一時の休息
「終わった……」
俺は動くのをやめた、一匹の魔物の姿を見て、そう言った。
かの魔物は先ほどまでの威勢が嘘かのように静かに死んでいた。ぴくりとも動かない。
ただ、俺も無傷ではない。
左手からは、だばだばと血が垂れ流れているし、生暖かい感触も感じている。さらに言うなら、左手の感触が薄れていっているのも感じている。
左手に穿たれた穴は広く、地面がしっかりと見えてすらいる。
普通はこんな状況に恐怖かそれに似た何かの感情を抱かなければおかしいと思う。
だが、俺はどこか清々しい気分だった。
昔の自分、純粋にこのアルタートラウムと言う世界を楽しんでいたころの自分を思い出して。
のんきなものだと思うが、それが俺であり、それが出来るだけの余裕が今の俺にはある。
「蒼真さん、その傷、すぐに治しますから!」
そう言って、駆け寄る彼女。
彼女は俺の血にまみれた手を躊躇することなく、握りしめ、魔法を奮ってくれている。
緑色のどこか優しさを感じられる光。
包まれていて、健やかな気持ちになる光。
それは、魔法という奇跡の光。
左手の内部の肉が徐々に伸びて、繋がる。最初は一か所しかつながらなかったそれは徐々に範囲を広げて、少しずつ穴を狭めていく。
そして、完全に繋がったと思ったら、今度はそれを包み込むように皮膚が広がっていく。
地面が見えるほどに大きく開いていた穴は何事もなかったかのように元通りになった。
いつ見ても、奇跡としか表現できないそれを見て、俺は苦笑する。
昔の戦い方を取り戻した俺だが、やはり変わってしまっているものもあるのだなと思って。
仲間がいる、そんなβテストでは、ほとんど経験しなかった感覚に。
だからこそ、余裕が持てている自分に。
「ありがとう」
仲間がいる、その大切さを昔のことを思い返したからこそ、改めて思った。
エイダは何も言わずとも、俺に対して身体強化の魔法や痛覚遮断の魔法をかけてくれていた。
俺のサポートに徹してくれていた。
だからこそ、安心して、戦えた。
「仲間だから、当然です」
その言葉は、俺の胸にすっと溶け込んだ。
きっと、昔の戦い方が俺には必要だ。
体の一部を犠牲にする覚悟を持って、相手を倒す。そう、言うなら、肉を切らせて骨を断つの精神。
でも、その意味合いは過去と今では違う。
過去は、死んだとしても、それはRPGとして当然のことで、もう一度やり直せばいいと思ってのこと。
だが、今は死にそうになっても、それをサポートしてくれる仲間がいるからこそ、思いっきり突っ込んでもいい、そう思えているのだ。
「ああ、そうだな」
最高の仲間と出会えて、俺はつくづく運の良いやつだよな、そんなことを思いながら、俺はそう呟いた。
そう安堵する俺たち。
だが、それは一時の休息であった。
轟音。
岩と岩がこすれ、崩れゆく音。
天井が崩れていく。
天井が消え、現れる空。
まだ沈み切っていない日は、俺たちに安堵を与えることはなかった。
代わりに与えたのは、この世の終わりを宣告するかのような、太陽の色と真逆であるがゆえに強調される一つの闇だった。
「やばいな、あれは」
俺は確信した。
死ぬ。
ほぼ確実に死ぬ。
どんなに頑張ろうと、おそらく死ぬ。
生きる可能性がゼロではないと言えば、聞こえはいいが、そんな生ぬるいものではないとはっきり分かっている。
そこにいたのは、悪魔だった。
比喩ではない。
底が見えない海のような暗い色をした真っ黒な皮膚。筋肉質な、それでいて、人間と同じような体のつくりをしたそれは、人間にはないはずの禍々しい色をした翼を広げている。
顔には、人間の顔と同じような位置に二つの目があり、その額には人間にはないはずの第三の目がある。
そして、耳の少し上から生えた角は鋭く尖っている。
人間と似ているようで、生物的に全く非なる存在。
決して人間が出会っていいはずではない存在。
俺がβテスト最終日に魔界エリアで出会って、初めて絶望を感じた存在。
「よぉ、蒼真。今日はお前を殺しに来た」
そんな存在は、俺に対して、さも当然のように言い放った。




