化け物の暗殺者
「交渉? 馬鹿言ってんじゃないわよ」
リーナが叫ぶ。
本当に馬鹿にしたように、吐き捨てるように投げられたその言葉は女性としては多少どうかとは思うけれど、まぁ言ってしまえばこの場の皆の総意だ。
言葉が汚くても、仕方ない。
そう勝手に納得したところで、私は改めて見る。
目の前に現れたのは五人。
私が確認した追跡者の半分以下。
交渉と言葉を口にするが、そこには全くの誠意がない。自分たちの姿すらまともに晒さない者に信頼など置けない。
たとえ、どんな交渉内容だろうと、決裂は目に見えている。
「アルバートと一条蒼真、二人のことについてだよ」
だが、その一言だけで、私の心は大きく揺れた。
迷ってしまった。その交渉、話を聞くだけでもいいのではないかという甘えた気持ちが芽生えたのを感じた。
「貴方たちに構っている暇なんてないわ」
だが、アイリスはそれを一蹴した。
迷うことなく、凛とした表情を崩さぬまま。
「ほう。主人の危機と知っても、それを聞かぬのか?」
揺さぶりだ。
全く動じることのなかった、アイリスに少しずつ情報を与えていくことで、少しずつ堅牢な態度を崩していこうという。
アイリスの一言に少し落ち着きを取り戻した私には分かる。
「あいにく、彼は危機を迎えようと自分の力で乗り越えられるのでね」
アイリスは全く揺るがない。
さらには、アルバート様と敬称をつけた呼び名を用いないことによって、あえて深い関わりを否定している。
偽りとして。
「ならば、良い。割に合わないが、真っ向勝負と行こうか」
自分の言葉に捕まらないアイリスの態度に苛立ちを覚えたのか、一気に戦闘態勢へと入った者たちは慣れた動きで身構える。
化け物はいない。
さっき見た気味の悪くなるような魔力を保持する者は少なくともここにはいない。
それに安堵すると同時に、姿の見えない強敵の姿に背筋に冷や汗が流れる。
相手が動いたその瞬間、紫の閃光が迸る。一筋のその光は一言で言うなら、獰猛だった。
五人の敵に対して、まるで獲物を求めた獣のように喰らいつく。避けようと後ろに下がった者に対してはその速度を上げて、逃亡を許さず、魔法の障壁を瞬時に展開した者に対してはその障壁を薄い膜か何かのように引き裂く。
だが、一人それを止める者がいた。
その者は私たちに声をかけてきた者。
首をぐるりと回して気だるそうにしながら、こちらを伺い見るその視線に恐怖を感じた。
まるで生気がない。欲も何も感じられない、ただ何もないというのだけが分かるその表情は今まで見てきたどの表情よりも冷たく、理解のし得ない恐怖の存在のようで恐ろしい。
「やばい、抑えられない」
男はぼそりと呟いた。
「知らないよ、本当に。きっと後悔するからね」
そう男が叫んだ瞬間、私は見た。
見えた。
はっきりと私の眼、そして周りの三人の眼に映った。
数人の魔力が溢れだすその様を。
そう、数人分ではなく、数人の魔力だ。
ただ、単に量が多いのではなく、それぞれ独特な個性を持った魔力が各々の主張をしながら溢れ出ている。
それはまるで、一人の体に複数の人間が入っているかのような……。
そこで私ははっとして、三人に視線を送った。
リーナとグレイの顔に初めて焦燥の色が生じている。
だが、二人は私と違って、互いに互いが出来ることをしあって、魔法の形成を行い続けていて、その動きに迷いがなかった。
焦りはするけれど、やるべきこと、やらなねばならないことは理解しているからこそできるその行動に私は少しずつ落ち着きを取り戻す。
「炎天の死に追いやられし、化身、ヴリトラよ。我が示すその領域を焦土と変えよ」
アイリスは私がぎりぎり聞き取れたほどの早口で、魔法を唱えた。
その言葉を終えた瞬間、目の前がぼやけた。けど、それは疲労によるものでも、視力が落ちたわけでもない。
そう、空気が急激に変化した。
熱を持ち、含有していた水が一気に水蒸気へと昇華した。
「暑い、暑い、アツイ」
目の前の何かは叫ぶ。
だが、その割には、苦しそうな顔をしていないどころか、むしろ笑っていた。苦痛を快楽として感じているかのようなその不気味な笑みに私は背筋が冷えるような感覚を覚えた。
「じゃあ、いこう」
「うん、殺そう」
「コロシタラ、アルバート、オコル」
「そうだな、もう難しいことはやめるか」
一人の体に宿ったと思わしき複数の人間が会話をしている。傍から見れば独り言なそれは本当に気味が悪い。
「化け物じゃない、あれ……」
リーナが思わず呟いた。
「キメラかホムンクルスか。まぁ、ろくなものではないだろうね」
「気をつけなさい。普通の人間ではない分、かなり厄介よ」
三人とも警戒をあらわにし、その人間の姿をした何かを睨み付ける。
「さて、ではでは殺し合いを始めようか」
そして、目の前にいる何かはそう叫んだ。




