの手伝うって約束、まだだったな」

「そういえば約束してたっけ、いいよ別に、ずっと入れっぱなしだし、今更変わらないって」

「そうはいうがな、たまには干さないとカビが生えるぞ」


 アイテムボックスは、異空間にアイテムを収納する魔法の袋だ。

 価格によって入る量が違い、リットのものは500キロの質量まで収納できる。価格は7000ペリルと高いが冒険者なら手に入れた抱えきれない財宝をすべて持ち帰るため、これを買うことが目標となる定番のマジックアイテムだ。

 たいていの冒険者はこの中に手に入れたものを片っ端から入れ……何を入れたかよく忘れてしまう。

 入れたものを思い浮かべながら取り出すか、入っているものをすべて取り出すという機能しかないため、何を入れたか忘れてずっと入りっぱなしということを誰もが経験する。


 定期的に整理するというのは必要不可欠……なのだが、リットはやらない。

 それもあって庭で服の日干しついでに中を整理しようというわけだ。


「俺も手伝うからちゃんと一度整理しようぜ。それが終わったら2人で川に泳ぎにでもいこう、河原でバーベキューしたり泳いだり」

「2人で!」

「そ、2人で」

「分かった、じゃあささっと終わらせちゃおうね」


 薬の件があるにも関わらず休んでバーベキューとは、とちょっと脳裏によぎらないでもないが、俺はただの薬屋なのだ。世界のためとか町のためとかそういう責任とは無縁だ。


「仕事のことは忘れて、のんびり遊びましょ」


 それをリットも分かっているのか、笑ってそう言った。


☆☆


 久しぶりの山はまだ青々とした夏の装いのままだった。


「いい加減諦めて、秋を認めろよ」


 未だに鳴き続けるセミの声に苦笑しながら俺は生い茂った草や枝を銅の剣で薙ぎながら進む。

 ちなみにこの用途には切れ味の悪い銅の剣はまったく適していない。

 まっとうな冒険者なら少しお金をかけてでもなたを買うべきだろう。


「あったあった」


 俺は倒木の影に生えていた灰色ヒトデ草を摘み取る。

 薬草取りは山道どころか獣道からも外れた本当の山の中を進まなくてはならない。これは結構な重労働で、ポイズンスネークなどの小型だが危険な動物に脚を噛まれたりしないよう注意が必要で気が抜けない。

 新人の冒険者はたかが薬草取りと甘く見るが、このしんどい状況に耐えられるかどうかを冒険者ギルドは見ているのだ。


「あとはこういうモンスターとの遭遇とか」


 足元のコケ溜まりがボコッと泡立ちコケにまみれた触手が伸びた。

 俺は、さっと飛び退き、その緩慢な攻撃をかわす。


「ジャイアントアメーバーか」


 別名レッサースライム。アメーバはスライム族とは似て非なるものなのだが、見た目が似ているためにスライム扱いしている冒険者は多い。スライムと違って剣で斬られると普通にダメージを受ける脆弱なモンスターなので、劣ったスライム、つまりレッサースライムと不名誉な名前で呼ばれているのだ。


 俺はノロノロと向かってくるジャイアントアメーバーを上段から斬り下ろし、倒した。

 さすがにこのレベルでは加護の強化には殆ど意味がないが。


 山には色々なモンスターや動物がいる。

 すぐに襲ってくるもの、隠れて有利な状況を待つもの、一度は逃げて仲間を呼んでくるもの。様々な対応を見せる。

 山の奥には古代エルフ時代の産物なのかキマイラの繁殖地があったり、『世界の果ての壁』から流れてきたはぐれトロルやガグといった巨人種もいる。

 長い間人の手が入っていないだけあって薬草や山菜はかなり手に入るのだが、新人冒険者が生き残れるような環境ではない。


 そうした危険地域の情報収集、地図の読み方など、さまざまな生存術が試される。Eランク冒険者が冒険者ギルドが依頼人となっている仕事しか受けられないのは、そういった基本能力が身についているか確かめるためでもあるのだ。

 冒険者になるのに試験など無いが、最初の依頼が試験の代わりと言える。


 とはいえ俺にとってはキマイラはもう敵ではない。

 キマイラはライオンに肩から竜とヤギの頭がくっついたような不条理の怪物で、3つの頭による同時攻撃と、竜の頭から放たれるブレス攻撃がやっかいな相手だ。

 だがモンスターの人気とは分からないもので、模擬ドラゴン戦として竜殺しの英雄を目指す冒険者には人気のモンスターであったり、ヤギの人懐っこさも持ち合わせているため成功した冒険者のペットとして幼体は5000ペリルほどで取引される。

 動物園ではグリフォンと並んで定番のモンスターだったりするので世の中不思議なものだ。

 檻の外に向かってブレスを吐いて怪我をしたという話を毎年聞くのだが、本当に定番でいいのだろうか?


 そして、俺が向かっているのはそのキマイラの繁殖地だ。

 灰色ヒトデ草を手っ取り早く集めるならあそこがいい。前に調べたときに古代エルフの建造物が木々に飲み込まれたまま残っており、灰色ヒトデ草が好む暗がりが沢山あるのだ。


☆☆


 何度かここに立ち入り、襲ってきたキマイラを返り討ちにしているうちに、キマイラの方でも俺は厄介な相手だとわかったのか、放置されるようになった。キマイラはドラゴンほどではないにしろ、結構知性が高く人間の幼児くらい賢い。キマイラ自身が狼や犬などを番犬として飼っていることさえある。脅しつける以外のしつけ方を知らないようで、あまり長続きしない関係であることがほとんどだが。


 そういうわけで、俺の顔や臭いを記憶し、その情報を群れで共有して近づかないようにするくらいはしてくるというわけだ。

 最後の襲撃は10頭くらいが示し合わせて同時に襲い掛かってきた。これには驚き、結構苦戦してしまい何箇所か怪我をしたのだが、以後キマイラは俺を見ると向こうの方から離れるようになり、二度と襲われたことはない。俺に近づこうとしたキマイラを別のキマイラが追い払うようになったくらいだ。


 ということを今つらつら考えているのは、一種の現実逃避だ。いい加減諦めて状況を認識しよう。


 眼の前でキラキラした眼で俺を見ているのは背の小さい女性で多分新人冒険者だ。情報収集しなかったのか、キマイラを侮ったのか、それとも道に迷ったのか、とりあえずこのキマイラ繁殖地にいてキマイラに襲われていたところを、見捨てるのもあれだということで俺が近寄ったらキマイラは慌てて逃げて行った、というのが現在の状況だ。


「あのお名前を!」

「…………」

「あ、すみません名前も名乗らずに! 私はアリスと言います!」


 アリスと名乗った少女は、小さい身体に似合わず大鎌サイズを武器にしている。新人にしてはなかなか個性的だ。

 よし。逃げよう。


「えっ?」


 俺は雷光の如き脚を発動し、その場を一瞬で走り去る。

 ここで彼女を助けたのは山の精霊なのだ。町で聞かれても、そういうことにしておこう。


 山の中で新人冒険者の女の子とフラグを立てる?

 冗談じゃない、そういう『冒険』のないスローライフを目指しているんだ。特にこの手の変な装備の冒険者には要注意だ。

 どうせこの新人冒険者が色々厄介事を抱え込んでいて、それの解決のために奔走するハメになるんだ。


 頭上で俺を笑うようにカラスが「あー」と鳴いた。キマイラも避けて通る俺が、新人冒険者から逃げ出したのを見たカラスが何を思うのか、ふとそれが気になっていた。


☆☆


 随分あとになってのことだが、


「それは東方で語られるテング・デーモンに違いない。東方のデーモンは必ずしも悪ではなく、山に迷い込んだ人を助けることもあるそうだ」

「テング・デーモンさん……」


 という話を町でしていた冒険者がいたと聞いた。俺には関わりの無い話だろう。多分きっと。


☆☆


 翌日、山から帰る前に一度ブラッドニードルの群生地へと寄った。

 一面焼け野原になったはずのその場所は、すでに緑で覆われている。

 アウルベアの死体は、すでに他の動物やモンスター達に食い尽くされてもう跡形もない。


「うん、来年には元通りだな」


 むしろ例年より多くのブラッドニードルが取れるかもしれない。そう予感させる生命力を、その場所から感じ取れた。

 きっと薬草取りで来年は忙しくなるだろうな。


☆☆


 山を降り、街道を歩く帰り道、高価な花嫁衣装を身にまとったゴブリンが1人包丁を持って歌っていた。

 無視だ。


 先に進むと、騎士が橋を塞いでいると騒動があった。

 回り道した。


 回り道した先で魔術師の邸宅に残された遺産を回収して欲しいと叫ぶ怪しい男がいた。

 冒険者ギルドに行ってくださいと断った。


「……今日はやたら変な人に出会うな」


 冒険者ならクエストと出会う心躍る瞬間なのだろうが、今の俺には明日の約束があるのだ。


 家に帰って扉を開ける。

 パタパタと走ってくる足音が聞こえる。


「ただいま」

「おかえり!」


 ほら、今の俺は冒険なんてやっている場合じゃないんだ。


ハーレムクエストルートはありません。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] アイエエエ…天狗、天狗ナンデ…(天狗リアリティショック
[一言] 良くあるハーレムルートがあるとわかっており、狙って回避するのが新鮮でとても面白い。
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