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老人からの忠告(後編)

「具体的な例を出すとしようか。昔ね、ある村が魔物の大群に襲われているところに遭遇したんだ」

「魔物の大群……」


 ぞわりとする。

 あの時、ハイゴブリンたちに村を占拠された時のこと。すごくすごく怖くて、村のみんなが必死に逃がしてくれた時のこと。


 汚らしい涎を垂らしながら、足音を盛大に立ててゴブリンに追いかけられたあの時のこと。


 思い出しただけで気分が悪くなってくる。


 アルバート様の言う村というのもきっと住民たちは恐怖に震えていたのだろう。


「けど、着くのが少し遅かった。正直言って、そこは地獄だった。見るに堪えない凄惨な光景がそこには広がっていた。けど、生存者がいるかもしれないという思いから私たちは必死に魔物を倒して回った」


 アルバート様は目を伏せて、悲しげな表情を浮かべながら言葉を口にする。


 よほどその光景はひどかったのだろう。

 魔物が人間を襲った後っていうのは悲惨な光景だと、父から聞いたことがあるぐらいで、私自身実際に見たことがないから、確かなことは分からない。


 けど、きっとそれは本当に目を背けたくなるような光景だったのだろう。

 あの時の鉱山のような姿の死体がごろごろと転がっていたのだろう。


「奇跡的に生存者がいたのだがね、その女の子にはこう言われたよ」


 アルバート様は一息ついて、

「どうして、もっと早く来てくれなかったの? 私一人が生きていても、どうしようもない。死にたいって」

 吐き出すようにその言葉を口にした。まぶたを閉じ、額にしわを寄せて語るその姿には後悔の念がはっきりと見て取れた。


 ただ、その少女の言葉が私には理解できた。

 大切な人を失う苦しみ、それは相当なものだ。


 確かに私も、自分だけ生きていてもどうしたらいいんだと思いもした。蒼真がいなくちゃ意味ないんだって嘆き、涙したことだってあった。


 大切な人、一人だけでこれなら、村人という多くの人の命を失ったら、どうなるだろう。

 絶望の果てに、私でも自分が何を考えるか想像はできない。


「子供ってのは純粋で、無遠慮で、正直だ。これが親とか大人がいたとしたなら、窘めたのだろうが、それをする者すらいなかった。生存者は彼女一人だけだったんだよ」


 重く閉じられた瞼を辛そうにゆっくりと開いて、ここではないどこか遠くを見つめるように窓の外へと視線をアルバート様は向けていた。


「正直な言葉はそれなんだ。同じような境遇の村で大人の生存者がいた時はたまに少女と同じような言葉を口にする者もいたが、大半の者がありがとうという感謝の言葉を口にした。彼らは自分の心を押し殺して、助けに対して感謝を述べたのだよ」


 そう、きっと彼らも心のどこかでは、どうしてもっと早く来てくれなかったんだと思っていたはずだけれどね、ぎりぎり聞こえるような独り言のような声でアルバート様は最後にそう付け足した。


「他にも、盗賊団を殲滅したときに、その盗賊団の頭領の息子がいたみたいでね、私のことを街まで尾行して、襲いかかってきたときだってあった。私は、盗賊団の被害にあった者からは感謝されたけれど、盗賊団に所属している者の家族からは恨まれたんだ」


 正しいことは全ての人にとって良いこととは限らない。

 今までそんなこと思いもしなかったが、確かにそういうこともあるのかもしれない。


 人生長く生きてきたからこその経験による言葉は私に重くのしかかるようにすら感じた。


「その時、私は悟った。ヒーローなんていうのは理想でしかないんだってね。ヒーローっていうのは、大衆が良いと思うものを救う理想的なものを言う。そこに含まれなかった者は悲しみ、そして、時と場合によってはその理想を恨む」


 私が蒼真に感じていたヒーローっていうのはどういうものだろう、そうふと思った。


 誰かを救うために必死になる人だろうか。


 その姿はとても心強くて、その背中はとても頼りがいがあって、けれど、それはどこか儚さも持ち合わせている。


 そんなものだろうか。


 いや、少し違う。

 違うけど、言葉にできない。


 言葉にできないけれど、それは私の中では理解できている。


 確かに、一般的に言うヒーローはアルバート様の言うようなもので、きっと難しいものだろう。


 理想でしかない。


 そんな理想ばかり追い求めていたら、きっと壊れてしまう。

 救ったからこそ生まれた悲劇に押しつぶされる。全ての人を救えないことによる悲しみまで背負っていたら、ダメになる。


 そんな生き方は蒼真にはしてほしくないな、なんて自分勝手なことを思う私はわがままなのだろうか。


 世界を救うというおとぎ話に残るような勇者はきっとそういう生き方をしてきたのだろうと思うと、なんだか複雑な気持ちになる。


 子供のころは純粋にそんなヒーローに対してすごいと思えていたのに。


「すまない、話が逸れてしまったな。今までの例は比較的分かりやすい話だ。だから、今度は理解しがたい話をしよう」

「ある富豪がいた。昼間は私に対してニコニコしながら商談を行っていて、私から見ても、朗らかで優しい人に見えた。そこで働く召使たちもその富豪に良くしてもらっているようで、そこには笑顔があふれていた。だが、とある地域の行方不明者の増加という別件で色々調査をしていたらな、実はその富豪が拠り所のない者たちを捕まえては人体実験の被検体にしていた屑野郎だと分かったのだよ」


 人体実験。

 人の体を使って執り行う実験。


 それはとても恐ろしいことだろう。恐ろしいことではあるが、なくてはならないものだったというのも分かっている。


 実際に人体の中身を知らなければ、回復魔法は成り立たないことだってあるのだから。


 けど、それは人の体で使うための魔法を研究するために人の体を利用するという正直に言うなら、身の毛もよだつような行為だともわかっている。


 医療なんてそれの最たるものだ。

 たとえば、体内にある右肺に穴が開いた、それの治療には穴が開いた箇所の近くの細胞の成長を促し、自然な形で穴をふさぐというものがある。


 だが、この時の魔法の効果や対象が少し間違ったら、どうだろう。


 もし、その成長を促す箇所が心臓にずれてしまったら?

 もし、それが成長を促すどころか穴を広げてしまう結果になったら?


 深く人体について知らなくて済む魔法も今となってはほとんどだし、それだけでやっていける。

 そのために、私たちこの世界に住まう人々は魔法を勉強して、習得して初めて魔法を使えるようになるのだ。


 だが、今はそうだが、昔はそうではなかった。


 人々が魔法を使ったというノウハウそのものが存在していなかったのだから、実際に試すしかなかった。


 ゆえに、昔、すなわち魔法というものが人間によって使われるようになった時代にはそういうことがよくあった。


 今となっては、人体実験は全面的に禁止されている。

 既に、多くの魔法に対するノウハウが生み出され、それを書物として口伝として残してあるから、必要のないはずなのだから。


 ただ、魔法の開発というものがなくなったわけではない。

 この世の中ではあの従者たちのようにオリジナルの魔法を作り出す者たちもいる。

 そのやり方に問題がある人がいるとは本で見た。


 アルバート様が屑野郎とまで汚い言葉を使って表現するような人物ということはそれなりにきついことをしていたのだろう。


 ぞっとする。

 そんな人間もいるのかと思うと。


「人間は同族であるにも関わらず理解が困難だからこそ、私は恐ろしいと思う。だからこそ、純粋な君には知っていてほしかった。この世の中には、様々な種類の悪意も溢れているということを」


 そう言って、アルバート様は口を閉ざした。

 ひとたびの沈黙は、重く、何か言葉を口にすることはおろか、呼吸音を立てることさえためらわせるほどにのしかかった。


 アルバート様は私のことを思って、このようなことを話してくれたのだろう。

 最初の問いかけはあくまで私に考えさせるために与えたもの。本当に伝えたかったのは最後に言った、人間というものの恐ろしさ。


 私が辺境の村出身だなんて一言も言ってないけれど、顔立ちからそんなに旅慣れていないというのは悟られたのだろうね、たぶん。



 確かに、私は守られて育ってきた。

 だから、アルバート様の言うことなんて考えることすらなかった。


 今までは蒼真が一緒だったから良かったかもしれないけれど、今は私一人。いくら従者をつけてくれると言っても、それは別の話だ。


 私が私なりに物事を見ていく必要がある。

 今までそういうことがなかったわけじゃないけれど、行動の主軸に今まで蒼真がいたのとは全く異なるはずだから。


「肝に銘じておきます」


 だからこそ、私はそう答えることにした。

 これから先どうなるのかなんて、まだ分からないのだから。


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