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高められた感受性

 部屋で、私は一人持ち物の確認をしていた。

 肩から斜めにかけるタイプのかばん。


 体の動きを邪魔しないようにしっかりと締めることが出来るベルトもついている。これなら少々動き回っても問題ない。


 試しにつけてみると、ちょっと胸を締め付ける感じがするなぁ……。

 胸の間を通して、そこでしっかり固定するようにはしてるけど、こうすると体のラインがはっきり出ちゃって少し恥ずかしい。


 ただ、普通に手提げかばんみたいな感じで持ち歩くと、戦闘になった時に非常に邪魔なんだよね。


 蒼真といる時は普通にこうしてたから、もうこれでいっか。

 よし、こうしよう。


 で、カバンの中に入れる物だけど、まず地図、そして簡単な調理器具、水を入れるための瓶、既に幾分か書き込んだメモ、あとは保存食を幾分か、あとはその他色々入れておけばOKかな。


 とりあえず、硬くて下に入れても大丈夫な物から先に入れてってっと。

 あとは取り出しやすさとか使用頻度を考えて入れていこう。


 地図は使うには使うけど、あんまり濡れないようにしたいから、このポケットに放り込んで、瓶はちょっと奥に入れておこう。



 よし、こんなものかな。


 余計な物は詰めてないし、カバンもそんなに重くなってない。

 これならいいでしょう。


 ふと落ち着いたところで考える。

 ――人間は同族であるにも関わらず理解が困難だからこそ、私は恐ろしいと思う。だからこそ、純粋な君には知っていてほしかった。この世の中には、様々な種類の悪意も溢れているということを。


 彼の言葉。

 私が考えもしなかったこと。


 きっと彼は長い年月を生きてきたからこそ知りうることも多くあり、私のためを思って言ってくれているのだろう。



 それはきっと正しいことなのかもしれない。

 

 アルバート様を探る人物、殺そうとする人物がいるのは確かだとは分かる。


 今は真夜中。

 だが、この敷地のそばで、アルバート様に仕える者が誰かと魔法で先ほどまで戦闘していたのを感じたからこそ、理解はしている。


 周囲に意識を凝らしてみれば、色々分かってきた。


 本当に、私は私じゃないみたいに、魔力の感受性が上がっている。

 言ってしまえば、昼間の小鳥だって、記憶に残っていたのは変な違和感を感じたからだ。違和感というのが魔力だというのは今になって気づき始めたことだけれど。


 かすかなものでもわかってしまう。


 たぶん、今の私なら、魔法が行使された後の霧散した微小な魔力ですら感じることができそうでもある。


 そんなことができる人なんて、ほとんど聞いたことがない。

 それほどまでに、悪魔の禍々しくも膨大な魔力を直に受けた私は影響を受けていた。


 正直、怖くなった。

 他にどこか影響が出ているのではないか、まるで自分の体が自分ではなくなったかのようにすら思ってしまった。


 けど、今のところ、何かあるわけではなく、とりあえず感受性が良くなっただけのようである。


 けれど、一体どれぐらい私は感受性が良くなったのだろう。

 一回試しに本気で集中してみよう。


 魔力というこの世界を循環する一つの力の流れに対して意識を落とし込む。自分自身も魔力を発しながら、さながら一つの水滴を水面に垂らすかのごとく。


 波を広げ、そこに感じる物を読み取る。



 そうすると、色々なものを感じる。


 アルバート様がこの敷地に用いている結界、その魔力の流れ。流れからは結界の仕組みやいくつもの場所に分けられた魔法の起点が読み取れる。


 起点とは、魔法において一番核となる部分。

 特に結界魔法においては、その起点を破壊されると、結界の状態など関係なく、その結界は解除される。


 つまりは結界という身を守る術の弱点そのもの。

 それを複数に分散させて、上手いこと組み合わせて一つの結界を練り上げているというのは高度なものだと知っている私はそのすごさに困惑すると同時に、そんなことまで分かる私自身に驚きを隠せない。


 こんなことも出来るなんて嘘でしょ。

 自分で自分の力が信じられないという思いに心が揺らめく。

 揺らめいて、集中していたからこそ見えていた魔力の流れがぼやけてくる。



 集中しなおそう。

 そう思い直して、再度意識を溶かし込む。


 アイリスが魔法の鍛錬に営んでいるのを感じる。複数の箇所から同時に魔法を発動している。

 一つ一つはオーソドックスな火球を飛ばす魔法ではあるものの、数十いや数百もの箇所から同時に魔法を発動し、標的を狙うという行為を連続で行っている。


 常人では出来ないであろう技。

 ただ、それも完ぺきではないらしく、四回目の時には一か所綻びが生じて、不発になった。


 こんな時間でも鍛錬をしているなんてと感心をする一方で、私はさらに意識を広げてみる。



 この敷地の外。

 このアルデバランという街そのものを俯瞰してみる。


 だが、その行為に及んだ瞬間私は吐き気を催した。

 あまりに多くの人々が行う魔法という魔力の流れが一気に私の頭に流れ込んできたのだ。それを全て処理し損ねてしまった私自身一瞬意識が遠のくことすら感じた。


 意識が途切れるギリギリのところで堪えて、私はふらついた体を安定させるべく、壁に手をついた。


 肩を上下させて、深く荒い呼吸を繰り返す。

 その途中にも幾度となく、吐き気に見舞われるが、寸でのところで耐え忍ぶ。


 昔の自分では出来えなかったであろう行為に体がついてきていない。

 体はその魔法を行使できるように組変わったものの、その魔法を行使してそれに耐えうるようには出来ていない。


 いずれ、きちんと見ることができるようにはしたいけれど、これはしばらく御免だとも思う。


「ふぅ……」


 何度目かはもう分からない深い呼吸の後、私はようやく声を発する。

 魔力は先ほど感じたように誰がどのような魔法をどのような形で用いているかまで探ることができる。


 それは、魔法を行使している者の思惑すら感じとる。

 だからこそ、気持ち悪くなったという面もある。


 どんよりとした悪意。

 それに満ち溢れた魔法がこの街にはあった。もちろん、生活に必要だからという理由で、たとえば火の魔法を行使するなどといったものはよくあった。


 だが、それはいわば私から見ても普通の用途の魔法であり、特に気にもならなかった。



 それと明らかに違う、人を害するために用いられている魔法。


 焼殺、溺死事故に見せかけた殺害、強盗。

 今日がたまたま多いのかもしれないけれど、それにしたって、気分が悪い。信じられないという気持ちでいっぱいである。


 これがアルバート様の言う悪意か。

 魔力の感受性が上がったということから感じたアルバート様の言葉の意味は確かに私の胸に響いた。


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