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老人からの忠告(前編)

 ふぅ、ようやく終わりかなぁ……。


 私は心の中で一息つく。突然アルバートが結界をはったりとか不可解なことがあったり、アルバート特有のプレッシャーに辛い気持ちになったりとか色々あったけど、とりあえず一段落。


 あとはそのままお別れの挨拶をして、部屋に戻って旅のための準備を進めて……。


「最後に一つ、聞いてもいいかね?」

「……はい?」


 私の中ではこの場での話は終わったと思い、意識ここに非ずの状態だったために少し反応が遅れる。


 なんだろう。


「君はこの世界で最も恐ろしい生命体は何だと思う?」


 唐突だった。

 正直に言うと、唐突すぎて、何を言っているのか理解できていない。その意図をくみ取ることなど到底できはしない。


 この世界で最も恐ろしい生命体?

 わざわざ生命体と仰々しく言うことに少し違和感を感じる。


 けれど、とりあえず考えてみて、

「悪魔……?」

 私は話の流れから言葉を選ぶとしたら、これしかないと思った。


 個人的にも、今一番恐ろしいのはそれだと思う。魔物だって、命を脅かす恐ろしいものだ。けれど、それを超越しているのは悪魔という存在だ。


 なら、それが恐ろしい生命体なのではないか。

 少なくとも、私の中ではそうだし、実際に過去に戦ったことのあるアルバート様なら、そう思うのではないか。


「ふむ。なるほどな、君はそう思うのか」


 まるで淡々と事務処理を進めるかのような言いぐさ。

 怒っているわけでもない、悲しんでいるわけでもない、ただその言葉には感情が含まれていないようだった。


 だからこそ、私はその言葉に背筋が凍りそうになるのを感じた。


「何故そのような質問を?」

「いや、私個人それが何なのか分からないのだよ。だから、聞いた。他の人の言葉を知りたいと思ってね」


 分からない?

 質問をしておいて、それはどうなんだとも思考の片隅で思ったりもしたが、とりあえず置いておこう。


 だけど、何に悩んでいるのだろう。

 長く生きてきた彼は私なんかよりもずっと答えが出しやすいはずなのに。


「アルバート様は何にお迷いなのですか?」

「ふむ。確かに君の言うとおり、単純な強さという面で見れば、おそらく悪魔とか魔王といった未知の強靭さを持つ彼らが恐ろしい存在だろう」


 その物言いは事実としてはそうだが、実際にはどうだろうかという疑問を孕んでいた。


「ただ、そうとも言えないのですね?」

「ああ、そうだ。奴らは異種の生命体だ。だから、奴らが何を思い、何のために動いているのか、どれほどの強靭さを持つのか、それをいまだ私たちは知らない。けれど、それは異種の生命体だから、言わば当然のことでもある」


 確かに、言われてみればそうだね。

 私が住んでいたあの村近辺の森にいる鹿や小さな虫の考えがどのようなものかなんて気にしたこともなかったし、考えてみてもよく分からない。


 けど、それがどうしたんだろう。


 何が言いたいんだろう。

 異種の生命体の考えはわからなくて、当然。つまり、同種の生命体、すなわち、人間はどうだろうかと言いたい……のかな。


 村のみんなとだけずっと過ごしてきた私はふと考える。

 ただ、みんな優しかったなぁとかしか思い浮かばない。


 言いつけを破って、少し森の奥に行ってしまって自力で帰ってこられなくなったときには怒られたっけ。

 人って本当に様々で、時と場合によって変化していく。


 けど、そこには他人を思いあえる心があった。お互いがお互いを認め合っていた。


「だが、同種であるにも関わらず理解することが叶わない人間というものはどうだろう」


 その言葉で、真っ先に思い浮かんだのは蒼真だ。

 厳密に言えば違うかもしれないけれど、同じ人間の蒼真が何を思い、どう行動しているのか綿密に答えろって言われても、私は絶対に答えられない。


 彼の思考は読めないものばかり。

 時たまに見せた弱音を吐く姿や強い意志を持って行動する姿、頬を少しだけ朱に染めて照れる姿。


 様々な姿が浮かんでは消えていく。


 確かにまだ私は彼のことを全然知れていない。理解できていない。


「理解できないのが当然なんじゃないですか?」


 そう、理解できないからこそ、人は人を知りたいと思うのだろうと最近思うようになった。


 私は蒼真のことをもっと知りたい。

 もっと知って、彼と過ごしたい。


「君が思い浮かべているのは善意の多様性だろうな。けど、これから先君が知らねばならないのはもっと人間の恐ろしき部分、闇とも言える部分、悪意だよ」


 アルバートは淡々と述べる。

 その声には抑揚すらなく、ただただ分かりきったことを話しているかのようであった。


「悪意?」

「君は見たところ、まだ純粋だ。きっと大切に育てられたのだろうな」


 純粋。

 その言葉の意味は分かる。けれど、それがどうして私に言い当てられるのかは分からない。


 どういうこと?


「そうだな。具体的に言うなら、さっき私が結界を張っただろう。あれは何でか分かるかい?」

「えっ……、うーん……」


 なんでだろう。

 何か理由があるから張ったのだろう、その程度の認識だった。特に異常はなかったし、これから大切な話をするからやったのかな。

 いや、それまでも十分に大切な話をしていたよね。


「盗聴しようとしておる輩がおったのだよ」

「盗聴!?」


 気づかなかった。


 けど、盗聴ということは人が聞き耳を立てていたってこと?

 そんな人がこの近くまで侵入してくることなんてあるの?


 わざわざ、この屋敷自体にすら結界を張っているというのに、そんなことって無理なんじゃ……。


「使い魔じゃよ。あの時、向こう側にちょっとした小鳥が飛んでいたのは気づいていたかね?」


 言われてみて、ふと振り返る。

 あの時はどうだっただろう。


 外には……、外には……、いたっけ……?




 いや、いた。いた、そういえば。鶏冠か何かのような黒い出っ張りが印象的な青い小鳥。


「いましたね」


 けど、あれ盗聴ができるほど、近くじゃなかったような……。

 だって、敷地外の民家の屋根近くを二匹でじゃれあうように飛んでいたはず。


「使い魔に対してさらに高位の魔法をかけて遠距離からでも盗聴ができるようにしとった。もう少し発見が遅れれば、話が盗聴されていたやも知れん」


 そんなこともできるんだ。


 でも、使い魔を使役して、その感覚を使役者本人の感覚と同期させて盗聴や盗撮などといった行為に及ぶ場合、術者には強い負担がかかると村で読んだ本に書いてあった気がする。


 だからこそ、使い魔を使役する際は、安全な場所を選んでから魔法の行使を行うから、術者本人は基本的に無防備らしい。


 そのように集中している状況下で、さらにその使い魔に対して魔法をかけて、性能を上げるともなれば相当な腕前だと私にも分かる。


 わかるからこそ、思う。

 どうしてそこまでして、人の話に聞き耳を立てるのかと。


「近頃、私を殺そうとしている輩や探りを入れている者がいてな」

「どうしてそんな……」


 初耳だった。

 そんな恐ろしいことに、どうしてアルバート様に巻き込まれているのだろう。


「具体的な理由は分からん。いくらでも恨まれる理由などあるしな」

「えっ……?」


 軽々しく言い放った言葉にはとても重い内容が含まれていた。


 いくらでも恨まれるような理由がある?

 それってそれなりに自覚しながら相手が恨むようなことをしているってこと?


 そんな悪いことやってそうな人には見えないけどなぁ……。それに、彼は蒼真が信頼している人でしょ。


 もしかして、こういうふうに考えちゃうこと自体がアルバート様の言う純粋ってことなの?

 なんか変な方向に思考を回してしまってる気がする。


「直接的に面と向かって戦いあったとかいう簡単な理由ならすぐに相手が分かるよ。だが、そうでないのも多いのが人間というものだよ」


 最初に言っているのは喧嘩に近いものだよね。

 魔法使いということでも名を馳せているのなら、もしかしたら、盗賊団とか暗殺集団と戦いあったこともあったりするのかも。


 けど、後に言っていたものってどんなものだろう。

 私の今まで過ごしてきたあの村では縁のないものだったからこそ、分からない。


今回の話は前後編となります。

後編は1時間後の22時過ぎには投稿予定です。

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