000.異世界人召喚
異世界人召喚の魔道具。
それは読んで字の如く、この世界ーー神アルテミスの治めるこの世界の外側から、人間を召喚する魔法の道具。
十年以上前、ある貴族の屋敷で見つかったものだ。数百年前の発明王の手で造られたと考えられ、歴史的価値も高いと思われる。
しかし今回それを使うのは、歴史学者の研究のためでも、ましてや歴史資料館に置くためでもない。
その魔道具の作られた意味を果たすため。異世界人を、召喚するためだ。
異世界人は総じて強大な力を持つとされる。この世界で最もメジャーな宗教、アルテミス教の聖典を紐解けばそう記載されている。
異世界人召喚を行うのは、この世界に蔓延る災厄のーー魔獣への対抗策として、その強大な力を振るってもらうため。
そのために私は、今ここにいるんだ。
「アリアリーシェ、もう出来るな?」
名前を呼ばれ、振り向く。
そこにいたのは、私と同じ蒼白銀の髪と私とは違う青い瞳を持った青年だった。
カーティス・ウォン・ナウロン。我がナウロン王国の王太子。肉体的には、私の五つ上の兄。
「別に、いつでも大丈夫だよ」
「……そうか」
出来るな? とか、上から目線で聞いておいて、兄様の顔色は悪い。天使族の血を引いた端麗と持てはやされる美貌が、微かに歪んでいる。
そんなに、私の事が心配だろうか。
魔道具の行使には、必ず魔力を消費する。魔力は生物なら誰だって持っているものだ。そもそも魔力がなければ生物ではない。そういうもの。
だからこそ、それを使い過ぎた時ーーそして使い切った時、何が起こるかは分からなかった。
兄様は、それが心配なのだろうか。
確かに、私の持つ魔力は多くない。あの魔法は魔力を使わないし。兄様は、私がそれを使える事は知らなくても、私の魔力が並外れていない事は知っているだろう。
だから、私の体調を気にかけているのだろうか。
それは、なんともまあ甘い事。
「そもそも召喚しようって言い出したの、カーティス兄様なのに」
「俺は、自分でするつもりだったんだが」
「駄目だよ。父様がいないのに、王太子の兄様に何かあったらどうするの」
無事召喚が成功すれば、特にいる意味もない私とは違う。というか、今日一日で何回も繰り返してるよねこの問答。
兄様も私の言う事はしっかり理解しているようで、渋々と頷く。
「それは……そうだが」
「だがとか言わないっ」
「……」
私が兄様の言葉を遮ると、兄様は黙り込む。
ここ十年くらいろくに話してないのに……本当、妹に甘い。
私が呆れとも嬉しさともつかない感情を持て余していると、この場にいる最後の人物が口を開いた。
「兄上、アリアリーシェ。いい加減に始めるぞ」
それは、ナウロン王国第四近衛騎士隊長。赤銅色の髪と翡翠色の瞳の、勝ち気そうな美少女。すっと通った鼻筋や白く透き通るような肌は、それが戦闘職のものであると感じさせない。
フィオレンサ・ディ・ナウロン。王位継承権こそ放棄しているが、ナウロン王国第一王女だ。
ちなみに王位継承権を放棄してまで近衛騎士になったのは、単にやりたかっただけだったりする。
「フィオレンサ姉様……」
「いつまでも、こんなところでぼんやりしている訳にはいかないだろう」
こんなところ、と言いながら、フィオレンサ姉様が周りを見回す。
ここは王城の屋上で、割と見晴らしはいい。そのせいで王都が結構寂れてるのがよく見える。見晴らしはいいけど眺めは悪い。
「……分かってる。やるぞ、アリアリー……」
兄様がそこまで言った、その瞬間だった。
「ーー失礼します、殿下方!」
屋上の扉を、ダンダンと叩く音が響いたのは。
* * *
屋上に入ってきた伝令役は、息を弾ませながら務めを果たす。
「報告します! 魔王の幹部、"狼心狗肺"がナウロン王国に宣戦布告してきました!」
「狼心狗肺……魔王の幹部の中でも、かなり上位だったよね?」
「なんて言われた?」
兄様が問うと、伝令役は肩を震わせながら言った。
「『ナウロン王国の王太子へ。虐殺されるか投降するか選ぶように』と。三十分以内に反応がなければ、王都の民を殺して回るとの事です。実際、王都の南方には魔族や魔獣の群れが確認されております」
「そうか……。分かった。お前は一回戻れ」
「はっ」
伝令役が屋上から階段を降りるのを見届け、姉様が呟く。
「……虐殺か投降、か。舐められたものだな」
「まあ、仕方ないな。それが今の現状だ」
「どうする、兄上? ワタシ達第四近衛騎士隊がそこまで行く事も出来るが」
「……いや、いい。お前はここにいてくれ。猶予は三十分もある」
兄様は姉様にそう告げて、私を見る。
「……魔道具を使うのには充分だ。いけるな? アリアリーシェ」
「もちろん。さっき言った通り、いつでも大丈夫だよ」
「頼む」
「了解」
短い会話を交わし、私は目の前の魔道具を見る。
絨毯型の魔道具だ。その模様の精緻さは、そのまま王城のインテリアとしてでも使えるほど。
そんな平和な使い方が出来れば、どれほどよかったか。
私が転生してきて十五年。
この魔道具が見つかって十一年。
あの事件からも、十一年。
その間、戦況は少しずつ少しずつ悪くなっていった。
もしも私の魔法がもっと強力なものだったら、それこそ世界に匹敵するような力があれば、こんな事をする必要はなかった。そう考えると、私に力を授けた神様を恨みたくなる。
「まあ、いくら言っても仕方ないか」
私は独りごちてしゃがみ込み、魔道具に魔力を流し入れた。何か大切なものがみるみる奪われていくような感覚が、体を襲う。
ああ、これはきつい。流石に異世界スケールの魔道具だけあって、魔力がどんどん吸い出されていく。あたたかいものが体から魔道具に流れる。全身に悪寒が走る。寒い。
時間がゆっくり進む。一瞬が永遠のように感じられる。意識が遠ざかる。白濁する。
そしてそんな白い意識の中でふと、昔の幼い頃の記憶が蘇って弾けた。
死に際の、走馬灯。




