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黒化というもの

 魔物の群れ。


 そこに、俺は突っ込むことを決めた。黒くなったコカトリスなんて見たことはない。


 黒化、それがどういったものなのか分からない。

 だが、コカトリスを筆頭に三匹のサラマンダーもこちらに向かってきている。他のサラマンダーは俺の方向とは反対の、坑道のさらに奥へと逃げて行っているものの。


 逃げ行く者はとりあえず放置。

 まずは迫り来る者たちから何とかしないと。


 魔物との距離はまだあって、奥の壁の近く、すなわち五百メートルほどはあるが、三十秒もすれば、それぐらいの距離は縮められるだろう。


 だから、俺はそれを迎え撃つために、前に出ようとした。




 だが、それは止められた。

 本気で踏み出していこうとした俺は止められた。


「待ってください!」


 その怒号と共に。

 聞いたことのない声だった。いや、これでは語弊を生むかもしれない。それは聞いたことがあって、聞いたことがない声だった。


 エイダの声。

 彼女がここまで大きな声を、しかも怒って発するなんて初めてだ。


 思わず、俺は体がびくっと震えてしまう。


「エイダ、なんで止めるんだ」


 だが、俺は、内心では恐る恐る、けれど、威圧感を込めて問いかけた。


 ここで、弱気になっていては有事の時に言いくるめられそうな気がした。言うなら、尻に敷かれると言ったところだろうか。


 それだけは絶対に嫌だ。

 それに、そういう感情抜きに言い負かされているようでは、きっと駄目な時だってある。


「黒化した魔物に戦いを挑むなんて無茶です」


 黒化。

 またか。

 また、そのワードか。


「いったい、何なんだよ、黒化って」


 俺はそう愚痴るようにつぶやきながら、地面に手を押し付けた。

 それは魔法を発動させるため。それはエイダから強く俺のことを引き留めたそのわけを知る必要があると判断したため。


 ゆえに、時間稼ぎの魔法を発動する。

 俺から前方にだいたい五十メートルの位置。地面が隆起して、それが壁のように俺と魔物の群れとの間を阻んだ。


 そう、これはドラゴンとの戦いで、炎から身を守るために使った魔法。

 おそらく、これがあれば、十分に時間は稼げるはず。


 少しは落ち着いて、話を聞くことが出来る。


「黒化。それは五年ほど前から発生した生き物の全身が真っ黒に染まる現象を言います。その現象に取りつかれた生物は、元の生物とは比べると信じられないほどの強さになるそうです。しかも、凶暴に」


「なんだよ、それ……」

「世界に突然発生したその現象はいまだ原因が解明されていないみたいです。けど、私たちの住んでいた村のような辺鄙な場所にまで伝わっているぐらいですから、この世界の人であれば、だれでも知っているようなことだと思います」


 俺がβテストを終えた後の出来事。


 そんなことがあったのか。

 やはり、電話の開発が終わり、ある程度安定して来たら、この世界のことについて、しっかりと知るべきだ。


 十年という年月で、色々変化が生じているみたいだし。


 だが、ちょっと待てよ。

 黒化が文字通り、魔物が黒くなることを指すのだとしたら、あれも黒化なのではないか。


「じゃあ、あのドラゴンも……?」

「いえ、あのドラゴンはただ単に黒いだけで、禍々しい黒いオーラを放っていませんでしたから、普通のドラゴンです」


 黒いオーラ。

 確かに、コカトリスにはそれが纏われている。


 真っ黒なその体よりもより一層黒く感じる、禍々しさ。そして、明かりさえ吸い込んでしまいそうなほどの色にその周囲は暗くなっているようにすら感じる。


 見ているだけで、心に恐怖や不安を与える。


「黒化したら、具体的にどれぐらいの強さになるんだ」

「そうですね。ハイゴブリンがもし黒化したら、あの時のドラゴンと同じ程度の強さにはなると思います」


 バカな。

 そんな常識はずれなことがあってたまるか。


 ドラゴンがもし黒化してたら、俺は勝てただろうか……。もしも、そんなことになっていたら……。


 俺は考えるのを放棄するために頭を振る。そして、気を紛らわせるために、話を続けることにした。


「それは、もはや生物として別種に進化したと言ってもいいレベルじゃないか」

「ええ、そうです。今は、黒化した生物はそこまで多くないらしいですが、多くなったら、人間は終わりでしょうね」

「そんな大事な話をなんでしなかった!」


 聞いてもいないのに、何故話さなかったのかと問う。それがいかに無責任で、いかに無意味で、八つ当たりであることぐらい分かっている。

 だが、そう問わずにはいられなかった。


「聞かれなかったのでが一番の理由ですが、黒化した魔物と遭遇するのは本当に珍しいことだったからです。現に、あんなに人口の多いローゼンハイムでも耳にしなかったでしょう?」


 驚いた様子も見せず、いつもと同じ態度で言葉を返すエイダの姿を見て、思考が静かになった。

 ヒートアップした思考はクールダウンした。


 落ち着け、俺。


「そう……だな……。現に遭遇しちまったわけだが」

「ええ。でも、アイリスさんの話に黒化の情報はなかった」


 エイダは冷静に、けれど重要なことを口にした。

 冷静さを欠いていたならば、気づかずにいたであろう事実。


 俺は彼女が冷静でいてくれることに感謝しつつ、考える。


「知られたくなくて、隠した……いや、それはないはずだよな」

「たぶん、ないでしょう。そんなことをしたら、主人であるアルバートさんが黙っていないでしょうし」


「だな。だとすると、あと考えられるのは、最近黒化したということぐらいか」

「だったら、原因がこの近くにいるかも……」


 エイダは顎に手を当て、思考モードに入ろうとしている。

 だが、こんな場所で考えることに耽っていてもらっては困る。


「悪い、エイダ。それ聞いたら、こいつは倒さざるを得ないことが分かったわ」

「えっ?」


「この近くに、百人ぐらいの人が住む村がいくつかあるはずだ」


 具体的に何個の村があるのかは覚えていない。

 俺が分かるのは、この鉱山の近くに村があったという事実だけ。今では数が減っているかもしれないし、増えているかもしれないが。


「ええ、リーレット村とオルト村ですね」

「ここでこいつを野放しにすれば、その村が襲われる可能性がある」


「でも、それだったら、救援を求めにローゼンハイムに行けば」


 エイダの判断は正しいだろう。

 黒化のことをしっかり知っているこの世界の住人であるなら、正しい判断なのだろう。


 だが、黒化のことを今知った俺は、それを正しいとは思わなかった。


「そんなことをしたら、往復に二日かかってしまう。その間、この黒化したコカトリスがこのままでいるという保証はない」

「でも……」


 そこから、エイダ自身言葉を続けたかったのだろう。

 止めようとしたかったのだろう。


 だが、その後、一回ため息をついた。


「私が止めたとしても行くんでしょう?」


 そう言って、俺の方に笑いかけてくれた。


「ああ。すまないな」

「だったら、私はあなたの支援をします」


「いや、エイダは……」

「私もあなたの仲間です」


「……ごめん。よろしく頼む」

「はい! 任せてください!」


 それと同時、まるで見計らったかのように、壁は崩れ落ちた。

 そして、コカトリスと言う巨体を持った魔物はこちらへと向かって突っ込んでくる。


 そうして、俺は今度こそ踏み出した。

 黒化したコカトリスとサラマンダー、それによって構成された魔物の群れに。


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