12話 神様からの贈りもの
「あとは食器と雑貨だな」
2人で暮らすなら、ある程度は私物の線引が必要だと、俺は思う。
旅の時はそりゃ、物を最小限にするために共有が基本だったが、町で暮らすならばそうはいかないのではないだろうか?
「気にしすぎよ」
雑貨を揃えた帰り、俺の言葉を聞くとリットは笑ってそう言った。そして少し不満そうに眉をハの字に歪める。
「あとは市場にも寄ろう。そろそろ食料を買い足しておきたい」
「いいよ、私、ハンバーグが食べたい」
「ハンバーグね、分かった」
卵はまだ備蓄があったな。俺は材料を頭に思い浮かべながら、市場へと向かう。
それから10分ほど歩いた時だろうか、一昨年の嵐で家屋が倒壊し、その後空き地となっている場所でのことだった。
俺達の耳に子供の悲鳴と怒声が聞こえてきた。
「喧嘩かな」
やんちゃな子供はどの国でもいるものだ。子供の喧嘩に事情を知らない大人が声をかけるべきかは悩むところだが……。
「この声、タンタか」
ゴンズの息子、ハーフエルフのタンタ。喧嘩しているのは彼のようだ。
「知り合い?」
「多分ね。ちょっと様子を見てくる」
声は空き地の方だ。
覗いてみると、3人と2人に分かれて喧嘩をしている。
2人はどちらもハーフエルフであり、3人組の方が人間だ。
タンタは人間の男の子と殴り合っていたが、形勢は非常に悪い。
「ありゃスキルか」
どうやら男の子は加護に接触することに成功しているようだ。早熟なのだろう。すでにレベルを2か3に上げている。
戦いぶりを見ていて、俺は加護の種類を推察した。
止めたほうがいい。よく見たら3人組の男の子の中で手を上げているのは加護を使っている子だけだ。残り2人は罵声を飛ばしているが、遠くから時折怯えたような表情を浮かべて、戦いの中に入らないようにしていた。
1人の人間の男の子がこの喧嘩の原因なのだろう。
「おいやめろ!」
俺が声をかけると、子供たちは一斉に振り向いた。大人が現れたことで怒られることを怯えたような、しかし安堵の感情も見える。
だが、
「うるせえ!」
タンタを殴っていた男の子は素早い動作で地面に転がっていた石を拾うと、俺に向かって投げつけた。石を拾ってから投げるまで流れるような動作だった。『スキル:ありあわせの喧嘩術』によるものだろう。
カキンと金属音がして、石が俺の銅の剣に弾かれた。
子供達は目を丸くして驚いている。石を投げた子さえも。
「ほぉ」
だが俺だけは、反対に子供とは思えない投石に思わず感心して声をあげてしまった。
剣を持った手に僅かなしびれが残っている。鋭い一撃だった。
「その実力じゃ、子供相手の喧嘩は危険だ。大人と一緒にモンスターを相手にした方がいいぞ」
「う、うるせぇ! 銅の剣なんて持ってるくせに!」
男の子は顔を赤くして叫ぶと、走って逃げていった。
「ま、待ってよアデミ!」
「置いてくなよ!」
残り2人も慌てて追いかけていく。
俺は小さく息を吐くと剣を収めた。
正直、剣を抜くとは思わなかった。拳で叩き落とそうと思ったのだが、拳で打ち落としていたら怪我をしていただろう。加護と本人の相性がいいのか、加護に目覚めて間もない子供でありながら、Eランクの冒険者とも渡り合えると思えるほどの一撃だった。
「タンタ、大丈夫か?」
「……うん」
タンタは悔しそうに、汚れた顔を袖でぬぐった。袖も汚れていたので汚れが広がっただけだ。
「ちょっとこっちを向け」
俺は持っていたタオルでタンタと、もう一人の子の顔を拭いてやった。
汚れは落ちたが、少しアザが残っている。
「よし落ちた」
「ありがと……」
「運が悪かったな、相手はもう加護に接触している子だった。2人ともまだだろ?」
2人は小さく頷いた。
「でも、レベルが低いうちは加護無しでもあまり変わらないって」
「あれは相性がいいな。良くも悪くも」
「相性?」
「相性とはな……」
「あ、あの!」
説明しようとした時、もう一人の男の子が声をあげた。ふわっとした癖っ毛のハーフエルフでタンタに比べると頬のラインが少し丸く、目尻が少し垂れている。目が少し充血しているのは、涙をこらえているためか。
「た、タンタ、この人は?」
「ああ、ごめんアル、この人はレッド。オレの友達の薬屋さんだよ」
「薬屋?」
「あと冒険者さんでもあるよ」
「ああ、なるほど」
この子はアルというらしい。
初めて会う子だ。下町の子ならある程度知っているつもりだったのだが。
「レッド。アルの家族はサウスマーシュ区なんだ」
「サウスマーシュの子か、どうりで憶えていないわけだ」
サウスマーシュ区はゾルタンの西にある居住区だ。沼地を干拓して作った土地であり、地盤が弱いため居住区としては人気がない。
自然とここには外からやってきた資産を持たない外国人達が集まった貧民街の様相を示している。
そのあたりをアルも理解しているのか、サウスマーシュ区と紹介されてうつ向いてしまった。
「膝を怪我してるじゃないか」
アルの膝頭だ。赤く血が滲んでいる。
おそらく突き飛ばされるなどして転んだときに怪我をしたのだろう。
俺は懐から消毒薬と包帯を取り出した。
「あとは水が欲しいな、井戸のところまで歩けるか?」
「そ、そんな大丈夫です。大した怪我じゃありませんから」
手を引くとアルは痛みで顔を歪めた。
見た目より傷は深いのかもしれない。
「遠慮するな」
「わわっ」
俺はアルを背中に背負い歩き出した。
「だ、大丈夫です。歩けますから!」
アルがしたばたと手足をバタつけせるが、気にせず井戸まで連れて行く。
☆☆
「これでよし」
薬をつけて、包帯を巻く。包帯は痛んでる部分の足を固定するように巻く。
「2,3日おとなしくしておけば痛みは消えるだろう」
「ありがとうレッドさん」
頭をポンポンと軽く叩くと、アルは、はにかんだように笑った。
「レッド兄ちゃん! どういうことか説明してよ!」
大人しいアルとは対象的にタンタは興奮して叫んでいる。
まぁ仕方ないよな、だって。
「なんでリットさんが一緒にいるの?」
「それはだな……」
「それは私がレッドと仲良しだからなの」
「そうなの!?」
「そうなの。今日から一緒に住むの」
「ええ!? レッド兄ちゃんにそんな甲斐性あるの?」
「うーん、悩むわね」
おい何を言っているんだリット、子供に変なこと吹き込むな。タンタも変なこと言うんじゃない。俺が悲しくなるだろうが。
「あの」
「ん、どうしたアル」
「加護のことなんですけど……レッドさんやリットさんは加護には詳しいんですよね?」
「それなりにな」
「あいつ、ぼく達と喧嘩していたヤツなんですけど、アデミって名前なんですけど」
「アデミの加護のことか?」
「はい、アデミはたしかにエルフ嫌いで嫌な奴だったけど、あんなに乱暴なやつじゃなかったんです。それがここ最近、急に短気になって……」
「なるほどな、それは加護に触れたからだ」
「加護に触れるとああなるんですか?」
アルの目が不安で揺らいだ。
加護はこの世界で生きていくのに欠かせない神からの贈り物……。
「加護に触れるってのは分かるよな?」
「うん! 自分の加護が何なのか自覚して、スキルを自分で選択して成長させられるようになることだよね?」
横からタンタが割り込んで答えた。
俺はその頭をなでてやる。タンタは頭の上にある俺の手を両手でつかむと嬉しそうに笑った。
「正解だ、よく勉強しているな」
「常識だもん」
「そして加護に触れるとだな、その本人の人格も加護の影響を受けるようになるんだ」
俺の言葉を聞いてタンタが首を傾げた。
「どういうこと?」
「例えば、職人の加護を持つ者ならモノづくりが好きになったり、魔法使いの加護を持つ者なら知識欲が高まったりだな。その加護がイメージする人間像に引き寄せられるというか」
「それでアデミが短気になったんですか?」
アルの顔には、はっきりと不安と恐怖があらわれている。なるほど……これは、
「加護の自覚までは進んだのか」
「は、はい……ボクはウェポンマスターの加護でした」
「おぉ、すごいじゃないか」
ウェポンマスターは一つの武器の扱いを極める戦士系の加護だ。状況に応じて武器を使い分けるような多様性は犠牲になるが、執念によって極めた技は同じ武器を使う同格の戦士を凌駕する。
新しい武器を次々に得ながら旅する冒険者よりも一つの拠点で戦う冒険者や兵士などに向く。
「アデミって子は、多分喧嘩屋の加護だ」
「喧嘩屋?」
「非武装での戦いと1対多の状況に焦点をおいた加護だな。石や酒瓶とか武器でないものを武器のように扱えたり、有利な位置を得るために相手を突き飛ばしたり転ばせたりする固有スキルが揃っていたはずだ。武器に依存するウェポンマスターでは非武装の喧嘩という状況に限定するなら、勝てないだろうな」
「それで急に喧嘩が強く……」
「で、問題はアデミは加護と相性が非常に良いことだ」
「相性?」
「そう相性だ。本人の肉体的、精神的資質と加護の相性がいいと、スキルはより強くなる。アデミは類稀なる喧嘩屋の天才と言える」
「喧嘩屋の天才……なんか微妙なような」
「そうだな、そこが問題だ。これが社会的に尊敬される種類の加護ならばいいんだが、盗賊、強盗、殺人鬼など、非社会的な加護との相性の良さが本人の人生を邪悪なものにしてしまうことがある。アデミの場合もそうだ。喧嘩屋の加護は立ちふさがる障害を喧嘩という手段で解決するように導くんだ」
「そうだったんだ……その、ウェポンマスターは大丈夫なんですか?」
「まぁ喧嘩屋に比べたら大丈夫だと思うが、武器への偏愛や妄執という形で現れるな。自分の武器が手元にないと落ち着かない、自分の武器を馬鹿にされると激昂しやすくなるとか」
「う……」
アルはまだ不安そうな様子だ。だがこればかりは加護を持つ我々の宿命というか……神が我々に期待する役割というか……。
「まぁそう気にするな。確かに加護の影響は強いが、それに支配されるわけじゃない。アデミも慣れてくれば加護と上手に向き合える。アルも自分の武器を大切にするくらいの位置で留まれるさ」
「ボク、加護なんていらない」
タンタがギョッとしたように表情をこわばらせた。リットも真剣な顔をしている。
加護は神から与えられるもの。神が選んだ贈りもの。
それを拒否することは重大な涜神行為であり、聖方教会の異端審問官に聞かれたら処罰の対象になる。子供のうちなら鞭と説教くらいで済むだろうが、以後目をつけられることにもなりかねない。
だが……自分の加護に対する不安を、俺はよく知っている。アルの不安は当然なのだ。
いや俺だけじゃないのだろう。本来ならば森の民の斥候としての役割を持つスピリットスカウトの加護を持つリット。彼女が城で大人しくできなかったのは、自由を愛する加護の影響ではなかったのか。
タンタに大工の仕事に合う加護が贈られているかは分からない。タンタは加護に触れるその日を期待だけでなく恐怖と共に待っている。
アルを頭ごなしに否定したくはない。無理に否定することは彼の人生を歪めてしまうかもしれないからだ。
俺は、少しだけ何を言うべきか迷った。
「アル、確かに加護と向き合うことは怖いことだと思う。加護によって人生を決められるようなものだ。でもな、どんな加護を持っていたって、アルはアルなんだ」
「どういうこと?」
「加護も自分の一部なんだ。優しいお母さんの中に小さなことでガミガミと怒鳴り散らす一面があるように、酒に酔った父親が普段とは全く違う一面を見せるように」
「うん、ボクのお父さん、普段は怖いのにお酒飲むとすごく笑うようになる」
「そういうの全部ひっくるめて自分なんだ。加護も同じだ。加護に引きずられそうになった時に、加護を否定するのでもなく、加護の奴隷になるのでもなく、自分の一部としてコントロールするんだ。そうすれば加護はこれからアルのことを沢山助けてくれる」
「本当?」
「本当さ、ウェポンマスターの加護は、身体能力の向上や武器を持っている限り恐怖と混乱に対する完全耐性を授けるといったスキルをもたらしてくれる」
「恐怖? ボク、暗いところが怖くてみんなから馬鹿にされるんだけど、それも治る?」
「ああどんな暗闇だって怖くなくなる」
アルは少しだけ安心したように笑った。
「ありがとうレッドお兄ちゃん」
「どういたしまして、俺は普段は薬屋にいるから、もし何か不安に思うことがあったら来い、Dランク冒険者なんかでよければ相談にのるぞ」
「うん! ……その」
「どうした? まだ不安なことがあるのか?」
「相談することが無くても、遊びに行っていい?」
アルは少し顔を赤くして俺の目を見つめている。俺はアルの柔らかい癖っ毛の髪の毛をくしゃりと撫でた。
「いいぞ、メシでも食べに来い」
「うん!!」
アルは輝くような子供らしい笑顔を浮かべた。笑うと、この子は頬にエクボができるんだなと、そんなことを俺は考えていた。