⑧ニアム・ユーガット・ナウロン
「……最期に、いい親みたいな真似が出来て、よかった」
白い走馬灯を見ていた。
キースとの思い出も、カルロスとの生活も、まるで体感しているかのように鮮明に思い出していた。
気絶し倒れるアリアリーシェを見ながら、わたしは嘆息ーー出来ない。そこまでの体力はない。
ただ心の中で息をついて、わたしは自分の腹に視線を移す。剣が生え、赤い液体が垂れている。
これまで何度か救ってもらったナックの剣に、今はわたしが刺されている。
何故ナックがあんな凶行に走ったのかーーアリアリーシェを殺そうとしたのかは、なんとなく想像がついている。
『途中で結界が消えて、その時に魔獣が入ってきたのよ』
『あ、私が諸用で離れてた時?』
結界が消えた時に入ってきた魔獣で、わたしは殺されかけた。もちろん、ナックがどうにかしてくれたけど。
ただナックには、アリアリーシェがわたしを危険な目に遭わせたという風に見えたのではないか。
四年前、アリアリーシェが生まれてからずっと、わたしは苦労してきた。そういうところも相まって、ナックはアリアリーシェを"敵"とみなしたのだろう。
もちろんそれだけだとは思わない。幼い頃から、わたしは彼を二人目の父親のように思っていた。そんなナックが、それだけの理由でこんな惨事を起こすとは思えない。
ただ、きっかけにはなったのではないかと思う。
「……まあ、考えても仕方ないわね」
わたしの声はちゃんと出ているだろうか。正直自信がない。呂律が回っているかどうか。
ただまあ、気にする必要がないのも確かだ。この場には、わたし以外の誰もいないのだから。
アリアリーシェは気絶し、ナックは死んだのだから。
「アリアリーシェは目を覚ましたら、どう思うのかしら」
幼いし、成長したら案外忘れてしまったりするのだろうか。それならそれが一番いい。さっさと忘れるべきだ。
ただ、忘れないだろうと確信している。
「アリアリーシェって、賢いもの。大人顔負けなくらいに」
だから、多分忘れない。
「本当に、馬鹿な娘」
馬鹿だ。賢いけと馬鹿だ。こんな、最悪な母親に、貴重な力を使おうとするなんて。
「わたしは周りに流されて、娘を嫌いになった、最悪な人間なんだもの」
好きだった。
お腹ですくすく育っている時も、生まれるのが楽しみだった。
だからこそ、生まれてきたあなたが馬鹿にされている時は辛かった。苦しかった。
だからこそ、あなたを嫌いになる事で、自分を守ろうとした。
ただの、血が繋がっただけの相手だと、思い込もうとした。
「……あら。これだと、最初から嫌っていた方がよかったんじゃないの?」
最初から嫌いだったら、わたしは苦しまずに済んだ。そっちの方が、よかった?
「……馬鹿ね、わたし。そんな訳ないじゃない」
最初から最後まで嫌いだったら、わたしはキースに顔向け出来ない。
ううん、キースだけじゃない。お父様やお兄様にも、カルロスにもカーティスにも、誰にも顔向け出来ないだろう。そして何より、わたしを生かそうとしてくれたアリアリーシェにも。
例え嫌いだったとしても、最初は好きだった。母として好きだと思っていた時期があった。そっちの方が言い訳出来るでしょう?
そこまで考えた途端、意識が急に遠ざかる。死の音が聞こえる。聞こえないけれど。
「アリアリーシェ」
わたしはその小さな体を見て、何と言おうか迷う。
でも迷っている間にお迎えが来てしまうので、ふっと思い浮かんだ言葉を言った。
「いい親じゃなくてごめんなさい。頑張って」
愛してるって言うか迷ったけど、今更すぎるだろうから。
カーティスには、言う暇がなかった。本当に駄目な母親。今の言葉を二人分という事にして、許してほしい。
さっきの白い走馬灯とは逆に世界が暗くなっていく。そして。
暗転。
これにて、ニアムのスピンオフは終了となります。
またしばらく書き溜め期間に入ります。
投稿再開がいつになるかは不明ですが、お待ちいただければ幸いです。




