神話の破産(バスト)と、極東の夜明け
ズガァァァァァァァァァァァァァンッ……!!!
南米の空が、漆黒の炎によって完全に塗り潰された。
相反する神の理を叩き込まれ、概念の矛盾に喘ぐ原初の虚無・アペイロン。その絶対的な防壁が剥がれ落ちた無防備な中枢へと、俺の寿命の『すべて』を燃やし尽くした漆黒の炎が、真っ直ぐに突き刺さる。
『……我は、星の摂理。万象を白紙へ還す、原初の……』
顔のない巨影が、俺の放った原初の灰燼に焼かれながら、星の海を震わせるような声で最期の宣告を紡ごうとする。
「……寝言は、灰になってから言え」
俺は、崩壊し、炭化していく右腕をさらに深く、アペイロンの虚無の奥底へと押し込んだ。
「テメェが白紙に戻すのは、テメェ自身の存在だけだ!! 弾け飛べェェェェッ!!」
ギィィィィィィィィィィンッ!!!
星の理を統べる巨大な胴元が、内側から爆発的に膨張した漆黒の炎に耐えきれず、限界を迎えた。
ガラスが砕けるような、しかし世界中の空間を揺るがすほどの甲高い絶叫と共に。アペイロンの巨影が、無数の光の破片となって南米の空へ四散していく。
それは、神殺しという忌まわしいゲームを回し続けてきた『真の胴元』が、極東のイカサマ師の前に完全に「破産」した瞬間だった。
「……は、はは……」
アペイロンが消滅し、南米の大気を圧殺していた絶対的な重圧が嘘のように消え去る。
だが、俺の身体はすでに限界をとうに超えていた。
漆黒の炎を放ち終えた右腕は、ボロボロと崩れ落ち、肩から先が感覚すら失われている。
寿命をすべてベットした代償。魂の器が空っぽになり、俺の身体は文字通り「灰」となって南米の風に溶けようとしていた。
そのまま、俺の身体が力なく後方へ傾く。
硬い岩盤に叩きつけられる。そう思った瞬間、温かく、柔らかい感触が、俺の崩れゆく身体を幾重にも包み込んだ。
「統ッ!! 統ッ!!」
「すばる様ッ……! 目を、目を開けてください!!」
紅刃が、ボロボロの腕で俺の背中を抱きとめる。雅が俺の頬を叩き、翠蓮が血まみれの胸に俺の頭を抱き寄せる。セリアが、俺の炭化した手を両手で強く、痛いほどに握りしめていた。
「……泣くなよ、お前ら。……最高の、勝ち逃げじゃねえか」
俺の掠れた声に、紅刃の赤い瞳から大粒の涙が溢れ落ち、俺の頬を濡らした。
「バカッ……! アタシたちを置いていく気!? アンタのいない世界なんて、全部燃やしてやるんだから!!」
「……お前は、本当に物騒だな。少しは、レヴィの……静かさを見習え……」
視界が、急速に白く霞んでいく。
俺の手札は、これで本当にゼロだ。だが、後悔はない。俺の命と引き換えに、この狂った家族たちは生き残る。レヴィのツケも、これで全額払い終えた。
俺が、ゆっくりと目を閉じかけた。
その時だった。
カラン……カラン、カラン。
静まり返った南米の荒野に。
空の彼方から、何かが大量に降り注ぐ、硬質な音が響き渡った。
「……な、なんだこれ……」
離れた場所で膝をついていたレオンとガルドが、呆然と空を見上げる。
アペイロンが四散した天空。そこから、雪のように降り注いできたのは……見渡す限りの、無数の『純白の光の粒子』だった。
(……払い戻し、か……)
俺は、霞む視界でその光景を理解した。
原初の虚無であるアペイロンは、今までどれほどの星の命や可能性を「白紙」として喰らってきたのか。
その大元の胴元を破産させたのだ。テーブルに溜まっていた莫大な命の概念が、特大の【払い戻し(ジャックポット)】として、この星に還元されようとしているのだ。
無数の光の粒子が、荒野に降り注ぐ。
そして、その光の最も濃い奔流が、俺を抱きしめるヒロインたちの頭上から、俺の炭化した身体へと真っ直ぐに吸い込まれていった。
「あ……」
セリアが、驚きに息を呑む。
俺の魂の奥底に、枯れ果てていた命の泉に、星の概念そのものが濁流のように流れ込んでくる。
ボロボロに崩れかけていた右腕の肉が、熱を帯びて再生していく。
真っ白に灰化しかけていた髪に、色が戻っていく。
そして。
俺の左手の甲に深く刻み込まれていた、忌まわしい呪いの刻印——『ウロボロスの傷跡』が。
まるで長きにわたる役目を終えたかのように、音もなく、綺麗に消え去っていった。
「すばる、君……っ」
翠蓮が、俺の顔を見て、堪えきれずに嗚咽を漏らした。
呪いは解けた。神々のゲームは終わった。
莫大な払い戻しを受けた俺の魂は、イカサマ師としての命を繋ぎ止め、ただの一人の『人間』として、この大地に生還を果たしたのだ。
「……重てぇよ、お前ら」
数分後。
俺がゆっくりと目を開け、呆れたように息を吐くと。
「統ッ!! バカ、バカバカバカバカッ!!」
「すばる様ぁぁぁっ!!」
紅刃と雅が、弾かれたように俺の胸に飛び込んできて、大号泣しながら俺の首を絞める勢いで抱きついてきた。
セリアが俺の背中に回り込んで泣きじゃくり、翠蓮が俺の頭を優しく撫でながら、大人の余裕もかなぐり捨てて涙を流している。
「オイオイ、死に損ないのボスが、目覚めて早々修羅場かよ」
「ガハハハッ! 漢の甲斐性ってやつだな! まったく、心臓に悪いディーラーだぜ!」
レオンがクレイモアを杖にして笑い、ガルドが豪快に笑い声を上げる。
空を見上げると、分厚い雲が晴れ、南米の地平線から、眩しいほどの『朝日』が昇り始めていた。
神々の淘汰の理が消え去り、星が本来の美しい姿を取り戻した、真の夜明けだ。
俺は、泣きじゃくる女たちの頭を順番に撫でながら、左手に強く握りしめていた「あるもの」を見つめた。
それは、激しい戦闘と炎をくぐり抜けながらも、決して手放さなかった……蒼いマントの切れ端。
朝日を浴びて、マントの切れ端に残っていたわずかな氷の粒子が、キラキラと輝いて天へと昇っていく。
まるで、俺たちの勝利を見届けて、満足そうに笑う不器用な王の姿のように。
「……勝ったぜ、レヴィ。テメェが繋いだこのテーブルは、俺たち極東が最後まで守り抜いた」
俺は、蒼いマントの切れ端を空へ向けて高く掲げ、極東の家族たちと共に、この星で一番泥臭く、そして誇り高い笑みを浮かべた。
神殺しの狂宴は、ここに完全に幕を閉じた。
だが、盤面を降りたイカサマ師と、彼を愛してやまない最高の特等席たちの騒がしい日々は、この美しい夜明けの先へと、まだどこまでも続いていく。




